11 コーヒーと警官
シャーロットは間もなくして、オリヴァーと再会した。
ストラスはある瞬間から、フォルネウスがかれを追うためにつけた精霊が撤退したことを察して、本棟のバルコニーにオリヴァーを下ろしてむっつりと黙り込んでいたらしい。
オリヴァーがそのバルコニーから、うろうろと歩き回って本棟に入ろうとしているシャーロットを発見して、間もなくして彼らは本棟の二階の廊下で再会することに相成った。
その廊下の窓も、ふちがぎざぎざになった欠片を残して吹き飛んでいた。
オリヴァーはまず、ぼろぼろになったシャーロットの格好を上から下までまじまじと見て、ごく普通の声音で言った。
「マルコシアスは駄目だったのか?」
マルコシアスが致命の一撃を負ったからこそ、シャーロット自身が傷を負ったと考えたのだろう。
シャーロットは顔を顰めた。
身体のあちこちが痛んで、頭がぼんやりとしてきていた。
「失礼なことを言わないでください。かれは大丈夫です。これは……」
言い訳を考えて、結果、彼女は適当につぶやいた。
「ちょっと作戦のために、かれに少しだけ悪魔の道に戻ってもらったんです。そのときに」
「はあ?」
オリヴァーは正気を疑うような目でシャーロットを見たが、傷だらけでふらふらしているシャーロットを、しいて問い詰めはしなかった。
が、ストラスにそんな遠慮はない。
「おい、フォルネウスはどうなった?」
じろじろとシャーロットを見て、筋骨隆々の男の格好をしたかれが凄む。
「マルコシアスのやろうのことだ、あいつを領域に追い落とすのは出来ないだろう」
「そうなの」
シャーロットはみじめな気持ちでつぶやいた。
「フォルネウスと、かれの主人のジュニアがどこにいるか分からなくて――ワルターさんが危ないかもしれないから、エムにはそっちを追ってもらったの」
「フォルネウスが野放しになってんのか!」
ストラスが怒鳴って、つんつんと立った短い薄紅色の髪をかきむしった。
「それだけじゃなくて、もっと位の高い魔神も近くにいるみたい」
シャーロットは小さく言った。
「エムが言うには、どんなに低く見積もっても序列一桁だって。
――でもこっちは、ジュニアに仕えているわけじゃないわ」
「序列――一桁?」
オリヴァーが頭のてっぺんから出たような声を出した。
「なんだ、それ? そんなのがこのへんを徘徊してるっていうのか?」
「真に受けるな」
ストラスがぶっきらぼうに言った。
「マルコシアスがそう言った? だったら信じることはない。あいつと俺の序列はそう変わらんだろう。それほど高位の魔神なら、とてもじゃないが序列がどのくらいかなんて分からんね」
シャーロットは顔を覆った。
――確かにそうだ。
だが、マルコシアスには『神の瞳』がある。
しかし、シャーロットからそれを打ち明けるわけにもいかない。
それに、あのオウムが、フォルネウスのようにこの学院の人々に害を与えるとは思えなかった。
「――どちらにせよ、もう外には出られるから」
シャーロットはやっとのことでそう言って、オリヴァーを見た。
「オリヴァーさん、一緒に、もう外に出られるってことを皆さんに伝えて回りましょう。たぶんそれで、あのジュニアからは逃げられるから」
オリヴァーは頷いたものの、気遣わしげにシャーロットを見て、そっと言った。
「それは俺がやるから、ベイリー。お前、先に落ち着けるところに行っていろよ。
自覚ないのか? ふらふらになってるぞ」
一時間後には、シャーロットは馴染みの〈ピーリードット〉カフェの壁際のソファ席に座り、ぐったりしていた。
目の前のテーブルには湯気の立つコーヒーと、山ほどのスコーンの乗った皿、イチゴのジャムの小さなつぼが置かれている。
店内はそこそこ混雑していた。
異常事態から解放された学生たちのうち少なくない人数が、心の安らぎを求めてこのカフェにやって来たのだ。
このカフェは、厨房を囲むカウンター席が鉤型に設けられ、テーブル席が整然と並んでいる。
