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タマゴから孵ったもの



それから数日、日々は得体の知れないタマゴがあるという事実以外、いつものように過ぎて行った。

ジルは王都から出来るだけ離れた場所で金品をかっぱらって毎日の食料を調達していたし、リールは子供たちと隠れ家のメンテナンスや飲み水の精製に精を出していた。

ググとイレイナだけは森に忍び込んで食べられるものを採集しながら、タマゴの世話をしていた。


「なかなか生まれてこないわね」

「拾ってから一週間だよね。普通タマゴってどれくらいで孵るもんなのかな?」

「分からないわよ。でも、何でも待っていると長く感じるものよね」


通りかかったジルは、うーんと額を突き合わせていたググとイレイナと目が合った。


「あ、ジル兄!タマゴってどれくらいで孵るもん?」

「はあ?知らねえよ」

「そっかあー、ジル兄も知らないか。でももう少し頑張って世話してみるか」

「孵る気配とかねえのか?」

「ぜんっぜーん」

「ふうん。なかなか孵りそうにねえなら、腐る前に割って食っちまえよ」


ヒラヒラと手を振りながらジルが去ると、タマゴが一瞬ブルっと震えたように見えた。

それはイレイナだけが目撃していたが、ほんの一瞬の事だったので、彼女は見間違いかもしれないと目を擦ったのだった。



そんなことがあった日の夜。



寝床で夢心地だったジルは、額に何やら硬い肌触りを感じていた。

石のような硬さがあるが、石とはまた違ってツルツルとした感触。


なんだろう。


アンナやナッツが潜り込んできているのならもっと温かい筈だし、何より彼らはこんな硬い触り心地はしていない。

石だろうか。いや鉱石?いや、鱗?爪?棘?


良く分からないまま、ジルはううーんと寝返りをうった。

額の上で丸くなっている、その触り心地の悪いものを振り落とすように背を向ける。


「クルルル」


耳元で、良く分からない小さな鳴き声がした。


生き物の声?


小鳥だろうか。

いや、まさか。

汚いスラムで小鳥など見たことが無いから、鼠だ。鼠に違いない。

鼠の奴は何処からともなく入り込んで来て、唇や耳たぶなんかの柔らかい部分を齧っていくから本当に手に負えない害獣だ。

リールが手製のネズミ捕りをそこらに設置してくれてから少なくなったと思ったが、やはりしぶとい鼠は現れるのだ。それこそまるでスラムで這いつくばって生きるジル達のように。


