自暴自棄ヒーロー
―スタスタスタスタスタスタ…
コートを着た壮年の男が暗い表情で路上をトボトボ歩いている。
「うわ~助けて~だれか~」
「ワハハ! 少年よ逃がさんぞ! お前を人質として捕らえてヒーローをおびき寄せる餌にしてやる!」
「そんなのひきょうだよ~! ヒーロー助けて~!」
全身が黒い毛皮で覆われ、尖った耳を持ち、口からは白い牙をむき出しにした怪人が、一人の少年を強引に抱きかかえていた。
そこへ通りかかったコートの男。少年が悪の怪人に捕らえられている様子を無表情で見つめる。
「大人しくしろ少年! これからお前を我々のアジトに…」
怪人が目線をずらすと、ポツンと佇んでいたコートの男と目が合った。
「………」
コートの男は表情一つ変えずに怪人と目が合ったまま佇んでいる。
「お、お前は…ヒーローこと風郷弾! まさかここで出会ってしまうとはな!」
不適に笑う怪人。
「え!? おじさんヒーローなの!? おねがい助けて! コイツぼくを連れ去ろうとしてるんだ!」
少年がヒーローとされる男に助けを求める。
「………」
コートの男は尚も無表情で怪人と少年を見つめている。
「ヒーローよ、この少年を解放してほしくば、今すぐに我々のアジトに来てもらおう。従わないのであればどうなるかわかっているな?」
「………」
「ヒーロー! 早くぅ! 早く助けてぇ! 怖いよぉ!」
「………」
―スタスタスタスタスタスタ…
怪人の脅しと少年の懇願をものともせず、歩み去ろうとする男。
「え?え?え?」
ヒーローらしからぬ男の行動に威勢を忘れる怪人。
「ま、待て! お前、風郷だよな? 風郷弾だよな? 俺はお前の顔をよく知っているぞ?」
「…お前はいいよな。」
「は?」
「子供と戯れて楽しそうにしていてさ…」
不貞腐れたような口調の風郷。
「コイツ楽しそうに見えたか?」
怪人が少年を示す。
自分を拘束する怪人の片腕にしがみついたままの少年はヒーローと怪人の会話をぽかんとした表情で伺う。
「少年よ君も安易に人に頼るんじゃない。近くの大人やヒーローが必ずしも機嫌が良いとは限らない。」
「何言ってんだお前!」
子供への冷酷過ぎる突き放しに悪の組織の構成員ながら言わずにはいられない怪人。
「おい風郷よ! 一体、どうしたんだ!? いつもなら『出たな怪人! お前たちの野蛮な野望はすぐに打ち砕いてやる! 変身!』てなるよな? なんだ今日は? 前回の戦いから一週間で一体、何があった?」
「ふんっ、言うほどのことじゃねぇよ。」
再び立ち去ろうとする風郷。
「話聞くぞ?」
怪人の言葉に立ち止まる風郷。少年は自分が捕らわれの身であることを忘れている様子。
「聞いてなんになるんだ?」
「本当に…気になるから。悪の秘密結社としてではなく…人だった者として…。」
本当は、アジトに来てくれないと人質まで取ったのに話が進まないからであるが、ここは押し黙る。
「まさか、敵に弱い部分を見せることになるとはな…。」
「本当に何があったんだよ…」
なんだか本格的に心配が込み上げてきた怪人。
「俺、一週間前に妻と離婚したんだ。」
「お前、嫁いたのか!?」
「ねぇ、ツマトリコンってなに?」
「聞くんじゃねぇそんなこと!」
少年の余計な疑問を制する怪人。
「急に離婚届を突きつけられ、『もうあなたを支えることは出来ない。』だとよ…。」
「突然の嵐だったわけか…」
「妻はその日のうちに家から出て行った…。」
「あーそれはもう辛いな。急に跡形もなく目の前から消えちゃったからな。」
「それで終わればまだ良かったよ。あいつは俺たちの二人の子供も連れていった…。」
「お前、子供もいたのか!? しかも二人!? うちの秘密結社、全然お前のことリサーチできてないじゃん!」
「二人とも育ち盛りの小学生だ。出来れば成長を近くで見たい。しかしそれは叶わない。養育費だけ払ってその見返りは何もない。」
「ねぇ、ヨウイクヒってなに?」
「知らなくていいわお前は!」
少年の好奇心が怪人への恐れを完全に打ち消している。
「その上、なんでなんだろうな…慰謝料まで取りに来やがる…。」
「イシャリョウって…」
「黙れぇ! 引き裂くぞ!」
怪人の気迫に少年は口をつぐむ。
「俺からすればな、お前は生き生きしていて羨ましいんだよ。今日も世界征服のために胸張って悪事を働けてさ…。」
「風郷…」
哀愁漂うヒーローであるはずの男の表情に切なくなる怪人。
「というわけだ。俺は今、お前を相手に戦う気力もその少年を助ける気力も無いんだ。じゃあな。」
「えーそんなー! 待ってよヒーロー!」
「おい待て! 風郷! おい見ろ! 一回見ろ! 立ち去ったらこの少年の命は無いぞ!」
