02 髪と声
チョークで描かれた円が銀色に輝き、シジルが白いほどに透明にきらめく。
簡便に描かれた円の中に、たちまちのうちに煙が凝った。
煙は濃灰色を呈している。
円の中になにものかが立ち上がったが、その姿が見えないほどに煙が濃い。
そして、微細なきらめきが、おびただしい数で円の上で揺蕩い始めた。
――悪魔に従う精霊たちだ。
シャーロットは即座に口を開いたが、それよりも、煙の中からのんびりとした少年の声が響く方が早かった。
「――やあ、召喚者、要請者、僕の主人たろうとする魔術師さん。
また僕のレディになりたいなら、なにか報酬を示してくれ」
シャーロットは眩暈を覚えた。
のんびりと問答している場合ではないが、契約は魔術師と悪魔の第一の約束事である。
――そして、今の彼女には、身ぐるみ剥がされたとて万歳するほどの事情があった。
「私の髪!」
煙の向こうで、少年の声を持つなにものかはやや面喰らったようだった。
「えっ――それだけ?」
シャーロットは苛立ちのあまりに爪先立った。
今にも、外からあの溺死体が雪崩れ込んでくるかもしれない――
「三日分の声もつけるわ!」
ずるっ、ずるっ、――と、今度こそ空耳ではない現実の音が、シャーロットの耳に届いた。
あの溺死体がすぐ近くに――この空き教室の外にいるのだ。
声にならない悲鳴がシャーロットの口を衝いたが、煙の中の少年はのんびりと検討しているようだった。
「――髪に声、ねぇ……うーん、もう一声」
ぎぃ、と、蝶番が軋む音がした。あの溺死体が――痩せさらばえた灰色の、おぞましいたおやかな指で――シャーロットが閉めた扉を押し開けようとしている。
「私の髪と、七日分の声!!」
シャーロットは金切り声で叫んだ。
この場で死ぬような目に遭うならば――そして、もっと悪いことが起こるならば――七日間、いっさい口を利けない程度のことは些事だ。
煙の向こうで、少年の声を持つなにものかが溜息を吐いたようだった。
「……ずいぶん買い叩かれたものだけど、まあ、いいか。
知らない仲じゃないしね」
煙の中から、ふいに少年の腕が突き出した。
シャーロットがぎょっとすると同時に、その手がシャーロットの頭の辺りに触れて、そして首の後ろで束ねられていた金髪に触れた。
「報酬の一部は前払いでいただくよ」
ふつ、と、髪が切れる。鋭利な刃物に触れたかのように。
束ねていた髪がふわりと広がった。
腰まで届こうとしていた長さの髪が、背中の半ばでばっさりと切られている――金色の髪が、少年の手にしっかりと握られていた。
シャーロットは唖然とし、報酬の前払いを許したつもりはないと声を荒らげそうになり――
煙の向こうに、ゆっくりと、身体を引きずるようにしてこの教室の中に身を運ぶあの溺死体を、はっきりと見た。
「前払いでもいいから早くして!」
シャーロットが悲鳴を上げる。
少年の声を持つなにものかが含み笑う気配がする。
煙が晴れようとしていた。
晴れゆく煙の残滓の中、輝く円の中に立つ少年の姿――十四歳程度と見える、痩せた灰色の髪の少年の形をした悪魔。
かれがくい、と顎を上げ、その口許に、手に掴んだ髪を近づけた――とたん、髪は摩訶不思議な金色のしずくと化し、少年の口の中に滴った。
シャーロットが茫然としたのは数秒程度だった。
こくん、と髪を飲み下した少年が、伸びすぎた灰色の前髪の下から、淡い金色の瞳でまっすぐにシャーロットを見据える。
――その瞳を直視した一瞬未満に、シャーロットは十四歳のあのときに引き戻されていた。
大叔父の屋敷の空き部屋でこの悪魔を召喚したときに――あるいは、海辺の嵐の中でかれらの秘密を聞いた瞬間に――あるいは、スイセンの花に埋もれるようにして花壇に腰かけていたあのときに――あるいは、空を飛ぶこの悪魔にしっかりと抱き締められていた、あの数分間に。
あのときと全く変わりない姿で、魔神マルコシアスがシャーロットをまっすぐに見ている。
微笑に似た表情で、感情の窺えない人外の瞳で――
「では、どうぞよろしく、レディ・ロッテ――」
途端、形容し難い音が轟いた。
