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住処 - 2



「ジル兄ちゃんいくよお、リール兄ちゃんの邪魔しちゃだめだよお」

「おい、アンナは出しゃばるなよ、オレがジル兄を連れて行ってやれってリール兄に頼まれたんだからな」

「なによお、アンナだってダメって言われてないから来ていいんだもん」

「アンナはだめ!オレが今だめって決めたんだよっ」

「なんでよお、ナッツのケチ!」


いつものように犬猿の仲の二人は言い争っていたが、ジルをグイグイと引っぱる手を休めることはなかった。


仲裁を試みる間もなく、ジルはあっという間に自分の寝床に押し込まれた。

寝床と言っても、隠れ家の壁に幾つも開いた窪みの中の一つだ。

中には藁とボロ布で作った、布団と呼べるかどうかも怪しいものが詰め込んである。

鳥の巣の方がまだマシかもしれないが、それでも硬くて冷たい道端よりはずっと良いものだ。


「ジル兄、ほら休んで休んで」

「あーあー、分かったよ。ほら」


ジルがゴロンと横になってみせると、アンナとナッツの二人は嬉しそうに顔を見合わせた。

こういう時だけ息の合っている二人である。


「アンナも疲れたから、ジル兄ちゃんと一緒に寝るー!」

「あっこらアンナ!オレが先だ!」

「ナッツはダメえ。アンナが寝るんだもん!」

「なんでアンナが決めるんだよ!」


「おいおい、この狭いとこで喧嘩すんじゃねえよ。二人してつまみ出すぞ」


寝転がった無防備な体の上で喧嘩を始められれば、いくら二人が小さくて軽いと言っても何らかの被害は被りそうである。

ジルがつまみ出すような仕草で二人を脅すと、二人は面白いくらいに揃ってぴたりと喧嘩を止めた。


「アンナ、喧嘩しない!」

「仕方ないからオレも喧嘩しない!」


先ほどまで睨みあっていたアンナとナッツは、仲良く並んでごろんとジルの横に転がり、ジルに倣って低い寝床の天井と向き合って仰向けになった。


「ねえねえジル兄ちゃん、寝てるう?」

「ああ、寝てる」

「嘘だあ、喋ってるから寝てないよお」

「寝れないの?じゃあジル兄、オレの話きいて」


ジルは頷いて目を閉じたが、話し出したナッツとアンナの言葉にはちゃんと耳を傾けていた。


二人の話の内容なんて、取り留めのない、どうでもいいことばかりだ。

手のマメが潰れたとか、ハゲの浮浪者がいたとか、痩せた野良犬がドブネズミを食べていたとか。

聞き飽きたスラムの日常の話にジルは適当に相槌を打つだけではあったが、それでも二人は嬉しそうだった。


「ねえねえジル兄ちゃん、そういえばアンナね、新しいお歌を覚えたの」

「なんて歌だ?」

「えっとねえ……なんだっけえ?」

「アンナそれ、覚えたって言えるのかよ」

「覚えたんだよお。アンナ、題名は忘れちゃったけど歌えるよお」


えへへと笑ったアンナの横で、ナッツも声を上げた。


「オレも歌、うたえるぜ。リール兄に教えてもらったんだ!」

「アンナもリール兄ちゃんに教えてもらったの。じゃあアンナとナッツで、ジル兄ちゃんにお歌うたってあげようかあ」

「二人とも、リールに歌教わったのか?」

「そうだよお」

「ふうん。あいつは歌が上手いからな。こんなところじゃなくて貴族にでも生まれてれば、それももっと活かせただろうにな」


リールは汚れを落とせば綺麗な顔をしていて、見方によればスラムの者が持つはずのない気品とやらがあるようにも見える。

歌だって上手に歌えるし手先も器用だから、もし貴族の家に生まれていたら今頃は、王国騎士団に入るか王宮に仕えるかなんかして、エリートとして成功していたかもしれない。

それからきっと、女にもモテて何不自由のない生活を送っていたかもしれない。

……なんて。まあこんな「もしも」のことなど想像しても仕方のない事だ。




「じゃあジル兄ちゃん、アンナが歌ってあげるね」


アンナが、コホンとわざとらしく咳ばらいをした。

その横ではナッツがすうと大きく息を吸う。

二人は楽しそうに歌い出した。





