15 のちの約束
誘い出されていくにせよ、どこを目がけて誘い出されてやるべきなのか分からない。
シャーロットはオリヴァーに、「もう大丈夫です」と言い置いて、フォルネウスが――ひいてはショーンが――どこへ彼女を誘導しようとしているのかを探ろうとしたが、「大丈夫です」と言われたオリヴァーは、シャーロットの正気を疑うという目で彼女を見下ろした。
「大丈夫、だって? 今、数時間ぶりに大丈夫な雰囲気じゃなくなってるところだぞ」
シャーロットは唇を引き結び、オリヴァーの言の正しさを認めた。
「まあ、そうですが……」
そのとき、また床が揺れた。
廊下のどこかで、壁に掛けられていた絵画が落下する騒々しい音がする。
オリヴァーが思わずといった様子でシャーロットの肩を掴んだが、そのときシャーロットははっと気づいた。
――シャーロットの考えが正しければ――フォルネウスからシャーロットの姿が確認できるようになれば、この脅しは止むはずだ。
いや、むろん、その瞬間にシャーロットの首が物理的に飛ぶ可能性も否定できないわけだが。
しかし、ショーンにとっては意外だろうが、シャーロットが最優先に考えるべきは自分の命ではない。
オリヴァーは、唐突に自分の頭や肩、胸のあたりをぱたぱたと叩き始めたシャーロットを、気が狂いつつある可愛い後輩を見る眼差しで、優しく眺めた。
「――まあ、いろいろあったからな。お前が疲れるのも無理はない」
「違います、違います」
シャーロットは破れたワンピースに顔を顰めつつ、不名誉な疑いをきっぱりと否定した。
うるさい羽虫を振り払うときのように、耳のそばで手を振ってみる。
「このへんに、たぶん、エムが私につけてくれた精霊たちがいるんです。
――あの、聞こえてますか? 少し離れて――エム、聞こえてたら、お前の精霊に少し私から離れるように言ってくれない?」
オリヴァーはますます優しげな表情で悲しそうに微笑んだが、シャーロットは大真面目だった。
「エムならたぶん、こう言ってるわ――『なに言ってんの、レディ』」
「なに言ってんの、レディ」
実際に、精霊を通してシャーロットの言葉を聞いたマルコシアスはそう言っていた。
上手い具合に翼を捉まえてくれる気流に向かって体勢を調整しながら、かれはぼやく。
「そばにフォルネウスがいるなら、むざむざ頭をかち割られるようなもんだよ」
それから少しして、マルコシアスは感心したようにつぶやいた。
「――僕のこと分かってるね、レディ」
「大丈夫だから、エム」
また床が揺れ、シャーロットはバランスを崩して倒れ込みそうになった。
階下から騒々しい悲鳴が聞こえてくる。
それに胸を痛めつつ、シャーロットは嫌な予感に顔を歪めた――ショーンがなりふり構わなくなっているのならば、もしかすると、ここでシャーロットがすばやく動かなければ、今度はエデュクスベリーの町が標的になってしまうかもしれない。
何もかも、二年と少し前に、シャーロットが巻き起こした騒動に端を発して。
――いや、違う、そもそもの始まりは七十年前だ。
(もう、ひいお祖母さまったら、疫病を収めてくださったのはありがたいけれど、どうしてご自分の血を使ってしまわれたのかしら!)
