プロローグ とある学生からの手紙
2章開幕です。
一筆申しあげます
親愛なるお父さま――
この学院はすばらしいところです!
本当に、本当に入学できてよかったと思います(註釈、責めているわけではないのです。お父さまの、というかわれわれの事情はよくよく存じ上げております)。
入学してから、もう既に嬉しい新鮮な驚きがたくさんあります。
入学してから初めてのお手紙ですね、ご説明します。
まず、本当に広いです。
汽車でエデュクスベリーに来て――そのときにもう、この学院の塔のてっぺんが見えていたのです(もちろん、塔はいくつもあります)。
入学試験のときはそれに気づいていませんでした。
駅を降りると(以前はお父さまと一緒に来ましたから、一人でエデュクスベリーに入るのは初めてだったのです)、どうすればいいのか困惑してしまったのですが、駅員の方に、「リクニス学院ですか?」と尋ねられて、助けられました。駅員の方に、丁寧に学院までの馬車が出る場所を教えていただくことが出来たのです。
馬車にはもちろん、リクニス学院の学生と先生ばかりでした――このときはあんまりお話しできませんでした。
私もみなさんも、お互いにちらちら見てばかりでした。
私がいちばん見られていたと思いますが、致し方ないことです。
私がいちばん若かったのです!
入学にあたって、特別に式典のようなものはありませんでした――ですが、聞いた話ですと、卒業の式典はそれはそれは盛大なものだそうです。
入学のときは、晩餐会がありました――入学したての私たちと先生がた、それから監督生の皆さま(私たちが範とすべき方たちです)と、大広間でお食事をするのです。
入学したての、私の同輩たちは全部で七十人ほどでした。
お父さま、それら全部が一つの円卓を囲む風景を想像なさいましたか?
もちろん違います!
私たちは大広間で並べられた大きなテーブルに着き、先生がたはそれより一段高いところでお食事をなさるのです。
監督生の方々は私たちと同じテーブルに、たぶん入学生何人あたり一人、と決められていたのでしょうね、お掛けになって、この学院における心構えなどを、淡々とお話してくださいました。
たまたま、私は監督生のお一人の正面に座っていました――その方はキャボットさんとおっしゃいます。
痩せぎすで、たぶん赤ん坊のときから一度も笑っていないんだろうなという青白い顔をしていて、もう二十三になるそうです――私はこの人のことが少し怖くて、監督生というのは恐ろしい方々かもしれないと思いましたが、杞憂でした。
そのあと機会があってお話したヘイワードさんという女性は、とても優しくて笑顔が素敵な方でした。
この方に、私はお昼時の食事の切り抜け方を教えていただきました。
食事はとっても美味しいです!
もちろん、お母さまのお料理の方が美味しいですけれど、思っていたよりずっと美味しくて嬉しくなりました。
あらかじめ聞いていたのですけれど、大広間での食事のデザートに、アップルパイが出ました――絶品でした。
ただ、あの環境はどうにかならないものでしょうか――朝と夜はいいのです、昼です。昼なのです、戦争は。
お昼は皆さんが一緒になって大広間で食事をするのですが、席を取るだけで一苦労です。
そこで、ヘイワードさんの助言が生きるのです――あらかじめお昼の少し前に大広間に行って、自分の私物を(本を使う人が多いのですが、私は本をそんな使い方で汚したくはありません! なので、大抵はハンカチを使います)、ベンチの上に置いておくのです。
当学院(リクニスを当学院といえる日がくるなんて!)では、生徒間の窃盗は忌み嫌われます。
なので、皆さん、他人のものには近づきません。
これにて席が取れるという寸法です。
朝と夜は、寮で食事をします――まだ平和です。
寮です。
寮は三つに分けられています。女子寮、男子第一寮、男子第二寮です。
女子寮が一つしかないのは、女性が少ないからです。
