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レディ・ロッテの魔神  作者: 陶花ゆうの
1章 栄光の入口を取り戻せ
1/153

プロローグ とある魔精の奮闘

 かれはもがいていた。


 空中に吹き荒ぶ風は容赦なくかれの気力を削ぎ落していた。


 かれは、物理的な大きさを見れば手ごろな寸法の――ただしその、魔力的な価値や重みを見れば、かれには大いに手に余るほどの――戦利品を首に下げ、必死になって翼をはばたかせ、かれを犒い、かれを守護し、かれに任務の完了を告げることの出来る主人の許へと向かっていた。


 翼――翼である。

 かれは()()、立派な鷹の姿を取っていた――いや、“立派な”という形容が、かれが最初にこの姿を取ったときに当て嵌まるものであり、今ではもう散り散りに破れてしまっていることは認めねばなるまいが――、腹部の羽毛は白っぽく、背面や翼の羽毛は褐色で、ほどよく赤みを帯びている。


 普段であればこの世界――あるいは()()()()()〟の大空を飛翔するに容易い能力を有してはいたが、今だけは違った。


 第一の問題は、先ほども触れた――かれが首に下げる戦利品である。


 それは人間の頭部よりもなお大きいものを、特別な呪文によって降ろした魔神の力によって――より正確にいえば、それを秘めた血によって――魔力的な意味でも物理的な意味でも抑え、圧縮し、成人の握り拳ほどの大きさの球に縮めたものだった。

 それを丈夫な、銀を編んで作った網で雁字搦めにし、更にそれを銀鎖に通して首飾りの体裁を整えたものである。


 かれはそれを鷹の首に掛け、今まさに、必死になって空中を邁進しているところなのだが、既に疲れ切り、魔力も品切れとなりつつある状況にあっては、この重みは少々堪えた。

 そもそも銀だ。悪魔とは相性が悪い代物だ。


 戦利品――これは戦利品なのだろうか?

 かれにはもう確信が持てなかった。


 確かに今日の夜明け前、これを絢爛な王宮――王宮とはいえ政治の場ではない。そこが名ばかり君主の居宅となって長いことは、()()()をくぐったときからかれには分かっていたことだった――の地下から盗み出したとき、かれはこれを手中に収めたと思った。

 だが、現実はどうだ――見よ、背後に迫る七人もの魔神を。聞け、かれらが粛々と迫る翼の音を。

 かれはこの品を、()()()()()などいなかったのだ――今、一時的に、これを手にして逃げ出しているだけなのだ。

 この追手を振り払わない限り、これは永久にかれの戦利品とは呼べるまい。



 かれの目は霞んでいた。

 霧が出てきたのか、あるいは薄雲の中へ突入したのか?


 いや、雲の中ではなかった――かれにはもう、雲へ翼を掛けるほどの高処へ到達する気力はなかった。

 かれの翼が掴む空気は、徐々に徐々に低空のものとなっていたのだ。


 では霧か?

 違った。

 よく晴れた昼日中にあって、霧が発生する理由は何もなかった。


 ただこれは、かれの仮初の肉体が、かれの限界を知らせている状況なのだった。


 翼の付け根には、本来こうした肉体を得たときに覚えるはずの感覚が、もはや何も残されていなかった。


 かれはいつの間にか首項垂れており、危うくその首飾りを滑り落としそうになって、慌てて頭をもたげた。



 閃光がひとつ、かれの腹を危ういところで掠めて飛んだ。


 なんてことを! かれは、その気力が残っていれば、激怒していたところだった。



 夜明け前、かれがこの戦利品――いや、戦利品となるべき首飾り――を首尾よく盗み出したとき、それを止めようとした魔神は三人、魔精は五人いた。


 当然だ。

 連中はなんとも巧い場所にこの首飾りを隠していたのだ――王宮ならば、歴史的に価値のある資産が多数蓄えられているあの場なら、どれだけその場の警備を厚くしようが、そのために魔術師の協力を募ろうが、誰も疑問になど思うまい。