オリヴァーと支え合うようにして踏ん張りつつ(踏ん張った功績の七割がオリヴァーのものだった)、シャーロットは噛みつくような小声で続ける。
「フォルネウスが、私の姿が見えないので業を煮やして脅してきてるのよ。
このまま崩れた壁の下敷きになった私と再会するか、ちょっとのあいだだけ私から精霊を離すか、どっちかよ」
「よく見とけって言ったのはあんたじゃないか」
風を切り裂き、翼で夜陰に向かって突進しながらも、マルコシアスは毒づいた。
かれのはるか下で、海が月光を映してたゆたっている。
「まあ、よく見ててって言ったのは私だけど」
と、そこから五十マイルほど離れた場所で、シャーロットも認めた。
オリヴァーを気にして、彼女はいっそう声を小さくする。
「でも、よく分からないけれど、完全に私から目を離さなくても、フォルネウスが私を見つけられるように出来るでしょ? 出来ないの?」
シャーロットは少し考えてから、神妙につけ加えた。
「『無茶なこと言うね』って言ってるお前が目に浮かぶわ」
「無茶なことを言うね」
実際にそうつぶやきつつ、マルコシアスはカササギの姿で嘆息した。
「――でも、はいはい。仰せのとおりに、レディ・ロッテ」
シャーロットはしばらく待っていた。
が、次の揺れはやってこない。
シャーロットは思わず手の甲で額をぬぐって息を吐いた。
「――ありがとう、エム」
そこで、オリヴァーが注意深く咳払いした。
「ベイリー、お前の独り言はさておき……」
「失礼なことを言わないでください」
そう憤慨しつつも、シャーロットはおのれの振る舞いを思い返して少々赤くなった。
「エムが聞いてくれていたんですから、べつに独り言ではありません」
「どうでもいい」
オリヴァーはばっさりとそう言って、目を細めて彼女を見下ろした。
「とにかく俺は、この場の安全が気に懸かるんだ。やっと落ち着いたと思ったらこれだ」
「それは大丈夫かと」
言いながらも、シャーロットはそっと一歩後退り、オリヴァーと距離を置いた。
きょろきょろと周囲を見渡すが、空中に突如として魔神のまなこが開くようなことはなかった。
「ジュニアしだいですけれど――たぶん、彼はまだ学院の中にいます。それで、逆恨みもいいところでまだ私を捜し回っているんだと思います。
エムが私に精霊を張りつけておいてくれたので、フォルネウスからは私が見えなかったんですよ」
オリヴァーは目を丸くした。
「で、お前さっき、精霊を離せって言ってなかったか? お前が危ないじゃないか」
「いえ、大丈夫だと……」
言いながらも、シャーロットはさらにオリヴァーと距離を置いた。
荒らされた部屋の真ん中に立つような格好になる。
「ジュニアのあの様子からして、離れたところから命令してフォルネウスに私を殺させる感じじゃなかったじゃない? 自分のいる場所に私を連れて行こうとするでしょうし、あるいは乗り込んでくるかも。
どっちにしろ、時間を稼げればそれでいいんです。どのみち助けが来ますもの」
フォルネウスは精霊を寄越して、シャーロットのこの言葉を聞いているだろうか。
聞いていればいいとシャーロットは願った。
少なくとも、シャーロットが外部に助けを求めたことがショーンに伝われば、ショーンが不利を悟って投降する可能性はある。
オリヴァーは顔を覆った。
「ますます学生の手に余る事態だな。昼間、あの人をとっ捕まえることが出来ていれば良かったんだが」
シャーロットは顔を顰めた。
「私の魔神に不手際はありませんでしたよ。邪魔が入ったのがいけないんです」
「お前は本当にあの魔神を贔屓にするな――」
そのとき、五フィートもある喉から吐き出されたような、深く轟く吐息の音が響き渡った。
オリヴァーは思わず口をつぐみ、そしてそれは、同じ建物の中にいる人間が同じくしたことだった。
全員が息を呑む音と気配に、この石造りの建物が震えたかのようだった。
しん、と静まり返った男子第一寮――どこかで、誰かがうっかりテーブルから落としたらしいカップが、絨毯の敷かれた床に落ちてごとりと立てた音が異様に大きく聞こえる――
そして、唐突に、空中にぎょろりと目が開いた。