リクニス学院は、大きなスクエア型に広がっていて(形は王冠に似ていると私は思います。議事堂みたいな平べったい形ではなくて、もっと複雑奇怪に尖塔やバルコニーが入り組んでいて、ぎざぎざの形に見えるのです。そして、ものすごく広くて複雑な造りをしています。歩いても歩いても廊下が終わらず、自分がどっち向きに進んでいるかも分からないんですよ。ご想像いただけるかしら)、真ん中の中庭に、教員寮があります。
そして三つの寮はスクエアの外側にあって、女子寮だけはスクエア――私たちはこれを、本棟と呼ぶようになっています――と、屋根付きの長い廊下で繋がっています。
他の二つの寮は繋がっていませんので、雨の日に少し優越を感じることはあります。
ですが、女子寮の建物がいちばん小さいのです。
女子寮は、二つの塔が両端に生えた形をしています。
半分の部屋にバルコニーがついています。
一階は食堂と談話室になっています――寮母さんがいらっしゃいます。
寮母さんが朝と夜の食事をお世話してくださいます。
ふくよかで優しい、いい方です。
とても美味しい食事を作ってくださるのですが、いかんせん量が多くて、太ってしまいそうです。
寮の二つの塔ですが、この塔にある部屋のうち、いちばん上の階にある六つの部屋(つまり、片方の塔に三部屋ずつです)は、所定の数の允許を取っていらっしゃる方のうち、特に成績優秀な方のための個室だそうです。
私のお部屋は、なんの変哲もない三階にあります。
なんとご説明すればいいのか――この寮の形は奇妙で、お部屋が互い違いに出たり引っ込んだりしていて、私たちの部屋は出っ張っている方のお部屋です。
隣を見ると、隣の部屋のバルコニーがあるわけです――私たちのお部屋にバルコニーはありません!
ですが、角部屋のように大きな窓に恵まれています。
私たち、と申し上げました。
そうです、私には同輩のルーム・メイトがいます!
ミズ・ノーマ・ハイアットといいます。
歳は十八です。私より少しだけお姉さんです。
とても読書家で、運び込んだ本の量に私は眩暈がしてしまいました。
彼女と、お部屋を半分ずつ使っています――入口から見て、右側が私、左側がノーマ。
正確には、右奥が私、左手前がノーマ、です。
斜めになるように、お部屋にカーテンを引きましたが、今は大抵、そのカーテンは開いています。
同じ学問を志す仲間とのおしゃべりは、とても楽しいものですね。
それぞれにベッドと、デスクと、本棚があります(本棚は、ノーマのためには、これは全く足りていないと言わなければならないでしょう)。
ノーマは、外の光で本が傷むのが嫌だからといって、窓のある奥側を私に譲ってくれたのです。
嬉しい気遣いです――夜、窓から本棟の方を眺めて、ちらちら光る窓明かりを眺めているのは、えもいわれぬ幸福感があります。
ベッドは少し硬いです。
ノーマの他にも、仲良くなった人がいます。
キャロライン・ブラウンという人がいます――十九歳で、もう故郷に婚約者がいるそうです。
たいへんな田舎で育っており、エデュクスベリーで迷子になって半べそをかいていたところを、私のトランクを見て、「リクニスに行くんですか?」と尋ねられたことが知り合ったきっかけです。
そうです、私のいちばん最初のお友だちなのです。
本当に田舎育ちで、汽車に驚き、エデュクスベリーのカフェに驚き(〈ピーリードット〉というカフェがあるはずなのです。行ってみたいものです)、書店に驚き、学院の大きさに驚き、と、枚挙にいとまがありません。
本当に心優しくて、寝坊しそうなところを何度か救ってもらいました。頭が上がりません。
ですがキャリーは、私が都会育ちだということで妙に遠慮しています。
しばらくスプルーストンにいました、というと、それはどこ、と訊き返されてしまいました。
あの土地は知名度すらありません。
ただ――話が逸れますが――お風呂です。
お風呂はすばらしいのです。
お風呂も一階にありますが、お父さま、信じられますか――魔精デロックがつねにそこにいるのです!
