10 相も変わらぬ変人ぶりにて
ストラスもマルコシアスも閉口したが、結局のところ、大量の銀はランフランク中佐の正確な居場所を教える役に立つこととなった。
というのも、アディントン大佐といえど、正確に中佐がどの房にいるかは知らなかったからだ。
とはいえ、ここはそう広くはない――ストラスが言ったように、ここは監獄ではなくて、懲罰のための空間であるらしかった。
大佐からすれば、彼が自分より奥へ連れて行かれるのを目撃しており、そのあとのランフランク中佐の、罵詈雑言と呪詛の言葉の怒鳴り声の遠ざかり具合から推して、どの程度離れているかは把握できていたところであり、その付近を虱潰しに捜すつもりだったようだ。
薄暗い通路を進んだ先で、ストラスとマルコシアスが、「絶対にここだ」と断言した房があった。
他と変わらぬ頑丈な鉄扉。
シャーロットは、じゃっかん気持ち悪そうな声を上げるマルコシアスに、申し訳のない気分で目を向けた。
「エム、壊せる?」
「ストラス、やろうぜ」
マルコシアスの返答がそれだった。
「銀があるからね、二人でやった方が確実だ」
「勘弁してよ、もう」
ストラスはそう言いながらも、顔を覆って一歩前に出た。
シャーロットとアディントン大佐は逆に下がった。
一方、鉄扉の向こうでかすれた声が上がった。
「――誰かいるのか?」
「下がっていろ」
アディントン大佐が、低い声で命じた。
聞き返すことすらなく、鉄扉の向こうにいる中佐が、向こう側の壁まで下がったようだった。
ストラスが息を吸い込み、眉を寄せる。
眉を寄せ、ぐっと眉間に力を入れ――そして、その姿が変わり始めた。
床を踏む素足が厚みを増す。
華奢な足首が筋張り、装飾鎖が溶け消え、足首に棘の意匠の足環が現れた。
ふくらはぎが隆々と張る。
肌は浅黒く変化し、上背が増す。
ものの数秒のうちに、ヴェールを重ねたような可憐なドレスを纏っていた絶世の美女は、生成り色のチュニックとシャルワールを纏った、上背のある筋骨隆々の男に変化していた。
薄紅色の髪は刈り上げられて頭頂部で短く逆立ち、ラズベリー色の大きなまるい目は、細く鋭い切れ長の双眸へと変貌している。
アディントン大佐が目を見開いたが、悪魔の変化を見るのは初めてではないのだろう、声を上げることはしない。
数秒が経ち、シャーロットが心配になってきたとき、どん! と腹に響く音が鳴った。
鉄扉がぐらりと揺れて、こちら側に倒れ掛かってくる。
中は光源もなく暗いが、廊下から射すオイルランプの光に、確かに扉の内側に銀の燭台や盾が積み上げられているのが見えた。
扉が倒れたと見たとたん、ストラスがすばやく足を引いて、うんざりしたようにつぶやいた。
「俺はここから離れておくから」
「構わないよ」
マルコシアスが応じる。
シャーロットはいよいよ案じられて、腕輪の嵌まった手首を持ち上げて、囁きかけた。
「お前も、つらかったら離れている?」
「大丈夫、大丈夫」
マルコシアスは歌うように答えた。
「初めて契約したときのあんたのお蔭で、僕はストラスよりは強い。
それに、中から飛び出してきたやつが、あんたをぶすっと刺しちゃわないとも限らないからね」
シャーロットは苦笑した。
独房の中から、扉が吹き飛んだ拍子に、中に積み上げられていた銀の調度品のたぐいが倒れ掛かってきたのだろう、中にいる人物は、もがくように銀を押し退け、腹立たしげに蹴り飛ばして、ようやく外に這い出して来ようとしているところだった。
アディントン大佐よりも身体つきの大きい、金髪の偉丈夫――ランフランク中佐だ。
「それはないと思うし、私に何かあっても、リンキーズが肩代わりしてくれるわ」
「あいつ、頼りないじゃん」
マルコシアスがひそひそとそう言ったタイミングで、ランフランク中佐が、体当たりするような勢いでアディントン大佐に飛びついた。
そのさまに、シャーロットは思わず大型犬を連想してしまった。
「大佐! 大佐!! ご無事で!」
涙ぐんで縋ってくる中佐――ランフランク中佐にとってみれば、アディントン大佐は直属の上官に当たるのかもしれない――を、大佐は押し返すようにした。
「しゃんとしろ」
「御意」
ランフランク中佐が、すぐさま姿勢を正して顔をぬぐう。