シャーロットのそばで、空気と同化していた瞼が開いたかのよう――そして大きな、直径にして三フィートほどもある巨大な目玉が、ぐるりと回って室内を一瞥し、最後にそばで驚愕のあまりに棒立ちになっているシャーロットを見た。
その虹彩の色は銀色――フォルネウスの瞳と同じ色だ。
その一つ目の中に、シャーロットは自分の影が映り込んでいるのを認めた。
人間というものは、異様な光景に驚きすぎると声も出ないらしい――それを実感し、眼前の光景を現実のものと受け容れることに戸惑っているあいだに、すみやかにその瞳は目の前から失せた。
「――今のは?」
オリヴァーが茫然として気が抜けた声で尋ね、シャーロットは瞬きを数回してから、ようやく応じた。
辺りが静まり返っているので、自然と囁くような声音になる。
「――フォルネウスだと……」
そして、シャーロットは自分の二の腕を抱いた。
「……同じような目玉を見たことはあるけれど、あれは状況が異常だったものね……」
小声でつぶやき、シャーロットは周囲を見渡した。
男子第一寮は、未だに静まり返って、針が落ちた音ですら木霊しそうなほどに空気が張り詰めている。
ちかっ、と、目の端で白い光がきらめいた。
オリヴァーの向こう、部屋の外で、一瞬強くきらめいた光がある。
――どうやらショーンは、みずからシャーロットのもとへ足を運ぶのはお望みでないとみえる。
即座に部屋の外に足を向け、シャーロットはオリヴァーの腕を、親しみを籠めて叩いた。
「先日から今日まで、本当にありがとうございました。
――あと少し、もしお願いできるとすれば、絶対に安全だと思えるような距離を置いて、私について来てくださいません? 何もしてくださらなくて大丈夫――目撃者になっていただきたいだけなので」
オリヴァーは疲れ切ったように呻いた。
「それ、俺じゃなきゃ駄目か?」
「別の人でも構いませんし、なんならストラスでも。
ただ、裁判において悪魔の証言がどのくらい重みを持つのか分からないので、出来れば人がいいですね」
あっさりとそう答えたシャーロットに、オリヴァーは訝しげに瞬きした。
「……裁判?」
「はい」
シャーロットは頷いた。
その橄欖石の色の瞳に、マルコシアスならば見慣れた、激烈なまでの意思の光がきらめいた。
「ジュニアはあまりにやりすぎました。そのうえ、まだ懲りずに私を捜しているんだもの。
もうこうなったら、私を使って、彼のお父さまと同じ目に遭ってもらいましょう」
オリヴァーはいっそう怪訝そうに眉を寄せる。
「は?」
もう一度、苛立ったように強く、光点が瞬いた。
シャーロットはそちらに顔を向けつつ、語調も荒く囁く。
「彼が私に手を出そうとしたという目撃者が要るんです。
私がするべきなのは、エムとワルターさんが呼びに行ってくれた助けが来てくれるまで、なんとかジュニアを学院の中に留まらせることね。あんな人間を外に出したら、リクニス学院の歴代の恥になるわ。
オリヴァーさん――軍省から助けが来ると思うので、そのときに私がどこにいるのか、助けに来てくださった方に伝えてほしいんです」
オリヴァーが、一般常識に目覚めた様子でシャーロットの腕を掴んだ。
「いや、お前――そういう危ないことをするのは、警官の仕事だから」
「こればっかりは私の責任です」
はっきりとそう応じながらも、シャーロットは強情に唇を引き結んだ。
「――私も死ぬつもりはありません。あんな馬鹿のせいで、やっとリクニスにも入学できた私の人生を棒に振るなんて馬鹿馬鹿しいもの。
それに、私が死んだら、この筋書きが成立しないんです――私の死体には、ジュニアの人生を破滅させるだけの説得力がないので」
「――お前、頭は大丈夫か?」
オリヴァーがおののいたようにそう確認したが、シャーロットは断固として、彼の手を腕から振り解いた。
「もちろんです。――ジュニアは知らないことですけれど、上手くすれば、彼を彼のお父さまと同じように内乱罪で捕まえてもらって、二度と彼のために迷惑をこうむる人がいないように出来るかもしれません」