本棟の管理人さんが魔術師で、管理人さんと契約しているそうです。
デロックは新鮮な地下水を汲み上げてきれいにし、温めてお風呂に流してくれています。
こんなに快適なことがあるでしょうか。
せっけんは花の香りがします。
お風呂に入るとき、本当に幸せです。
デロックは契約どおり、隅々までお風呂を磨き上げてくれていますが、たまにわざと床を滑りやすくしておくので、注意が必要です。
私は一度転びました。
そのときもキャリーに助けてもらいました。
それから、友人の話ですね、ロベルタ・マクファーソンという人がいます。
この人はローディスバーグの出身で、非常におしゃべり好きです。
彼女がしゃべっているあいだ、私たちは茫然とすることしか出来ません。
あと、偏食家です――信じられますか、彼女、リンゴを食べません。
豚肉も嫌だそうです。
そんなことでは飢え死にしてしまいます。
だらだらと書き続けてしまいました。
鐘が鳴りました。鐘が鳴ると、晩餐なのです。
今はまだ本格的な講義は始まっていません――ついていけるのか心配です。
同輩の皆さまは非常に博識なのです。
今夜もノーマに本を借ります。
かしこ
九五二年九月五日
あなたの自慢の娘である、シャーロット・ベイリーより
二伸
ネイサンさまからお手紙を頂戴しました。
お話のあった、寮の門番の方にきちんと顔を見せにいきました。
心配はないと思いますが、何か危険なことがあれば、あの方に助けを求めて、いちばん偉い方へ取次をしてもらいます。
三伸
ネイサンさまがどなたかお分かりでしょうか?
冬の一件のとき、最後に私を家に連れ戻ってくださった方です。
あのあと、ネイサンさまもわれわれの事情をいちばん偉い方からお聞きになったそうです。
何しろ頼りになる方ですし、リクニスのこともよくご存じですから、私との連絡は大抵あの方を通してくださるそうです!
では、今度こそ、愛を籠めて、シャーロットより
▷○◁
一筆申しあげます
ジュダス・バーナード・ネイサンさま
先だってのお手紙で、「時候の挨拶は不要、私も忙しくて要点以外は読む時間がない。ジョークなら読もう」とのことでしたので、簡単に申し上げます。
お手紙拝読いたしました。
異常はありません。
私が魔神を召喚して暴れる事件など起こってはいません。魔神を召喚したことなど、これまでに一度もないんですから。
講義はとても難しいです。
講義の内容が頭の上を素通りしていくのは生まれて初めての経験です。
しばらく図書館に通おうと思います。
私の十五の誕生日にいただいた、『魔精便覧』はとても面白くて、ルーム・メイトからどこで手に入れたのかと訊かれ、返事に窮しました。
いつもありがとうございます。
それから、以前からお尋ねしている、私の友人の行方は見つかりましたか。
かしこ
九月十二日
あなたの忠実なる後輩、シャーロット・ベイリー
▷○◁
一筆申しあげます
親愛なるお母さま――
風邪は引いていません、しっかり食べています。
ご心配は無用です。
ダンとケイトによろしくお伝えください。
目が回るような忙しさです――初等学校とは大違いです。
皆さま、私より年上で、その分の知識をひけらかしてくるのです。
たくさん勉強をしなければなりません。
そして何よりも驚いたのが、ここにはケルウィックの初等学校のような騒がしさがないことです。
特に男の子たち!
ここにいる男の子たちも、つい一、二年前までは、私の初等学校の愛すべき友人たちのように、サルのごとき奇声を上げながらふざけていたのでしょうか。
あるいは今もこっそり、男子寮ではそんな光景が繰り広げられているのでしょうか。
分かりません――分かりませんが、講義中も昼のお食事中も、皆さまたいへん礼儀正しくなさっています。
でも、思えば、同輩でももう二十歳に近い人も多いのでした。
そういえば、最近オリヴァー・ゴドウィンという方と知り合いました。
オリヴァーさんは私より一年早くこの学院に入っています。年齢は二つ上です。
噂では、胃腸炎がなければ十四歳で入学許可を取っていたに違いないということでした。
オリヴァーさんと私、二人とも若くしてこの学院の入学許可を取ったので、皆さんが私たちを比べたがるのです。
二箇月ほど先に、最初の試験があるそうなのですが、グローバーさんというひょうきんな方が(彼はオリヴァーさんの友人だそうです)、あの試験でオリヴァーの順位はこんなものだったぞ、と耳打ちされました。
それを聞いてどうしろと言うのでしょう。
かしこ
九月十八日
いつまでもあなたのチャーリー
▷○◁
一筆申しあげます
親愛なるお父さま――
お母さまからのお手紙で、階段から落ちて足を挫かれたと聞きました。