テーブル席の横には曇り硝子の衝立が置かれており、足許は深紅の絨毯(ただし、長年に亘る学生の靴の裏による襲撃により、黒ずんでいる)、ソファもことごとくが臙脂色のカバーを掛けられている。
天井からは、しゃれた花の形の硝子の笠がついたランプが吊り下げられていた。
隅には蓄音機があり、曲がったラッパの形の金属ホーンから、明るい曲調の音楽が流れてきている。
カフェの店主は、突如として押し寄せてきた学生たちから語られる、「とんでもないことが起こった」という話を、はじめはただおだやかに笑いながら聞いていたが、そのうちに落ち着きを取り戻した学生たちが、「もう誰かが行ってるかもしれないけど、いちおう俺たちも警察に行っておくか」と腰を上げるのを見て、ようやくそれが事実だったと気づいて驚いたようだった。
それからは、「大変な目に遭った学生さんたち」に、無料でスコーンやらケーキやらを出し続けている。
学生の中には、シャーロットに気づく者もいた。
大広間でショーンとののしり合っていたところは、全学生に見られていたといって過言ではない。
そのため、直接彼女に声を掛ける者はいなくとも、ひそひそと彼女を取り巻く噂話の声が聞こえてきていた。
店主もそれに興味を覚えたのか、シャーロットのためにコーヒーを運んできたときは、やたらとじっくり彼女の顔を見ていた。
シャーロットはぐったりしたまま手を伸ばして、コーヒーカップの把手を掴んで持ち上げた。
コーヒーに口をつける。
苦い。
いったんカップを置いて、テーブルの隅に置かれたシュガーポットから、角砂糖を二つあまり落とし込む。
もう一度コーヒーに口をつける。
今度は甘すぎる。
だが、気分はずいぶんましになった。
マルコシアスがワルターを追って、彼を護衛してくれている。
ワルターはもう大丈夫だろう。
ここからローディスバーグまでは、ゆっくり進んだとして半日も掛からない。
ワルターのことだから、汽車を乗り継ぎ乗合馬車の御者に賄賂を握らせ、可能な限り速く走ってくれるはずだ。
フォルネウスとショーンがどこにいるか分からないのは不安だが、ネイサンが――あるいは、彼が契約している魔神が――ここまで駆けつけて来てくれれば、もう安全だ。
そして今や、リクニス学院の閉鎖は解かれ、学生も教授も、エデュクスベリーのほうぼうにまで逃げ出せるようになった。
甘いコーヒーが歯にねばつくように感じた。
シャーロットは背もたれから身を起こして、スコーンを取り上げ、乱暴にそれをちぎって口に押し込んだ。
朝以来、なにも口に入れていなかった。
時刻はもう夕方だ。
そのとき、目の前の椅子が無断で引かれた。
シャーロットはぎょっとしたが、すぐにそれがオリヴァーだと気づいた。
オリヴァーが、疲れた様子でシャーロットの差し向かいにどっかりと腰かけている。
「俺にもコーヒーを」
オリヴァーが後ろに向かって言い、店主が「はいはい」と答える声が聞こえる。
オリヴァーはそのまま、明るい緑色の目でシャーロットを眺めた。
「ここにいたのか。捜してたんだぞ」
「……ごめんなさい」
シャーロットは呻いた。
「喉が渇いておなかが空いて、気分が悪かったの」
「だろうな」
オリヴァーはつぶやき、シャーロットの前にあるスコーンの皿をじっと見つめた。
ぐぅ、と彼の腹が鳴ったが、彼はスコーンから目を逸らせた。
気分が悪くなったのが分かった。
「この店の活況をみてお察しだろうが、もうみんな、学院から出られるってことは知ってるよ。部屋に戻って泣いてる連中もいれば、こうして繰り出してきた連中もいるし、――教授がたの中には、」
オリヴァーにコーヒーが運ばれてきた。
オリヴァーが会釈して、コーヒーを一口すする。
「――学院の中で、位の高い魔神を召喚出来ないか試している人もいるよ。
こっちにフォルネウス以上の序列の魔神がいれば、状況は変わるわけだから。ただ、成功するかは分からないな」