夢うつつ状態のジルは鼠が寝床に現れたのだと確信し、バシンと藁の敷かれた寝床を叩いた。

叩き潰してやるか、少なくとも追い払ってやろうと思ったのだ。


「クルル」


しかしジルの手が勢いよく叩いたのは予想していた鼠の柔らかい体ではなくて、ごつごつと硬い何かだった。


「痛……って!」


鼠を叩き潰したはずが逆に自分の手に予期せぬ痛みを感じ、不審に思ったジルはパチリと目を覚ました。

自分の寝床に、モゾモゾと動く見慣れない生物がいる。

暗がりで目を凝らすと、その生物はなんとなく心配そうな表情と大きなつぶらな瞳で、ジルを見上げていた。


「……はあ?なんだ?」


目をこすりながら、ジルは思わず声を漏らした。

見慣れない生物とばっちり視線が交差する。


「クルルル」


見慣れない生物は、遠慮がちに前足を揃えて鳴いた。


「……でけえトカゲ」

「クルルル」


見慣れない生物かと思ったがよく見れば、なんだでかいトカゲか。


一瞬吃驚したが、トカゲならそこら中に沢山いる。

鼠と違って無害だしどうでもいいじゃねえか、とジルは思った。

しかも目がまん丸で中々愛嬌のある顔をしている。


ジルが手を伸ばすと、トカゲは何故か近寄ってきた。人に慣れているのだろうか。

そのまま大きなトカゲの頭を撫でてやると、トカゲはちろりと舌を覗かせた。

それはトカゲの細長い舌とは違って、丸くて肉厚に見えたような気がした。

舌だけでなく、これはジルの知るトカゲよりもやたら大きい。いってみれば、子犬ほどの大きさがある。

だがまあ、トカゲにも大きい種類なるものはいるのだろう。

それにトカゲは害虫を食べてくれるし、悪い印象はない。追い払う必要もない。


「……眠いな」


先ほど鼠と間違えてトカゲを叩いた手が切れたのが痛むが、そう深くもなさそうだし今は眠気が勝る。

ジルはとろんと目を閉じた。

変な肌触りで起きたが、本来ならまだ目覚めなくてもいい時間なのだ。


今度は腕にずしりと硬いものが載った感覚があったが、ジルの両腕はもう熟睡していて、それを払いのけることは出来なかった。

そのまま意識も手放していき、もう起きることなく朝までぐっすり眠ったのだった。




「ジル兄ー!なにそれ!一緒に寝てるトカゲみたいなやつ、なにそれ!!!??」


「うるせえ……」


目を細めたジルが唸るほど、その日の目覚まし……もといググの大声の破壊力は満点だった。


ジルがゆっくりと上体を起こすと、ジルの腕を枕にして寝ていたトカゲがゴロンとひっくり返った。

トカゲはググの大声を聞いてもスヤスヤ寝ているようで、ジルが胴体を掴んで持ち上げても寝息を立てていた。


「こいつ、まだいたのか」


トカゲをブラブラと揺らしてみる。

しかしトカゲはまだ気持ちよさそうに眠ったままだ。


「ジル兄、もしかしてもしかして、そのトカゲみたいなやつ、タマゴから生まれてきた奴なんじゃ?!タマゴが割れてたし、サイズもそれっぽい感じだし……!」

「あん?タマゴ割れてたのか?」

「そうなんだよ!朝見たら割れててさ!多分こいつが中にいたんだ。でもなんでこいつ、ジル兄のとこにいるんだ?」

「さあな。俺の寝床に、トカゲの好物の虫でもたくさんいたんじゃねえの」

「そっか……?でもとりあえず生まれたんだよね、よかった!!」


ググは無邪気にガッツポーズをしていた。

彼は何も分からないなりに頑張って卵を温めていたから、達成感も相まって嬉しいのだろう。


「ググ兄ちゃん、大きな声出してどうしたのー?」

「なにかあったのー?」


ググの大きな声で目覚めた子供たちは、なんだなんだとジルの寝床周辺に集まり始めていた。

そして喜んでいるググの隣からひょっこり顔を出したイレイナは、頬に両手を当ててトカゲをまじまじと見つめていた。


「ググが待ちに待ったタマゴがようやく孵ったのよね。で、出てきたのがこのトカゲ?へえ、中々可愛いじゃない」


ジルの腕の中のトカゲに向かってにそっと手を伸ばした。

つんつん。

子供の頬を触るように、イレイナが指でトカゲをつつく。


「クルッ」


トカゲはつつかれてようやく起きたようで、ジルの手の中でびくりと体を震わせ、目をぱちくりとさせた。

まるで頬杖をついてうつらうつらしていた人がいきなり起こされたようなリアクションだったものだから、それを見ていた子供たちが途端に笑顔になった。


「わあ、起きたア!」

「かあいい!」

「ビクッてなったあ!」


「クルルルル」


「鳴いたアー!」

「きゃわいい!」

「おもしろーい!」


トカゲが鳴くと、子供たちはまたしても手を叩いて喜んだ。