アディントン大佐は、間髪入れずに彼の腕を掴み、元来た道を引き返し始めた。
ついでのように、もう片方の手をシャーロットの肩に置き、同じく歩き出すようにうながす。
ランフランク中佐は、さすがに茫然とした様子だった。
「大佐? これはどういう――」
「黙れ、お前を脳足りんと呼ぶことになるぞ。
――お前、自分の悪魔をそばに呼べるか」
中佐は口ごもった。
「いや――」
「〈傍寄せの呪文〉でしたら私が知っています。復唱してくだされば、とりあえず効果はありますが」
シャーロットは控えめに申し出て、ランフランク中佐はさっと彼女を見てから、またさっとアディントン大佐に目を戻した。
「大佐? 彼女は例の子ですよね? なぜここに? なぜ一緒に?」
「軍省がやつの手に落ちた。彼女はそこから逃げ出して、私を助け出してくれたというわけだ。
彼女の悪魔と――知人にも協力を仰いだらしい、ほら、かれだ」
大佐がいかめしく言って、ちょうど通路で一行を出迎えるような格好になったストラスを顎で示す。
ストラスは、見ず知らずの人間に顎で指される覚えはないと、はっきりと示す苦い顔をした。
とはいえ、マルコシアスの咳払いを聞いたのか、不承不承という表情ながらも、一行の最後について歩き始める。
中佐は大佐の言葉を全て、なんの違和感もなく呑み込んだようだった。
すぐさま、何かを考え込む顔になる。
「彼女をグレートヒルから脱出させなければ。われわれも早いうちに。麾下の命が心配です」
「何を言っている」
アディントン大佐が叱りつけるように言い、中佐はぽかんと顔を上げた。
「〈ローディスバーグの死の風〉の再来は防がなければ――」
「防ぐのがそれだけであるものか、このたわけ」
大佐の言葉に、シャーロットは思わず、腕輪に向かって目配せした。
鉄色の腕輪もかすかに震えている。
「ここに彼女がいるのが見えないのか。
いいか、やつの王手はまだだ。まだ何も終わっていない。
やつのような人間が議会の頂点に座って、誰が最も悲惨な目に遭う。言ってみろ」
中佐は即座に答えた。
「子供たちです」
「グレース閣下のお望みはなんだ」
これにも、中佐は即答した。
だが、その声がわずかに震えた。
「万民の安康です」
「何をするべきだ、言え」
睨みつけられ、中佐が息を吸う。
「――やつを止めるべきです」
大佐は鼻を鳴らした。
「おめでとう、お前を蛆虫ではなく人間と呼んでやろう。
――あとは、その足らん頭をそのために使え」
流れるように出てくる罵詈雑言に、シャーロットはひたすら目を見開いている。
中佐は何かを言おうとしたが、それをぐっと呑み込むと、シャーロットを見下ろした。
深い緑色の目。オイルランプの途切れ途切れの明かりに、光っては翳り、光っては翳り。
「――ミズ。悪いが〈傍寄せの呪文〉を教えてくれ。私の悪魔は大量の銀を見て逃げ出したから」
シャーロットは頷き、呪文が効力を持たないよう、細切れにしながら呪文の文言を伝えた。
中佐は頷きながらそれを聞き、小さく笑った。
「――そういえばリクニス学院の出身だったな。それこそ参考役を目指せるよ」
「私、学芸員になりたいんです」
シャーロットは即答した。
中佐は目を見開いたあと、頷いた。
「そうだ、閣下がそうおっしゃっていたな。夢を叶えられないことに悩んでおられた」
シャーロットがうつむく。
ランフランク中佐はすばやく呪文を復唱したが、途中で文法がおかしくなった。
シャーロットが顔を上げ、訂正する。
二度目もつまずいたが、三度目で中佐の呪文が完成した。
「はいはい、なんです」
どこからともなく、フクロウの格好をした悪魔が現れた。
かれが翼をはためかせて、中佐が持ち上げた左腕に止まる。
大きなオレンジ色の目で中佐を矯めつ眇めつして、かれがぼそっとつぶやいた。
「……あそこから脱出したとは、こりゃまた悪運の強い……」
「オンル、黙れ」
中佐が叩きつけるようにそう言って、強い口調で命令する。
「お前、私の麾下の顔を知っているだろう。
精霊に命じて、彼らがどこにいるか捜させろ」
「まあまあ」
フクロウは首を傾げた。
「構いませんが、ちょっとお時間いただきますよ。何しろ精霊もそう多くない――」
