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連行



ジルが再び目を覚ました時、その体は全く見ず知らずの、冷たくてごつごつとした固い床の上にあった。

そして傷む首を擦ろうとして持ち上げた両手両足には、重い鉛の拘束具。

鉄の格子の向こうには、長い廊下とぼんやりと揺らめくランタン。


「どこだよここ……」

「ここはグラバスタ王宮地下牢だ」


ジルの独り言に、思いがけず答えた声があった。


「お前!」


鉄格子の向こうに姿を現したのは、きっちりと騎士服を着こなしたセルドアだった。


「ここから出せ」

「無理な相談だ」


ジルが格子に越しにセルドアににじり寄ると、じゃらりと重い音がして、その動きを制限した。

一方のセルドアは相変わらずの無表情と、冷たい紫の目でジルを見下ろしている。

ジルはセルドアの冷ややかな視線を正面から受け止めて、睨みつけた。


「俺は気絶していたんだな?」

「そうだ」

「どれくらい気を失ってた?」

「少なくとも丸一日」

「そんなにかよ。どうして俺を起こさなかった?」

「私にはやる事があった。それにお前を起こす義理などない」

「クソが」


ジルは、真っ先にリールや隠れ家の仲間たちの事を考えて歯噛みした。

何も言わず突然消えて、きっと彼らは今頃心配もしているだろう。それにおなかもすかせて泣いているかもしれない。

大怪我をしたググとイレイナの事も気がかりだし、まだ彼らの為に医者も呼べていない。

捕まって牢屋に入れられ、挙句の果てに悠長に気を失っていたジルは、自身の愚かしさを呪った。


「クソ」


ジルはセルドアの耳には届かないほどの小さな声で舌打ちし、素早く牢の中と手首についている拘束具に視線を走らせた。


何とかしてここから出なければ。

なんとかして。


しかし、ジルは再び舌打ちをすることになる。

外すことは到底不可能そうな精巧な作りの鉄の拘束具と、鼠の穴一つない堅牢な牢に、ジルが期待した隙はなさそうだったからだ。


「じゃあ、ギギはどこだ?」

「答えられない」

「殺したとか言うんじゃねえだろうな」

「生きている。あの竜にはきちんとした誉名が与えられた」

「はあ、誉名?どういう意味だ」

「女王陛下が十一頭目の竜としてお認めになられたということだ」


ガンと頭を殴られたような気がした。

ギギは魔物ではなく竜だったかと納得した気持ちより、嫌な予感がジルの背中を伝った。


「じゃあやっぱりギギを戦場に駆り出して、死ぬまで戦わせるつもりなのかよ」

「あの竜は既に騎士団所属だ。戦場で散るのは騎士の誉だ」

「誉だ?!そんなもん、ギギがいつ欲しいって言った?変な価値観押し付けんじゃねえよ!」

「押し付ける、と言うのなら、お前は神たるドラゴンの眷属である竜に、ギギなどという変な名前を押し付けるな。あの黒竜が陛下から賜った誉名は紅翼竜ハイルゲーテだ」

「何とか竜なんとかかんとかの方が変な名前だろうが!というか既に騎士団所属って何なんだよ!」

「竜は神たるドラゴンによって遣わされた、グラバスタ王国を守るための存在だ。騎士団所属になるのは当然のことだ」

「当然じゃねえよ、ふざけんなよ!あいつはスラムでいいから今まで通り生きたいって思ってるだけなんだぞ」


奥歯を噛み締めるように、ジルはぎゅっとこぶしを握った。


のんびりジルの膝で欠伸をしていた小さなころのギギや、ジルの食べ物をつまみ食いする中くらいの大きさに成長したギギ、それから大きくなっても変わらず甘えてくる姿を思い出して、改めてギギに戦場なんて似合わないとジルは思った。


それになにより、権力を使って従わせようとしてくる国とか騎士団とかそういう偉い奴らが気に食わなかった。

しかし偉い彼らが弱い者をいいように使うのは、どこにでもよくある、飽き飽きする程恐ろしく理不尽な事実だった。


「クソ」


再びの呻きと共に、ジルは手首に着いた拘束具をガンと鉄の格子に打ち付けた。

どうにかしてギギを助けてやらなくては。


……でも、どうやって。


竜騎士と国なんて搦手で逃げられるような相手でもないだろうし、力のないジルなんかでは、きっと悪あがきさえさせてもらえないだろう。




ジルは暫く鉄の格子を掴んでじっと牢の角を睨んでいたが、牢の前に立つセルドアが一向に去ろうとしない事に気が付いた。


「お前、どうしてまだここにいる?……もしかして、俺のことはここで処分するつもりか?」


竜騎士からしてみればスラムの浮浪者など、服に着く埃のように簡単に処分できるだろう。

ジルは目の前のセルドアを全力で睨みつけたが、セルドアは静かに首を振った。


「違う」

「じゃあなんだ」

「私はお前の護送の任を仰せつかった」

「……護送?」

「そうだ」

「ちょっと待て、何の為にどこに移動させられるんだよ!」

「五月蠅い。黙って従え」


セルドアがジルの疑問に答えることは無かった。

彼はただ淡々と鉄の牢の鍵を開け、ジルが繋がれた鎖をその手に持った。

そしてそのままジルを引っ張って、地下牢の廊下を出口に向かって進んでいく。


「なあ!行く場所くらい教えてくれてもいいんじゃねえのか」

「知る必要はない」

「俺みたいなゴミには何も知る権利はねえってか」

「知る必要が無いと言っている」


何も説明をしようとしないセルドアは、勿論ジルの方へ振り向くこともなかった。


ジル達は地下牢を出てからも、しばらく息苦しい石壁の建物の中を歩き続けた。

人の姿はない。

壁についている精巧な作りのランタンが建物の品質の良さを表しているが、それでも薄暗く、細い道だ。

何処へ続いているかは分からない。

だがあの脱出不可能と思われた牢よりはまだ、逃亡の希望の持てる場所かもしれない。


ジルは周りを見回し、再びセルドアの後ろ姿に声をかけた。


「なあ。護送ってお前だけか?」

「そうだ。……言っておくが、お前ごときが私を殴れるとは思わないほうがいい」


ジルの考えを見通しているかのようなセルドアは、やっぱり振り返ることもしなかった。

ジルに逃走を許す可能性など一ミリも無い自信があるのだろう。

流石竜騎士様だ。

セルドアは、ジルのようなスラムの浮浪者などとは格が違う。

しかし、きっとセルドアの言う通り、ジルは彼を殴る事すら不可能だろう。


ジルは牢から出ることは出来たものの、やはり完全なる拘束下だ。

やはり国や騎士団を相手にしては逃げられないのか。

逃走は不可能なのか。

何をしてでも逃げて、住処に帰らなければならないと思うのに、ジルは自らのその身にこれから何が起こるのかさえ、全く把握できないでいた。


これから一体、ジルは何処へ連れていかれ、何をすることになるのだろう。




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