03 選択の余地なき選択
ほどなくして、問題なくシャーロットはオリヴァーを見つけた。
彼は数人の友人と、厨房近くの廊下の壁に寄り掛かって何かを話していた。
なぜ厨房近くにいたのか、その理由は明白で、彼らは一様に、ショートブレッドであったりベーコンを挟んだパンであったりを食べていた。
昼食を摂りそこねたのだから、空腹で当然というわけだ。
とはいえ、元気よく食事にかぶりつく仕草とは裏腹に、彼らは深刻な顔をしていた。
それはそうだろう――目の前で人が死んだのだ。
シャーロットが駆けこむように近づいていくと、彼らはぴたりと口をつぐんで、奇妙なものを見る目でシャーロットをまじまじと眺めた。
オリヴァーがショートブレッドの最後の一欠片を慌てて飲み込んで、一歩前に出た。
「ベイリー?」
シャーロットとしても、オリヴァーが前に出てきてくれてありがたかった。
ここでよく知りもしない先輩たちから、「内乱罪とはなんのことだ」と詰問されたり、もっと悪いことに、「お前がいなければこの騒動は起こっていなかったのではないか」と責められたり、そんなことを考えると気が遠くなる。
オリヴァーの友人たちとみえる彼らが、オリヴァーとシャーロットを見比べるようにした。
さらに、シャーロットの後ろを悠々と歩いてきたマルコシアスのことも、まじまじと見ている者もあった。
オリヴァーが少し動いて、遠慮を持つ余裕のない視線からシャーロットを庇うようにした。
「どうした?」
「ちょっと話が」
そう言ったシャーロットの表情がただならぬものであることを見て取って、オリヴァーが小さく頷いた。
シャーロットを促して、シャーロットを引き返させる形でその場を離れる。
シャーロットはちらりと、先ほどまでオリヴァーが話していた数人を振り返った。
「なにを話してたんですか?」
オリヴァーは表情を変えずに応じた。
「腹が減った、今日はクソみたいな日だ、大広間の弁償は誰がするんだろう、――学院の外に出られない、さて困った。――そんな話を」
弁償、と聞いて、こんな場合ではあれシャーロットの胃袋が見事な宙返りを決めた。
――そうだった。
マルコシアスは、〈同格〉のフォルネウスの注意を逸らしてあの場から脱出するために、歴史あるリクニス学院の一部を破壊したのだった。
あこがれの場所の一部を自分の悪魔が破壊したという事実に、シャーロットは遅まきながらも衝撃を受けた。
だが、オリヴァーの言葉には、そんな感傷よりもはるかに重大なことが含まれていた。
「外に出られない?」
シャーロットは声を大きくして復唱し、それから悪態を漏らした。
「あの馬鹿、精霊に見張らせたわね」
「そうだろうな」
オリヴァーも硬い表情で、顎を引くようにして頷いた。
「警察に駆けこもうという話になって、最初に学外に出ようとしたやつが火傷した。
たぶん――この学院全体が、とんでもなく熱い空気が囲まれているみたいだな。卵の殻みたいな」
シャーロットはマルコシアスを振り返った。
マルコシアスは軽やかな歩調でついて来ていたが、視線を受けて両手を挙げてみせた。「僕にできることは何もないよ」ということらしい。
シャーロットは額をこすった。
「その、火傷をしたっていう人は、無事?」
「無事なんじゃないか? びっくりして、すぐに後ろにひっくり返ったらしい。それが良かったんだな」
そう言ったタイミングで、オリヴァーが足を止めた。
ちょうど、中庭に面する窓のそばだった。
午後に向かって傾いた陽光が、燦々と中庭の芝生を輝かせている。
窓に面したこの廊下には、当然ながら、今の時間帯から灯が入れられているということはない。
「――で? 何の用だ?」
シャーロットはぐるりと周囲を見渡した。
「ストラスさんはどこ?」
オリヴァーは、警戒心に満ち溢れる表情を浮かべた。
「何の用だ?」
シャーロットはオリヴァーの顔に視線を戻した。
「たぶん、薄々分かっていると思いますけど、あの人――」
