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15 飛んで湯に入る冬の宿なし

 シャーロットはマルコシアスと「手をつないで」いた。


 つまり、マルコシアスはシャーロットの腕輪に化けていた。



 シャーロットはトランクの重みにふうふういい、時おり凍った雪で足を滑らせながらもあちこちを歩き回り(ひとところにずっと立ち尽くしているのは、あまりにも異様に見えるだろうと判断したのだ)、すっかり足首が痛くなってしまった。


 精霊が例のクローブ社の社屋を見張っているとのことだった。



 日が落ち、ますます冷え込む寒さと空腹にシャーロットの気分は悪くなった。

 唯一のなぐさめは雪が止んだことだったが、なおも足許の敷石は濡れており、寒さは痛いほどだった。


 マルコシアスに頼めば、かれの精霊たちが周りを暖めてくれるかも知れないと思いはしたが、はたして魔術師も多くいるこのグレートヒルで、不自然に温められた空気に誰も気づかないものか、彼女には自信がなかった。

 その賭けをするくらいならば我慢できる程度の寒さだと、若さゆえの向こう見ずな考えで彼女は思い込んだのである。



 やがて、シャーロットは怪しくみられないことを諦め、ただし人目を避けることは諦めずに、クローブ社の通りを挟んで正面に位置するパブの入口に無造作に置かれた樽(何が入っていた樽なのか、それは気にしなかった)の陰で、さらにトランクの陰にうずくまるようにしながら、きらめくクローブ社を眺めた。


 日が落ちた辺りから、いくつかの窓のカーテンが開けられ、その向こうから温かそうなオレンジ色の明かりが漏れ始めていたのである。

 そのために、クローブ社の大きな社屋は、今は夜陰に明瞭にきらめいて浮かび上がっているように見えた。


 むろん、周囲の建物もそれは同様で、スプルーストンのような田舎であれば、もはや一面が死に絶えたかのごとき暗闇に覆われる時間になって、このグレートヒルは星屑をばら撒いたかのような明かりに満ちていた。



 そうしてうずくまるシャーロットは、何度か声をかけられた。

 訝しげに、あるいは興味深げに、あるいは面白がるように。


 シャーロットはその度に銅像のように固まり続けることで相手の興味の喪失を狙い、ついには腕輪に向かって囁いた――「お前、私を透明に出来たりしない?」。


 マルコシアスの返答はかすかで、しかも腕輪から聞こえたというよりは、シャーロットの耳許で囁かれたかのような具合だった。


「それがご所望なら、他の魔神をどうぞ、レディ・ロッテ」




 寒さと空腹のあまりに頭痛がしてきた。


 パブからは、ざわめきと共に、つんとするようなウィスキーの匂いと肉が焼ける匂いが漂ってきていた。

 それが余計に空腹を刺激し、頭をぼんやりさせた。


 シャーロットはうずくまった膝の上に額を預けるようにして、目を瞑った。



 どのくらいそうしていたのか、彼女の身体がその姿勢のままで凍りつくのではないかと思えるほどの時間が経ったとき、ふいに、彼女の手首の腕輪が急速に熱を帯びた。


 シャーロットは、普段なら飛び上がっているところ、今はのろのろと顔を上げるのがやっとだった。

 そんな彼女の耳許で、いらいらしたような囁き声がした。


「――何してるの。立って。出てきたよ」


 シャーロットは眉を顰め、ちらちらする明かりにかすむ目をこすって、立ち上がりながら通りを見渡した。


 マルコシアスの言うとおり!


 今、そそくさとクローブ社の社屋から出て、いかにも寒そうに外套の前をかき合わせ、かっちりした形のカバンを手に通りを歩き始めた――あれこそ誘拐犯、リンキーズの主人の魔術師だ。



