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地下に広がる闇市




王都の地下に広がる闇市は、まさに無法地帯だ。

グレーな仕事を請け負う傭兵や、薬売りに人売り、密猟者、不法滞在者。大抵の人間が何かしらの違法をやらかしていて、指名手配所で見るような顔もチラホラ見かける。

それに加えて、何故かやたら上質な仮面をつけた身元不明の者も、よく闇市の通りを闊歩している。


大勢が歩く道の両脇には、何が入っているか分からないような食べ物を売る飲食店や、邪悪な魔道具を扱う道具屋、違法な薬を並べる薬屋から、情報屋、日用品を取り扱う雑貨屋や食料品の店まで、ごちゃ混ぜに店が並んでいる。


「裏か表か!いくら賭ける?」

闇市の屋台のような粗末な食べ物屋のテーブルの一角では、ニタニタ笑いの歯抜けの男が相手に博打を仕掛けている。

男は、通りすがりのジルの目から見ても明らかなイカサマをしているし、対面に座るいかにも薬物中毒者の風貌の男はもう目の焦点があっていない。

こんな賭場も、闇市では当たり前のように開かれている。この国の法律では賭博は禁止なのにもかかわらず、だ。


「いい女が入ったんだ。買っていかないかい」

ドラゴンの神聖な国として名をはせるグラバスタ王国では風俗店に厳しい取り締まりがあるが、闇市ではそんなものだって勿論お構いなしだ。

食べ物屋の隣にだって、もっと言えば闇市の出入り口にだって我が物顔した風俗の店がある。


「金髪の奴隷はいらないか?グラバスタの王族と同じ金髪だなんて珍しいぞ」

人身売買だって、事も無げに行われている。

それに嘘八百の商売も当たり前で、売り子は珍しい金髪の奴隷がいると謳っているが、少しでも高値を付ける為に奴隷の髪を金に染めたのだろうことは容易に想像がつく。



グラバスタ王国は国が大きいだけあって、闇市もとても賑やかだ。

ある意味では、地上よりも活気があると言っても過言では無いかもしれない。


しかし違法が蔓延る闇市がこうして賑わっているのに、王宮は取り締まりをしようとしないのだろうか。

ジルは中々頻繁に闇市に出入りしているが、そのような話は一度も聞いたことがない。

そればかりか、貴族の中に闇市でビジネスをしている者がいるとか、偉い騎士の中に闇市の薬物を愛用している者がいるとか、風俗店にお忍びで通う権力者がいるなんて噂の方をよく耳にする。