廊下に踏み出し、彼女を急き立てる光点が次に廊下の先できらめくのを確認してから、シャーロットはつぶやいた。
「……彼が殺してしまった人は、もうそれでも慰められようがないけれど」
▷○◁
ちかちかときらめく光点は、迅速にシャーロットを男子寮から連れ出し、本棟の方へ連れて行こうとしていた。
シャーロットはそれが分かりつつも、ぐずぐずと足を止めたり、ゆっくりと歩いたりして、なんとか時間をかけようとしていた。
なにしろ、さしものネイサンも、知らせを受けた数秒後にここに立っていることなど出来ないだろうから。
光点は一定の間隔を開けて瞬き、シャーロットを本棟の中へ連れ込もうとしている。
女子寮から伸びる外廊下の方へは誘導せずに、しばらく彼女に外を歩かせて、勝手口の一つへと導こうとしているようだ。
シャーロットはうさん臭さに鼻を鳴らした。
本棟の中にはほとんど明かりが灯っておらず、勝手口から覗き込んだ先の廊下は真っ暗になっている。
これでは、たとえば凶器となる鈍器を構えたショーンが立っていたとしても、それに気づくには苦労するだろう。
シャーロットは小声で呪文を唱え、魔精レキトから力を借り受けて小さな明かりを点したが、それでも石造りの壁の中に充満する夜陰は、重厚な帳のように密度を保っていた。
とはいえ、眼前に凶器を携えたショーンがいないことは確認できる。
闇の向こうで、ちかり、と強く瞬く光点。
シャーロットは息を吸い込み、勝手口から本棟の中へ足を踏み入れようとして、
「――ちょっと待った」
後ろから唐突に肩を引かれ、シャーロットは背後に向かって倒れそうになった。
驚きの声を上げて振り返ったが、後ろにだれがいるのかは察しがついている。
その予想にたがわず、そこには肩で息をしているマルコシアスが立っていた。
いつもの少年の姿で、黒ずくめの服装になっている。
かれは首許のストールを直しながら、むっつりとシャーロットを見ていた。
「エム!」
シャーロットは歓迎の声を上げ、くるりと後ろに向き直って、歓迎のためにマルコシアスを抱き締めた。
マルコシアスは迷惑そうにそれを押しやって彼女を引き離し、不機嫌そのものの表情で眉を寄せる。
「ロッテ、どういうつもりかな。僕があわてて戻ってきたら、あんたはフォルネウスが開けた大口に向かって、のこのこと歩いていっているときた」
シャーロットは軽く両手を挙げてみせた。
「べつに考えなしに歩いてきたわけじゃないわ」
「そうかな。あんたが考えていることと言ったら、その日の朝に屠殺されることを知らずに暢気に鳴いている雄鶏とどっこいどっこいだと思うけど」
皮肉を籠めてそう言ったマルコシアスの足を踏んでから、シャーロットはちらりと本棟の中に目を戻した。
フォルネウスはむろん、唐突にかれの精霊の視界からシャーロットが掻き消えたことにより、そばにマルコシアスが戻ったことを察しているだろう。
先ほどまでちかちかと行儀よく瞬いていた光点は、今は狂ったように激しく明滅している。
「――エム。私たちの最終的な目標はなに?」
シャーロットが念を押すために尋ねると、マルコシアスは少し考え、真面目に応じた。
「あんたとコーヒーを飲むこと?」
シャーロットはその場にひっくり返りそうになった。
「馬鹿な悪魔ね! ジュニアを捕まえることに決まってるでしょ」
「間抜けなレディだな、あんたから言い出したことだろうに」
マルコシアスはそう言いつつも、馬鹿にしたようにシャーロットをまじまじと観察した。
「で? 一人でフォルネウスのところに向かおうとしてたの? そのために?」
シャーロットはこめかみを押さえる。
「お前とワルターさんの首尾は?」
マルコシアスは誇らしげに即答した。
「上々」
「やっぱりね」
事も無げにそう言って、シャーロットは指を立ててみせた。
「つまり、助けがくるんでしょ? 私が稼がなきゃいけない時間はそれまでのあいだよ。
むしろ、私がフォルネウスとジュニアを無視しちゃったら、どんどん被害が広がるかもしれないわけでしょ。
それに、思ったんだけれど、今日のこと――」
マルコシアスはいたずらっぽく首を傾げ、狂ったような明滅を続ける光点に、見えないとは知りつつもべぇっと舌を出した。
