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魔物対竜

この世界に、これ以上最悪なタイミングというものがあるだろうか。


いいや、きっとない。








「クル!」




大型犬ほどの影が鳴き声と共に、いきなりジルの前に飛び出して来た。


留守番していろと言ったのに。


丁度、騎士に対して嘘をつき通して逃げて来たばっかりだったというのに。




何故、ギギがこのタイミングで。


流石のジルも、まさかの登場に驚かずにはいられなかった。




「クルー!」




小さいトカゲだった頃と同じ勢いで飛び出して来たギギはきっと、ジルに留守番を言いつけられたことが我慢できなかったようだった。


どうしても外に出たくて勝手にでてきて、そして駆けていたジルを見つけて、喜んで飛び出してきたのだ。




ギギは全身で嬉しさを表現しているが、反対にジルの背には氷のように冷えた汗が伝っていた。




騎士にギギを発見されたに違いない。




ジルは瞬時に理解した。


この場所はまだセルドアが立っている場所からそう遠くはなく、この邂逅の場面はまだセルドアの視界の中であり、ギギの姿はセルドアのその紫の瞳にしっかりと捉えられている。




振り返るまでもなく、背中に迫りくるような圧力がビリビリと伝わってくる。


セルドアの鋭い視線がジルとギギに注がれていることが、嫌というほど分かる。




つくづく、何とタイミングの悪い。


騎士に殺させない為にジルが嘘をつき通したことも露知らず能天気にすり寄ってくるギギに、今は憎悪すら感じてしまいそうだ。




「このバカ!」


「クル?!」


「逃げるぞ!!!」


「クル!」




ジルは考えるまでもなく、脱兎のごとく走り出していた。


見つかってしまったのなら、もう逃げるしかない。全力で。


ギギは訳も分かっていないらしく大きな目をくりくりさせているが、大きくなった体を使って余裕の表情で走るジルに付いてくる。




普通の人間なら、ジルとギギのあまりの速さに目を見張っていたかもしれない。


だが、ジルは思っていた。


もっと早く走らなければ。


見つかっただけでも最悪の状況なのだが、捕まることだけはどうしても避けなくてはならない。


魔物であるギギが騎士に捕まれば、ギギがどれだけ温厚な性格だろうと問答無用に切り伏せられてしまうに違いない。




今はジルの背に怪我をしたイレイナがいるわけでもない。


スラムで一番速いと自負するジルの、文字通り全速力で走った。


たとえ鍛えられた精鋭の騎士と言えど、この足で幾多の窮地を駆け抜けたジルには、ちょっとやそっとでは追いつけまい。










「赫眼、それは我々が探していた獣だな?やけに懐いているように見える」




不意に、淡々とした声が耳元で聞こえた。


やけにはっきり、やけに明瞭に。




全力で走っているのに、どうして。


まさか、もう追い付かれたのか?




「お前も、私に嘘をついていたという訳か。しかし、私たちから逃げられると思わないほうがいい」


「……は?!りゅ、竜?!まさかお前竜騎士だったのか?ってか速っ……」




息ひとつ乱さず淡々と話すセルドアは、八つの目がある馬ほどの大きさの竜にまたがっていた。


たくましい足を持ち、美しい曲線を描く体の竜だ。




ジルは竜など見たことが無かったが、それでもセルドアが乗っているのは竜だと確信した。




ほとんど揺れることなく二本の足で走るそれは、威厳ある竜という名前から連想できる見た目をしていたし、何より一瞬でジル達に追い付いてきた。


俊足と表現するのさえ憚られるような速さだ。


こんな異常なもの、竜と説明されなければ納得できない。




「お前を拘束する」


「って!おい、やめろ!」




アッと息をのむ間もなく追い付かれ、追い越される。


物凄いスピードで走る竜に乗っていた筈なのに、まるで静かな湖面のように地に降り立ったセルドアに見惚れる時間は一瞬さえも許してもらえず、あっという間に足蹴りを食らい、ジルは地面に転がった。


