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25 舵をとれ

 シャーロットは瞬きした。


 ぽかんとした顔を作って、さも意外なことを聞いたかのように首を傾げてみせる。



 その裏で、さながら暴風にひるがえる旗がその表裏をせわしなくはためかせるように、両極端の思考がシャーロットの頭の中で錯綜していた。


 それらの思考が銅鑼のように鳴り響き、互いに反響して掻き消しあい、シャーロットは窒息しそうになる。





 ――言うべきだ。ここで言うべきだ。マルコシアスが『神の瞳』を所持していることを打ち明けるべきだ。


 ――言えない。言ってはいけない。言えば免許もなく魔神を召喚したことが知られる。しかるべきところへ届けるべき秘宝を私欲のために使ったことが知れる。


 ――言うべきだ。『神の瞳』の安全を確保してもらうべきだ。


 ――その安全はマルコシアスが確保している。


 ――マルコシアスは悪魔だ。悪魔にとって、人間の国の安康など価値のないものだ。マルコシアスがいつまで『神の瞳』を所持していられるかも分からない……明日にでも他の魔神に奪われるかもしれない。


 ――それでも言ってはいけない。ここで肯定すれば、ネイサンはかならず、収監されているオーリンソンを再度取り調べるだろう……そしてそれを盗んだ手口を訊くはずだ。()()()()()()()()()()()()()


 ――違う、二年前に、既に『神の瞳』についてもオーリンソンが取り調べを受けていたと考えるべきだ。私と『神の瞳』に軽視すべからざるつながりがあるのならば。そのときグレイの名前は挙がらなかったか……いや、オーリンソンが嫌疑を否定したか。どんな馬鹿でも余罪は否定するだろうから。


 ――だが、今度こそ、確証をもって取り調べを受けてなお、オーリンソンが嫌疑を否定し続けるか? かりにその場でグレイの名前が出てしまえば、確実にグレイも取り調べを受けることになる。


 ――それでも言うべきだ。万が一の事態で失われる命の数と比べて、私が考えていることはあまりにも小さい。


 ――言えない、言ってはいけない。数の大小で測れないだけの価値が、グレイの今の平穏にある。


 ――そのグレイの平穏も、万が一のときには崩れ落ちる。


 ――私が無事であればいいだけの話だ。


 ――死ぬような怪我もしたのに、無事でいられるなんて……


 ――『神の瞳』を持っていると知れて、マルコシアスがどうなるか……





 その錯綜した内心を完璧に押し隠し、ぽかん、と首を傾げたシャーロットを見て、ネイサンが苦笑した。


「きみが、嘘が上手いということは骨身に沁みたからね。

 ――シャーロット、よく考えて」


 ネイサンの声音が変わった。

 言い聞かせるような――訴えるような。


「閣下からお話があって、きみも理解したと思う――きみの安全と同等に、『神の瞳』の所在もきわめて重要だ」


 シャーロットは頷く。

 肯定とも同意ともとれる曖昧さで。


「シャーロット――約束しよう。

 きみがかりに、免許もなしに魔神を召喚していたとしても、そのことを咎める声があれば私がかならず力になる」


 ネイサンの眼差しは、彼に向かうシャーロットの眼差しに穴を開けるほどに強いものになっている。

 シャーロットはそのあまりに強い、目には見えない光線のような視線にたじろぎ、わずかに視線を逸らした。


 窓にかかったカーテンの下から、午前中の陽光が白くこぼれて、空中のほこりを照らし出している。


「国家の安全の方がはるかに重要だ――そう思うだろう? 『神の瞳』は安全に保管しておく必要がある。われわれの目の届くところで。

 かりにきみがそれを、その魔神への報酬として約束しているのならば、悪いが破棄してもらわなければならない――そして、約束しよう。序列三十五番の魔神がきみに報復しようとしたとしても、私がかならずきみを守ろう」


