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騎士の男


月も星もなく、いつものようにスモッグが浮かんだ汚い夜。

スラム街の中でも特に饐えたにおいのする場所であるスラムの死体捨て場で、ジルは全身に刺青の入った闇医者を待ち伏せていた。

ググとイレイナの治療を依頼する為だった。




だが、交渉はあっさりと決裂した。


「四人分の子供の新鮮な死体を寄越セ。そうしたらその重傷の患者とやらをミてやろう。お前の仲間、子供沢山イただろう。数人くらい殺してもイイのでは?スラムの孤児にしては状態ガいいから良いものがデきそうだが」


闇医者は死体捨て場を漁りながら、ジルの方をちらりと見る事さえなくそんなことを言ったからだ。


やっぱり、闇医者なんてイカれたやつしかいない。


ジルはどうにか別の対価で治療を依頼しようと試みたが、死体にしか興味のない闇医者は結局、最後の最後までジルの顔を見ることはなかった。





状況は芳しくないまま夜が過ぎ、次の日の朝がやって来た。


どうしたものか。


ジルは眉間にしわを寄せていた。

ジルを悩ませるのは、ググとイレイナの治療の事だ。


ググは時々起きて冗談を言ったり気丈に振舞ってはいるが、怪我の具合は全く良くない。

傷薬を塗ってはいるものの化膿がとまらない傷口も多いし、時たま腹を押さえて痛そうにしている様子も気になる。

イレイナの方は薄く目は開けるが、すぐに気を失うようにぐったりとしてしまう状態が続いていて、やはり見ているだけでも辛い状況だ。


この二人の治療を、これ以上先延ばしにするのは危険だ。

ジル達が住処で出来るのはやっぱり応急処置だけで、ググとイレイナの痛みを取り除くことも出来ないし、怪我を治して再び走れるようにしてやりたいと思っても、祈るくらいしか出来ない。


気は進まないが、闇市へ行ってどうにかして医者の紹介をしてもらおうか。

でも下手な医者を紹介されて金だけとられて、スラムの人間など死んだところで誰も困らないとおざなりな治療をされるかもしれない。

ググとイレイナを治すどころか、更に目も当てられない事にもなりかねない。

だが、賭けてみる以外に他に方法が見つからないと言うのもまた事実。



「クソ……」

「ジル兄ちゃん、大丈夫?」

「ああ、アンナか」


険しい顔のジルに声をかけたのは、王都の外れの教会から止血草を盗んで帰ってきたアンナだった。


「あのね、一応報告するねえ。お外に騎士さんたちがいたよお」

「……騎士?」

「うん、あれは多分騎士さんたちだよお。アンナは遠くから見ただけなんだけど、腕におっきなドラゴンの腕章がついててね。すっごくかっこいい高そうな服を着てたよお」

「いくらお前の視力でもな、見間違いなんじゃねえのか?高貴な騎士様なんてスラムには来ねえ。こんなゴミ溜めには、死んでもな」

「うーん、でもアンナ、あの人たちは騎士さんだと思うよお。なんか王都の衛兵さんより強そうな感じだったしい」


ジルの知識では、騎士と言えば貴族連中や国でもトップレベルのエリートの集まりで、北部に出る化け物から国を守っている精鋭中の精鋭だ。

そんな彼らは国民からも英雄だと持て囃されて人気があって、よく王都で竜騎士就任パレードや凱旋パレードなんかをやる。

パレードの日は警備が何倍も厳しくなる為、ジル達は王都には極力近づかないから実物を見たことなど無いのだが、それでも騎士たちのパレードの賑わいはゴミ溜めのスラムにまで届く時がある。