そして瞬きをする前に、ジルは再び腕を締め上げられた。




「クソ!放せ!」


「……」




「クルルルル!」


「キャウウウ!」




そして一方のギギもジル同様、悲痛な声を上げていた。




セルドアが乗っていた竜はギギを簡単に押し倒し、その発達した大きな二本の足でギギを押さえつけていた。


ギギは大型犬ほどの大きさがあるがセルドアの竜は馬よりも一回り大きいので、ギギはまるで鷹に捕獲された鼬のようなありさまだった。




「よくやった、メネルデューテ」


「キャウ」




ジルは先ほどと同じように腕を後ろで拘束されて動けないまま、セルドアが竜をねぎらうのを聞いていた。


八つの目を持つ竜は、そのすべての瞳をぱちくりとさせて、セルドアに答えたようだった。




少し竜を撫でたセルドアは、無言でその足元に目をやった。


ゆっくりと屈み、押さえつけられているギギを観察する。




ギギは近付いてきたセルドアに対して威嚇を試みるが、セルドアの竜に容赦なく踏みつけられて大したことも出来ず、恨めしそうな目を向けるだけだった。




セルドアは暫くギギを凝視していたが、不意にジルに話しかけた。


先ほどと同じく淡々とした口調だったがその声色は氷のように冷たいもので、完全にジルを警戒しているそれだった。




「この獣とどこで出会った?」


「ここだ。スラムだ」


「また嘘か」


「嘘じゃねえよ。こいつのタマゴが孵ったのがスラムの隠れ家だ」


「それはどんなタマゴだった?」


「質問ばっかりしやがって」


「答えろ」


「チッ。なんか鉱石みてえな固ってえタマゴだった」




ジルが渋々答えると、セルドアは口元に指を当てた。


少し考える素振りをしてから、更に淡々とジルに質問を投げかける。




「そのタマゴに誰か触れたか?」


「ああ。みんなでベタベタ触ったな」


「誰かが触れた時、タマゴに特別な変化はなかったか?」


「はあ?特別な変化?なんか俺が触った時ぼんやり光った気もするが、よく覚えてねえよ」




拘束されて質問責めにされている状況に反発するように、ジルは粗雑に質問に答えた。


しかし一方のセルドアは、無表情な彼には珍しく目を見開いていた。




「それも、嘘か?」


「おいおい、そんなに信用できねえなら質問するんじゃねえよ。ああ、さっきの嘘まだ根に持ってるのか?っていうかそもそも、嘘ついたのがそんなに罪かよ。殺すか使い倒すかするって平気な顔していうヤツに、はいどうぞって居場所教える訳ねえだろ」


「……」




セルドアは一瞬口籠った。


だが一瞬で元の仏頂面に戻り、呟いた。




「……この話が本当ならば、この獣は本当に、竜かもしれない。十一番目の」




セルドアの小声を聞き取ることが出来なかったジルは聞き返したが、案の定無視された。


しかし返事の代わりに、締め上げられていた腕は更に強く拘束され、背中を押された。




「お前たちは、王宮へ連行する」


「王宮!?」




今度はジルが驚く番だった。




意味は知っているが、到底聞き慣れない単語だ。


王宮なんて高貴な貴族か金持ちな人間にしか縁のない場所で、スラムの人間は例え生まれ変わったって入れないと言っても過言では無いような、国の中心地だ。




「お、王宮なんかに連れてってどうすんだよ」


「その獣が竜の可能性が高まった。陛下をはじめとした上層部の判断が必要だ。そして竜だと判明した暁には、直ちに騎士団所属となり北に赴く義務がある」


「おい、戦場で死ぬまで使い倒されるのが義務だなんて、受け入れられる訳ねえって言ってるだろ!」


「違う。もしも竜であれば、騎士団で国のために戦う誉を得る。使い倒されるわけでは無い」


「違わねえだろ。戦場でバケモンに食われるまで戦わせんだろ?!そんなの誉でも何でもねえ。こいつは竜でも何でもねえよ!竜ってやつはこの国に十頭しかいねえんだろ!?最初から違うってなんで分かんねえんだ!」


