01 答え合わせ
シャーロットはとうとう立っていられなくなり、崩れるように椅子の上に座り込んだ。
頭の中で警鐘が鳴っている――ネイサンがこれを断言したということは、すぐにも口封じ出来ると考えているゆえに違いない。
震える呼吸を繰り返すばかりで答えないシャーロットに、ネイサンは興味深げな眼差しを向ける。
「証拠は残さないようにしたつもりだったんだけれど、どこに粗があったんだろう。教えてくれない? シャーロット。
若い子から何かを学ぶということは、いくつになってもわくわくする体験だから」
「――――」
ネイサンは、フォークに突き刺したアップルパイの欠片をぶらりと持ち上げた。
それを小さく振ってみせながら、首を傾げる。
「では、順を追って私の行動を振り返ろう――」
アップルパイを口に入れ、それをしっかりと噛んで飲み込み、「うん、リクニスのものの方がおいしいな」とつぶやき、シャーロットに向かって友好的に微笑んで、「ほら、きみも食べて」とうながしてから、ネイサンは続けた。
「――まず、私がしがない、ただの参考役だったときに、どうやって〈神の丘〉に魔神が眠っているということを知ったかということだけれど――これは別に驚くような手段ではない。
ある程度の知力があれば、注意深い人間なら気づくさ。私ほど注意深い人間がいなかっただけだ。
それから、しかるべき人間に口を割らせるに足るだけの手段と金」
にっこりと上品に微笑んで、ネイサンはナプキンで口許をぬぐう。
「そうなれば、きみに辿り着くのも別段難しい話ではなかった――ベイリー家の女の子。私にとっては必要不可欠な、可愛いシャーロット。
――ただ、今にして思えば、『神の瞳』の確保ときみの確保を、なつかしのピーター・オーリンソンに任せたのは失策だったな。どちらも見事に失敗してくれた。
オーリンソンが具体的にどう動いていたのかはおおまかなところしか知らないが、選ぶに事欠いて無様な駒を選んだものだと思ったよ」
しかも、と言葉を継いで、ネイサンは顔を顰める。
「『神の瞳』の行方が完全に分からなくなったときた――あのときは腹が立ったものだけれど、一方でよいこともあった」
また微笑んで、ネイサンがシャーロットをてのひらで示す。
真っ青になって震えている少女を。
「きみとお近づきになれた。しかもそのお蔭様で、首相閣下みずから、〈神の丘〉の秘密を私に打ち明けてくださることになった――分かるかな、これをもって私は、この一連の事件の容疑者から外れたわけだ。
何しろ、首相が教えてくださるまでは、〈神の丘〉の秘密については知らなかったのだから」
「――――」
シャーロットは息を吸って、そのまま凍りついた。
彼女の目の色を正確に見て取って、ネイサンが声を上げて笑う。
「ああ――シャーロット、きみは自分の身を守ることに熱心になるあまり、首相閣下も疑いの目で見ていたのかな。
本当に馬鹿なことを――彼はただの人だよ、シャーロット。魔術師ではない。
グレートヒルの魔神の力で権益を得られるのは魔術師なんだ。そんなことまで見落としていたの?」
シャーロットは黙ったまま、自分の足許にぽっかりと穴が開いたような錯覚に陥っている。
――判断を誤ったのだ。
首相に全てを打ち明けているべきだった――ネイサンが首相の指示で動いているのではないかと疑うのではなく。
首相が、議会に拠らない自分自身の裁量権をさらに求めているのではないかと疑心暗鬼になるのではなく。
「首相は――まあ、いい、そのことは後で話そう。
ともかく、私はきみの友人の地位を得て、きみをリクニス学院へ送り出したわけだ。
この時点では、きみは特に私を疑っていなかったね? むしろ懐いてくれていたように思うけれど」
「――――」
シャーロットは動けない。
自分の、致命的な判断ミスがどんな事態を招くのか、その予想に息も出来ない。
「さて、こうして私は、『ベイリー家の女子の血』を、手の届くところで管理することに成功したわけだ。
――さて、『神の瞳』はどこだろう。これが一番の難問でね――」
ネイサンは肩を竦め、視線を遠くに向けた。
「七年前になるのかな。『神の瞳』の行方が分からなくなったとき――それを最後に所持していたのはなにものだったか。あのとき、オーリンソンはウィリアム・グレイという魔術師を使って、『神の瞳』の奪取をもくろもうとしていた。――このグレートヒルで、あのグレイという魔術師とばったり会ったときは面白かったね。彼が召喚していたのが魔精リンキーズ。