「いっそ」
シャーロットはつぶやいた。
「パイモンとか――それ以上の魔神を召喚してくれないかしら」
「はあ?」
オリヴァーは面喰らったようだったが、それについてシャーロットを問いただすことは出来なかった。
「シャーロット!」
声がして、駆け寄ってきた人影がシャーロットのそばに屈み込み、彼女をぎゅっと抱き締めたのだ。
「心配したのよ、シャーロット!」
「ノーマ」
シャーロットはルーム・メイトを呼び、気まずそうに身を引いた。
「私も心配してたわ。大丈夫?」
「私はね」
ノーマは応じて、シャーロットの隣に座った。
「あなたこそ大丈夫? あの人――あの魔神を召喚してた人――どうしてあんなことをあなたに言ってたの? あなた、何か困ったことに巻き込まれてるんじゃないの?」
シャーロットは胸が詰まった。
ここで、この親しい友人に何もかも打ち明けてしまうことが出来れば楽になるだろうが、それは出来ないのだ。
首相が彼女の死刑執行令状に署名をするところを見たくなければ。
「ええ――そうね――でも、大丈夫なの」
シャーロットはあいまいにつぶやいて、じくじくと痛む頬の傷に顔を顰めた。
傷ついた瞬間はさほど気にならなかった痛みでも、こうしていると意識のはしっこを絶えずむしばんでくる。
マルコシアスがいないからだ、と、ふいに思った。
かれがいれば、あれこれと彼女に話しかけてきて、シャーロットは怒ったり呆れたり考えたり命令したりで忙しく、傷の痛みのことなど考えているひまもない。
同時に、ふと心胆が冷えるような心地を覚えた。
私はマルコシアスを信じている――それはいい、だが、こんなふうに思うのは、かれに依存しているからでは?
悪魔への依存ほど恐ろしいものはないと分かっているはずだ。
「怪我をしてるのね」
ノーマがしばしの沈黙ののち、ためらいがちにつぶやいた。
「手当てしなきゃ」
「ストラスを呼ぼうか?」
オリヴァーが言った。
店主が、彼のためにスコーンを載せた皿を運んできた。
そのまま、ノーマにコーヒーがいるかどうかを尋ねている。
ノーマが頷いて、コーヒーを頼んだ。
オリヴァーはスコーンの皿をじっと見たあと、やっぱり胸がむかむかした様子で、その皿をちょっと押し遣った。
(もしかして、ヴィンセントさんが殺されるところを、まともに見ちゃったのかもしれない)
シャーロットはそう考えて胸が痛くなった。
彼女自身は、間髪入れずに動いたマルコシアスに守られて、その決定的な瞬間を見なかったのだ。
オリヴァーはあのあと、学院の厨房でショートブレットを食べていたが、落ち着いた今になってショックがぶり返してきているのかもしれなかった。
「ストラス?」
シャーロットはぼんやりと応じた。
――フォルネウス、ショーン。
ネイサンが何かの手を売ってくれるまで、あの二人に何もさせないこと。
白いオウム、アーノルド。
たくさんのことが頭の中を行ったり来たりしている。
コーヒーのかぐわしい香りに、身体が勝手に落ち着こうとしている。
糸がぷつんと切れたように、身体が何倍にも重くなったように感じている。
「ストラス? ――大丈夫よ。
あなた、ストラスとの契約に、こんなにたくさんのことは織り込んでなかったでしょう」
オリヴァーは肩を竦めた。
「まあな」
「今日は本当にありがとう……」
シャーロットはぎゅっと目をつむった。
そのとき、にわかに周囲が騒がしくなって、彼女はぱっと目を開けた。
そしてカフェの窓から、ものものしくこちらへ向かってくる警官の一団を認めた。
どきりとしたものの、それも一瞬だった。
あれだけの大騒ぎが起きて、学生や教授が何人も警察に駆け込めば、警官も動くというものだ。
だがやがて、またも心臓がどきどきと激しく脈打つことになった。
――窓の向こう、警官の一団のさらに向こうに、見覚えのある金茶色の髪が見えた気がしたのだ。
(――アーニー?)