――無理に喩えるならば、それは巨大な錠を下ろす音、あるいは何かの歯車が回り始める音、あるいは時計の針が動く音だった。
――契約成立。
魔神マルコシアスの首に、どこからともなく出現した鉄の色の枷がかかる。
即座に何もない空中からストールを引き出し、なめらかな手つきでそれを首に巻きながら、輝きを失う円を一歩出て、マルコシアスが首を傾げた。
「――さあ、ご命令をどうぞ」
「私を助けて!」
シャーロットが怒鳴ると同時に、マルコシアスが面倒そうに右手を振った。
破裂音とともに教室が揺れ、まさにシャーロットに迫ろうとしていた溺死体が、まるで見えない大きな手に揺さぶられたかのように、ボールが弾むような動きで床に叩きつけられ、そして一瞬のうちに教室の後方の壁に向かって吹き飛び、大音響とともにその壁に叩きつけられた。
床にくずおれる溺死体は、呻き声も上げず身動きもしない。
シャーロットは教室が揺れる衝撃に身を竦めていたが、それを見て取って、とうとう安堵のあまりにその場に座り込んだ。
教室の壁にひびが走っていたが、それは見なかったことにした。
「……助かった……」
そんなシャーロットを観察してから、マルコシアスはゆっくりと口角を持ち上げた。
「久し振りだね、ロッテ。――ちょっと前に、呪文でだけ僕の力を借りてたね。あの仕事の成果はあんたにとって満足だったかな?」
シャーロットはそれに応じるどころではなく、ぐったりと頷いた。
とはいえ、それでマルコシアスは満足したようだった。かれは得意げな顔をした。
それから、かれは瞬きする。
精巧に人間をまねた仕草で。
「ところでロッテ、あんた、また何か面倒事を起こしてるの?」
マルコシアスが不思議そうに言って、周囲を見渡す様子を見せた。
「えーっと、ここはどこだろうね?」
シャーロットはぽかんと口を開けてから、「ああ」とつぶやいた。
「そっか……分からないのね」
「そうだね」
マルコシアスは頷いて、謎めいた淡い金色の瞳でシャーロットを窺った。
その指が、もぞもぞと動き始めた溺死体にまっすぐに向けられる。
しかし視線はシャーロットに向けられたまま――まるで確かめるように、彼女をじっくりと眺めている。
「あんたは召喚陣を略して僕を呼んだ――決め事は、以前にあんたと交わしたものと同じもの、召喚陣から譲り受けた知識もあのときのままのものだ。
――まあ、つまり、」
マルコシアスは皮肉に唇を吊り上げる。
「あんたが結び忘れた、例の無粋な契約は、相も変わらず僕とあんたの間にはない」
シャーロットは、よろめきながら立ち上がろうとしていた。
ふらふらと立ち上がり、無意識の仕草で衣服の埃を払い、両手で顔を覆う。
「いいのよ、それは、お前なら――」
「おやおや」
マルコシアスが目を丸くするのを、ほとんど気づかないままに見逃して、シャーロットは放り出したバックパックを拾い上げ、その中に教本を詰め直して、おぼつかなげに背負った。
「ここはリクニス学院よ。えーっと、覚えているかしら……私が入学したかった学院だけど――」
「なんか、そうだったね。覚えている気もする」
神妙にそう言うマルコシアスに、こんな場合ではあってもシャーロットは脱力した。
「もう、お前は本当に、すぐになんでも忘れちゃうんだから。よく私のことを覚えてたわね。
――とにかく、ちゃんと入学できたのよ。もう一年ちょっとが経ったわ」
「ほう!」
マルコシアスが、見直したような眼差しでシャーロットを眺めた。
立ち上がってみると、相も変わらず十四歳の少年の姿を模するマルコシアスよりも、シャーロットの方が少しばかり背が高くなっている。
「なるほど――なるほど。大きくなったね、ロッテ?」
「お前が、以前の私をちゃんとは覚えてないっていう方に、三百デオン賭けてもいい」
シャーロットは呻くように言い、それからこわごわと溺死体の方へ目を向けた。
「それより、そいつよ。そいつは――」
「見ての通りの魔精だね」
マルコシアスは快活に言って、興味深そうにシャーロットを覗き込んだ。
「そんなことより、ロッテ。あんたにもらった報酬の成果を聞きたい?