――かれなら、『神の瞳』の行方を知っているかもしれない。それに賭けたんだよ」
シャーロットに目を戻し、ネイサンは今度は、ケーキをひとかけら、フォークで削り取るようにする。
「かれは確かに知っていた。報酬を釣り上げると答えてくれた。
――答えがきみだ、シャーロット」
「――――」
ネイサンは呆れたように首を振った。
「きみの悪運には恐れ入るよ、シャーロット。天文学的な確率で、まさかきみこそが『神の瞳』を手に入れていたとは。もはや運命めいて感じないか」
シャーロットは答えない。
喉が詰まり、息が詰まり、眩暈がする。
心臓は数え切れない速さで激しく鼓動していた。
「そもそも議事堂で見たときから、――そのときはどの魔神かまでは分からなかったけれど――きみが連れていたあの魔神は、他の魔術師ではなくきみが召喚しているのではないかと疑いは持っていた。
だが、ここへきて、その報酬が『神の瞳』であったという可能性が見えてきたわけだ」
――『とても良い“鉄の翼”だ。大事にしなさい』
「リクニス学院で、私は訊いたね――悪魔マルコシアスに、きみが手に入れた『神の瞳』を報酬として約束したんじゃないか、とね。
あのときにはもう、確信を持っていたと思ってくれていい――」
少し黙り込んでシャーロットの反応を観察し、彼女の顔色が白くなるばかりで、ぴくりとも動かないことを見て取って肩を竦めてから、ネイサンは続けた。
「実をいうと、わが母校におけるあの騒動は、きみが『神の瞳』を使ってあの悪魔を召し出したことへの確証を得るためのものだったといっていいんだ」
シャーロットはいっそうひどい耳鳴りを覚える。
――郵便馬車の御者、ヴィンセント。
あの騒動がために命を落とした人。
「人を使って都合のいいことを吹き込んでやれば、あの子供……ショーンといったかな、彼はすぐに信じた。
私はしつこいほど、手紙できみが魔神を召喚したかどうかと訊いていただろう――あのためだ」
ネイサンはいつも通りの表情で微笑み、フォークをくるっと回した。
「ショーンぼっちゃんを使って、きみをある程度危機的な状況に追い込めば、きみならまず間違いなく、過去に召喚した魔神を召し出すだろうと予測をつけてね。
その候補となる魔神を増やす気はさらさらなかった。
きみが忠実に、魔神を呼び出すことを控えてくれて嬉しかったよ」
――『ネイサンさまはいつも気になさっていますが、私はこの学院にきてからこちら、魔神を召喚したことは一度もありません』
「確認しないといけないことは二つあった。
まず、きみが召喚した魔神が、間違いなく例の――きみが十四歳のときに召喚していた魔神と同じ魔神であるということ。
そしてもう一つが、その魔神が『神の瞳』を得ている素振りがあるかどうかということ。
ただもちろん、きみが後生大事に『神の瞳』を秘匿し続けている可能性も考慮に入れなければならなかったが――十四歳の小娘が魔神を召喚できるとなれば、報酬の品は限られるだろう。特にきみは考えなしな子だったから、秘宝を手にすればすぐにそのカードを切るだろうという確信はあった」
ネイサンの口調はまるで講義のようだった。
それこそ歴史学において、歴史上の人物の行動について話しているような――淡々とした語調。
「ショーンぼっちゃんが、きみが描いたシジルを見てくれてね――魔神マルコシアスということだった。そうなれば、あとは簡単。
格上で、かつてマルコシアスに致命の一撃を与えた逸話も残っているグラシャ=ラボラスを、ためしにぶつけてみればいい」
「――マルコシアスは大変な無理をしたんですよ」
シャーロットは反射的にそう言っていた。
「私のために。
――それを、その魔神を、私の魔神を、あなたがあんなふうに傷つけるなんて」
ネイサンは、「どうでもいい」とばかりに手を振ってあしらい、言葉を続ける。
「かりにマルコシアスがグラシャ=ラボラスを撃退できたなら、マルコシアスが『神の瞳』を得ているという私の考えは、ほぼ当たっているとみて間違いないものだと判断できた。