 魔術師たちが、魔神や魔精に命令する内容も単純明快で済む――この王宮を見張れ。守れ。そして何かを持ち出そうとする者は、それが何であっても断じて逃がすな。


 王宮の、一般的な財宝が隠されているところだけではなく、更に秘匿された場所、そして――存在すらも隠された場所。

 それらを包括して、「王宮」といってしまえば話は早いのだ。


 離島や辺境を探索していたらしき、かれの主人のそのまた主人は、彼が捜し求めた財宝の在り処を知ったとき、微かに()()()()()()といった風の微笑を浮かべたという。


 かれにとってはどうでもいいことだ。

 かれの主人が利益を得ようが不利益を被ろうが、かれの主人のそのまた主人が成功しようが失敗しようが、かれには何も関係がない。

 この任務を終え、約束の報酬をかれの主人から得られれば、それでいいのだ。


 だが今だけは、王宮という格好の隠し場所を考え付いた誰か――多分もうそいつは墓の下に入っているだろう、人間の寿命を考えれば。それが残念で仕方がない。まだそいつが生きて歩いていれば、頭の上に渾身の鳥糞でも見舞ってやるのだが――を、激しく恨む気持ちでいっぱいだった。



 この首飾りをかれが盗もうとしたとき、それを見つけ、止めようとした魔神は三人、魔精は五人だった――先ほど述べたとおり。


 それをいなし、躱し、魔精のうち三人については叩きのめしたのは、純粋にかれの技量によるものだった。

 さすがに魔神を相手に戦いを挑む気にはなれず、かれは必死になってかれらを躱すことに専念したのだが。

「悪魔」と一括りにして呼ばれることもあるが、「魔神」と「魔精」には明確な格の違いがある。

 言うまでもないが、魔神が格上の存在だ。


 そして、格上を相手に奮戦し、しかしその場での勝利をなんとか掠め取り、既に疲れ切っていたかれが実際にこの首飾りに手を掛けると、新たに増援として湧いてきた魔精は七、魔神は五だった。


 かれは迷わず、首飾りを引っ掴んで逃げた。

 盗みに適した人間の姿から、間を置かずに他の生き物――つまり、今のかれの姿であるところの鷹だが――に姿を変えたがために、かれの全身をひどい痛みが襲った。


 この()()()において、実在のために必要になる肉体は斯くも繊細だ。

 だが、人間の愚鈍な二本足で逃げ切ることが出来るほど、相手は易くはなかったのである。



 そして、この逃避行が始まった――追手はわらわらと増えた。

 かれは逃げ、あるいは障害物の間に身を隠し、あるいは先に行ったと見せかけてその場に留まって追手の背中を見送り――そうして、湧いてきた追手の相当数を撒くことに成功した。



 だが、この七人の魔神。

 かれは疲れ切っているというのに、かれらは余裕綽々だ。


 だからこそ、かれは人間がいるだろう場所へ、町の上空を選んで飛んだのだ。

 ――恐らく魔神たちの主人は、「盗人を追う場合であっても、派手な真似をして事を公にするな」と命じているはずだ――という、その考えに賭けたのだ。


 確信はなかった。

 ()()()も、そこまでの機微は教えてくれない。


 だがかれの強みのひとつ、今まで何人もの魔術師が文献や口伝でかれの名前を見つけ、好んで呼び出してきた理由のひとつ――それこそが、かれのこの性質にあった。


 かれは、召喚陣で得た知識を、極めて人間に近い視点で眺めることが出来る、希少な悪魔だった。


 かれは考えた――王宮に、わざわざ警備を厚くしても怪しまれない場所に、慎重にこの首飾りを隠した連中が、この首飾りがそこにあることを知る者をそれほど多く置くだろうか?