「あーどうぞどうぞ。勝手にやれ。」
「お前正気か!? 今の本当にヒーローの口から出た言葉か!?」
ひどく打ちひしがれた風郷には鬼気迫る脅迫も効き目がない。
首領の不興を買いたくない怪人は風郷をなんとか基地に連れていくために引き下がらない。
「おい風郷、お前の境遇とか立場を慮るわけではないが、今、この少年を助けた方がメリットがでかいんじゃないか?」
「メリットだと?」
「今ここで立ち去ったら、『少年を見捨てた情けないヒーロー』とか『ヒーローの風上にも置けないヤツ』などと罵倒され、完全に居場所を失い、誰からも見放され、今よりも肩身の狭い状況に置かれるのではないか?」
「………」
「対して今ここで俺を倒…連れ去られた少年を敵のアジトに突入してまで命をかけて救ったとなれば、世間はお前の勇気ある行動に感銘を受け、ヒーローであるお前は期待と尊敬を集め、そして! かつての妻はお前をに惚れ直し、愛する我が子と共にお前たちのもとに戻ってくるかもしれないな。幸せだったあの頃が再生するかもしれないな~」
「………」
怪人の必死の引き留め演説を表情一つ変えずに聞いている風郷。
「どうだ! 立ち去る気力も失ったか~?」
「ねぇねぇかい人、かい人は今何とたたかっているの?」
少年の純粋故の鋭い感性が炸裂する。
「…どうせ嫁はもう戻ってこねぇよ。」
「そう諦めるな! 一度は愛し合った仲だろう?」
「あいつはもう別の相手と暮らしてるよ。」
「クソッ! えっ! なんで!? まだ離婚後一週間だろ1?」
「離婚した後、速攻で乗り換えやがった。」
「奥さ~ん…」
「俺の心の深手はな、名声だけじゃ埋まらないんだよ。」
怪人は風郷の明るい人生を諦めた様子と計画が進まず先が思いやられるもどかしさに自分の心も押しつぶされそうになった。
「ねぇねぇ、ヒーローは何を乗りかえたの?」
ここでまたしても少年の好奇心がむき出しになる。
「これ以上質問するな! かぎ爪で引き裂くぞ!」
「おうおう、やれやれ。血みどろのショーを俺に見せてくれ。」
「人ってこんなに変わるのかよ…」
残虐非道な一面を露わにしたヒーローであるはずの風郷に戦慄する怪人。
「と、いうわけで俺はヒーローとしても人間としても失格のゴミ野郎というわけだ。ざまぁないだろう?」
人生に絶望し、開き直り、弱きも見捨て、惨たらしい刺激を求める…地の底へと堕ちたかつてのヒーロー。
変わり果てたその体たらくに怪人も敵という立場故の複雑な呆れと同時にヒーローを取り逃がすまいという焦燥感を抱く。
「じゃあな…」
「ちょっと待て!」
立ち去るヒーローを強く引き留める怪人。
「お前は今、金が必要なんだよな? うちのアジトに来れば、俺たちがその金を出してもいいぞ?」
「お前、何言ってんだ?」
「養育費と慰謝料、これを自力で払うのは相当にキツいのではないか?」
「……何割出す?」
「もちろん十割だ。」
「何か月出す?」
「請求される限りずっとだ。」
「………」
広がる地面を見渡しながら心の中の自己と対話する風郷。
「これってなんの交しょう?」
ヒーローと悪者が戦わず、金銭の取引が絡む議論をしている様子が気になって仕方ない少年。
「わかった。行こう。」
「来てくれるんだな!」
しばしの沈黙の末、交渉は成立した。
「とりあえずぼくは助かるんだね?」
一応、安心しておく少年。
「よし。風郷、こちらへ来い。共に我々のアジトへ行くぞ。」
風郷をこちらへ誘う怪人。
「ねぇねぇ、ぼくはいつ解放されるの?」
「あいつをアジトに引き入れたらすぐに解放するから!」
少年は飽きていた。
「おい怪人、因みにお前は一体なにを基にした怪人だ?」
ヒーローが近づきながら聞く。
「自己紹介が遅れたな。俺は、"黒猫"を基にして生み出された…」
「おうりゃぁぁぁぁ!!」
「だァァァァァァァァッ!!」
黒猫怪人の口上の完結を待たぬままヒーローの力で拳を突き付ける風郷。鳩尾に火花が散るほどの一撃を受けた黒猫怪人は後ろへと吹き飛ばされていった。
「うわぁ! すごーい!」
怪人の腕から解放され、ヒーローに抱えられている少年。
「ただでさえ不幸な俺の前に不吉の象徴が現れるなど許さん!」
自己都合の怒りで悪の怪人を倒したヒーロー。
「それ海外の迷信だよ?」
少年が指摘する。
「大丈夫か? 少年よ?」
抱えていた少年を下ろす風郷。
「大丈夫! ありがとうヒーロー!」
「感謝するまでもない。ヒーローとして当たり前のことをしたまでだ。」
「ヒーロー…カッコいい…。」
目を輝かせて風郷の顔を見上げる少年。
「感謝の代わりに、対価をくれないか? 多めに。」
「あ、しっかりクズだ。」
少年の熱狂は冷めた。