だからアンナもドラゴンを象った騎士の腕章がどんなものかくらいは知っているだろうが、それを理解しつつも、ジルはアンナの報告を話半分に聞いていた。


なせなら言わずもがな、ジル達最底辺の人間と最高階級の騎士たちの間には、天と地ほどの差がある。

彼らがスラムの存在を認識しているのかさえ怪しいし、もしかしたらスラムなど実在する場所でさえないと思っているかもしれない。

そして臓物狩り達とはまた違う方向性で、スラムの人間を人間とも思っていないだろう。

騎士とは、そのレベルの高貴な人間たちなのだ。


なのに一体何の用があれば、そんな騎士らがスラムに訪れると言うのだろうか。

まさかスラムに魔法晶の鉱脈でも見つかったと言うのだろうか。それとも大罪人が逃げ込んだとかだろうか。

それともなにか、国家レベルで重要なものがスラムで発見されたとかだろうか。


首をひねったジルだったが、そんな高貴な騎士がスラムに現れる可能性などやはり想像もつかず、これはただのアンナの見間違いだったということで結論を出した。


「警戒はするが、まあ九十パーセントアンナの思い違いだろ」

「えー、そんなことない筈だもん……」

「まあいい。俺はこれから医者を探しに闇市へ行く」

「闇市に?!」

「ああ、やっぱりそれしか方法がねえ。リールにも伝えといてくれ」

「分かったよお……。ジル兄ちゃん、気を付けてね」


アンナはいつもジルにべったりだが、今回ばかりは「一緒に行きたい」とは言わなかった。

だがその代わりに、立ち上がったジルの後ろをギギがついてきた。


「おいギギ、お前は来るな。留守番だ」

「クル?!」

「お前はでかくなっちまったんだから、日が出てる間は出歩くなって言ったろ。魔物だってバレたら危ねえのはお前なんだぞ」

「クルー!」


ジルに押し返されて、ギギは嫌々と頬を膨らませた。

ギギが大きくなってからは外出を大きく制限しているので、ギギは毎日不満そうだ。


「クルクルクルクル!」

「あん?何言ってるか分かんねえ」


ジルのローブの裾を咥えて離さなくなったギギを引き剥がしながら、無理やり一人で外に出た。





高貴な騎士などが、このゴミ溜めのスラムにいる筈がない。

こんな底辺の場所に、身分の高い人間が足を踏み入れる筈がない。

その常識は正しい筈だった。

だが、常識は常に破られないわけでは無い。

ジルは今、アンナの推測が当たっていたことを身をもって感じていた。


「赫眼で若い男の浮浪者、やっと見つけた。……炎を吐く大きな獣は何処にいる」


王都の外れにある闇市へ行こうとスラム街の裏路地を走っていた筈のジルは、アッと思って気が付いたら、後ろから腕を捻り上げられて身動きが出来ないでいた。


「クソ、なんだよお前!」


冷たい目をした男はジルには答えず、後ろから淡々とジルに問う。


「まずお前が答えろ、赫眼」

「……っ」


ジルは警戒を怠っていたわけでは無かった。

むしろ、いつもより念入りに足音を消して住処を出て、誰にも見られていないことを何度も確認しながら用事を済ませる筈だった。

目的に地向かうために移動していた細い路地の壁の隙間から、アンナが言っていた大きな腕章の人間が見えた時は驚いたが、それでも見つかった気配はなかった。

なのに、いつの間にか一人の男がジルの後ろに立っていた。


「どういうことだよ……」

「王宮に、竜かもしれない生物をスラムで見たと報告があった。十一番目の竜の存在など、ある訳が無い。だが私たちは確認しなければならない」

「お前、やっぱり騎士なのかよ」

「そうだ」


首を何とか後ろに回すと、ジルを後ろで拘束している騎士の男の顔がちらりと見えた。

そのあたりで見かけた騎士たちより特別に見える騎士服を身にまとい、分厚いコートを肩にかけていて、厳かな軍帽を深くかぶっている。

しかし軍帽の下に覗くのは、いかにも育ちの良さそうな綺麗な肌で、目は濃い紫色だった。

貴族がどのようなものか詳しくは知らないが、何となく良家の血統書付きの男なのだろうとジルは思った。


だがこんな人間がスラムにまで出向くなんて、嫌な予感しかしない。





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