大丈夫ですか? おそばにいれば、すぐに冷やしてさしあげるのですが。
お手紙の理由は、半年に一度、銀行に入れていただいている私のための学費なのですが、今より千デオンていど減らしていただいて大丈夫です、ということをお知らせしたかったのです。
リクニス学院では、寮母さまや管理人さまのお手伝いをすることで、少しばかり学費を減らしていただける仕組みがあるようです。
たくさんご迷惑をおかけしておりますので、この制度を使わせていただきたいと思うのです。
来月、初めての試験があります――正規の試験ではなく、単純に今の私たちの能力を量るものだと言われました。
それでも順位は貼り出されるそうです。とても緊張しています。
緊張しているのに、嫌なことがありました――友人たちには話せないので、ここで耳打ちさせてください。
突然、知りもしない男の人に罵倒されたのです。
怒鳴られたとかではありません。
冷静に私の方を見て、軽蔑の言葉をかけられました。
こんなことは初めてで、むしろびっくりしてしまって、後から怒りが湧いてきたほどです。
次にあの人を見かけたら、絶対に足を引っかけてやろうと思います。
周りから「ショーン」と呼ばれていましたが、ファミリー・ネームまでは分かりませんでした。
振る舞いから、もうたぶんここに二年か三年いらっしゃる方だと思います。品格は年齢に比例しないのですね。
お身体にはくれぐれもお気をつけくださいね。
かしこ
十月二十三日
あなたの娘 シャーロットより
▷○◁
一筆申しあげます
尊敬するジュダス・バーナード・ネイサンさま
ついに最初の試験が行われました。
私は下から数えた方が早い順位でした。
私には一般の教養が欠けているということが分かりました。
リクニスに来てまで、幾何学で途方に暮れることになるとは思いませんでした。
専門学院とはなんだったのでしょう――専門とは。
これでは看板に偽りありです。
そう言うと、友人に、「リクニスを卒業した人間が、中等学校を出た人間に知性で遅れをとっていいわけがないだろう」と言われました。
確かにそうです。
私は中等学校に行っていないのです。
ネイサンさまがしきりに気にかけてくださっている魔術の方は、ほとんど満点でした。
呪文の記述問答など、鼻で笑ってしまうほど簡単でした。
ネイサンさまは気になさっているようですが、召喚の授業はまだです。
ネイサンさまがリクニスにいらっしゃったときには、一年目のこんなに早い時期から召喚学の講義を取ることができたのですか?
「呪文基礎」の允許がありませんから、「召喚基礎」はまだです。
試験の結果は散々でしたが、魔術分野の成績は見初められました――あとから呪文体系学の教授が私を名指しで訪ねてこられ、その方の講義をぜひ取るようにと言っていただきました。
そのあと、心の狭い二十歳の女性にスープを掛けられましたが、火傷はしませんでした。
きっと彼女も、私に怪我をさせるのは怖くて、スープが冷めるのを待っていたのだと思います。
私は彼女に五十シレル請求しました。
彼女が汚した衣服の分です。
私の友人がまだ見つからないとのこと、とても心配です。
あのときにきちんと捜しておくべきでした。
本当に心配です。
続報をお待ちしています。
私にできることはおっしゃってください。
本当にお願いします。
かしこ
十一月二十七日
あなたの忠実なる(優秀とは言い難い)後輩 シャーロット・ベイリー
▷○◁
一筆申しあげます
親愛なるお母さま――
あと五日後には汽車に乗り、お母さまのもとへ帰っています!
私とこの手紙、どちらが家に帰り着くのが早いでしょうか!
私の背が伸びていることに、お母さまはきっと驚かれることでしょう!
寮はとても楽しいですが、ホーム・シックを完全に防ぐものではありませんでした。
それに、ロベルタの男友だちの話を聞くのにも飽きてきました。
ロベルタは私たちを馬鹿にして、どうすれば男の人の目を惹けるのか教えようとします。
大きなお世話です。
ノーマはいつもおっとり笑っていますが、あの度量の広さは私にはありません。
キャリーは馬鹿にされると傷ついた顔をします。
馬鹿にされる謂れはなく、私から見ればロベルタよりキャリーの方がずっと可愛いと思います。
お母さまにだから打ち明けますが、ロベルタに、「どんな人が好みなの」と訊かれました。
私は「頭がよくておだやかで、難局を一緒に乗り切れる人よ」と答えました。
これはお父さまには内緒に願います。
お父さまには、私はお父さまのような人が好き、と答えることにしているので。
かしこ
十二月二十四日
あなたのもとに帰りたくてたまらないチャーリーより
▷○◁
一筆申しあげます
親愛なるグレイさん!