 シャーロットはぎこちなく立ち上がり、トランクを持ち上げて、ふらふらと歩き始めた。


 寒さは想像以上に彼女の体力を奪っていた。

 家路を急ぐ人波の中で、シャーロットは幾度となく転倒しそうになり、ついには周囲から次々に気遣いの言葉が投げかけられ始めた。


 シャーロットは会釈したり、首を振ったりしながらその間を抜けていった。


 幸いだったのは、あの魔術師がせかせかと歩いてはいなかったことだった。

 彼はうなだれ、何かを考え込んでいる様子で、足を引きずるようにして歩いていた。



 シャーロットは、ようようその背中に追い着いた。

 声を上げようとしたが、長いこと寒さの中で黙り込んでいたので、上手く声が出なかった。


 シャーロットは手を伸ばして、彼の外套の背中を掴んだ。


 ごくかすかな力だったので、魔術師はそれに気づかず二歩ほど歩いた。


 それから足を止め、訝しげに振り返った。

 背中にかかるわずかな違和感に、外套に何かの異常が起こったのではないかと疑ったかのように。



 そして、彼は後ろに立つシャーロットの顔を直視することとなった。



 街灯と、周囲の建物の窓から漏れ出す明かりに、シャーロットの顔立ちははっきりと分かったはずだ。


 ()()()、と、魔術師の喉が鳴った。

 彼は卒倒せんばかりに蒼くなった。


 魔術師は軽くのけぞり、目を剥いた。


 一瞬、シャーロットは、自分がその場に突き倒されて、彼が走り去るのではないかと思った。


 魔術師は、すばやく周囲に視線を走らせた。

 雪に濡れた敷石を、等間隔にガス灯が照らし出している。


 家路を急ぐ人々のうち幾人かが、ちらっと魔術師とシャーロットに一瞥をくれていった。


 魔術師は一歩下がった。

 シャーロットは、腕輪が苛立たしげに震えるのを感じた。


 魔術師は目を伏せ、何かを口早に囁こうとしていた――おそらく、「人違いだ」とかなんとかいうことを。


 シャーロットは何か言おうとした。

 このままでは、魔術師が逃げ出してしまう――シャーロットが彼の立場であってもそうするだろう。


 しかし、どうしても言葉が出なかった。

 寒さに、彼女の舌はすっかりかじかんでしまっていた。



 だがそのとき、魔術師が目を上げて、シャーロットを改めて目の当たりにした。



 魔術師の眉が下がった。


 彼は少しのあいだ息を止めて、それからその息を深々と吐き出した。

 カバンを持っていない方の手を上げて、彼は親指と人差し指で目頭を押さえた。


 数秒のあいだそうしていて、それから顔を上げた魔術師が、低い声で言った。



「――泊まるところはあるのかね」



「…………」


 シャーロットは瞬きした。

 なぜそんなことを訊かれたのか分からなかった。彼女は首を振った。


 魔術師はゆっくりと息を吸い込み、それからその息を白く吐き出した。


 彼が、空いている手をシャーロットに差し出す。

 シャーロットはきょとんとしてその手を見つめた。


「おいで」


 低い声で魔術師がつぶやいた。


 声にも表情にも覇気はなかったが、彼にそうさせているものの、つまりは良心のもたらす、一種の温かみがあった。


「おいで。何をどうするにしても、きみ、そんなに震えているじゃないか。ついておいで」


 シャーロットは困惑に瞬きしたあと、事態を呑み込んだ。


 ――どうやら彼女は、迫るまでもなく、誘拐犯の家、あるいは拠点に、招待されている。





 魔術師はシャーロットを連れて鉄道馬車に乗り(切符代は彼が出した)、グレートヒルのふもとから少し離れた住宅街で馬車を降りた。


 シャーロットから見ても、そこは標準以上の暮らしぶりの人が集まる高級住宅街に見えた。

 家の一つ一つが大きく、伝統的なタウン・ハウスの風情を持っていた。


 緩やかに蛇行する街路は整然と車道と歩道に分けられている。


 街灯が照らす歩道をしばらく歩いて、魔術師は一軒の家へ向かった。

 シャーロットもこわごわとそれに続いた。


 魔術師は立派な扉の前で、呼び鈴を鳴らした。

 すぐに扉が開いた。


 その向こうに、優しげに微笑む痩せた婦人が立っている。

 茶色い髪をひっつめにしており、大きな青い目を持っていた。痩せてはいても十分な美人だった。

 頬は薔薇色で、それは気温のゆえではなく、彼女の快活な性格ゆえではないかと思わせるような目のきらめきを持っていた。


 シャーロットが本気で困惑したことに、どうみても悪人には見えなかった。


「おかえりなさい、あなた」