 マルコシアスの大蛇の形をしたしっぽが、ぱたん、と動いて床を叩いた。


 ネイサンはそれには気づかなかった様子で、少し息を吸って。


「もうきみが、『神の瞳』をくれてやったあとであっても、言ってくれ。魔神マルコシアスとわれわれが、少々特殊な契約を結ぶことになるだけだ。

 かれが満足し続けるだけの報酬を、こちらもひねり出し続けるという」


 いたずらっぽく最後の一言をつけ加え、ネイサンは励ますように微笑む。


「きみが『神の瞳』を拾得したあとに何に使っていたにせよ、今、言ってくれさえすれば、そのことを咎められたとしても私がきみを助けよう。

 『神の瞳』の所有をおおやけにしている国家はなかったこともある――きみが罪には問われないよう、顰蹙を買わないよう、私が最大限にきみを守ろう」


 ネイサンが繰り返す。

「今、言ってくれさえすれば」と。


「シャーロット、正直に答えてくれ。〈ローディスバーグの死の風〉については、きみも学校で習っただろう。多くの人が死に、病に倒れ、産業が維持できなくなる――困窮した都市では職を失った人があふれる。それに乗じて、暴力や盗みも増える。――あれを繰り返してはならない。

 きみの無事と『神の瞳』の所在は、どちらかを失えば王手をかけられるようなものなんだよ。どちらも安全に確保し続けなければならない――分かるね?」


 シャーロットは、とうとうと続けられる言葉の合間に入り込む隙が見つからない、というような表情で頷いた。





 ――言うべきだ。言うべきだ。良心に従え。


 ――言ってはいけない。言えない。いつかマルコシアスが言ったように、私には良心はなく、ただ倫理を学問しているだけだ。


 ――言うべきだ。それが倫理だ。『神の瞳』を守ってもらわなければ。


 ――言ってはいけない。『神の瞳』は守られている。


 ――言うべきだ。〈ローディスバーグの死の風〉を繰り返してはならない。


 ――言う必要はない。このまま、『神の瞳』の所在が闇に葬られてしまえば問題はない。それを守ろうとする人間の目から隠れると同時に、悪意のある人間の目からも隠れてしまえば。


 ――言ったとして、告白したとして、免許もなく魔神を召喚した罪からも、許しもなく秘宝を私利のために使った罪からも、ネイサンが守ってくれる。今、そう明言されたように。


 ――()()()()()()()



 ――ああ……





「シャーロット」


 名前を呼ばれ、シャーロットは息を吸い込み、



 ――“ああ……あの人くらい金持ちそうなら、なんとかなるかな”。



 アーノルドの低い声を、微笑んだあの表情を、思い出した。



 その一瞬、まじまじと見る。

 円卓を挟んだ向こう側にいるネイサンを。

 周囲の空気を引き寄せるような強い眼差しで彼女を見つめる参考役を。


 アーノルドに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言わしめた、この魔術大国の中でも最高峰に位置する知識と技量を持つ魔術師を。



 たった今、問われるだろう罪からシャーロットを守ると断言した魔術師を。





 ――守ってもらえるだろう……確かに、間違いなく。


 ――だが、それは、守られるということはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ――彼の陰で、彼に人生を預けて、生きていくということに。


 ――それはすなわち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()