とりあえず、叩きのめした手前、かわいそうだから、あんたたちがハルファスと呼んでいるあいつの領域は容赦してやったよ。
――実を言うと、あんたと離れてから、まだ誰も僕を呼んでなかったんだよね。あんたたちの方に僕の評判が広まってくれれば、僕はどんどん報酬をもらえるんだけど――」
シャーロットは聞いていなかった。
深刻な目で溺死体を見つめて、彼女は切羽詰まった声で、ふたたび彼女の魔神となったマルコシアスに言っていた。
「マルコシアス、契約の内容の確認よ。
私を助けてと言ったけれど、今回の、こいつが絡んでいる揉め事から助けてほしいの。
――とにかく、取り急ぎ、そいつの主人が誰なのかを問い詰めてほしいんだけど」
マルコシアスはわざとらしく不機嫌な顔を作った。
「おっと。僕はもうあんたを助けたぞ。その契約は後出しだ」
シャーロットはマルコシアスに目を向けた。
橄欖石の色の瞳が、まじまじとマルコシアスを見つめて、わざとらしく見開かれた。
「――あら? そうなの?
有名なマルコシアス、優秀なマルコシアス、護衛の任務をしくじったことのないお前が、私がせっかくあげた報酬のおかげでもっと強くなったはずのお前が、私が言った内容の契約を拒否するなんて――よほど自信がないのね」
マルコシアスの淡い黄金の瞳が、じっとシャーロットを見た。
数秒ののち、かれはふっと口許を緩めた。
「……この食わせものめ。いいだろう」
マルコシアスは、くるりと溺死体に向き直った。
シャーロットからすればおぞけをふるうような見目ではあっても、かれはなんとも思わないらしい。
溺死体に指を突きつけたまま、マルコシアスはもったいをつけて足を踏み出し――
「そこのあんた、口は利けるね。僕のレディがご所望だ。どこの誰に仕えているのか、早めに言った方が身のためだぜ。
どうして僕が偉そうにあんたに指示を出すのか、疑問に思うなら言ってくれ。僕も名乗ろう」
「――――」
溺死体は――そのように見える魔精は――、うっそりと身を起こした。
波打つ襞のように見える髪の向こうに埋もれた顔の表情は窺えない。
それは一切の声も漏らさず、そして――
「えっ――嘘だろ」
マルコシアスが、さすがに本音の声をこぼした。
――溺死体のように見えた魔精の姿が、みるみる薄らいでいく。
その場から消え失せていく。
シャーロットには見えなかったが、マルコシアスにははっきりと見えていた――溺死体のように見えた魔精に従っていた精霊たちも、次々に姿を消していく。
――間もなくして、空き教室にはシャーロットとマルコシアスだけが取り残された。
互いに面喰らい、二人は顔を見合わせて、たった今起こった信じ難い出来事を、視線の上のみで反芻し合っていた。
▷○◁
「――つまりだ、あいつは勝手に自分の領域に帰った」
しばらくして、マルコシアスがもっともらしく言った。
シャーロットも、驚きのあまりにむしろ冷静な仕草で頷く。
「まあ、もちろん、悪魔は自分の領域に帰る権利はあるけれど」
マルコシアスは軽く両手を広げてみせた。
「けど、普通、そんなことをすれば重大な命令違反だ。報酬を取り逃す。僕らにとって、それほど損なことはないぜ。――あんたは知ってるだろう?」
目配せとともにそう言われて、シャーロットは頷いた。
――そうだ、彼女は知っている。
悪魔と人間の契約がなんのためのものであるのかを、彼女は目の前の悪魔から聞かされて知っており――そして今や、それを知るただ一人の人間でもあった。
「そうね――前払いで報酬をもらっていたのかしら」
「は、は、は」
マルコシアスは、わざとらしく区切って笑い声を発声してみせた。
馬鹿にする目でシャーロットを見て、マルコシアスは腕を組む。