「ショーン・オーリンソン?」
オリヴァーが言って、その口調から、知らない仲ではなかったのだとシャーロットにも分かった。
「彼の父が服役していたとは知らなかった――一度も大変そうな顔は見せなかったから」
「それなんですけど――」
当たり障りのない部分だけを選んで打ち明けようとしたシャーロットの言葉を、オリヴァーが遮った。
「やめてくれ」
彼はほとんど耳をふさぎそうになっていた。
「変なことを知ってしまって面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。何も言わないでくれ」
シャーロットは瞬きし、それから息を吸い込んだ。
「分かりました。――オリヴァーさん、今ってどういう状況か分かります? つまり、その――皆さんが今どうしているのか?」
「厨房のコックは、大広間に追い立てられる運命から逃れてたぞ。あのおっさん、のんびり煙草を吸っていたからな。俺たちが飢え死にしそうな顔で入っていってきょとんとしてた。状況を話してもしばらく冗談だと思われてて、そのあと気狂いを見るみたいな目で俺たちを見てきて、大変でしたねぇ、って言われたよ」
シャーロットはあいまいに肩を竦めた。
――きっとショーンは、使用人など人とも思っていないから、それで見逃したのだ、となんとなく分かった。
「他の連中は――まあ落ち着こうとしてるってところかな。なんだかんだ、ここ、広いだろ。オーリンソンさんと鉢合わせしないように、あちこちで息をひそめてるよ。外に出られないことが分かってるやつもいるだろうし、なんで誰も警察を呼ばないんだって腹を立ててるやつもいるだろうが」
シャーロットは頷いた。
今もショーンが自分を捜し回っていることを想像した。
フォルネウスもまた、マルコシアスに干渉できないのならば、かれがそばでシャーロットを守っている限り、フォルネウスにはシャーロットを見つけられない。
ショーンはさぞかし苛立っていることだろう。
(苛立ちついでに無茶なことをしないことを祈るわ)
そして、事情を説明する段をすっとばして口を開いた。
「実をいうと、オリヴァーさん――ストラスさんに手伝ってほしいことがあって」
オリヴァーはあからさまに嫌そうな顔をした。
「あいつ? 俺とあいつのあいだの契約に、荒事への対処は含まれてないぜ。だからあいつは大広間でも出てこなかった――」
ちら、と、オリヴァーの緑色の瞳がマルコシアスを見た。
マルコシアスは頭の後ろで手を組み、高い天井を観察している。
「――そっちのマルコシアスは、お前にずいぶん忠実か、あるいは、お前は荒事が起こるのを知ってたか、どっちかみたいだな」
シャーロットは答えた。
「エムは大抵の場合、完璧に忠実です。
――エム、ちょっと」
呼びかけると、マルコシアスはのんびりとした仕草で腕を下ろし、首を傾げ、一歩前に出た。
「はいはい、レディ?」
「私たちの最終的な目標についてだけど」
マルコシアスはこくりと頷いた。
「フォルネウスをぶちのめすことだね?」
「違う」
シャーロットは肩を落とした。
「オーリンソン・ジュニアをしかるべき場所に突き出すこと。
そのためにはもちろん、フォルネウスをなんとかしないといけないでしょ」
マルコシアスは肩を竦めた。
オリヴァーは目を閉じ、窓にもたれ掛かっている。
下手なことは耳に入れるまいという、徹底した決意のあらわれだった。
「本当は、フォルネウスよりも格上の魔神を召喚できればいいんだけど」
マルコシアスが面白くなさそうな顔をした。
「へえ?」
「でも、私は序列三十四番以上の魔神を召喚したことはないし、オリヴァーさんもたぶん、そう。教授にもあんまりいないと思うし、だいいち事情の説明が大変だわ」
下手をして秘密を漏らしてしまえば、首相が私を死刑にしかねないし――という言葉を呑み込み、シャーロットは言葉を続ける。