 ――ゆっくりと息を吐いて、シャーロットは微笑んだ。



 何年経っても、この瞬間のことを彼女はよく覚えていた。


 ――カーテンの下で踊る、陽光に白く照らし出されたほこりの流れ、磨かれた円卓がかすかに部屋の光景を映し返していたこと、閉め切られて少し籠もったような部屋の空気。

 部屋の外のざわめきも完璧に遮られて、学院には似つかわしくないほどに周囲が静まり返って感じられたこと。


 口に出した言葉の感触。

 そのときに手を握り締めたこと――てのひらに刺さった爪の感触。


 手足の先がすうっと冷えていくような、取り返しのつかないことをしてしまったようなあの感覚。


 階段を一段踏み外したように、腹の中が変なふうにねじれたこと。



 それでいて落ち着き払った声が出たこと。



「――正直に申し上げています。

 私は『神の瞳』を見たこともありません」



 ウィリアムが、隣でほっとしたように椅子の背もたれに体重をかけるのが分かった。


 ネイサンが眉を寄せる。

 首相も、かすかな懸念の表情――


 二人の政府高官におずおずと微笑みかけて、シャーロットは肩を竦めてみせる。


「私がオーリンソンさんだったとしても、それほど貴重な品なら、手許に置いておくにせよ、もののはずみで落としたりはしないところに保管します」



 そもそも、シャーロットは誘拐されたときにオーリンソンを見てはいない。


 オーリンソンへの取り調べを通じてその嘘が嘘と知られると、シャーロットとグレイの主張から整合性が失われかねないが、おそらくオーリンソンへの取り調べは、オーリンソンがどのようにしてベイリー家について知るに至ったか、その動機は、といったことに力点が置かれているに違いない。