思わず立ち上がろうとしたそのとき、カフェの中のざわめきが、一段階大きくなった。
警官の一団が、迷う様子もなくカフェの扉を開けたからだった。
ちりんちりん、と、ドアベルが澄んだ音を立てている。
オリヴァーが入口を振り返って、驚いたように目を見開く。
ノーマもびっくりしたようだった。
ぐるり、とカフェの中を見回した警官の一団は、ややあってゆっくりと、客の一人一人の顔を確かめるようにしながら、こちらに近づいてきた。
きょとんとして顔を上げたシャーロットの顔を見ると、先頭の一人が急ぎ足で歩み寄ってきた。
肩章のついた丈の長い黒い外套、二重になったベルトからぶら提げられた棍棒やラッパ銃――典型的な警官の格好。
シャーロットは思わず、それらをまじまじと上から下まで眺めてしまった。
「――何か用ですか?」
オリヴァーが尋ねた。
警官はふところからメモを取り出すとそこに目を落とし、それからシャーロットと目を合わせた。
「シャーロット・ベイリー?」
シャーロットはわけもなく背筋を伸ばして、頷いた。
――どうして呼ばれるのだろう?
まさか、ネイサンは既にここで何が起こっているのかを知っていて、警察を動かしたのか?
警察は司法省の管轄のはずだが、ネイサンならば司法省にしかるべき働きかけは出来るだろう。
――あるいは、学院中を壊したのが彼女の悪魔だと知られたのか?
引っ立てられて、弁償を求められる?
いや、しかし、それならショーンも捕まってからのはずだ。
警官はまじまじとシャーロットを見てから、周囲をふと見渡すようにした。
それからまたシャーロットに目を戻して、小さく微笑む。
そうすると彼の目尻にしわが寄った。
「そう。――一緒に来てくれないかな。われわれのところに駆け込んできた人たちが口をそろえて、きみの名前を出すものだから」
シャーロットは瞬きし、感情が行き場を失ったかのように、驚きも怖がりもせずに立ち上がった。
むしろノーマの方が怯えて、シャーロットの手をぎゅっと握っている。
「こいつだけですか?」
オリヴァーが、落ち着いた調子で確認した。
「こいつ、見ての通り、かなり疲れてるんで。俺も一緒に行っていいですか?」
「いや、いや」
警官は首を振った。
「大丈夫。彼女が疲れていることはよく分かるからね。心配しなくていいとも――きみはここでゆっくりしておいで」
そうして、彼はシャーロットに手を差し出した。
「よし、おいで、ミズ・ベイリー」
シャーロットは窓の外を見た。
見えたと思った金茶色の髪は、もうどこにも見えない。
胸の奥の方がずきんと痛んだ。
「……はい」
シャーロットはよろよろと進み出て警官の手に掴まりながらも、小さな声で囁かずにはいられなかった。
今この瞬間も、彼女の悪魔が精霊を彼女のそばに置き、無事を見守っているということを、どうしても疑うことが出来なかったのだ。
「――大丈夫だから。
戻ってこなくていいからね、エム」
▷○◁
実際、“大丈夫”だった。
警官がシャーロットを警察の詰め所に連れていったのは、ひとえに彼女を好奇の視線から守るためだったらしい。
オリヴァーの同行を止めたのは、単純に二人も世話をしていられなかったからだ。
だいいち、シャーロットを休ませる気ならば、同行者は女性のほうが好ましい。
「駆け込んできた学生の中には、かなり興奮している子もいたからね」
と、警官は煙草に火を点けながら言った。
「もちろん、こっちでも学院に人を向かわせてはいるがね、悪魔のしたことなら軍省管轄になる。
