プロローグ とある参考役からの手紙
3章開幕です。
前略
シャーロット・ベイリーどの
先月送った、『呪文理論の新体系』は気に入ったようで何より。
私は著者のアリ・ベックマンは好かないが、きみは傾倒しているようだね。
允許の取得も順調で、成績優秀での卒業になりそうだと聞いた。
それを聞いて私も閣下も安心している。
そして、そうだね、卒業後について考える時期だ。
進路について、きみからの希望を受け取った。
これから検討となるので、しばらく待つように。
それはともかく、学芸員になりたいとは正気か?
閣下は予想どおりだとおっしゃっているが、一介の学芸員を警護する言い訳を考えるこちらの身にもなってほしい。
また、きみをグレートヒルから遠く離すということに、われわれは危惧をいだいている。
草々
九五六年二月三日
ジュダス・バーナード・ネイサン
▷○◁
前略
シャーロット・ベイリーどの
きみの篤い訴えは目に入れた。
そうまでして歴史を学びたいのならば、いっそ魔術師ではなく歴史学者を目指せば良かったのでは。
きみの進路について、こちらは検討中。
閣下はきみの意思を尊重なさりたいようだが、限度がある。
軍省の面々は、私もそうだが、きみの今回の希望には否定的だ。
首相は、きみが友人たちから引き離されて鬱屈しているのではないかと案じられているが、手紙を見たところ、あいもかわらず快活なようで何より。
皮肉の切れ味が衰えていないのはすばらしい。
ここのところ、誰とも口を利いていないとは思えぬ社交性であり、後輩の利発さに私も感激を禁じ得ない。
分かりにくいといけないので言っておけば、これは皮肉だが。
ワルターの話では、図書館の蔵書を読み切る勢いで読み潰しているとのこと。
むろん、あの蔵書を読み切ることは不可能だろうと思うが。
勉強熱心で何より。
ただし無理はしないこと。
こちらの沙汰については、もう少し待つこと。
草々
二月二十日
ジュダス・ネイサン
▷○◁
前略
シャーロット・ベイリーどの
私の部下のネッドから報告があった。
きみがこちらとの約束事を破っているのではないか、とのこと。
食事中にナイフを落とし、その際に刃の部分が手に当たったそうで、ネッドもひやりとしたそうだが、怪我がなかったと。
悪魔を召喚していたのであれば、申し出ること。
どの悪魔を、どの目的で召喚したのか。
きみの自由を侵害しているようで申し訳ないが、きみは理由を分かってくれるね。
草々
三月七日
ジュダス・ネイサン
▷○◁
前略
シャーロット
そう怒らないでほしい。こちらも仕事だ。
講義の一環だったとのこと、了解。
召喚していたのは魔精のフロティテということだが、講義室の中に花でも咲かせたの?
気を悪くしたきみのために、改訂版の『魔精便覧』を同封する。喜んでくれると嬉しい。
草々
三月十二日
きみの先輩より
▷○◁
前略
シャーロット・ベイリーどの
よくない知らせがある。
閣下が、どうしても直接きみに伝えたいとのこと。
迎えをやるので、休暇を取ること。
講義に後れを取る分については、特別に私が教授するので心配は無用。
休暇は四月二日から四日にかけて取るように。
四月二日の十時、エデュクスベリー駅にいなさい。
学院を出るときはヘンリーを同道すること。
そして、誘拐されたりしないこと。
草々
三月二十三日
ジュダス・バーナード・ネイサン
▷○◁
前略
シャーロット・ベイリーどの
きみがあっさり白旗を揚げたので、私も閣下も気を揉んでいる。
きみがそう簡単に折れる人間ではないと思っているので。
きみが逃走したりしないよう見張れと、部下に命令せざるをえなかった。
学芸員になることは許可できないと言い渡したとき、きみは本当に無表情のまま、「はい」と言ったね。
何かたくらんでいるなら教えてくれ。
そして重ねてになるが、きみに悪意あっての今回の判断ではない。
あの場で再三言ったとおりに。
草々
四月六日
ジュダス・ネイサン
▷○◁
前略
シャーロット・ベイリーどの
きみから送られてきた大量の一覧を眺めるのに二時間かかった。
その間に、私の決裁を待たねばならなかった稟議の山をきみにも見せたいくらいだ。
学芸員が駄目ならばと、二の矢三の矢どころではなく、百の矢まで用意していたとは恐れ入る。
一方で、私の方からも提案がある。
きみはきわめて優秀な魔術師だ(これはお世辞ではなく、私はきみの学業成績を見ている)。
そして私は部下に、優秀な魔術師を求めている。
軍省で働く気はないか?