しかし、二人の歌を聞いたジルの感想としては。


「……音痴すぎるだろ」


歌自体は街で聖歌隊がドラゴンに捧げている、良く聞くもののようだ。

それは辛うじて分かったが、音が外れすぎている。

要するに、音痴だ。

でも二人が楽しそうだから、ジルはそれ以上何も言わずにアンナとナッツの歌を聞いていた。


「ジル兄ちゃんも気に入ってくれたから、もう一回歌うね!」

「オレもうたう!」


しかしアンナとナッツは、ジルが楽しんでくれていると勘違いしたようで、サビの部分を延々とループさせることに決めたらしかった。

こうして「敬えドラゴン」「称えよドラゴン」と繰り返す二人の合唱はいよいよ終わりが見えなくなってしまった。

夕食ができれば歌は終わるだろうからそれまで待つしかないか、とジルは諦めて溜息をついた。




「ただいまー!!」


しかし突然誰かが帰ってきた音がして、アンナとナッツの歌は中断した。


「ジル兄ー、帰って来てる?!これ、見てよ!!すっごいっもんがあったんだ!」


そう言いながら一目散にジルの元に駆けてきたその足音は、その腕に得体の知れない妙なものを抱えていた。

そして満面の笑顔で、両腕の中の得体の知れないものをジルの目の前に差し出した。


「なんだよ、これ」


「わっかんない!でもすごいっしょ?!イレイナと森で見つけたんだ」

「そうなの。ググの言う通り良く分からないものだけど、なんか綺麗でしょ?」


アンナとナッツの歌を中断させて住処に帰ってきたのはググ、そしてイレイナだった。

ググはジルとリールの次に年長の男の子で、ジルとリールが一番最初に助けたスラムの孤児でもある。

そしてイレイナも、この住処の女の子の中では一番年上にあたる子だ。


頬に傷があるググは単純で楽天的、そして少し向こう見ずなところがある。

長い髪の女の子であるイレイナは、そのググの良いお付け目役のような存在で、とてもしっかりしている子だ。

まあ、いくらググが無鉄砲と言っても彼は良く動けるし、イレイナも頭が良いから、二人はジルのように外へ出て食料を調達する役目を担っている。

と言ってもジルのように直接盗みをすることは稀で、キノコや木の実を漁りに森へ行くことが多い。

その森はどこかの貴族が所有しているものの、狩猟会の時にしか使われないような場所だから、こっそり忍び込むことはそう難しいことではない。


そしていつものように森に行った二人は、この得体の知れないものを見つけたという事らしかった。


「森に行ったらさ、なんか見慣れない感じの場所があってさ、なんだろうと思って近づいてみたわけ!この得体の知れないものは、そこで見つけたんだ!」


声が大きなググは早速住処にいた子供たちの注目を集め、何事かと集まってきた彼らにあっという間に囲まれた。

子供たちはググの両腕の中の妙なものに興味津々だ。


「これ、なにか分かる?ジル兄」

「見せてみろ」

「うん、よく見てみて!」


ググが抱えている得体の知れないものは、大きな卵型の物体だった。

しかし鶏のタマゴのようにシンプルなものではなく、表面は宝石か何かのように鈍く光を反射し、鉱石のように硬かった。


「石、いや……タマゴ、か?」

「うん、多分!でも何のタマゴかはわっかんない!」


両手を使わないと運べないサイズだから、そのへんの小鳥の卵にしては明らかに大きい。

しかし何のタマゴなのかは、皆目見当がつかない。

動物の種類だって野良犬や野良猫、カラスやネズミなんかのスラムで見るものしか知らない学の無いスラムの子供たちは、皆揃って首をひねった。


「何のタマゴかは分かんないけど、大きい生物が生まれて来るってことでしょ?」

「まあそうだろうな……」


この大きさのタマゴから生まれてきそうなのは、小犬や小狐だろうか。

赤ん坊でそれくらいの大きさがあるのなら、大きく育つ生物なのだと考えるのが普通だろう。


「ジル兄、持ってみてよ」

「あ、ああ」


ググに促されるままジルが手を差し出すと、ググはその上にタマゴをポンと置いた。