 そう言った婦人が、ドアから漏れ出る明かりの中に立つシャーロットに気づいて、訝しげな――さらにいえば、不安そうな顔をした。


 魔術師が、立ち竦んだシャーロットの肩を抱いて、彼女――間違いなく、魔術師の妻だろうが――の方へシャーロットを押し出した。


 シャーロットは戸惑った。


「あの」


「マクフォードさんの姪御さんなんだよ」


 魔術師がおだやかに言った。

 嘘が下手なのか、彼の声は少し上ずっていたが、それでも有無を言わせぬ雰囲気はあった。


「今日、われわれの仕事場に来てくれたんだが――ミセス・マクフォードの方に不都合があってね。しばらくうちで預ってくれないかと言われたんだ。いいだろう、お前?」


 魔術師の夫人はしばし夫を見て、探るようにその目を細めた。

 それから改めてシャーロットへ視線を向けて、その目を見開いた。


 彼女が手を伸ばして、シャーロットの手を取る。


 その手のぬくもりに、あやうくシャーロットは泣きそうになった。

 大叔父の家に寄せられてからこちら、感じたことのない温かさだったのだ。


 夫人は顔を顰めたが、シャーロットに対してではなかった。


「まあ、こんなに冷えて。――あなた、この子の荷物を持ってあげないなんて、どういうおつもり?」


 魔術師はあいまいに鼻の頭を掻いた。


「気がつかなったよ。――お前、お湯の準備をしてくれないかい。この子を温めてやってくれ。それから食事を。

 ――サムはもう眠っているかい?」


「ええ、ええ、承知しました。

 サムでしたら、今はお勉強中かと」


「そうかい。この子がお湯を使っているあいだに鉢合わせしないように取り計らってくれ」


「それはもちろん」


 夫人は、自分がそれほど気が回らないと思われたのが不服だというように、少し唇を突き出した。

 けれども、シャーロットへ目を向けたとき、彼女はおだやかに微笑んでいた。


「ずいぶんと寒い中を連れ回されたようね、お嬢さん。お名前は?」


 シャーロットは口籠ったあと、かろうじて言った。


「シャーロットです。シャーロット・――マクフォード」


 そう言ってしまってから、はたしてマクフォード氏とその姪が、一致する姓を持つものかどうか、必ずしも断言は出来ないことに気づいたが、幸いにも夫人がその点を奇妙に思った様子はなかった。

 夫人はいっそう嬉しそうに微笑んだ。


「シャーロット。素敵な名前ね。私のことは、どうぞマーサと呼んでちょうだい」


 シャーロットはあいまいに頷いた。

 ちらりと魔術師を見上げて、彼がどういうつもりなのか推し測ろうとしたが、魔術師の方はシャーロットを見ていなかった。


 彼は後ろ手に玄関扉を閉め、外套を脱ぎながら、やや硬い声で言った。


「この子の――シャーロットの食事が済んだら、私の書斎に通してくれ。魔術師志望なんだ、私の蔵書を見せてやりたい」


 書斎! 蔵書!


 その瞬間、シャーロットの頭から全ての考えが抜け落ちかけた。


 魔術師の書斎!

 現役の、しかもあんなに大きな会社に勤める魔術師の蔵書!


 シャーロットは思わず笑み崩れ、声を上げた。


「ありがとうございます!」


「…………」


 魔術師は、一種奇妙な目でシャーロットを見下ろした。


 それで、シャーロットも正気づいた。

 相手は教師ではなく誘拐犯だった。


 だが、夫人はその視線のやりとりに気づいた様子もなかった。

 ほがらかに笑って、彼女は手を伸ばして、夫からカバンと外套を受け取った。


「あらあら、頭がいいのね、シャーロット」


「お前が思うより、ずっと頭のいい子だよ」


 魔術師は呻くように言って、悲しげにシャーロットを見下ろした。


「サムに勉強を教えてやってほしいくらいだ」


 夫人はいっそうほがらかに笑った。


「サムはもう十六ですよ、ウィル。この子より年上(うえ)ですわ」


 魔術師は答えなかった。

 彼は夫人の頬に軽くキスをして、ひとあし早く奥へ向かった。


「食事をいただくよ、マーサ。私のことは気にせず、その子の世話をしてやってくれ」


「はぁい」


 のんびりと応じて、夫人はシャーロットの手からトランクを取り上げ、その重さに驚いたような顔をしたあとで、それを絨毯の上に置いた。


「あとでお客さま用の寝室を整えて、運び込んでおきますからね、シャーロット。

 あなたは一刻も早く温まらなくては駄目よ。こんなに冷えて、可哀想に!」





 あれよあれよという間に、シャーロットは外套を夫人に預けた上で居心地の良さそうな玄関ホールを連れ出され、二階へ通ずる螺旋階段の下を通され、食堂を横目に見る小部屋に通された。