 否。絶対に否。


 そのかれの考えが正しければ、かれを追っている魔神はこの首飾りの正体を知らない。

 かれらの主人から聞いていることもないのだし、銀が魔力の気配を覆い隠し、これの正体を魔神の目からも伏せている。

 かれも、この任務を言い渡されたとき、この首飾りの正体は知らなかった――だが今となっては明白だ。

 後ろにいる魔神たちも、この首飾りを至近距離で見れば気づくに違いない。

 人間の魔術師であっても、その方面の教養があれば気づくだろう。

 これは有名な代物だ。


 しかし、そう、追手の魔神たちは、まだこの首飾りの正体を知らない。


 だが、この魔神たちそれぞれの主人のそのまた主人、更にそのまた主人の、場合によっては更にそのまた主人。――そいつは知っているだろう、この品が王宮の地下に隠されていることを知っていて――つまり、あの王宮には盗み出されれば経済的な損失では済まない品があると把握しているはずだ。


 では、それが盗み出された場合、それを騒ぎにするだろうか?


 否。大いに否。


 ()()()()だ、秘密裡に片をつけようとするはずだ。


 事実の重要な部分を伏せて、輪郭だけを――「王宮から財宝が盗まれた」ということだけを――公表して、善良なる市民の助けの手を借りようとするのは、どうしても事が収まらないと判断してからのはずだ。


 そして、もっと下の連中――つまり、背後に迫っている魔神たちの主人のそのまた主人あたりにとっては、自分の管轄下にある財宝が一度でも盗まれたというだけで恥だろう。

 取り返すに当たっても隠密に。

 スマートにエレガントに。


 そう考えるはずだ。


 ならばやはり、「人目を引くな」という命令を下していると考えるべきだ。

 そして魔神たちは、命令に背いて報酬を不意にすることが趣味ではない限りは、そのとおりに振る舞うだろう――この明るい昼日中において、おいそれと人の目を引くような派手な魔法を使ったりはしないだろう。



 そう思って、もう魔法を喰らうことは懲り懲りだと思って、町の上空を飛んでいるのに!



 腹を掠めた魔法の閃光の余波が、じりじりと引き攣るような痛みをもたらした。


 悪魔に、人間の言う「死」の概念はないが、痛いものは痛い。

 ついでに、ここでいわゆる()()()()()を喰らってしまえば、しばらくは()()()()〟は使い物にならなくなり、もっと悪くすればかれ自身にも傷を負い、かれはしばらく、この()()()に通ずる()()()()の一つ、かれらの世界において、かれ自身の領域でしばらく身動きも取れなくなるだろう。


 それは嫌だった――退屈で、かつ何の意味もなく〝真髄〟を提供する時間が発生し、その間に何らの報酬も受け取ることが出来ず、他の魔精たちの後塵を拝すことになるかも知れないのは。



 かれの高度は一段と下がった。


 町の人々がふと空を見上げれば、首から怪しげな大きな首飾りを下げた鷹が、七羽の大きな鷲に追い立てられているのが見えたはずだ。


 かれの翼が、赤く塗られた一軒の家の屋根を掠めた。

 もうそれほどに高度が落ちていたのだ。


 かれは自分が無様に転落していくまでに、もう幾許もないことを悟った。


 かれは霞む目に力を入れて、なんとか眼下に広がる町をまともに見ようとした――そして呻いた。


 眼下の町は――町というよりも郊外か――広々とした庭、庭と田園の区別もないような敷地を備えた、古びた大きな邸宅が、ぽつぽつと建っているといった風情だった。

 田園は冬枯れに(すさ)び、いっそう寂しげに物悲しげに見えていた。


 かれは涙しそうになった。

 首都ローディスバーグからの逃避行の最中、力尽きたのがこんな有様の郊外だったとは!

 これなら、貴重な魔力を消費して、あれほどの距離を稼いで飛ぶのではなかった!

 ローディスバーグはもう七十リーグの彼方だ!

 せめてもう少し人がいる都市であれば、背後の連中も遠慮を覚えていたかも知れないのに!



 背後の七人の魔神が、お互いに気乗りしない様子で頷き合うのが気配で分かった。


 かれらに約束されている報酬がいいものなのかそうではないのか、それもかれには分からなかったが、だが少なくとも、ここで憐れな魔精一人をぶちのめすことに逡巡を覚える良心を吹き飛ばす程度には、魅力的な報酬であるらしかった。


 かれの背中の羽毛が逆立った。


(――もう知ったことか!)