改年のお祝いを頂けるとは思っていませんでした!
なんて素敵な、ふわふわのストールでしょう!
もしかして奥さまに選んでいただいたのですか? お父さまだってこんなに可愛いストールは選んでくれません!
技術省に入られたのでしょうか?
お忙しいことと思います、お身体にはくれぐれもお気をつけください。
僭越ながら、素敵な栞を見つけましたので、同封させていただきます。
リクニスの講義は、お手紙でご想像いただいていたとおり、たいへん難しいです。
正直ちんぷんかんぷんになることも多くて、何度か心が折れかけましたが、ご心配には及びません。
だれかさんから「面白いね」と人格を全肯定してもらったことが、案外と私を元気にしているようです。
私は面白いやつなので、講義が分からない程度のことでへこたれたりはしません。
私たちの共通の友人が、まだ見つかっていません。
グレイさんの方でも、この一年近くずっと捜していただいていることは分かっています。
私が彼を見た最後は、グレイさんに無茶なお願いをしたときです。議事堂の近くにいました。
ネイサンさまも捜してくださっているのですが、なんの手掛かりもないそうです。
ネイサンさま曰く、彼のような人は前触れなくふっと消えてしまうこともあるから気にしないように、とのことです。
彼の人格を疑ってしまいました。
お世話になってはいるのですが、ネイサンさまにはときどき、ふと人を馬鹿にするようなところがあります。
この新しい一年が、グレイさんにとって素敵なものになりますように。
かしこ
一月二日
とてもとてもあなたを慕っているシャーロット・ベイリーより
▷○◁
お久しぶり
親愛なるキャサリン・ケプラー嬢
えーっと、まずはおめでとう、かな?
ダンがあなたのことを好きなのは、ずっと分かりきっていることでした。
中等学校が楽しいようで、何よりです。
こちらは――うーん、残念ながら――本が恋人です。
読んでも読んでもまだ足りず、ついには夢の中でも本を読んでいます。
小論文を書きました。
エデュクスベリーの新聞に、私のものと、カークさんという人のものと、マクマーンという人のものが載ります。
これはリクニスに入って一年目の学生にとって、かなりの誉れのことです。
読めとは言いませんから、シュビット学長に伝言をお願いできますか?
ベイリーは頑張っています!
お身体には気をつけて
一月二十七日
あなたの初等学校の友人 シャーロット=ロッテ・ベイリーより
▷○◁
一筆申しあげます
ジュダス・バーナード・ネイサンさま
お手紙をご無沙汰してしまって申し訳ありませんでした。
ネイサンさまからのお手紙は拝読しております。
また、ガロンジーの伝記をありがとうございました。
こちらは変わりありません。全て順調です。
もしまた思い出されることがありましたら、ぜひ、私の友人の影でも見つかったかどうか、お教え願えませんでしょうか。
かしこ
二月十一日
シャーロット・ベイリー
▷○◁
一筆申しあげます
尊敬するジュダス・ネイサンさま
生意気なお手紙をお許しください。
本当に申し訳ありませんでした。
ネイサンさまがどれだけお忙しい中で、その間を縫って彼を捜していただいているのか、失念していました。
私には想像力というものがありませんでした――スラムでは、本当に、人がいなくなっても気づかれないのですね。
ひとつ疑問に思うことがあるとすれば、本当に彼はスラムの出身なのですか?
また、彼が消えてしまったのはスラムとは正反対の場所のことなので、何か彼の無事を示すものがあるといいのですが。
広いお心に感謝しています。
これからもどうかよろしくお願いいたします。
かしこ
三月一日
あなたの忠実なるシャーロット・ベイリーより
▷○◁
一筆申しあげます
親愛なるお父さま――
門番の方とは定期的に顔を合わせていますので、ご心配には及びません。
あの方がいらっしゃらないときの代わりの方とも、つい先日お茶をしました。
何かあればすぐ、彼らのところへ飛んでいって守ってもらいます。
あと、妙に私の年齢を気になさいますね?