「一から召喚陣を描いている時間はきっとないし、よしんばジュニアがのんびりお茶を飲む予定で、その時間があったとしても、報酬を用意できないわ。序列二十九番以上の魔神が何を要求してくるにせよ、すぐに用意は出来ないでしょう」
少し言葉を切って、シャーロットは断言した。
「腕の一本でもあげればいいのかもしれないけれど、あんな馬鹿者のせいでこれから先一生を片腕で過ごすことになるなんて、冗談じゃないわ」
マルコシアスは喉の奥で笑った。
「なるほどなるほど。それで?」
「話は変わって、警察がやってきたとして、序列三十番の魔神を相手にしてしまっては、ちょっと劣勢になるんじゃないかしら。
普通なら、警察が魔術師にラッパ銃を向けた時点で魔術師は投降するものなんだけれど、ジュニアはたぶん、基本的な倫理観に欠けているから」
マルコシアスは微笑んだ。
「そうだね、一時期は、僕もそういう務めで引っ張りだこだったんだけど」
「そういう野蛮な時代は過ぎました」
ぴしゃりと言って、シャーロットは顎を上げた。
「お前と――お前が説得できればだけど――ストラスさんで、フォルネウスに対処するとします。
並行してもうひとつ、助けを呼びに走ってもらうべきだわ」
オリヴァーがぱちりと目を開けた。
実際のところ、全て聞いていたのはあきらかだった。
意思の力で遮断できるほど、人間の五感というものはか弱くはないのだ。
「俺にそれをやれって言わないよな?」
「言いません」
シャーロットはきっぱりと言った。
「だいいち、助けを呼ぶべきは警察じゃないわ。――軍よ」
オリヴァーの表情に、大海溝ほどにも深い後悔と困惑が浮かんだ。
「は?」
「軍省に向かって、助けを呼びに走ってもらいます。
――というわけで、医務室に向かいたいんだけど」
オリヴァーはわけが分からない風情だったが、何も尋ねなかった。
窓にもたれていた身を起こして、彼は医務室にはどう行けば早いか――かつ、どうすれば目立たずに行けるかを考えたようだった。
そのあいだに、シャーロットは言葉を続けていた。
「今のままだと、外に向かって走ってもらうことも出来ないわけでしょう。だから、エム、お前と――協力してくれるなら――ストラスさんで、せめてフォルネウスの精霊を、この学院から引きはがしてもらいたいの」
「なるほどね」
マルコシアスは腕を組み、無関心な瞳でオリヴァーを見た。
「ってことは、先にストラスと話をつけなきゃいけないね」
シャーロットに目を戻して、かれがウインクする。
「あんたが誰かさんに飛脚の役を頼んだとして、ストラスがこっちにつかないなら万事休すだ」
シャーロットはためらったものの、同じくオリヴァーを見た。こちらは申し訳なさそうに。
「そうね。
――オリヴァーさん、ストラスさんをそばに戻せますか?」
オリヴァーは迷惑きわまりないという顔を隠しもしなかった。当然である。
「お前は本当に――ああ、くそっ」
悪態をついてから、オリヴァーはその場を数歩離れ、小声で、長い〈傍寄せの呪文〉を唱え始めた。
そのあいだに、シャーロットはマルコシアスに身を寄せて、声を小さくして尋ねた。
「――アーニーがどこにいるか、分かる?」
マルコシアスは肩を竦めた。
「いいや」
シャーロットは唇を噛んだ。
「注意して捜しておいてくれる――あのオウムがアーニーから目を離すこともあると思うから」
マルコシアスは小さく会釈する。
「仰せのとおりに、レディ」
シャーロットはさらに声を低めた。
「あのジュニアに、序列一桁の魔神が召喚できるとは思えないわ。アーニーを酷い目に遭わせている誰かが、ジュニアに嘘を吹き込んだのよ。
アーニーをこっち側で無事に守ることが出来れば、彼が、それが誰なのか教えてくれるわ」
マルコシアスは警戒ぎみの瞳でシャーロットを見た。
「話は分かるけれど、ロッテ。言っただろう――僕はあんたが好きだけど、致命の一撃は許容できない」