きみの警護もしやすくなるだろう。
草々
四月十九日
ジュダス・ネイサン
二伸
学院生活のうち、初夏のパーティに参加させてやれたのは一度だけだったね。
本当にかわいそうなことをした。すまない。
ネイサン
▷○◁
前略
シャーロット
そうも丁重に断られると私も傷つく。
きみの知識と技能を生かすことができ、きみの安全の確保もしやすい、理想的な職場だと思わないか。
くわえて、焦らせるようで悪いが、この時期に卒業後の進路が未定というのは、おそらくリクニス学院を卒業するに足る允許を備えた学生の中ではきみだけではないだろうか。
一度会って話したい。
時間を作る。
近いうちにエデュクスベリーを訪ねるので、夕食でも一緒にいかがだろう。
草々
五月三日
ジュダス・ネイサン
二伸
二年目のパーティのために私が贈ったドレスはまだ手許で保管してくれているとのことで、こちらも嬉しい。どうもありがとう。
あれを着る機会を作ってあげられたらいいのだけれど。
ネイサン
▷○◁
前略
シャーロット・ベイリーどの
先日は楽しい夕食をありがとう。
あのときの雑談だが、すまない、出典を調べたところ、コークスでウァレフォルを召喚したのは魔術師アーデンということで私が正しかったが、その事件を裁いた判事はきみの言うとおり、ドーソンだった。
私が言ったケインソンは、シトリーが絡んだ事件を裁いた判事だった。
取り急ぎ修正とお詫びまで。
それはそうと、きみは軍省で働くことについては否定的だね。
きみの志とは異なる、やりたいことではない、ということで一点張りだったけれど、世の中の人間がどれほど自分の志を貫くことが出来ているのかは疑問だと思わないか。
まずは勧められた場所で能力を試してみるのもいいと、私は考えるけれど。
特にきみは立場が立場だ。自分の望みと大衆の安全と、どちらを優先すべきかはきみもよく分かっていると信じている。
草々
六月二日
ジュダス・ネイサン
二伸
私との夕食にあのドレスを着て来てくれて、どうもありがとう。
▷○◁
前略
シャーロット・ベイリーどの
学芸員が認められないならば学校で働きたいというきみの申出に、私も閣下も驚いている。
閣下はもちろん反対なさっているし、私もだ。
この結論を伝えるためには、きみを招喚する必要はないと思う。
何かあったときに子供を巻き込むつもりか?
きみを軍省に貰い受けることについて、内々で閣下に打診してみた。
閣下としても、それが安心とおっしゃっている。
われわれはこれまで、じゅうぶんにきみに譲歩してきたと思うが、ここはきみが譲歩するべきではないか?
せめて、例の品物が無事に発見されるまでは、きみをわれわれの目の届くところに置かせてほしい。
草々
六月二十五日
ジュダス・ネイサン
▷○◁
前略
シャーロット・ベイリーどの
閣下からの書簡は届いただろうか?
書いてあったとおりだ。
きみは、軍省で働くか、あるいは議事堂で清掃下男の仲間入りをするか、二つに一つだ。
閣下は書簡の中で、清掃下男を勧められたそうだね?
正気の沙汰とは思えないな。
そしてきみは、どうやら閣下と結託して、私を困らせることに並々ならぬ執念を燃やしているようなので、清掃下男の仲間入りを選びそうな気がする。
きみがその道を選ぶ前に、話しておきたいことがある。
スプルーストンのきみの大叔父さま――ジャック・ジェファーソン氏の屋敷にお邪魔させていただいた。
もちろん、お邪魔したのは私ではなく私の悪魔で、失礼ながらジェファーソン氏にご挨拶をすることも出来なかったが。
話とはそのことだ。
きみがエデュクスベリー駅まで出て来られる日程を教えてくれ。
草々
七月十日
ジュダス・バーナード・ネイサン
二伸
きみが軍省にいた方が、きみが頻りに気にかけている、例の友人の捜索もしやすくなると思うのだが、いかがだろう。
私は参考役であって人事権は持っていないが、きみを例の友人の捜索をしやすい部署に、きみを推挙することならば出来ると思う。
不自由をしいて申し訳ない。
これでも私は、いつもきみの力になりたいと思っている。
きみの先輩より
▷○◁
前略
シャーロット
お手紙をどうもありがとう。
きみと一緒に働ける日を心待ちにしている。
九月のはじめに入省式があるね。
そのあと、リーバイ・キッシンジャー像の前で待っていてくれ。
卒業のお祝いもかねて、食事に行こう。
そのときに、きみの事情を知っている幾人かを改めて紹介させてほしい。
困ったことがあれば彼らを頼れるように。
皆、気のいい者たちで、私の自慢の後輩に会うのを楽しみにしている。
草々
七月三十日
ジュダス
二伸
おって正装一式を送る。
当日はそれを着ていること。
私としても、可愛い後輩が恥をかくところを見たくはないので。
周りは良家のおぼっちゃんとお嬢さんばかりだと思っていなさい。
とはいえ、きみの気の強さがその程度で折れるとは思えないが。
喧嘩だけはしないようによろしく頼むよ。
註釈を入れておけば、この「喧嘩」というのには「口喧嘩」を含むので、はき違えないように。
きみの先輩より