「僕がグラシャ=ラボラスから勝ち取った、輝かしい勝利のことかな。
それともフォルネウスを手玉にとったこと?」
シャーロットは溜息を吐く。
「どっちも。――とにかく、このままじゃジュニアに言い逃れの機会を与えてしまうと思うの。だって、仕方なかったとはいえ、私もお前を召喚して応戦しているんだもの。
私が正当防衛と言おうと、向こうだって同じ主張をしてしまえば、裁判の結果がどうなるかは分からないの。ネイサンさんは軍省のかたで、私の事情を知っている人も軍省にしかいなくて、裁判は司法省の管轄なんだもの。それで――」
シャーロットは眉間にしわを刻んだ。
「――万が一にでも、私が前科者になって、博物館の学芸員になれないなんてことになったら最低だわ。私の人生に、そんな汚点も計算違いも不要よ」
マルコシアスは微笑んだ。
「なるほどね。それでこそだ、レディ」
「それに、」
シャーロットは言葉を続ける。
「ジュニアを、何が何でも、内乱罪の疑いで尋問してもらわなきゃ困るの。
そうじゃなきゃ、アーニーの雇い主に話がつながらないもの」
マルコシアスは当惑したように首を傾げた。
シャーロットは息を吐いて、口早に補足した。
「お前が見た、あのオウムの主人よ」
マルコシアスは得心した様子だった。
「ああ」
「二年前の一件にも今回の件にも、その人が関わっているはずなの。その人がジュニアに入れ知恵して、私に関するほらを吹き込んだのよ。
だったら、ジュニアのことは内乱罪の疑いで、そのことを入れ込んで尋問してもらわなきゃ困るわ。そのためには――」
「――実際に内乱罪を犯してもらわなきゃ困る、って?」
マルコシアスがシャーロットの言葉を引き取って、珍獣を見るような目で彼女を矯めつ眇めつした。
「確か、あんたの血をどうこうしようとすれば、内乱罪になるんだっけ?」
「よく覚えていました」
シャーロットは満足そうに応じたが、マルコシアスはますます呆れたように目を瞠った。
「それで、そのために、あんたはのこのこフォルネウスのところに向かっているわけ?」
「それ以外の何があるのよ。ジュニアは私の事情について知らないのよ。
なら、実際に内乱罪を犯していない彼が私への逆恨みを語ったとしたら、そこで一件落着してしまうわ。もっと軍省の方々が彼を疑うように、実際に罪を犯してもらわなきゃ」
シャーロットは平然と答え、マルコシアスは一歩下がって、まじまじとシャーロットを観察した。
その淡い黄金の瞳に、いっそ驚嘆に近いものが浮かんだ。
「――はあ。なるほど。あんた、相変わらずだね。
目的のためなら、ためらわずに自分自身でも賭け事のチップにする」
シャーロットは顎を上げた。
「勝つ見込みがあるからよ」
「そうかもね」
認めて、マルコシアスは首許のストールに触れた。
「いや、不変は罪だと思ってきたが……あんたが変わらないのは、いいね」
「どうも」
シャーロットは短気に応じて、狂ったような明滅を繰り返す光点に視線を向けた。
魔精が提供する明かりに、その橄欖石の色の瞳が薄い色合いに輝く。
「じゃ、ついて行っていいかしら」
「お好きにどうぞ」
マルコシアスはそう言って一歩下がり、フォルネウスの精霊からもシャーロットが見えるよう、気を配る風を見せた。
光点の狂ったような明滅が収まり、また少し遠くに光点が移動して、ぱっ、と輝く。
それを見ながら、マルコシアスは唇を曲げた。
「あんた、あんまり僕を頼らないようにしてくれよ。
もうそろそろ、報酬の範囲を著しく超えてきてるような気がしてるんでね」
シャーロットはマルコシアスを振り返り、ばつが悪そうに顔を顰めた。
「ごめんなさい。
次にお前を呼ぶときは、今回のことも含めて報酬を弾むわ。
――あとちょっと、お願いね」
マルコシアスは肩を竦めただけで応じなかった。
――のちに魔神マルコシアスが、おのれが受け取った中でも最も価値のある報酬だったと語るのは、シャーロット・ベイリーが三度目の召喚においてかれに与えた報酬となるのだが、このときのかれは、それを想像すらしていなかった。