もしかして、私が聞いていないことがまだあるのでしょうか?
私はまだ十六になったばかりですよ。
十八までは、まだ間があります。
初夏にはパーティに参加できます。
初めての華やかなパーティです。
偉い学者の先生方もいらっしゃるそうです。
ドレスを買ってもよろしいでしょうか?
最近、家に帰ったときにお話しした、オリヴァーさんとじゃっかん険悪になっています。
私のせいではないと思います――お互いの心の狭さのせいです。
かしこ
四月二十三日
パーティというものにわくわくしている あなたのチャーリーより
▷○◁
一筆申しあげます
尊敬するジュダス・バーナード・ネイサンさま
私の誕生日に『呪文体系‐総覧』を贈ってくださるなんて、なんてお優しいのでしょう!
さっそく読んでいます。
最近勉強のことを申し上げていなかったので、もしかして私が勉強しているかどうかお疑いなのですか?
ご安心ください、必死に勉強して、三月の試験では上から数えた方が早い順位に落ち着きました。
その結果、オリヴァー・ゴドウィンという人の私への態度が、妙につっけんどんなものになりました。
しかもわざわざ私を見つけて、ちくっと何かを言ってくるのです。
相手がその気ならやってやります。
彼に嫌味を言われるたびに、私も嫌味で返しています。
ですが、悔しいことに、私の成績は当時の彼のものに及ばないのです。
教えていただいた〈ピーリードット〉に、このごろお茶をしにいくことが増えました。
あそこはいいですね――先輩がたは優しく、私の馬鹿なところを正してくださいます。
そして――そうです――もちろんネイサンさまもご経験されているのですね!
初夏のパーティがやってきます!
今からどきどきしています!
もちろん、その一箇月後には大事な――大事な――允許のための試験が控えているということは分かっています!
ですがわくわくしてしまうのです、みんなそうです。
『呪文と文字の密関係』のストリンガー教授はおいでになるでしょうか!
新しいドレスを仕立てました。
お父さまがお許しくださったのです。
赤いドレスです、どぎつい赤ではなくて、薄めの赤色で、とても気に入っています。
お酒を飲みすぎないようにとのご助言は胸に刻みました。
パーティがあるとのことで、最近は友人に教わって、少しお化粧も勉強しています。
お父さまが多めにお小遣いを下さったので、少しお洒落な普段着も買ってみました。
次にお目にかかるときには、十四の頃に比べて、恥ずかしくない格好でお目にかかることが出来ると思います。
私の友人について、続報がないとのこと、がっかりしなかったといえば嘘になりますが、絶えず彼を捜してくださるネイサンさまのご厚意に感謝しています。
本当にありがとうございます。
かしこ
四月二十三日
あなたを尊敬しているシャーロットより
▷○◁
前略ごめんください
ジュダス・ネイサンさま
ご助言の意味がやっと分かりました。
二度とお酒は飲みません。頭が割れるようです。
最後まで淑女らしくしていられたのは私の意地のためですが、戻ってきてからはとてもお耳に入れられないような醜態を晒しました。
ルーム・メイトのノーマが呆れていました。
彼女はさっさと退散していたのです。
私とロベルタとキャリーは駄目でした。
途中で、オリヴァーさんにも何か嫌味を言われた気がします。
言い訳をするならば、最近は允許の試験に向けて勉強ばかりしていたので、羽目を外してしまったのです。
とにかく、頭痛以外で変わったことはありません。
リクニス学院は今日も安全です。
あらあらかしこ
六月二十三日
死にそうになっている シャーロット・ベイリーより
▷○◁
一筆申しあげます
親愛なるお父さま――
こちらは全て順調です。
允許は十二、取りました。
最優秀で取ったものもあります。
ノーマは十三、ロベルタは八、キャリーは十です。
本当は十五、取りたかったのですけれど、歯が立たないものもありました。
允許の数が足りず、退学処分を言い渡された同輩が五人います。
みんな、怯えた顔で噂をしていました。
三十一日の汽車でお父さまのところへ帰ります。
普通の中等学校より休暇が短いのは仕方がないのです。
先日、オリヴァーさんと大喧嘩をしたお話を手土産に帰ります。
あと、お酒はご用意なさいませんよう! もう懲りました。
そのお話もいたします。
かしこ
七月二十五日
とても優秀なあなたの娘より
▷○◁
一筆申しあげます
親愛なるグレイさん!