 さらに、オーリンソンがシャーロットが話したことをまるで違う話をしたとしても、無実の二人の主張と有罪の一人の主張、どちらが信じられるかは火を見るよりあきらかだ。



 それに――と言葉を継いで、シャーロットは足許に向かって声を掛ける。


「――マルコシアス。起きて」


 マルコシアスが大きく欠伸して、赤い舌を覗かせた。

 それからのそのそと立ち上がり、伸びをする。


 シャーロットは苦笑した。



 ――このとき、彼女に最後の一歩を踏み出させたのは()()だった。



 マルコシアスに対する、かれが『神の瞳』を持っているならば安全に違いないという、慢心に近い信頼。

 妄信に近い、縋るような確信。


 魔術師が悪魔に寄せてはならない感情――その第一、禁忌として言い聞かせられてきたはずのもの。



 その信頼こそが、シャーロットが迷う分岐点において、その一方へ進む背中を、最後に押したものとなった。



「マルコシアス、こっちに」


 シャーロットの合図で、マルコシアスが面倒そうに、先ほどまでグレイが腰かけていた椅子の上に飛び乗る。


 そこで行儀よく座り込んで、ぱた、と大蛇の尻尾を振り、かれが淡い黄金の瞳でシャーロットを覗き込んだ。


 ネイサンが息を吸い込む。彼が少し身を乗り出した。


「マルコシアス――」


「ああ、ロッテ」


 マルコシアスが軽やかに言って、大きな狼の頭を傾げた。

 一方で大蛇の尾が、ネイサンに向かって二股になった舌を突き出し、せせら笑ってみせている。


「僕は()()()()()()だよ。あんたが答えろということに答えよう」


 シャーロットはネイサンに視線を当ててから、その視線をマルコシアスの上へ動かした。


 彼女は苦笑して、てのひらでネイサンと首相を示した。


「ありがとう、マルコシアス。――正直に、事実を答えて。

 私がこの召喚でお前に約束した報酬はなに?」


 マルコシアスが、大きな口を開けて笑い出した。


「レディ、一部は前払いでもらったよ」


 シャーロットは溜息を吐く。


「それも含めて、よ」


 マルコシアスは大蛇のしっぽで椅子の背もたれに噛みつきながら、狼の口でのんびりと答えた。


「前払いでもらったのはあんたの髪だ。このあと、あんたの七日分の声をもらうことになってるね」


「そのとおり。

 ――それはそれとして、マルコシアス、やめなさい」


 シャーロットは頷いて、マルコシアスの大蛇のしっぽを椅子から引きはがしながら、ネイサンに視線を戻した。


 心臓は狂ったように跳ね飛んでいたが、それを感じさせなかった自信はあった。


「――参考役さま。私が実際にかれに報酬を払うところも、証拠としてお見せした方がよろしいでしょうか」


 短くなった髪を右側の肩に掻き寄せて、彼に示すようにしながら言うと、ネイサンはゆっくりと息を吸い込んだ。


 彼はマルコシアスを見ていた――椅子に噛みついていた大蛇が、シャーロットに咎められて不満そうに空中でゆらゆらと揺れて、小さな牙を剥いている。

 狼の顔は悠然と正面を向いて、いかにも退屈そうに半眼になっている。


 そんな魔神を眺めてから、ネイサンはゆるやかに首を振った。

 ふう、と、鼻から息を抜くようにした。


「いや――そこまでは必要ないだろう」


 そう言って、ネイサンはシャーロットをまっすぐに見据えた。


 言い含めるように、確認するように、彼が尋ねた。



「信じていいね? シャーロット」



 シャーロットは心外そうに笑ってみせた。

 手を伸ばして、マルコシアスの首の後ろを無意識のうちに撫でていた。


 マルコシアスが不満そうに唸り、それに苦笑する。

 そうしながら、頷く。


「もちろんです、参考役さま」


「もしきみが嘘をついていて、」


 言葉を続けながら、ネイサンは微笑んでいる――その微笑の裏に冷たいものを感じて、シャーロットの背中が粟立つ。


「以降、私にそのことが知れたら――シャーロット、そうなって私がきみを追及するときは、私はきみを守ってあげられないよ」


 心臓がぎゅっと握られたように息が苦しくなる。



 まだ間に合う、まだ引き返せる、と、自分の中で叫び声が上がっている。


 考え直せ、考え直せ、とその声が悲鳴を上げている。



 ――その声にぴしゃりと蓋をして、シャーロットは肩を竦めてみせた。


()()、なんてことはありませんもの、参考役さま」



 ――自分の敷いた道から逸れた人生など要らないと決め切っているほどの、激烈な自我。



 かつてマルコシアスにそう言わしめた彼女の気性が、彼女がおのれの人生の舵から手を離すことを押しとどめ、この分岐点においての選択を決めていた。





▷○◁





「――シャーロットへの疑いも晴れたところで」


 と、首相が冗談めかせて言った。

 彼はゆったりと円卓の上で手を組んでいる。


 シャーロットは息を詰める気持ちで、その青い目の表情を推し量ろうとしたが、一学生に推し測れるものではなかった。


 ただ、もしも首相が、『神の瞳』の所在についてシャーロットをさらに問い詰めるべきだと考えていれば、尋問が続行されたはずだ、とは思った。



 ネイサンが口に出した推測は、まさに天文学的な確率をうんぬんするものだった。

 仮定に仮定を重ねた上での憶測。


 首相も、拘泥する価値はないと判断したとして不思議はない。



「お時間をいただいてしまって」


 ネイサンがつぶやくように言う。

 彼は急に疲れたように見えた。


 首相は微笑んで手を振り、そして咳払いした。


 話題の切り替えを宣言するかのような咳払いで、シャーロットは実際にその場の空気が塗り替わったような錯覚を覚える。


 ちらりと見ると、ウィリアムも同様らしい。

 彼が表情を改めて、首相に注目して居住まいを正している。


 一方で、暢気にマルコシアスが欠伸を漏らした。


 首相はウィリアムを一瞥してから、シャーロットに目を戻した。