 外とは違う温かい空気に、いっそシャーロットは眩暈を覚えた。



 この小部屋は、昔は使用人の控室として使われていたのかもしれない――今はこのタウン・ハウスに使用人のいる気配はないが。

 中にランプは点っていなかったが、開け放たれたドアから、オレンジ色の明かりが射し込んできていた。

 向こう側の食堂で暖炉に火が入っているのだ。


 夫人はすぐに、手際よくテーブルの上の油皿に灯を点した。

 シャーロットは椅子に腰かけるよう促され、おずおずとそれに従った。


 夫人は優しく、お湯の支度をしてきますからねと言って、足早にその小部屋を出ていった。



 シャーロットの耳許で、悪魔が小さく囁いた。


「――あんたが、飛んで火に入る夏の虫になったんじゃなきゃいいけど」


 シャーロットは息を吸い込んだ。


「そうだったとして、お前がいるわ」





 夫人はお湯の支度を整えて戻ってきた。


 感心を通り越して戸惑うほど、急な来客を迷惑に思っている様子がなかった。


 シャーロットは浴室に通され、夫人は彼女に、丁寧に石鹸と身体を洗うための布の所在を案内した。

 更には着替えも都合しておきますからねと言って、浴室のドアを閉めて彼女を一人にする。


 ドア越しに、夫人の鼻唄が聞こえてきた。


 シャーロットは用心しながらワンピースのボタンに手をかけ、呻いた。

 しばらく考えたあとで、彼女は小声で尋ねた。


「――エム、お前、目は見えているの?」


 返答は耳許の囁きだった。


「僕がめくらだとでも?」


 シャーロットはいっそう呻き、命じた。


「目を閉じていなさい」


「は?」


「いいから、私がいいと言うまで、目を閉じていなさい!」


 マルコシアスの了承を確認して、シャーロットはワンピースを脱いだ。


 『神の瞳』はワンピースの上に置き、そしてマルコシアスが化けている腕輪を外して、そのそばに置いた。


 とたん、マルコシアスが批難の声を上げた。


「銀のそばに僕を置くとは!」


「ごめん、ごめん」


 つぶやいて、シャーロットはたたんだワンピースの中にマルコシアスをつっこんだ。


「これでいいかしら」


 マルコシアスは応じなかった。

 シャーロットは都合よく、それを肯定であると受け取った。



 洗い場で髪と身体をしっかりと洗って、シャーロットはお湯が張られた浴槽の中に滑り込んだ。


 石鹸の匂いが心地よく、そして何よりも、痛いほどに熱いお湯が嬉しかった。


 浴槽は身体を伸ばすにはやや狭かったが、それでも十分だった。

 シャーロットは浴槽のふちに頭を預けて、思わずうっとりと目を瞑った。


 寒さに震えていたつらさは、都合よく過去のものとなった。

 ここはこんなに温かく、清潔で、いい香りがする――



 ――だが、それにしても奇妙な運びになったものだ、と、シャーロットはぼんやりと考えた。


 ――あの誘拐犯であるところの魔術師さんは、もしかしていわゆるアジトは持っていないのかしら。持っていたら、さすがにそちらへ私を連れていくはずね。

 それにしても、もしも私が彼の立場だったら、さすがに宿なしの子供を見捨てるには忍びなくて家へ連れ帰ったとしても、家族には会わせないわ……私が悪魔を召喚していることを彼は知っているはずなのだから、その悪魔に命じて身体を温めるよう助言した上で、妻子が眠ってから、こっそり家に通すけれど――



 そう考え、シャーロットはむすりと眉を寄せた。


 なんとなく、自分は()()()()()()()()()()()()()()という気がしたのだ。

 あの魔術師――誘拐犯であるはずのあの魔術師でさえ! ――良心を()()()行動したに違いないのに。



 とはいえ、その考えはあっという間に温かい湯気の中に溶け消えた。

 彼女は幸福そうに息をついた。



 全身を拭って、用意されていたネグリジェを頭からかぶって、ガウンを羽織り、『神の瞳』を首から下げて、腕輪に化けたマルコシアスと、「手をつなぐ」と、だいぶ人心地がついた。