で、のんびりしているあいだに、きみがあらぬ疑いで袋叩きになってはいけないという判断になってね」
シャーロットはありがたさで胸が痛くなった。
実際に疲れていたし、学生たちのあいだにいるよりも、まがりなりにも危険に対処する訓練を積んできた警官のあいだにいる方が、まだしも落ち着いていられた。
警官は、煙草を吹かしながらシャーロットを連れて詰め所の中を歩いた。
クリーム色の壁紙は、煙草の煙で黄ばんでいる。
ちらりと覗いた警官たちの執務室は、デスクの上に書類が山ほど載って雑然とし、ガス灯の硝子の覆いには煙草の煙がもたらしたくすみがこびりついていた。
一方廊下は殺風景だ。
その廊下の床を軋ませながらしばらく歩き、警官はやがて簡素な造りのドアを開けた。
「はい、ここ。われわれの休憩室だ。状況が落ち着くまでここで休んでいなさい」
シャーロットはおずおずとその部屋に足を踏み入れた。
小さな部屋で、部屋の半分はベッドでいっぱいになっている。
若草色の壁紙は、やはり煙草の煙の汚れがこびりついていた。
隅には小さな薪ストーブがあり、そのそばに薪が詰まれた鉄籠が置かれている。
小さな丸テーブルと丸椅子が置かれており、丸テーブルの上には灰皿と今日の新聞が載っていた。
ベッドは向こう側の壁、カーテンもない窓際に寄せて置かれており、シーツと枕は見たところ清潔そうだった。
「シーツは洗いたてだ――気にせず使ってくれ」
警官はそう言って、彼も暇ではないのだろう、時間を気にするそぶりを見せた。
「夕食の時間になったら声をかける。それまでに、自分の寮に戻りたかったらそうしてくれ。ただ、出て行くときには誰かに声を掛けてくれよ」
シャーロットは頭を下げた。
「ありがとうございます」
「かまわんよ」
警官が手を振って去っていく。
シャーロットはドアを閉めて、ともかくもよろよろと丸椅子まで進み、そこに崩れ落ちるように腰掛けた。
部屋の中は薄暗くなりつつあったが、ランプに灯を点す気力がなかなか湧かなかった。
――ワルター。マルコシアス。
ネイサン。
ショーン。フォルネウス。
白いオウム。そして――アーノルド。
頭の中がぱんぱんになるほど、あらゆる名前が脳裏を駆け巡っている。
今回の一件は、十四歳のときのものとは様相が違う――あのときは、シャーロットはただひたすらに、自分を誘拐しようとした悪人を捜せばよかった。
そしてリクニスへ入学することが出来れば良かった。
今回は違う。
ショーンを見つけなければならない。
見つけて、出来れば誤解を解かなければ。
それが最も穏便な方法だ。
そしてネイサン――彼に、白いオウムのことを話さなければ。
十四歳のときの一件と今回の一件に、ともに関わっている魔術師がいると伝えなければ。
ぐるぐるとそんなことを考えていたそのとき、こつ、と小さな音が聞こえて、シャーロットははっとして顔を上げた。
こつこつ。
窓から音が聞こえる。
シャーロットは立ち上がった。
大きく口を開け、その瞬間には自分が疲れていることも忘れ切ってしまった。
大慌てでベッドに飛び乗り、膝で進んで窓の掛けがねに手をかけて外し、窓を押し開ける。
詰め所の横手に位置するこの窓は、路地に向かって開くようになっている。
そして、背伸びしてその窓硝子をこつこつと叩いていたのは――
「アーニー!」
シャーロットは歓迎の悲鳴を上げて、窓から身を乗り出し、気まずそうにそこに立っている青年の首を抱き締めた。