「今、北の戦況は芳しくない。この数十年で一番の危機を迎えていると言っても過言では無い。そんな時期に、神たるドラゴンが我々に何も手を貸してくださらない筈がない。十一番目の竜を贈ってくださっていたとしても不思議ではない」




ジルは必死に抵抗するが、セルドアは何食わぬ顔でスラム街の出口を目指して歩いていく。


その後ろをついてくるメネルデューテも、しっかりとギギを逃がさないまま後に続く。




「この獣が竜かどうかは、最終的に女王陛下が決断なされる」


「女王?」


「そうだ。陛下はドラゴンの加護を受けたメリナーデ一世の名を受け継ぐ、メリナーデ十三世だ」




伝承に伝わる王女メリナーデの子孫である王族が代々この国を治めているのは、スラム育ちのジルでも辛うじて知っている。


そして王族の中でも王位を継ぐ王や女王らは皆、神たるドラゴンの意思の伝道者としての役割も持っているという。


いわば、ドラゴンを信仰するグラバスタ王国民の教祖ともいえる存在だ。




であれば確かに、ギギが竜かどうかの判断をする人物は女王しかいないかもしれない。


しかしそれはすなわち、その王女とやらの何気ない一言にギギの運命が決められてしまうという事に他ならない。




「嫌な予感しかしねえ!女王なんかに適当に人生決められてたまるか!放せ!!」




ジルは両腕が拘束されて上半身は動かせないが、下半身ならば動かせる状態だ。


暴れるジルは両足を上げ、思いっきり踏み降ろしてセルドアの両つま先を踏みつけた。




しかし卑怯にも小指を狙ったはずなのに、セルドアは顔色一つ変えない。




「クソ野郎、放せよ!」


「これ以上暴れるなら、私はこの場でお前を切り捨てることも考えなければならない」


「ハッ、そうかよ!最近脅しは聞き飽きてんだよ。どいつもこいつも弱者に向かって遠慮なく武器と暴力振るいやがって!」


「暴れるな」


「暴れるなと言われてやめる素直なヤツはスラムにはいねえよ!」




つま先を踏みつけても涼しい顔をするセルドアに、ジルは今度は後頭部で頭突きをお見舞いしようとしたが、それも簡単に躱されてしまった。




「大人しくしろ」


「ぐっ」




セルドアはジルの首を後ろから掴み、がちりと固定した。


決して大男ではないのにセルドアの力は人並み外れていて、ジルはもう首を回すこともままならない。




「クソ。高潔とか英雄とか言われてる騎士も、結局は暴力で思い通りにする下衆野郎と変わらねえな」


「もう黙った方がいい。それ以上の侮辱は、今度こそ許されない」




連行しようとするセルドアに首を固定されたまま引っ張られて、ジルはもう呻き声も満足に出せなかった。




ジルは何度も理不尽に晒されて、それでも何とか生き抜いてきたが、今度は本当にだめかもしれない。


今まではスラムの暴漢やら臓物狩りなんかの違法者が相手だったが、今回の相手は王国やら騎士団やらときた。


搦手で逃げられるような相手でもないだろうし、何より規模が違いすぎる。


国という強大なものを相手取って、スラムの浮浪者に一体どう逃げろというのか。








「クルルルルルル!」




歯噛みしたジルの一方で、ギギはばたばたと尻尾を地面に打ち付け、セルドアの竜の拘束を解こうともがいていた。




だが神の眷属である竜に、ギギのような魔物が敵う筈もない。


いくらギギが暴れても、涼しい顔の竜に押さえつけられているままだ。


そればかりか、ギギが暴れるたびにその強い足は締め付けを強くし、鋭い爪がギギの鱗を割って肉に入り込んでいる。


ギギはそれでも強気に威嚇を続けているが、力の差は歴然だ。




やはりギギも、ゴミ同然に思われているスラムの孤児であるジルと同じように、力のある者に理不尽に蹂躙されている。


魔物なんて、竜から見ればきっと下等種もいいところだ。


それを寄ってたかって変な言いがかりをつけて、終いには結局処分だなんて理不尽が過ぎる。


ジルは身動きが出来ないまま歯噛みした。





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