珍しいものに興味津々なのだろう。そしてトカゲに興味津々なのは子供だけではなくググとイレイナもだった。

二人はもうお兄さんお姉さんの年ではあるのに、子供よりも子供のように目を輝かせている。


「ジル兄、俺もそのトカゲ抱っこしたい!」

「ジル兄、アタシにも抱かせて!」


二人は息ピッタリに、同時に両腕を突き出してきた。

スラムにマナーもへったくれもあったものではないが、何となくレディーファーストということで、ジルは「ほらよ」とトカゲをイレイナの腕の中に投げ入れた。


「クルル!」


いきなりジルに投げられて宙を舞うことになったトカゲは、上手くイレイナの腕に収まった。

だが物のように投げられて怒ったのか、何となく不満そうな目でジルを見ていた。


「なんだよ」

「クル」

「いきなり投げられて驚いたんだわ。ね、そうでしょ?」


イレイナは宥めるようにトカゲの頭を撫で、理解しているはずのないトカゲに話しかけた。

勿論トカゲは返事などしないが、心なしかふくれっ面のままイレイナに撫でられていた。


「よしよし、いい子ね」


イレイナは背中を撫でたり喉をかいてやったり、トカゲとの触れ合いをひとしきり楽しんだようだった。


「ねえ、全然暴れないし大人しそうよ。これならみんなで育ててもいいわよね、ジル兄」

「まあ、そのへんの虫や草で育つなら構わねえよ」


「なら、これから外出て食わせてみよう!!」


ジルの言葉を聞いて、そう提案したのはググだ。

ググはみんなの返事も待たずにイレイナの腕からトカゲをひったくって、スキップしながら外へ出て行った。


「待って、アタシも行くわ!」


ググを追いかけてイレイナも飛び出していき、ジルもアンナたち小さい子に引っ張られて仕方なく外に出た。


向かう先は、雑草の有る静かな場所だ。

スラム街を出て少し行ったところに、小さな教会と林がある。そこがきっと一番おあつらえ向きだ。

教会に人はいるが、林の中に入ってしまえば見られることは殆どないので、子供たちが時たま遊びに来る場所でもある。


比較的安全と言えるこの林の中にある小さな空き地に到着した一行は、ググを囲んで丸くなり、トカゲが草を食べるかどうか、見守ることとなった。


「クル」

沢山の視線に晒されて、トカゲが心もとなく鳴いた。


「大丈夫、食べてみなって」


雑草も生で平気で食べるググの言葉に嘘はない。だが、トカゲがその状況を理解しているとは思えない。

ググがトカゲの鼻先に雑草を突きつけるが、トカゲは少し戸惑っているようだった。


「おいしいぞ、これ」

「クル……」

「ほら、せーの」


ググに執拗に鼻先に押し付けられたからか、トカゲは最終的にぱくりと雑草にかじりついた。


もしゃ、もしゃもしゃもしゃ。


最初は半信半疑だったものの、雑草が美味しいと思ったのか、トカゲはパクパクと食べていく。


「クル」


あっという間に、雑草がトカゲの腹の中に消えた。


「食べたわ!草を食べて育ちそうだから、これでジル兄の言ってた条件はクリアよね?」


パンと手を叩いて喜んだのはイレイナだ。

腕組みをしていたジルの顔を、期待の眼差しで見上げてくる。


「まあ、今のとこはいいんじゃねえの」

「やったわ!」

「クルルル」


イレイナや子供たちは勿論嬉しそうだったが、何故かトカゲも嬉しそうに鳴いた。

そしてするりとググの腕から抜け出てきて、跳ねるように移動してジルの膝の上に収まった。


「あれ、ジル兄のとこ行っちゃった。そのトカゲ、なんかジル兄に懐いてる感じ?」

「はあ?たまたまだろ」

「でも分かる気がするかも。俺もトカゲだったら、真っ先にジル兄のとこ行くだろうし」

「なんだそりゃ」

「だってジル兄はちゃんと世話してくれそうだし、やっぱ優しいし」

「俺は世話なんか絶対しねえし、優しくもねえよ」


ジルは目つきは鋭いし、口は悪いし、手癖も性格も悪い。

汚いし臭いし泥と埃まみれで、おまけに身分は底辺で、住処はスラム。

もしジルがトカゲだったとしたら、絶対にジルのところなんて行かないが。

チッと舌打ちをするが、ジルがトカゲの頭を撫でるとトカゲは気持ちよさそうに目を閉じた。


トカゲがクルクルと喉を鳴らす。

木陰がサワサワと心地よく揺れる。

どこからか、新しい草の匂いも風に乗って香ってくる。




「なんだよ変な顔しやがって」


膝の上で安心しきって無防備な顔のトカゲを見て、ジルはフンと鼻を鳴らしていた。





読んでくださってる方、ありがとうございます。

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