「分かってるわよ。だから、あのオウムが目を離すのを見逃さないようにしてって頼んでるんじゃない」
顔を顰めてから、シャーロットはちらりとオリヴァーを見た。
それから、小声でつぶやいた。
「――お前、〝真髄〟が二つあるっていう割に、〈マルコシアス〉の〝真髄〟も大事にしてるのね」
マルコシアスは警戒するようにオリヴァーを見た。
彼が何も聞いていないと分かっても、かれは少し責めるようにシャーロットを見た。
それからかれは咳払いをし――それを合図に、かれの周囲で精霊が動いて声が漏れないようにし――、言った。
「そりゃあね。――言っただろ、本当の〝真髄〟の方もこっちの〝真髄〟にひっぱられるんだって。
〈マルコシアス〉の〝真髄〟がしばらく使い物にならなくなったら、そのあいだには召喚されて報酬を受け取ることもできないし、――なんて言えばいいのかな、あんたたちで言うと、そうだな――身体の半分が麻痺した感じ、かな。そんな感じで、自分の領域もあんまり守れなくて、削り取られていくのを見ているしか出来ないんだよ」
かつてのその経験を思い出したのか、マルコシアスは苦々しい表情を浮かべ、付け加えた。
「本当の〝真髄〟が致命の一撃を喰らうなんて、そんなことは想像もしたくないね。例もないことだし」
「なるほどね」
そのとき、オリヴァーのそばに――嫌々ながらということがとてもよく分かる表情で――どこからともなくストラスが現れた。
薄桃色の髪の女性の姿で、尊大に腕を組んでオリヴァーを見据えている。
シャーロットは苦い顔になった。
「じゃあ、ストラスさんはきっとこの提案を嫌がるわね」
▷○◁
「嫌よ!」
ストラスは叫んだ。
もうまったく予定調和である。
オリヴァーはストラスの召喚主ではあっても、この件に関しては部外者を貫こうと固く決意したのか、目を閉じて背中を向けていた。
そんなわけで、ストラスに状況を説明したのはマルコシアスとシャーロットだった。
とはいえ、説明は短かった。
“フォルネウスがいる。マルコシアスに加勢してほしい”。
語尾と同時にストラスが癇癪を起こしたことも合わせて、事態はきわめて迅速だった。
「いいこと、私はあの小さなぼうやと契約しているけれど、本当に簡単な契約なのよ。報酬だって大したものじゃないの。
どうしてフォルネウスと一戦交える話になるわけ?」
怒り狂ったストラスの周囲で、精霊たちがせっせとかれらの主の不機嫌を伝えるために、火花を散らしたり旋風を巻き起こしてみたりと忙しい。
シャーロットはやや怯んだが、マルコシアスはのんびりと爪を弾いていて、かの女の方を見てもいなかった。
「あんたはフォルネウスに会ったことがあったっけ?」
「あるわよ」
「ふーん、どうだった?」
「どうもこうもないわ。頭を二回、かち割られただけよ」
激しい口調でそう言ったストラスをちらりと見て、マルコシアスは爪を弾いていた手を下ろした。
愛想よく微笑んでいる。
かれは手振りで、シャーロットに下がるように示した。
シャーロットは大きく三歩下がった。
「ふーん、そう?」
マルコシアスは言って、ふうっ、と、そばの窓に息を吹きかけた。
摩訶不思議にも、そばの窓と壁が濃霧となって消え失せた。
ストラスが怯えた顔をした。
マルコシアスが顎で、青々と芝生が光る中庭を示す。
「ここで僕とあんたが話し合うと、僕のレディにもあんたの主人にも良からぬことがあるかもしれないからね。
外に出ようぜ、ストラス」
ストラスは二の足を踏んだ。
ラズベリー色の瞳が泳いでいる。
「えーっと……」
「ストラス、ストラス」
マルコシアスが微笑んで、ストラスとの距離を一歩縮めた。
ストラスは及び腰になった。
「分かるでしょ? わが親愛なるフォルネウスを相手に、僕が乱暴なことを出来るわけがないじゃないか? だったらあんたに頑張ってもらうしかない」
ストラスは一歩下がった。
マルコシアスが二歩前に出た。
「私には関係ないでしょ」