 シャーロットは小声で囁いた。


「もう目を開けていいわよ」


 マルコシアスがその通りにしたかは分からなかった。

 かれは何の返答もしなかったが、ご機嫌ななめであることは、なんとなく感じ取られるところであった。


 シャーロットは室内履きに足を突っ込みながら、まだ濡れている髪を手櫛で整え、かれの機嫌をとることを何か言おうとしたが、あいにくとそうするにはかれに対する知識が浅かった。



 シャーロットが浴室から出ると、それを見計らっていたように、ぱたぱたと夫人が走ってきた。


 彼女はシャーロットを見て、痩せた頬いっぱいに微笑みを載せた。


「顔色がよくなったわね! お食事にしましょう」


 シャーロットは頭を下げて、もごもごとつぶやいた。


「すみません、何から何まで。ご迷惑をおかけして」


 夫人は顔を顰めた。

 親切心を否定することが、彼女の機嫌を損ねる唯一の方法であるようだった。


 彼女はつんとして言った。


「結構ですよ」


 シャーロットは小さな声でつぶやいた。


「ありがとうございます……」


 夫人はにっこり笑った。


「いいえ、いいえ、構いませんよ」



 食堂に通されたシャーロットは思わず、あの魔術師――つまるところが、この家の主――が、まだそこで食事をしているのではないかと思って身構えた。

 だが、そんなことはなかった。


 暖炉に火が入れられた小さな食堂は無人で、居心地のよさそうなオークのテーブルと椅子が、ぴかぴかに磨き上げられていた。



 勧められるがままにシャーロットがそこに腰掛けると、夫人はすばやく身を翻してキッチンに入り、次々に料理を持ってきた――バケットを詰めた籠、ローストポーク、肉詰めのパイ、かぼちゃのスープ。


 その豪勢さにシャーロットは少々怯み、この食事のために彼ら家族の誰かが食事抜きになっているのではないかと恐れた。

 だが夫人いわく、そんなことはないという。


 シャーロットはそれを気遣いゆえの嘘ではないかと疑いながらも、それを突破する方法はまだ知らなかった。


 結局のところ、彼女は空腹のまま、用意された食事をたいらげた。夫人はそれをにこにこと眺めていた。



 食事の途中、少年が一人、興味津々といった様子でシャーロットを扉の陰から見物にきた。

 おそらくこれが、話に出ていたサムだろう――まあ間違いなく、彼ら夫婦の子供だろう――と思いながら、シャーロットはぺこりと会釈をした。


 サムは驚いたような顔をして、さっとその場から走り去った。


 ばたばたと足音が遠ざかっていき、シャーロットが少々びっくりした表情をしていると、夫人がとりなすように言った――「あの子は、サムというんですけれど、通っている中等学院が男子校なんですよ。可愛いお嬢さんを見て照れてしまったんでしょうね、大目にみてちょうだい」。


 シャーロットはあいまいに照れて頷いたが、そのとき、彼女の手首で行儀よくしていたマルコシアスは、外見にはそれと分からぬ震えを発していた。


 さしづめ、「可愛いだって? これが?」とばかりに爆笑していたに違いない。


 シャーロットは、少々強めに腕輪をテーブルに押しつけた。



 とはいえ、それほどマルコシアスに対して強く出られるわけでもなかった。


 何しろこれから、誘拐犯と一対一で相対しなければならないのだ。



 魔神の守護は必須のものとなるだろう。





▷○◁





「アーニー! アーニー!! やばいよ!」


 突如として扉の下の隙間に犬の鼻面が突っ込まれ、かん高い声でそう叫ばれて、床に仰向けに寝転び、立てた片膝の上にもう片方の足を乗せてのんびりしていたアーノルドは、自分の膝に頭をぶつけそうになるほど驚いた。

























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― 新着の感想 ―
[一言] 誘拐犯には彼を惜しむ人がいて奥さんと子供を養うために仕方なくやってた構図…まあ地位的な欲求も多分にあるでしょうが にしても16の子がいるって中々年嵩だったか
[良い点] いつのどこかもわかりませんが、なんだかアーノルドとリンキーズの仲が良さそうですね。アーノルドとリンキーズは主従でもないのに良い相棒関係になりそうで、楽しみです。
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