「だろうね」
唐突にマルコシアスが言って、フクロウの悪魔がきょとんとした顔をする。
マルコシアスの擬態を見破れてはいなかった――まさか腕輪が魔神だとは思っていなかったのだろう。
一方、シャーロットの他の人間の耳には、今の声は届かなかったらしい。
中佐が訝しげな顔をしている。
「レディ、こいつ、魔精だよ」
マルコシアスが、まるで告げ口するかのようにそう言った。
「分かるわよ」
シャーロットは低くつぶやいた。
「七十二の魔神の名前を諳んじられないリクニス出身者がいるはずないでしょ」
「おや、おやおやおや」
フクロウの魔精が、中佐の腕から身を乗り出した。
中佐が、悪魔の頭を叩きそうな顔をしている。
フクロウが大きな顔をシャーロットの左腕に近づけたために、振り返った大佐が悪魔の頭を叩いた。
ストラスが顔を顰めたものの、当のフクロウ――オンルと呼ばれていたが――は気にも掛けていない。
「聞き覚えのあるお声! お会いしたことがありますね?」
「知らないね」
マルコシアスはそっけなく応じた。
そのとき、彼らは緩やかな昇りの階段に出た。
この空間から、一階分を上に昇るための階段だ。
この階段を昇り切った先で昏倒しているはずの、あの男性がまだ誰にも見つかっていませんよう、とシャーロットは祈った。
階段は暗いが、シャーロットがマルコシアスに合図すると、さあっと撫でるように白い光が階段を走っていき、まるで階段そのものが輝いているかのような、幻想的な光が点った。
シャーロットは素直に感心したが、アディントン大佐もランフランク中佐も、真下から射す明かりで視界が利きづらいことに、あからさまに顔を顰めた。
階段を昇り始めても、フクロウの魔精は熱心にマルコシアスを見つめている。
「いえいえ、つい最近お会いしましたよ。議事堂にいらっしゃったでしょう――他の魔神に、えらく珍しいお願いをされていましたからね、よく覚えていますよ」
マルコシアスが、少し黙った。
思い当たる節があったらしい。
「最近? 議事堂で?」
「エム? だれになにをお願いしたの?」
まさかネイサンの命令で手を回したことがあったのか、とシャーロットは色を失って問い詰め、それをマルコシアスはやんわりと抑えた。
「落ち着いて、レディ。つい最近だろ――あんたと一緒に行ったときだ。
あんたが呼ばれて、僕を廊下に置き去りにしたときだ」
シャーロットは転びそうになった。
「私が十七のときじゃない」
「だから、つい最近だろ」
「これだから悪魔は」
シャーロットは舌打ちしてから、そんな場合でもないことを思い出した。
あわてて先頭を行くアディントン大佐に追い着く。
「あの、この上に昏倒している男性がいるはずで、誰か人がいたら大変です」
と、大佐に向かって警告する。
とはいえすぐに、ストラスが面倒そうに言った。
「心配ねぇよ、誰もいねぇから。まあ、俺に分かる範囲の話だけどな」
シャーロットは振り返り、ストラスに会釈する。
「ありがとう、ストラス」
ストラスは冷淡に肩を竦めた。
「俺の主人に言え」
「――そうするわ」
そうしてから、シャーロットはマルコシアスをまじまじと見る。
「――それで、他の魔神に何をお願いしてたの?」
「まあ、それはどうでもいいじゃないか」
マルコシアスはすがすがしく言った。
直後、フクロウの魔精が爆弾を落とした。
「そうそう。確かマルコシアスさん、でしたね?」
「――――」
シャーロットは一瞬、それを聞き流した。
直後、ランフランク中佐が、地獄から響くような声を出した。
「――は?」
一拍を置いて、アディントン大佐が息を呑む。
――一行の足が止まる。
「あ」
シャーロットは思わず口に手を当てる。
――そう、今の今まで、マルコシアスを愛称で呼ぶばかりで、正確にどの魔神かは伝えていなかったのだ。
そして、この場にいる他の人間にとって、“魔神マルコシアス”といえば――
「――どういうことだ?」
ランフランク中佐が、フクロウの魔精を腕から叩き落として、手を伸ばしてシャーロットの右腕を掴んだ。
痛いほどに力が込められて、とたんにマルコシアスから警戒心が発散されるのが分かる。
「ミズ? どういうことだ?