重い鉱石のような見た目よりは軽いが、それでもずしりと重みが腕に来る。


「あれ?ジル兄、なんかタマゴがぼんやり光ったような?」


今度はググの隣にいたイレイナが声を出した。

ジルが抱えたタマゴが、内側に明かりを灯したように光ったのだ。


「ほんとだ!俺らが抱えた時は何も気付かなかったけど、光ってる!」

「すごい」

「なんか綺麗かも」


ググとイレイナを筆頭に、集まっていた子供たちは不思議なタマゴをまじまじと見て、口々に声を上げた。

そしてこれにはさすがのジルも驚きを隠せなかった。


「タマゴって光んのかよ。いや、そんなことあんのか?……でもすげえな」


呟くジルの手のひらの上で、何となくタマゴが熱を帯びた気がした。

ランタンのように光るし抱えると温かいなんて、不思議だ。

でも大きなタマゴなどスラムにはないから、ジルはこれが正常なのか異常なのか、ハッキリ判断することは出来なかった。


しばらく観察してからジルがググにタマゴを返すと、タマゴはすんと光らなくなった。


「あれ、光らなくなっちゃった」

「本当。何でなのかしら」


ググの腕の中を覗き込んだイレイナとググは不思議そうだったが、不服そうではなかった。

それより彼らの本題は別の事あるようで、すぐに顔を上げてジルに問いかけてきた。


「なあジル兄、このタマゴどうする?俺、最初はこのまま割って食べたら美味そうって思ったんだけどさ」

「それじゃだめなのか?」

「うん。イレイナがさ、孵してから大きく育ててから食べれば、みんなで肉食べれるんじゃないって言うんだ。俺はさ、いいアイディアって思うんだけどジル兄はどうかな。そのへんのちっこい小鳥のタマゴなんかとは違ってこんなに大きい卵なんだから、育てたらきっと沢山肉とれるじゃん?ジル兄も肉食べたいよね?」


調子の良いググは、ねだるような上目遣いでジルの事を見つめている。


「要するに、ググは生まれてきたヤツを育てたいってか」

「そうそう!さすがジル兄、すぐ分かってくれるんだから!」


ググはパッと顔をほころばせたが、一方のジルは小さく眉間にしわを寄せた。


「でも、育てる為の餌はどうするんだよ」

「え?えっと、森で雑草でも食べさせとけば問題ないかな?」

「雑草食う奴が生まれて来るかも分かんねえだろ」

「まあそうかもだけど……」

「俺らの日々の食べ物減らしてまで、肉食いたいか?」

「えっと、それは……」

「じゃあ、場所はどこで飼うつもりなんだよ。百歩譲ってこの隠れ家として、ギャーギャーうるさい奴が生まれてきたらどうすんだ。この隠れ家が誰かに見つかったらどうすんだ?」

「えっと、その時は猿轡しとけばいいかな?」

「暴れたら?」

「えっと、その時は両足繋いで拘束する、とか?」

「……」


ジルはググの答えに満足したわけでは無かった。

ふうと息を吐いて腕を組んでみせると、ググが劣勢なのを察したイレイナが助け舟を出した。


「ジル兄、じゃあこういうのはどう?タマゴから生まれてきた生き物が草食で、静かで大人しいやつだったら、育てて食べるの。それ以外だったらアタシが責任もって殺すから」

「可哀そうとか言うんじゃねえぞ?」

「大丈夫よ。アタシ、この中で一番非情な自信あるもの」

「ほんとかよ」

「ほんとよ!アタシ、約束は守るわ」


イレイナのやけにしっかりとした言葉に、ジルは渋々頷いた。

デメリットやリスクは享受できないが、メリットのなさそうな生物が生まれたのならその時殺しても遅くないことは確かだ。

ジルだって初めて見る大きな卵に興味を引かれなかったと言えば嘘になるし、正直もう何年も口にしていない肉を食べたくないかと聞かれれば勿論イエスだ。


「分かった。お前らの好きにしろよ」


「やったわ!ジル兄ありがとう!」

「やったぜイレイナ!ありがとジル兄!」


ググとイレイナ顔を見合わせてハイタッチし喜んだところで、後ろから声がかかった。

リールが「夕食だよー」と皆を呼ぶ声だ。



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