豊かで竜騎士をはじめとした武力にも優れ、ドラゴンの加護を賜った神聖なグラバスタ王国だが、一度地下へ潜れば所詮こんなものだ。

王都の街が華やかな分、ジル達が住むスラムはそれは酷いものだし、王族と貴族が絶大な力を持つ分、スラムの住人のような下層の者には人権すらない。




「用事はすぐ済ます。アンナ、はぐれるなよ」

「……うん、アンナ、大丈夫だよ」


ジルはアンナの手を離さないようにぎゅっと握って、素早く闇市の通りを移動する。

しかし酔っ払いや手練れの客引きがいて思うように進めない。

更に挙句の果てに、ジルは見るからに胡散臭そうな道具屋に行く手を阻まれて、立ち止まざるをえなくなってしまった。


「いい闇魔道具が入ったんだ。お兄さん見て行かないか?」

「要らねえよ」


ジルが素っ気なく断る前に、道具屋はパッとその顔から笑顔を消した。


「……っと、スラムの奴か。いくら何でも最底辺の奴に売るもんはないんだった」


道具屋は法外な値のついた闇魔法道具をぱっと後ろに隠し、ジルの前から煙のように姿を消した。


闇市にはならず者が集まるが、その中でもスラムの人間は肩身が狭い。

何故ならスラムは、下層の人間たちの中でも、最底辺まで落ちぶれた者だけが行くところだからだ。

薬をやって使い物にならなくなった人間、病気になった娼婦、捨てられた弱い子供。

スラムには汚い金すら稼げない者が多いので、闇市の多くの店はジルがスラムの人間だと分かると途端に相手をしなくなる。

先ほどの道具屋もそうだ。

だがジルは、ぼったくりな上に不良品の闇魔法道具などこれから一生使うこともないだろうから、邪魔だった道具屋が一瞬で消えてくれたことを有難いと思っただけだった。


ジルは目的の店に行って、目的のものが買えればそれでいい。



ジルの目的の店は、闇市の大通りから一本離れた細道にあった。

少しマイナーな、雑貨と食料品の店だ。

他の闇市の店とさほど変わらない粗末な出店のような外観で、店先には穀類が入っていると思しき大きな麻袋、そして辛うじて立っている両側の壁には肉の燻製が吊られている。

店の奥には薬草が詰め込まれた瓶が並び、王都の店でも流通していそうな缶詰や瓶詰めが棚に積まれている。


「……ジルか」


汚い煙が立つ煙草をふかした店主が、気配に気づいて顔を上げた。

店主はいかつい顔で、その顔に怯えたアンナはいつものようにこっそりジルの後ろに隠れた。


「小麦はあるか」

「あるぜ」

「じゃあそれを一袋だ」

「まいど。だがお前には二年前の古物だ。それでいいだろ?」


ジルはぎらりと店主の男を睨んだ。

この店はジルにも物を売ってくれるが、他の店と同じようにスラムの人間を見下してくる。

ジルが他のスラムの人間と違って、毎回ちゃんと金を用意していることを知っていても店主の男は不遜な態度を変えなかった。


「こんな古い小麦なんて馬の餌じゃねえか。ふざけんなよ」

「ふざけてなんかいないさ。お前らは馬より偉くないだろ。いやまさか、畜生よりは偉いなんて言わないよなあ?」

「……チッ」


店主とのよくある問答にジルは大きく舌打ちをして見せたが、実は二年前の小麦であればよい方だ。

何時だったかは、五年も前の小麦粉を買わされたことがある。


ジルは大金を持っていることがバレないように腰の袋から紙幣を数枚だけ抜き取り、小麦粉の分を支払った。

そして店主が指さした、店先の小麦粉の袋を担ぎ上げる。


「今日はそれだけか?」


店主は唾をつけた指でジルに渡された札を数えながら、煙草でガラガラになった声で訊ねてくる。

ジルは薄ぼんやりと照らされた店内をぐるりと見まわしてから、足元のアンナの方を向いた。


「アンナ、何か食いたいもんあるか」

「え、いいの?アンナねえ、干しブドウが食べたい」


ジルの後ろに隠れていたアンナはひょこッと顔を出し、干し肉の横に吊り下げられたしわくちゃの葡萄を指さした。

アンナは以前、比較的安く手に入る干しブドウを食べてから甘い味に感動し、機会があれば甘いものを食べたがるようになった。

本当は瑞々しい果物や、もっと甘い菓子でも買ってあげられれば良いのだが、今日大金が手に入ったとしても明日どうなるか分からないから、そこまでのぜいたくは出来ないのは悔しいが。


ジルは店主に干しブドウも買うことを伝え、追加の金を払った。


「スラムの人間の癖に干しブドウか。お前らには贅沢すぎるんじゃないか?最後の晩餐にならなきゃいいな」

「フン、ちょっとは黙って商売できねえのか、くそじじい」

「おお怖」


嫌味な笑顔を浮かべた店主に容赦なく指を立て、渡された干しブドウをひったくったジルは踵を返してその場を去った。




闇市の怪しげな空気から逃げるように外へ出ると、辺りはもう暗くなっていた。

ジルは小麦の袋と干しブドウを抱え直し、ついでにアンナの手も握りなおした。

食料は手に入った。帰ろう。皆が腹を空かせて待っている。


壊れかけのバーを後にし、ジルの帰る場所であるスラム街を目指して王都の裏路地を淡々と歩く。

王都は裏路地でも、そこかしこに賑やかな明りが漏れている。

だがジルは、明るいこの街が好きではない。

貴族達の良い靴が煉瓦道を闊歩する音もいけ好かないし、レストランから時折聞こえる彼らの上品な笑い声も、かしこまった喋り方も嫌いだ。


四つの尾を持つドラゴンを唯一神として信仰し、代々女王が統べてきたこの国は、豊かな水資源と穏やかな気候、それから大きな魔晶石の鉱床があることで有名で、大陸にある他の国と比べてみても、五本指に入る程度には栄えている。

王国中心部に位置する王都は、通りを歩けばユニークな建築物や目新しい料理を出すレストラン、珍しい魔道具なんかが手に入る雑貨屋や、秘伝の薬と看板を掲げる立派な薬屋なんかが目に入る。

昼は着飾った貴族や、見るからに成金然としたが者たちが悠々と闊歩し、夜は橙のランタンをぶら下げた飲み屋が多くの仕事帰りの者たちを受け入れている。

彼らにとってこの国は、きっと平和で良い場所なのだろう。



「ねえねえ、ジル兄ちゃあん」


ふいに、歩いていたアンナがジルに話しかけた。



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