わが家にお招きできてとても楽しかったです!
奥さまとサムにもよろしくお伝えください!
手紙を出すのが一箇月も遅れてしまって申し訳ありません。
休暇から戻るや否や、予告もない試験の嵐だったのです。
技術省に入られたと勘違いしていました。
正しくは、技術省直轄の(出資とおっしゃっていましたか?)会社なのですね。
失礼いたしました。
お父さまとお母さまの前で私を褒めてくださって嬉しかったです。
あのお二人、リクニスの講義がどれだけ難しいか、ぜんぜん分かってくださらないんだもの。
あと――断固として――抗議します。
オリヴァー・ゴドウィンと私は、悪くて天敵、良くて好敵手です。
決して――あなたが笑いながらおっしゃったような――「好きな女の子には構ってしまう」という、そういう関係ではありません。
最近、彼を「ノリーくん」と呼んでからかうことを覚えました。
彼の野望を知っていますか?
技術省付の参考役になることだそうです!
あなたには到底無理じゃないかな、と、ネイサンさまを思い出しながら言ってしまいました。
叩かれましたが、これは私が失礼を言ったせいなので怒っていません。
「呪文基礎」の允許を取ったので、ついに「召喚基礎」の講義を受けることが出来るようになりました!
この講義はいつも、立錐の余地なし、です。
講義のために大広間が開けられるほどです。
グレイさんには、私の夢をお話ししましたね――そのためには、もう忘れられたほど古い時代の魔精を呼び出せるよう、いろいろ勉強しなくてはなりません。
私が魔精ばかり召喚しようとするので、友人からは「魔精蒐集家」と呼ばれ始めました。
懐かしいリンキーズも呼んでみようとしたのですが、かれは留守にしていることが多いですね。
「呪文理論」の講義も面白いですし、「呪文実技」も面白いですが、この講義は屋外で行われるので、冬の寒さを想像するとぞっとします。
「呪文実技」で、ちょっとした成果を得るために私がたいそうな魔神の力を借りる呪文を使ったと言って、ノリーくんが私をからかいました――まったく失礼なことです、かれなら快く力を貸してくれるに違いないし、かれの仕事に間違いはないだろうと思っただけのことです。
私たちの友人についてですが、私の方に続報はありません。
ネイサンさまもご尽力くださっていますが、もっぱら、彼がスラムに帰ってしまったのではないかという見方のようで、そちらを捜してくださっているようです(彼の見た目の記憶から、彼がスラム出身だと決めつけていらっしゃるきらいがあります)。
私としては、彼が何も言わずに帰ってしまうわけはないと思います――きっと何かあったのです。
かしこ
十月一日
あなたのことが大好きなシャーロットより
▷○◁
一筆申しあげます
ジュダス・ネイサンさま
ご報告することは何もありません。
反抗しようとしているのではないのです、本当に何もないのです。
生活は順調です。
成績も好調です。
アップルパイは美味しく、〈ピーリードット〉は居心地がいいです。
百年後もそのままでしょう。
危険を感じることは何もありません。
ネイサンさまはいつも気になさっていますが、私はこの学院にきてからこちら、魔神を召喚したことは一度もありません。
いつも魔精――魔精――魔精の、友人たち曰くの「魔精蒐集家」です。
ネイサンさまは私の安全をしきりに気にしてくださいますが、そんなに気にされてしまうと、お風呂に入っているときなんかにふと、自分の後ろに誰かがいるのではないかと思って怖くなることがあります。
つい昨日、それでわけもなくびくびくしていたら、魔精デロックにおどかされてしまいました。
悪魔ときたら!