「そんな間抜けな魔術師がいるならお目に掛かりたいものだね。一部ならともかく、報酬の全部を前払いにする魔術師なんて聞いたこともない」
シャーロットは顔を顰めた。
彼女の眉間に、綺麗にまっすぐな皺が寄った――彼女の母がからかって呼ぶところの、「不機嫌の縦線」だ。
「馬鹿な悪魔ね、言ってみただけよ。
もちろん、報酬は最後まで取っておくのが基礎の基礎だけれど――」
「間抜けなレディだな、言うに事欠いて。
まあ、もちろん――」
マルコシアスはもったいぶって頷いた。
「僕を見て、自分じゃ到底かなわないと悟って、致命の一撃を喰らうくらいなら報酬を諦めて身を引いて、自分への被害を最小限にしようとしたっていう説は、ないこともないね」
「そうね……」
シャーロットは気のない様子で相槌を打った。
口許を押さえて、彼女はぼそぼそとつぶやく。
「……迷う様子どころか、考える様子もなく自分の領域に帰ったわね……」
魔術師と契約を交わしている悪魔であっても、任意に悪魔の道に戻ることは可能だ。
ただしそうすると――もちろん、契約は履行中であるから、魔術師は呪文を唱えるだけで簡単にその悪魔を呼び戻すことも出来るが――、他の魔術師がその悪魔を召喚できるようになってしまう。
そして、より魅力的な報酬を示されれば、悪魔は当然ながらそちらの契約を優先する。
ゆえに、まともな魔術師であれば、契約中の悪魔が無断でかれの領域に戻った時点で、重大な命令違反として契約を破棄するのが普通だ。
つまり、悪魔の立場でみれば、目の前に格上の悪魔がいたとして、即座に逃げを打つのは不自然きわまりないことなのだ。
事実、シャーロットは二年と少し前にもマルコシアスを召喚しており、かれがあわれな魔精を尋問するところを見ている。
あの魔精は、マルコシアスを前に散々な目に遭っていたが、それでもみずからの領域に逃げ帰ろうとはしなかった。
「……すごく不自然……」
「まあ、好きに考えてくれ」
マルコシアスは欠伸をして、あっさりと言った。
「僕はあんたに命令されたことだけをするから」
「忠実で嬉しいわ」
シャーロットは半ば以上を嫌味としてそう言ったが、マルコシアスは嬉しそうにした。
「もちろん」
シャーロットはすばやくマルコシアスから目を逸らした。
彼女も、伊達に一年少しをこの学院で過ごしたわけではないのだ。
悪魔の扱い方は、十四歳のときに比べてよくわきまえている――そしてその授業を受けながら、十四歳の自分がマルコシアスとどれだけ危うい付き合い方をしていたのかということに気づき、内心で震え上がったこともあったのだ。
彼女はゆっくりと呼吸して、それから頭を切り替えた。
「本当に最悪のことを考えるなら――いえ、待って。さっきの魔精がだれか分かる?」
マルコシアスは無邪気に肩を竦めた。
「いーや、分からないね。やつの自己紹介はまだだった」
「そうよね。名前が分かればてっとり早く、私がかれを召喚して、報酬をあげて真意を訊けるんだけど、それも無理ね。
――本当に最悪のことを考えるなら、さっきのかれの主人が――」
シャーロットはあいまいな身振りをした。
「私の事情を知っていて、何が何でも私を捕まえるために、たくさんの悪魔を召喚していることね。
それであらかじめ、危なくなったらさっさと逃げるようにって言い含めておいて、あとからもう一度かれを召喚して、話を聞いて、報酬をあげる……」
マルコシアスは笑った。
おだやかな笑いではなく、あきらかにシャーロットの言葉を冗談と捉えている風だった。
「おかしなことを言うね。逃げていいなら、そんなに楽な仕事はないよ。
報酬に恵まれない雑魚の魔精なら、こぞって手を挙げてくれるだろう仕事だ」