ついでにフォルネウスもつけたのは、マルコシアスとフォルネウスが争ったという記録が、歴史上どこにもないからだ。あの二人には何か因縁でもあるのかな――マルコシアスが万一、手がつけられないほど暴れたときであっても、フォルネウスならばそれを抑制できると考えたんだ。
――何しろ、リクニス学院は大切な、わが母校だからね」
にっこりと笑って、しかし一転、すぐにネイサンは顔を顰める。
「むしろ大変だったのは、きみがリクニス学院で召喚した魔神と、『神の瞳』を得た――十四歳のときに召喚していた魔神が、まったく同一のものだという裏付けの方だった。
もしも違う魔神だったとしたら、マルコシアスの方は、『神の瞳』ではない――慮外の産物で力を増しただけなのかもしれないからね。ショーンぼっちゃんは短気で――」
苦笑する。
「――召喚陣が省略されていたかどうかを、私の手の者に話してくれなくてね。
そこで、きみのお気に入りのアーノルド。彼をそちらへ向かわせて、かつて見たことのある魔神かどうかを見極めさせることになったんだけれど――あれには学がないからね。
正直なところ半信半疑だったが」
シャーロットは指先が震えるのを感じた。
胃が焼けるように熱くなった。
――では、本当に、目の前にいるネイサンこそが、アーノルドに鞭の痕を残した、――アーノルドの雇い主なのだ。
「――アーニーはどこですか」
シャーロットは囁くように尋ねた。
ネイサンは肩を竦める。
「近くにいるよ」
「私への人質としてですか」
ネイサンはまぶしいほどの笑みを浮かべた。
「よく分かっているね。
――だが、まあ、それだけじゃないよ」
よく出来た贈りものを受け取ったときのように嬉しげに微笑んで、ネイサンは言った。
「きみも、話には聞いたことがあるかな――軍省で生きていくにも、議事堂で立場を守るにも、どうしても敵は出来るものでね。そういった敵には……出来るだけすみやかに、分を弁えてもらった方がお互いのためだ。いちばん効果があるのが、彼らの友人や家族と話をすることなんだ。
いかに権力欲に目が眩んでいる者でも、あるいは私のことを嫌っている者でも、身近な人間から、『もう手を引いてくれ』と懇願されれば、案外折れることが多くてね……」
シャーロットは吐き気を覚えて息を止めた。
そして、吐き出すように言った。
「それ――それは、ただの脅迫です。
ネイサンさまに道を譲らないと身に危険が及ぶという――」
「まあ、ものは言いようだけれど」
ネイサンはさらりと言って、にっこりと笑った。
「アーノルドは、その手のことをさせると本当に役に立つ。これまで使った人間の中でも、最も出来が良かった。彼は、本当にスラムの生まれなのか疑うほど、よく頭が切れてこちらの意図を汲む。
少し精神的に脆いところがあるのが玉に瑕だが――そんなものはどうとでも梃入れが出来る」
「――――」
シャーロットは絶句した。
アーノルドの、あの、苦しげな――たくさんの目に見えない重荷が肩の上に載っていて、なんとかその隙間からあえぐように息をしているというような、あの表情を思い出した。
「……なんてことを」
シャーロットはつぶやいた。
声がわなないた。
目の奥が一気に熱くなったが、どうしようもなかった。
「あの優しい人に、なんてことを」
「彼の利用価値を決めるのは私なんだ。
私が決めた値が彼の意義だ」
さらりとそう言って、ネイサンは上品な身振りで話題を元に戻すことを示した。
シャーロットは恐怖と怒りと、どちらをより強く覚えているのか、もはや自分でも分からなかった。
息が詰まり、眩暈がして、頭に熱いもやが掛かったかのようだった。
「さて、話を戻すよ」
ネイサンはことりとフォークを置き、円卓に肘をついて両手を組むと、身を乗り出した。
「――さあ、教えてくれ。シャーロット。
私はどこでぼろを出していたのかな?」
眩暈がするような激情の中で、シャーロットはネイサンを睨み据えた。
震える唇からこぼれたのは、まったく脈絡のない言葉だった。
「……よりにもよってマルコシアスを、私の魔神を、そんな理由で召喚するなんて」
ネイサンは苦笑した。
「シャーロット、子供みたいなことは言わないで。
悪魔との関係は、契約が終わればそれっきりだよ」
「いいえ」
衝動的にシャーロットは言葉を吐き出していた。
「少なくとも私にとっては違います――ロッテです。かれのロッテです」
「シャーロット」