どうしてきみがネイサンの魔神を連れている?」
――そう、ネイサンは衆目の前でマルコシアスを召喚した。
もはや、マルコシアスがネイサンに仕える魔神だというのは、グレートヒル中の魔術師が知るところなのだ。
だが、もう違う。
「違う、違います!」
シャーロットが身をよじって小さく叫んだとたん、ぱっ、と、左腕にかかる重みがなくなった。
はっとしたときには、いつもの灰色の髪の少年の姿をとったマルコシアスが、厳しい表情でシャーロットからランフランク中佐の手を引き剥がしていた。
「エム!」
シャーロットが恐怖の声を上げると、マルコシアスはぱっと中佐から手を離して、無実をアピールするように両手を軽く挙げてみせる。
「怪我なんてさせてないよ、レディ」
マルコシアスの格好は、つい先ほどと変わっていた――今のかれは、黒に近い色合いの濃翠色のラフなシャツと、黒いトラウザーを身にまとった格好になっている。
相変わらず、いつものストールは巻いていない。
二人の軍人が、警戒心もあらわに後退った。
シャーロットは頭を抱える。
「違うんです、今は私の魔神です――私が召喚し直したんです!」
「ありえない」
ランフランク中佐がつぶやいた。彼の顔がこわばっている。
「あのネイサンが、務めの途中で魔神をあちらの道に帰すわけがない」
「だから、その場で無理やり召喚したんです――シジルも省略して!」
シャーロットの力説に、アディントン大佐は訝しげにするばかりだったが、ランフランク中佐と、それどころか他の二人の悪魔も、おののいた様子で一歩下がった。
「――ますます有り得ない」
中佐がつぶやく。
「狂気の沙汰だ」
「その狂気の沙汰をしちゃうのが僕のレディ」
マルコシアスが軽やかに言って、シャーロットの手を取った。
向かい合わせで両手を取られ、突然の挙動にシャーロットが緩やかな階段の上でつんのめる。
つんのめりながらも、シャーロットは懸命にランフランク中佐と目を合わせようとした。
「私、かれとのあいだに〈身代わりの契約〉を結んでないんです。だから、召喚中であってもお互いに害がなくて――」
「そうそう、それに、僕が何より欲しい報酬をもらえることになったから」
マルコシアスが耽美的なまでの微笑を浮かべてそう言って、シャーロットを引き寄せて、まるでダンスするかのようにくるっと回した。
輝く階段の上でターンした格好になったシャーロットは、十七歳のときの私であれば、この状況にははしゃいだだろうな、と、かすめるように考えた。
――が、今はそれどころではない。
「あの、本当なんです――」
「狂気の沙汰かもしれないけど、僕だってこの子に狂ってるからね」
マルコシアスがさえずるようにそう言うのを、シャーロットは思わず足を踏んで止めた。
「いてっ」
「ややこしくなるから黙ってなさい!」
「ひどい」
笑いながらそう言って、マルコシアスがぱっとシャーロットの手を離す。
そして、オリヴァーにしたように、おのれの頸の枷を示した。
「ほら、見ろよ。さっきまで僕の主人だったあいつなら、枷は黄金だろ」
ランフランク中佐が、理性と証拠のあいだで認識が反復横跳びしているような顔をする。
「それは、そうだが――」
フクロウの魔精は、狂気のかたまりを見るような目でマルコシアスを見ていた。
一方のストラスも、さすがにこわばった顔をしている。
「――いや、お前、さすがに嘘だろ」
かれがそう囁くのが聞こえてきた。