「そうね……あげられる報酬も、一人の魔術師なら限られているものね……」
そこまで言ってから、シャーロットはぐいと顔を上げた。
マルコシアスは、見慣れた彼女の表情をそのおもてに見た。
つまるところ、彼女自身の意志のみに忠実である、強情なその面差しを。
「まあいいわ。考えるのは後回し。
――エム、なにも皆さん、考えなしに私に入学を許してくれたわけではないの――」
「あんたなら、許しがなくてももぎ取りそうだけど」
好ましそうにそう言われて、シャーロットは警戒の顔を見せた。
――“悪魔からの好意ほど、警戒すべきものはない”。
繰り返し繰り返しそう言ってきたのは、「悪魔学基礎」のアーチボルド教授だった。
かれらに愛はない。かれらには信義がない。かれらには忠誠もない。
人に親しまず、悪魔どうしであっても情を抱かない、それが悪魔というものである。
かれらからの関心や興味、好意はすなわち、相手に不幸を願うということに他ならない――
それを教わったとき、少なからずシャーロットはぞっとしたものだった。
二年と少し前に、ウィリアム・グレイが絶えず気にかけていた自分とマルコシアスの関係を思い出し――かれの言葉を思い出したがゆえに。
『あんたのそういうところ、僕、本当に好き』。
シャーロットは、ややわざとらしく咳払いをした。
その反応に、マルコシアスが浮かべた表情――自分のささやかなしくじりを察したかのような、気まずそうないたずらっぽい目の輝き。
それを見て、シャーロットは気を引き締めて自分とかれのあいだに一本の線を引かねばならないと決意した。
彼女は息を吸い込んだ。
マルコシアスから目を逸らせ、古びた石の天井を見上げながら、彼女は言った。
「いいこと、エム。私の寮の門番さんが、閣下やネイサンさんと連絡をとってくださるの。
今回は、自分であれこれ考えて手を打つ必要なんてないのよ。ちゃんと守っていただけるわ」
「ふうん?」
マルコシアスは首を傾げた。
人間そっくりの仕草で爪を弾いて考え込む様子を見せてから、かれはいたずらっぽく口角を上げた。
「どうだろう――異変が起こったことを知らせたら、連中はあんたをこの学院から引っ張り出してしまうかもしれないよ。それでもいいの?
あんたが僕に命令すれば、こっそり片をつけることは出来るかもしれない。
ところで、ネイサンって誰だっけ?」
シャーロットは唇を引き結んだ。
そして、ややつっけんどんに言った。
「そんなことを言ってたら、私はいつだって、偉い人たちに自分が今いる場所から引き離されてしまうんじゃないかって怯えていないといけなくなるわ。
あのね、私はコルフォードかエデュクスベリーの博物館の学芸員になりたいの。
私のひいお祖母さまにどんな事情があろうと、自力でちゃんと自分の好きな人生をもぎ取るわ。心配ご無用よ」
マルコシアスは謎めいた淡い黄金の瞳で、なおもシャーロットを眺めている。
シャーロットは少しのあいだ、黙ってその視線を受け止めて、それから付け加えるように言った。
「ネイサンさんっていうのは、私がすごくお世話になっている、軍省付の参考役さまよ」
マルコシアスは笑顔に似た表情を浮かべてみせた。
「なるほどね」
「エム、命令よ」
シャーロットは、今度はマルコシアスの胸の辺りを見つめながらそう言った。
「まずは門番さんのところまで、私を安全に連れていって。
道中で何かあったら私を守ること。
いいわね?」
マルコシアスは肩を竦めた。
シャーロットの見慣れたあの仕草、二年と少し前の数日間、ともに過ごしたあのときに頻繁に見ていたあの仕草と、寸分たがわぬそのままの動きで。
「仰せのとおりに、レディ・ロッテ」