 青い瞳の目尻にしわが寄る。


「――シャーロット、事情は分かったね?」


 シャーロットは息を吸い込む。


「はい、相違なく。閣下」


「ああ、良かった」


 柔らかくそう言って、首相が少し身を乗り出して、組んだ両手を円卓の上に置いた。


 そうすると、彼の雰囲気が変わる――ささやかな引力を周辺に照射するような。



 チャールズ・グレースにはそういうところがある。


 じっと相手の目を見ると、相手も気づかないうちに、ふと胸襟を開いてしまう、そういうところが。



 そして普段、チャールズ・グレースはそんな目をしない。

 彼がそういう目をするのは、相手が望まない話をするとき――それでいて、相手の理解を求めるときだ。



 シャーロットは吐いた息を吸い込むことが出来ない。

 何か、自分の望まないことが告げられるのだ、という、直感にも似た確信が湧き上がってきたがゆえに。


「――きみの、今後について、話さなければならない」


 首相が、ことさらにゆっくりと言った。

 からかっているような口調ではなく、重大な問題だからゆっくりと話しているのだ、という口調だった。


 ウィリアムが顔を顰めている。

 彼が手を伸ばして、シャーロットの肩を叩いた。その仕草が、すでに彼女を慰めているようであって、むしろ不穏だった。


 シャーロットは苦労して息を吸い込んで、それから口を開いたが言葉が見つからず、結局は頷くだけに留めた。



 ――二年前、あの事態が収束したと判断されたからこそ、シャーロットは入学を許された。

 そして今、あの事態は収束していなかったのだと分かった。


 となれば。



 マルコシアスが、大きな淡い黄金の片目で、シャーロットを窺った。

 こちらはどことなく嬉しそうだった。

 退屈な舞台を見飽きてきたところで、真打が登場した――というような。



 シャーロットの緊張した面差しを見て、首相は眦を下げた。

 だがそれでも、容赦して、「ではまた今度」と言い出すことは決してなかった。


「きみにもよく分かったと思う――きみの身の安全はとても重要だ。

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「――――」


 シャーロットはその一瞬、あやうく声を出しそうになった。



 ――そうだ、どうして気づかなかったのだろう。


 『神の瞳』の所在が知れないということは、ネイサンの言葉を借りれば、どこかにいるのだろう内乱の首謀者が「王手をかけている」状況にあるということだ。


 ここで、獲られれば敗北必至となるもう一つの駒、ベイリー家の女子を、どうして自由にしておける。



 そのことを、すぐに思いつかなかったことに愕然とした。

 いつもの自分ならすぐに考えが及んだはずだ、とも、うぬぼれではなく思った。


 だが一方で、では時を戻せたとしてやり直すか、と訊かれれば、おそらく首を振るだろうとも漠然と思った。


 ――シャーロット・ベイリーの人生の舵を切るのは、シャーロット・ベイリーでなければならない。


 人生の軌道はみずからの意思で敷かなければならない。

 誰かの陰に敷くのではなく。



「もう少し言うとね――これを言うと、後出しのようで申し訳ないけれど」


 首相が砕けた口調で言い、しかし表情は口調と裏腹に深刻だった。


「二年前にも――きみの入学を許可するものかどうか、相当の議論が持たれていた」


 シャーロットは少し考える。

 部屋の中は水を打ったように静まり返っている。


 先刻、父が言ったことをふと思い出す。「そもそも、この子がリクニス学院を志すと知ったときも、あなたがたは良い顔をなさいませんでした――私のことまで疑ってくださった」。


 息を吸い込んで、シャーロットは恐る恐る口に出した。


「それは――かりに、グレートヒルの魔神の力を利用しようとするなら、それには魔術の知識が必要だからですか」



 内乱の首謀者の立場で考えてみれば、明白だ。


 『神の瞳』は盗み出さなければならない。

 だが、ベイリー家の女子の血は。

 本人が差し出してくれれば楽であることこの上ない。


 さらにその本人が魔術師で、魔神の精力を吸い続けている呪文の効果を打ち消す呪文を解明するための助力を得られ――さらには、当の魔神も御すことが出来れば?



 ――そして裏を返せば、議会に携わることが出来る者たちに魔術の素養は許されない。

 この状況で、完全に嫌疑を免れることが出来るのは彼らだけだ。


 逆をいえば、だからこそ、その魔神が招いた〈ローディスバーグの死の風〉があまりにも凄絶な血の染みを歴史に残すことになったからこそ、政治の場から魔術師が追放されたのだともいえるはずだ。



「きみがよく分かってくれていて、私としては嬉しい」



 首相が静かに言った。

 本心からのようだった。



「では、私が言わなければならないことも理解してくれると思うが。――シャーロット。

 きみがこの学院で学ぶことを許し続けるかどうか、私は悩んでいる」



 首相が手を持ち上げる。

 指を二本立てる。



「一つに、きみの安全、延いては国家の安全のために。

 二つに、首席宰相として、あらゆる事態に備えて全力を尽くすべきだから」



 青い瞳がシャーロットを映している。



「さあ――シャーロット。われわれはきみを信じられるだろうか」


























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― 新着の感想 ―
このガンギマリっぷりよ!流石は我らが主人公レディ・ロッテや!
[良い点] シャーロットが倫理を学問している様子が克明に描写されていますね! [一言] 100話おめでとうございます。 これからも応援しております。
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