たしなめるようにそう呼ぶネイサンに、シャーロットはなおも激しく言葉を続けた。
「それに、私はリクニス学院で、報酬についての嘘は申し上げませんでした――」
ネイサンがわずかに驚いたような顔をする。
シャーロットは痛烈な気持ちで言い切った。
「――リクニス学院で、私にあれほど尽くしてくれたかれの忠誠を買ったのは、私の髪と声だけでした」
「……それは驚きだ」
もの静かにネイサンは言った。
シャーロットは円卓の端を掴み、クロスのレース越しにその硬い感触を指先に押しつけながら、さらに激しく言っていた。
「どこでぼろを出されたのか、というお話でしたね。
――アーニーです」
ネイサンは首を傾げる。
「うん?」
「アーニーです。アーニーをリクニス学院へ向かわせたことです。
――私は彼と会いました」
ネイサンは微笑む。
「そう言っていたね」
「会ったときに、話をしたんです――どうにかして彼を今いるところから助けたいって。
彼は、それは無理だと言いました――だから私が、」
息を継ぐ。
全速力で走ったあとのように息が乱れる。
「私が、知人の名前を出して、彼らでも無理かと訊いたんです。
あなたの名前を出したときに、アーニーが……」
今でも覚えている、アーノルドのあの微笑。
すぐには意味を取ることが出来なかった――あの言葉。
――あの、青い鳥をそばに置いてた人?
――あの人くらい金持ちそうなら、なんとかなるかな。あの人、なんか、夏に外を歩くときに自分の上に絹の傘を差させそうじゃん?
「……あなたの印象を話したんです。夏の。夏のあなたの」
ネイサンは首を傾げていた。
シャーロットは息を吸い込み、言い切った。
「――アーニーとあなたが会ったのは、私の知る限り、議事堂でのあの騒ぎのとき……冬のことでした」
ネイサンの口許が緩む。
「ああ」と声が出る。
灰色の目に、このときばかりは讃嘆の色が浮かんだ。
「なるほど――その報告は受けても、気づけなかったな」
「冬のあなたしか知らないなら、夏のあなたにわざわざ触れたのはおかしいことですもの」
シャーロットはつぶやき、円卓を挟んだネイサンの瞳を睨み上げた。
「――ネイサンさまに気をつけるように、彼が教えてくれたんです」
「なるほどね」
ネイサンは辛辣につぶやいた。
「そこは抜かったな――認めよう。
では、次の疑問だ。
十七のときから私を疑っていたきみは、どうして……そう、魔術師にあるまじきほどに、全幅の信頼を置く魔神を召喚して、わが身を守らなかったのか」
「――――」
シャーロットは黙り込んだ。
そんな彼女を愉快そうに見て、ネイサンが指を上げる。
「とはいえ、この疑問には私でも答えを思いつく。
――思うにきみ、こう考えていたんだろう――私は一度、マルコシアスが『神の瞳』を保持しているのではないかと疑っている。
その考えを捨てたわけではあるまい、と」
上げた指を揺らして、ネイサンはいたずらっぽく続ける。
「さらに、こうも考えていたはずだ――私にとっては、きみがカルドン監獄にいた方が都合がよいはず。なにしろ、きみの身柄を合法的にどうとでも出来るからね。
きみをカルドン監獄送りにするだけの証拠を抑えていながら自由にさせているのには、きっと何か理由があるはずだ、と――」
「――――」
シャーロットは黙っている。
非の打ちどころがないほどに、ネイサンの言葉はシャーロットの思考をなぞっていた。
「そこできみは、思いつくわけだ。――私が何かの機会を作って、きみをまた危機的な状況に陥れるかもしれない。そのとききみは咄嗟に、魔神マルコシアスを召喚してしまうだろう。
そしてそうなれば私の思うつぼ、きみはカルドン監獄行きで、魔神マルコシアスは私の悪魔どもの手に掛かり、『神の瞳』を取り上げられる。
それが、私の思い描いている筋書きに違いない、と――」
シャーロットはまさに、リクニス学院で過ごした最後の数箇月のあいだに、憑かれたようにそう考えていたことを思い出す。
ネイサンは淡々と続ける。
まるで何かを読み上げるかのように。
「そこできみは、こう決めたわけだ。
――私の言うことにつねに従っておこうと。そうして、当座の身の安全を確保しておこうと。私を怒らせて、私が計画を変更して、きみをただちにカルドン監獄へ放り込むように告発するのはまずいと思ったんだろ?
