ささやかな夕食
隠れ家の中に、焼かれた小麦粉と干しブドウの甘い匂いが漂ってくる。
香ばしい匂いだが、正体は街の貴族連中が良く買っているフワフワのパンとは似ても似つかぬ、小麦粉を水で固めてブドウを混ぜて焼いただけの代物だ。
だが、先ほどまでタマゴに興味津々だったはずの子供たちは、すべてを忘れたように一斉にリールの元へ走っていた。
「やったー!」
「おなかへったー!」
「おいしそうなにおい!」
子供たちが口々に言って、はしゃいでいる様子が見て取れる。
「俺もおなか減ったー」
「アタシも減ったわ。ジル兄もでしょ?いきましょ」
ググググと盛大におなかを鳴らしたググと、その横のイレイナに促され、ジルも夕食の為に移動した。
「ジル兄、こっちこっち」
調理場の丸く座り込んだ子供たちが場所を開けてくれ、ジルは床に腰を下ろした。
そこでは夕食当番だったリールが、皆に一つづつ夕食を渡して回っている。
もう既に夕食を頬張っている子供もいる中で、リールが最後にジルのところにやって来た。
「はい、これがジルの分」
「ニコニコしてんじゃねえよ。焦げ焦げじゃねえか」
「一番最初に焼いたやつ、失敗してしまってね。ジルと僕は焦げたやつさ」
「チッ。失敗してんじゃねえよ」
ジルはぶっきらぼうに舌打ちはしたが、それ以上何も言わず夕食にかぶりついた。
バリバリバリ。
見た目どおり硬く、黒くて苦い。時々噛み締める干しブドウは安物だからとても酸っぱい。
まったく。
ジルの舌が馬鹿でなければ、到底食べられないような代物だ。
街にいる貴族に食べ物だと言って差し出せば、一瞬で打ち首になりそうな食べ物でもある。
リールはこの隠れ家では一番料理が上手いとはいえ、やはり設備もろくに整っていないような場所では満足なものはできないのだ。
ジルはもくもくと食べ進めていたが、ジルの隣に座っていたイレイナがふとジルの方へ首を回した。
「あら、ジル兄の夕食焦げ焦げじゃない。貸して、私がそっちを食べるわよ」
「はあ?別に気にすんな」
「もう、何言ってるのよ。気にするわよ」
ジルは首を振ったが、黒焦げの夕食はイレイナの持っていた綺麗な夕食に一瞬ですり替えられてしまった。
もしかしたらイレイナはスリの才能があるのかもしれないと一瞬思ったのも束の間、今度はイレイナの隣にいたググが焦げ焦げの夕食に気が付き、イレイナから力づくで焦げた夕食を奪っていた。
「ちょうだい。俺がジル兄の焦げたやつ食うよ。俺、炭の味結構好きだし。苦くてカリカリで」
「あらだめよ。炭は体に悪いって言うじゃない。あんたは綺麗なやつ食べなさいよ」
「別に俺の健康とかどうでもいいじゃん」
「よくないわよ!あんたは長生きしなさいよ!」
「別にいいのに。俺はどうせ病気になる前に死ぬって」
「あんたね、何でそんなこと簡単に言うのよ!アタシあんたのそういうところ嫌い!」
「イレイナなんでそんなに怒ってるわけ?そんな怒る事?」
「ああアタシ、あんたの鈍感なところも嫌い!」
ググとイレイナが焦げた夕食を巡って言い争っている中、リールの隣でも子供たちが何やら騒いでいた。
「リール兄の夕食も焦げ焦げだから、オレのと交換してやるよ!」
「そんなのいいよ、ナッツ。僕は焦げたものでも平気なんだよ」
「でもあんまり美味しくないだろ?」
「ううん、食べられるだけ有難いさ」
「リール兄はいつもそう言うけど、焦げ焦げばっかり食べちゃだめだよ!」
頬を膨らませたナッツも、首を振るリールの手からパンを奪った。
イレイナの華麗なすり替え術とは似ても似つかぬような雑な技ではあったが、ナッツもまた、リールの事を思ってくれているようだった。
「じゃ、リール兄は綺麗なのたべるんだぞ」
そう言ったナッツはリールの焦げたパンにかぶりつこうとしたが、今度は傍にいたアンナがそれに待ったをかけたようだった。
「ねえねえナッツ、待って。その焦げたやつみんなで一口づつ食べようよお。それで、みんなの分を一口づつナッツにあげるよお」
「え、いいのか?アンナにしてはいいアイディアだな!」
「アンナ、いつでもいいアイディアだもん」
皆がワイワイと言い合っている中で、ジルは自らの手元に視線を落とした。
手の中には、綺麗に焼けた干しブドウ入りのパン。
先ほどまで齧っていた真っ黒なパンはもう行方知れずだ。
隣のリールの手元にも、綺麗な白いパンがあった。
見ていたジルと目が合って、リールは困ったように笑った。
「みんな、いい子だよね」
「別に。うるさいだけだろ」
「まったく君ってやつは。誰かに何かあったら真っ先に飛び出していく癖に、こんな時は悪態ばっかりついて素直じゃないのも面白い程相変わらずだね」
「うるせえな」
ジルが睨むと、リールはおかしそうに肩を竦めた。
しかしもうこれ以上この話題を続けても、ジルが返事をしなくなるだけだと経験上分かっているリールは、ころりと簡単に話題を変えた。
「ところで、イレイナに聞いたんだけど、ググが拾って来たっていう大きなタマゴ、孵化したら育てるのかい?」
「まあ、危険そうなもんが生まれてきたら殺すけどな」
「そうなのかい?まあ、そう身構えることもないさ」
「なんでお前はそんなに楽天的なんだよ。あんなでかいタマゴ、見たことねえぞ」
「そうだね。でも何が生まれてきても、案外上手くやれるんじゃないかな。それに、なんだかんだ言いながら君が一番世話している姿が目に浮かぶんだけれどね」
「はあ?俺は世話なんてしねえよ。第一、何が生まれて来るかもまだ全然分からねえんだぞ」
ジルは手元にある綺麗なパンを一口齧りながら、布に包まれて置いてある得体の知れないタマゴに目をやった。
この時のジルは、夢にも思っていなかった。
タマゴの中から生まれて来るものがこれから、ジルとここにいる全員の運命を全く予期していなかった方向へと導いていくことに。