その温泉に行くのは……
「第5回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」参加作品です。
カランカランカランカラン……。
「おめでとうございます!ついに特等が出ました〜!」
当たり鐘のけたたましい音が鳴り響いたせいで、抽選会の会場に列を作っていた人たちだけでなく、その辺の通行人までもが足を止めてこっちを振り返った。
「おーー。凄えな、特等だってよ」
「マジか!一等の更に上なんてのがあったんだな」
「特等の賞品ってなんだっけ?」
某町某駅前商店街の一角。
歳末の大売り出し。各店舗で大量に配られる抽選券を山ほど持つ人たちが、ギラギラと目を輝かせて押し寄せる『歳末大売り出し大抽選会』の抽選会場。
ネーミングになんの捻りもない。
抽選用のガラガラは全部で三台。その上に大きく張り出された景品一覧に書かれているのは
一等 商店街で使える(でしか使えない)商品券一万円分 3本
二等 商店街で使える(でしか使えない)商品券五千円分 5本
三等 シクラメンの鉢植え 20本
四等 温泉の素 詰め合わせ 30本
五等 商店街で使える(でしか使えない)商品券五百円分 50本
六等 温泉の素 100本
七等 ポケットティッシュ
その更に上、一際大きい字で書かれてます。
特等 ◯◯温泉ホテル 豪華お食事付きペア宿泊券 1本
あちゃー。やってしまった。
私の真の狙いは三等。シクラメンの鉢植えだったのに!
パープルに近いブルーからホワイトへとグラデーションしているあの美しい一鉢。くーっ、どうしても欲しかった。奇跡的にまだ残っていたあの一鉢が……。
ああ、無念。
「この◯◯温泉ホテルのお湯は素晴らしいですよ。その上、本当に美味しくて豪華なお食事付き。ああ、そうだ。申し訳ないけど、追加された飲み物等の料金は当選者様の方でご負担願いますね……」
あー。なんか言ってる。
商店街の抽選担当者は、なんなら、私なんかより余程このお食事付きの宿泊券の虜のようだ。
あれこれと◯◯温泉ホテルの素晴らしさを力説し続けている。
もしかして、◯◯温泉ホテルはこの抽選会のスポンサーじゃなかろうか?
「それでは張り出しますので、こちらに当選者様のご住所とお名前をご記入頂いて。ああ、勿論番地までは書かなくて結構ですよ、町名までで。個人情報ですからねぇ」
って、おい。当選者の名前と住所を晒すんかい!
「では、楽しい旅をお楽しみ下さいねー」
宿泊券を受け取った私は、笑顔で手を振る担当者に小さく頭を下げてその場を立ち去る……。
ごめんね、母さん。
思わず母さんの住所と名前を書いちゃったよ。大丈夫。番地は書いてないからね。