 もはやそれは生存本能だった。


 今はかれの細い左脚の足環の形に見えている、契約のしるしもかれのこの本能は止めようがなかった。


 この首飾りを持たずに手ぶらで戻れば、主人は困るだろう――失望するだろう――事によればそれは噂として広がり、かれの評判を少し落とすことになるかも知れない――そしてかれは報酬を手にすることが出来なくなる。


 事によれば、〈身代わりの契約〉によって、浅くはない痛打を喰らうことになるかも知れない。


 だがいい、ここで致命の一撃を負い、すごすごと己の領域に戻って、今後手にすることが出来るだろう報酬の一切合切を失うことになるよりは。


 ここで失望した主人からさっさと契約を切ってもらって、次の()()を待つ方が合理的だ。


 恐れるべきは〈身代わりの契約〉を逆手に取った罰だが、かれの今の主人に、事が成就しないと知ってはいても、()()に足る行動を起こすだけの度胸があるとは思えなかった。

 高いところに立てば足が震えるタイプだ、あれは。



 もがくようにして身を捩る。


 魔神の一人が、すうっと軽い滑空を見せてかれの真横に来た。

 くろぐろとした小さな目が、ちらっとかれを見た。


 明らかにかれを憐れみ、多少の罪悪感を覚えている目だったが、ここでかれを叩きのめすことを躊躇している目ではなかった。


 かれは半狂乱になった。

 空中で身を捩ったためにはばたきが狂い、かれは数フィート落下した――結果的には、それが良かった。


 あるいは、良くなかった。


 かれが落下の恐怖から再びはばたき、身体の均衡を取り戻したとき、落下の弾みで滑った銀鎖が、完全にかれの首から外れた――重々しく、地表に引かれて真っ直ぐに、銀の首飾りは落ちていった。

 陽光が、いっそ清々しいまでにその銀を白く煌めかせた。



 かれにとって運が良かったのは、ここにいる七人の魔神が、どうにもそれほど頭が切れる方ではなかったということだ。

 あるいはかれらの主人が、命令を上手く伝えられていなかったのだ。


 かれらの主人は、かれらにこの任務を――王宮の財宝を守り、もし仮にそれが侵害されたときには対応せよという任務を――与えたとき、どのような命令を下していたのだろう――「盗人を捕らえろ」だろうか、「盗人を捕らえた場合は連れて来い」だろうか、「盗まれた品は必ず取り戻せ」だろうか、「盗品と盗人を必ず揃えて持って来い」だろうか。


 だがいずれにせよ、盗品と盗人の重要度について、明確に言及した主人に仕えている魔神はいなかったとみえる。



 落ちていく首飾りを見て、魔神たちは一瞬動きを止めた。


 目の前にいる魔精と銀の首飾り、どちらを優先すればいいか、咄嗟に分からなくなったようだった。

 中の一人に至っては、はばたきを止めてしまって、普通の鳥には有り得ないことに、全く動かぬ状態で宙に浮かんだほどだった。


 魔精と魔神はやはり違う――魔精はあくせくはばたかねば飛べなかったというのに、魔神ともなれば、はばたかずしても魔力のみで浮いておけるものらしい。



 かれはこっそり、「これは、同じ主人に仕えているやつはいないぞ」と確信した――というのも、同じ主人に仕えていれば、自然と接触が長くなり、悪魔どうしの仲も深まるものだからだ。

 同じ主人に仕えている者がいれば、「おれがこの魔精をぶちのめしておくから、お前は首飾りを拾って来いよ」といった、自然な役割分担が出来るはずなのだ。


 それがなかった。

 魔神たちは、滑稽なほど面喰らっていた――そして三秒後、かれもそれに仲間入りした。


 その場から逃げ去ることを忘れ去り、くるっと空中で旋回して、片翼を軸に何度も何度も同じ場所をくるくると回ってしまう。



 魔神たちのみならず、かれの予測からも完全に外れた方向へ事態が転がったのだ。



 煌めきながら四十フィートあまりを落ちていった首飾りは、とさり、と、古びた石壁の傍の茂みに落ちた。


 それは恐らくアベリアの低木だった――冬であっても繁る、緑の小さな葉を突き抜けて、途中で幾本か細い枝を折りながら、銀の首飾りは柔らかい土の上に落下した。



 通常ならば、魔神たちのうち誰かが、すぐにわれに返って首飾りを回収するために地面に降りたことだろう――魔法で首飾りを持ち上げることは避けたはずだ、何しろ銀だから、魔法は打ち消されてしまって、通常よりずっと多くの魔力を使ってしまう。