「いや、そんなことはない」
マルコシアスは軽快に断言して、両手を広げた。
「僕のレディには僕のレディのお考えがあって、僕にそのために働けと命令した。フォルネウスが出てきたからには、あんたに頑張ってもらうしかないと僕は判断している。
僕は命令のために使えるものは使える主義でね。僕に声をかけたのが運の尽きだったね、ストラス。
――さあ、決めてくれ」
マルコシアスはゆっくりと指を振る。
「僕がグラシャ=ラボラスを叩きのめしたことも、ちゃんと思い出しておいてくれよ。
――それで、ねえ、ストラス。
表に出て僕に『はい』の返事をするまで痛めつけられるか、ここで素直に『はい』と言うか、選んでくれ」
ストラスは恨みがましげなラズベリー色の瞳で、マルコシアスの肩越しにシャーロットを睨んだ。
「忌々しいお嬢さん、マルコシアスに何を約束したのよ。
こいつがここまで手段を選ばないなんて尋常じゃないわ」
シャーロットは愛想笑いでかわした。
マルコシアスは咳払いした。
「ストラス?」
ストラスはつかの間、葛藤に口ごもった。
――とはいえ、序列でも実力でも勝るマルコシアスが、かの女をここから逃がすまいとすればそれは簡単なことであり、さらにいえば、やり合って勝利をかすめ取る自信はまるでなかったとみえる。
葛藤の末、ストラスは敗北の屈辱を滲ませながら答えた。
「――はい」
「けっこう。あんたの頭をかち割らずに協力を得られて嬉しいよ」
マルコシアスは表情を変えずにそう言って、シャーロットを振り返った。
かれが手を叩くと、消え失せていた壁と窓がたちどころに元に戻った。
「ロッテ?」
「エム、いつもながら本当にありがとう。お前の尽力は何にも替えがたいわ」
こればかりは本気で言い、得意そうにするマルコシアスを目の端で見ながら、シャーロットはオリヴァーを振り返った。
彼はこちらに向き直り、彼の魔神に気の毒そうな目を向けていた。
「オリヴァーさん、ストラスの主人はあなたなので、出来れば一緒に来てくれます? 医務室に向かいます」
「お前って、こんなに無茶をやるやつだったんだな」
オリヴァーは悲劇的な声音でつぶやいたが、反論はない様子だった。
シャーロットはほっと息を漏らし、そしてストラスの方を向いた。
当然だが、ストラスは機嫌が悪そうだった。
眼差しに魔法が働くのであればシャーロットは今ごろ発火しているだろうと思えるほどに激しい眼差しで、シャーロットを睨みつけている。
シャーロットは咳払いをして、真顔でストラスを見つめた。
「エムから、あなたではまずフォルネウスに敵わないだろうとは聞いているわ」
ストラスの唇から、蛇そっくりのしゅうっという声が漏れた。
「あらぁ、それで私を巻き込んだなんて感動。呪っちゃうくらいだわ」
「少なくとも、あなた一人でフォルネウスの前に放り出すような真似はしないわ」
シャーロットがそう言ったので、ストラスは怪訝そうに目を細めた。
どう贔屓目に見ても蛇に似た表情になっていた。
「……あら? そう? マルコシアスはフォルネウスとただならぬ関係だけれど、その関係を振り切ってまで私に手を貸してくれるなんてことがあったら、私、感動で泣いちゃう」
「いえ、そういうわけではなくて」
シャーロットは真顔のまま言った。
医務室に向かう道筋を頭の中で描き、その最初の数歩を辿り始めながら、彼女は続けた。
「私も魔術師なので。たぶん、呪文で悪魔の力を借りて援護が出来ると思うの。
――フォルネウスもそれは予期していないだろうから、ふいを突ければ御の字だと思わない?」
ストラスはあっけにとられた顔をした。
かの女がぱっと手をひらめかせると、その手の中に火の点いた煙管が現れる。
妙に人間らしい仕草で煙管に口をつけて煙を吐き出してから、ストラスはマルコシアスを振り返った。
「ねえ、この子、馬鹿なの?」
マルコシアスが、無言でストラスの頭を叩いた。