囁かれたマルコシアスは、しれっと応じる。
「いや、ほんと。まったく歴史に残るよね。
なのに僕のレディときたら、ありがたみの欠片もない」
シャーロットはあわてた。
「感謝はしてるわよ。あとでケーキでも一緒にどう?」
「悪魔の機嫌を食べ物でとろうとするような変人、あんただけだと思うよ。
――あれ、これって言ったことあったっけ?」
「言われたわ、十四のときに」
マルコシアスはとびきり大きな笑顔を浮かべた。
「あんたが変わってなくて嬉しいよ」
シャーロットも微笑んだ。
そんな二人を均等に見て、ストラスは骨ばった片手で顔をぬぐう。
「嘘だろ。どうしちゃったんだ、マルコシアス。
枷を見られるのだって好きじゃないだろ」
「まあ、そうだね」
認めて、マルコシアスは肩を竦めた。
シャーロットがなおも必死にランフランク中佐とアディントン大佐に言葉を重ねるのをしり目に、かれは一歩ストラスに近づいて、つぶやいた。
「――この子、面白いからさ。
それこそついさっきまで、この子の心根が折れる瞬間を見たいと思って、楽しみにしてたんだけど……」
肩を竦める。
「……今はもうそうは思わない。この子は折れない。折れるなら、さっき――あのときがうってつけだったんだ。あのときでも折れなかったんなら、この子はずっとこのままだ。なら、僕はもうずっとこの子の味方をする。
確かに僕はこの子が気に入ってるけど、ひどい目に遭えばいいとは思わない」
悪魔の関心とはすなわち、相手に不幸を期待すること――そのはずである。
「なに言ってんだ?」
ストラスが、深刻に意味が分からないときの声を出した。
「意味が分からないぞ。味方をするも何も、報酬が良かったんじゃねぇのかよ」
「それもあるけど」
マルコシアスはひらっと手を振った。
「なんであの報酬に価値を感じたのかは、自分でも分からない」
血相を変えて二人の軍人に事情を説明する主人を見て、マルコシアスは目を細める。
「――不変は罪、そのはずなんだけどなぁ……」
シャーロットの方では、とうとうアディントン大佐が、懐疑の海に首まで浸かったランフランク中佐の疑いの栓を抜くことを選んでいた。
「――もういい、ランフランク。
確かに、魔術師からすれば整合性のとれないことはあるのかもしれないが――」
「整合性うんぬんどころの話ではございません!」
すかさず応じたランフランク中佐に、大佐が息を吐く。
「――もういいと言っている。
ランフランク、きゃんきゃん吠えるのは犬にでも出来ることだ。お前は犬か?」
「いいえ! ですが――」
「ランフランク」
アディントン大佐が声を低くした。
「グレース閣下は、この子の倫理観を信じるとおっしゃったのだ。
閣下がご信頼めされたものを、お前は信じられないと?」
中佐がぐっと言葉に詰まり、大きく息を吐いた。
「――いいえ、大佐。
おのれの良心にも勝ってご信頼申しております」
大佐は疲れた様子で頷いた。
「よし。ならばどうすべきか分かるな?」
ランフランク中佐は両手で顔をぬぐい、おそらくいつもはそこに煙草を持っているのだろう、軍服のふところを探るような手振りをした。
だがすぐにその手を下ろして、シャーロットを見る。
真下から射す光に、その顎の線が光っている。
少しためらい、しかし大きく息を吐いて、中佐は小声で言った。
「――きみの悪魔は歴史に残ることをしたんだね、ミズ」
シャーロットはほっとして頷いた。
「はい。
――とても光栄なことに」