あと、もしかしたら、あの子――アーノルドのことも考えたのかな。彼はきみにとって人質として作用した――私にとっても、それは僥倖だった。
ただし、きみとしても、茶会や晩餐で出されたものを口にするのは怖かった――それこそ、一服盛られるとでも思っていたんだろうね。だからそれは避けた。
そうして私の機嫌をとるのと、自分の身の安全を図るのと、――その均衡を上手く保っていたつもりだったんだろうね」
(……腹が立つほど、そのとおり)
胸がむかついてきたシャーロットに向かって軽く首を振り、ネイサンは言った。
「ああ、シャーロット。きみは、私がマルコシアスを召喚することだけはないと踏んでいたんだろ? なにしろ、命令とはいえ、破格の報酬――超特級の魔法の品、『神の瞳』をマルコシアスにみずから差し出させることなど不可能に近いからね。
魔術師には召喚陣の縛りがあるから、最初から差し出す気のない報酬をもって悪魔を召し出すことも出来ない。『神の瞳』とつり合いが取れるほどの報酬は、そうそうない――」
ネイサンは苦笑する。
「――シャーロット、きみはときどき視野が狭くなるね。
首相閣下を疑っていたというなら、それもきみの、その欠点の表れだ。
――私が差し出せる報酬の上限を、きみが見積もるべきではなかったね」
シャーロットは背中を戦慄が駆け上ってくるのを感じていた。
意味もなく周囲を見渡す。
「――マルコシアスはどこですか」
ネイサンは泰然と微笑んでいる。
「私が命令したところ」
「かれに何を約束したんですか」
ネイサンがおどけたように顔を顰める。
「おっと、悪魔への報酬を尋ねるなんて。
マナー違反だよ、シャーロット」
シャーロットは震える息を呑むように吸い込んで、言い募る。
「かれに何かするつもりですか」
「ちょっとは落ち着きなさい、シャーロット」
ネイサンが笑いながら手を振った。
「友人を心配するような態度は悪魔に対して不適切だよ。学校で教わらなかったの?
――だが、まあ、涙ぐましいといえないこともないだろう。きみはかれを呼ぶのをぐっと堪えて、かれを守った気になっていたわけだから」
シャーロットは落ち着こうとして深呼吸する。
――ネイサンは何の考えもなく、こうして手の内を明かすような人ではない。
ならば何かがあるのだ。
シャーロットの知らないところで、ネイサンが王手をかけ、もう安心だと確信するに足る、その方向へと事態が動いたのだ。
事態が急変したあまり、考えが四方八方に散らばっているような心地がする。
シャーロットは必死になって言葉を絞り出した。
「では人間の心配をした方がお気に召しますか? アーニーはどこです」
ネイサンは肩を竦める。
その仕草を見て、シャーロットは奥歯を噛み締め、なじるように声を押し出していた。
「アーニーはどこですか。
どうして――どうしてアーニーに、あんなひどい仕打ちが出来たんですか」