 だが、この場合、魔神たちはわれに返っても、咄嗟に行動を起こすことが出来なかった。



 理由は簡単だった――アベリアの低木の傍、殆どその茂みに埋まるようにして、一人の人間の少女がいたのだ。


 少女は石壁に凭れ掛かり、不機嫌な顔で座り込んで、立てた膝に大きな本を立て掛けるようにして、鹿爪らしくその文字を追っていた。


 かれは()()()で得た知識を通してその顔を見て、大体その少女はまだ十三か十四の年頃であろうと推測した。

 金髪を無頓着に広げており、白い頬はいっそ不健康なほどだった。


 彼女が読書に没頭していれば良かったのだ! ――だが現実はそうではなかった。


 彼女は首飾りが落ちた音に気づいて顔を上げ、首飾りの落下軌道にあったアベリアの枝葉がゆったりと揺れ動いていることを確認した。

 そして、当然の、ささやかな好奇心を刺激されたらしい――訝しそうに本を閉じて身体の脇に置き、地面に手を突いて、アベリアの茂みの下を覗き込んだ。


 ――そして当然ながら、その銀の首飾りを手に取って、まじまじと観察した。

 陽光は恥ずかしげもなく、その銀の首飾りの全容を少女の視界に提供した。


 少女は瞬きした。

 橄欖石の色の瞳が、大きく瞠られて銀の鎖を見て、球状の銀の網を見て、そしてその奥に眠る、歴史的な遺物を観察した。


 少女の細い眉がきゅうっと顰められ、彼女は両手で首飾りを引っ繰り返し、あるいは陽光に翳して、いっそう慎重に矯めつ眇めつした。


 かれははらはらしながらそれを見て、ちらっと魔神たちを見遣った。

 助言してやるべきかと考えた――「これから下に降りて、人間の姿を取って、困り顔で彼女に話し掛けたらどうです。『それは私のものなんだが、落として困っていたところなんだ』とね」。


 しかしかれはそうしなかった。

 先ほどまで自分を追い立てていた魔神たちが、一並び呆気に取られて茫然としているのを見物する方が楽しかったからだ。


 そしてかれ自身が、その助言の内容を実践しなかった理由も単純だった。

 首飾りを手にしてしまえば、かれは再度、この魔神たちと追いかけっこをする羽目になってしまう。

 ついでに、どうして他人様の庭に落とし物が出来たのかを、上手く少女に説明する自信がかれにはなかった。

 そしてもう一つ言えば、疲れ切り、もうこれ以上は生き物の姿に形を変えられそうになかった。



 眼下の少女が突然、悲鳴のような驚きの声を上げた。



 かれは危うく旋回軌道から外れ、空中から転がり落ちそうになった。


 ――なんということだ。

 あの幼さで、彼女にはその方面の――つまり、魔術の方面の――教養があったのだ。


 あの正体に勘付いてしまった。



 ――ここで、仮に、あの銀の首飾りの正体を魔神たちが知っていれば、少女を締め上げて殺してでも、あの品物を手にしようとした者がいたかも知れない――だが不幸にも魔神たちはそれを知らなかった。



 誰にとって不幸だったか、決まっている。

 ()()()()()()だ。



 かれは今度こそ、一目散にその場を逃げ出した。

 褐色の羽毛が慌ただしく空中に飛び散った。


 盗品を主人に意気揚々と持って帰ることが出来なくなった以上、魔神たちは今度こそ、かれを血祭に上げて契約履行の際に支払われる報酬を得ようとするだろう。


 その生贄になる気は毛頭なかった。




 最後にかれの名前を告げておく。


 かれの名前はリンキーズという。
























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