私の友人について、質問攻めにしてばかりで申し訳ありません。
ですが本当に心配なのです。
おもに、彼がおなかを空かせていないかどうか。暖炉のある部屋にいるのかどうか。
かしこ
十一月六日
あなたの後輩 シャーロットより
▷○◁
一筆申しあげます
親愛なるお父さま――
昨年の私は、窓から本棟のきらきらした窓を眺めるのはえもいわれぬ幸福感がある、なんてことを申し上げたかしら。
とんだお馬鹿さんでした。
試験のことを考えすぎて、夜中に窓が光っているのを見ると頭痛がします。
もちろん、この試験は七月のものと違って、允許に直結するものではありません――あくまでも自分の今の知識と知恵を試すためのものです。
ですが、允許を取れずに、おばあさんになってもリクニスにいる私を夢に見ます。
ノーマがうなされています。
キャリーはどんどん青白くなっていきます。
ロベルタは、もしかしたら学院を辞めるかもしれないと言っていました。
冗談ではなさそうな雰囲気です。最近、お付き合いしていたマイケル・ダンカンとも喧嘩をしていたことですし。
嫌なことばかり考える夜です。
明日朝、こっそりこのお手紙を郵便馬車に託します。
かしこ
十一月十二日(十三日?)
不安で眠れない シャーロットより
▷○◁
一筆申しあげます
ジュダス・ネイサンさま
取り急ぎ――十一月に行われた試験において、私が「呪文理論」「召喚基礎」「古代歴史学」で、成績優秀者として表彰されたことをお伝えします。
両親には家で伝えようと思います。
グレイさんにはお手紙を出しました。
かしこ
十二月一日
あなたの(少し優秀かもしれない)後輩 シャーロット・ベイリーより
▷○◁
一筆申しあげます
親愛なるお母さま――
楽しい休暇をありがとう! 元気になりました!
オリヴァーさんのことを、いちいち目配せしながら訊いてくるのはやめてください。
帰る日付を、メモ程度のお手紙でしか伝えられなかったのに、七面鳥まで用意してくださっていたなんて!
改年のお祝いで溢れそうなデスクでこのお手紙を書いています。
あなたの娘はとっても幸福ですので、安心してくださいな!
かしこ
一月四日
あなたの幸福な娘 チャーリーより
▷○◁
一筆申しあげます
尊敬するジュダス・ネイサンさま
どうなさったのですか、どういう風の吹き回しですか?
いつも私の好きな本を下さっていたあなたが、唐突にドレスと靴を贈ってくださるとは?
誕生日祝い、初夏のパーティで着るように、とのことですが、こんなに高級そうなものを?
それに、初夏のパーティは試験の一箇月前で、きっと私は学業にあえいでいますし、お酒にはあれ以来懲りましたから、今年は本当に顔を出すだけになると思うのです。
こんなに素敵なドレスはもったいないと言わざるをえません。
あと、父から、私が管理人さんのお手伝いをして学費の減免をお願いしているとお聞きされたとのことですが、どうしてドレスと一緒に小切手が入っているのですか?
さすがにいただけません。
お返しする無礼をお許しください。
危険なことはありません。
リクニス学院は本当に安全です。
何度も申し上げていますが、私は魔神を召喚したりしていません。
私が管理人さんのお手伝いをすることで、私が危険に晒されることは絶対にありません。
絶対に――絶対に!
私の友人について、何か手掛かりでもございましたら教えてください。
私に出来ることの案がありましたらお教えください。
嘆かわしいことに、私は私の友人のために無力です。
彼がひもじい思いや寒い思い、寂しい思いをしていないかが、気に掛かって仕方がないのです。
かしこ
四月二十日
あなたの不肖の後輩 シャーロット・ベイリー
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一筆申しあげます
親愛なるお父さま――
お父さまからご本を頂くのは初めてに近いことでしたので、驚きました。
包装を開けてみて、素敵なドレスや宝飾品をまとめた図録であることが分かり、非常に嬉しくなりました。
お父さまは娘の年ごろの興味などお見通しなのですね。
お手紙も拝読いたしました。
門番の方とは定期的にお会いしています。
彼も、つねに目を光らせてくださっています。
ご心配には及びません。
そして、そうです――リクニスに入学しておよそ一年半が経ちました。
あの一件から二年と少しですね。
私は十七歳になりました。
お祝い、本当にありがとうございました。
閣下から全てをお話しいただくまで、あと一年です。
ただ――既にお聞かせいただいた、あれ以上に何があるとおっしゃるのでしょう。
今からとても怖いような気がします。
かしこ
四月二十日
きわめて品行方正なあなたの娘 シャーロットより




