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成す術無し



もう、終わりか。


そう思った矢先、


「クルルルルルルッ!」


激しい威嚇の声が、突然聞こえた。


地面に顔を擦り付けられていた所為で、ジルは最初頭上で何が起こっているのか正確に把握できなかったが、耳に入った声には嫌というほど聞き覚えがあった。


トカゲが喉を鳴らすようなこの声は、ギギだ。


先ほど煙幕を使った時に煙を嫌がって消えてしまっていたのに、またジルを追って来たらしい。

そしてジルを踏みつけている大男に向かって、低く唸っている。


「クルルルル!」

「……なんだ、トカゲか?それにしては大きいが、スラムのヘドロでも食って育ったか」

「クル!」

「しっし、あっちへ行け。薄汚いトカゲめ」


大男は突然現れたギギを見て眉をひそめたものの、所詮は少し大きなだけの通りがかりのトカゲだと結論付けたらしかった。

しっしとおざなりに手を振ってから、再び足元のジルに向き直る。


「さて。トカゲなどより赫眼だ。この目玉がいくらで売れるか楽しみでならない」


大きめとはいえ、所詮トカゲ。

脅威にもならなければ、特段興味をそそられることも無かったのだろう。

大男の関心はもう既にギギには無く、ジルの目を売った後に手にするであろう大金の事だけを考えているようだった。

ニヤニヤ笑いながら、手に持った鈍器をグワッと振り上げる。


今度こそ本当にもう終わりかとジルは覚悟したが、鈍器が振り下ろされる前に、ギギが地面を蹴って飛び上がった。


「クルルルルッ!!!」

「うわ!」


大きな鳴き声をあげ、ギギが大男の顔面に張り付くように飛び掛かった。

たまたま現れただけだと思ったいたトカゲにいきなり飛び掛かられて、これには流石の大男も驚いて声を出した。

しかし大男が怯んだのも一瞬だ。

ギギはトカゲにしては大きいが、大男をどうこうできる力など勿論なく、簡単に引き剥がされてバシッと振り払われた。


「なんだこのトカゲは?私に飛び掛かってくるなど」


振り払われて地面に叩き付けられたギギは、とどめとばかりに大男の固い靴の先でボンと蹴られ、まるで玩具のようにてんてんと地面を転がった。

そしてそのダメージでギギの鱗が剥がれて、黒曜石のような欠片が数枚散らばった。

痛々しい光景だった。

それはまるで、玩具のように好き勝手されるジル達とまるで同じだ。


「ギギ……」


顔面を地面に擦り付けられているジルは満足に喋れなかったが、砂を噛むように小さく呟いた。


自分やググやこのトカゲのように弱い立場に生まれてきた生物は皆、強いものにいいようにされるだけ。

まるで小石のように蹴られ、羽より軽い命として扱われる。

誰にも知られないようなゴミ捨て場の隅っこで、短い人生を何とか生きているだけなのに、そんな命でさえ遊びのように容易く奪われる。


本当に、溜息が出る。


ジル達を追って現れたギギに感動をおぼえなくもないが、残念ながらトカゲが一匹来たところでもうこの状況は覆せない。

焼け石に水どころか、焼け石に塵だ。

奇跡みたいなものもジル達のような者の元では、勿論起きない。

ギギはトカゲの分際でわざわざこんな修羅場にやって来て、馬鹿だなあとさえ思えてしまう。



「……さて、邪魔が入ったが、今度こそこの赫眼の足を潰すか。おいお前、足をしっかり固定しておけ」


大男は鈍器を構えながら、ジルを押さえつけている作業服の男に指示を出した。

男の腕がジルの片足を鷲掴みにし、大男が武器を打ち付けやすいように固定する。


ジルの足はもう、どれだけ力を入れても微動だにしない。

きっと、次の瞬間には紳士服の男が振り下ろした鈍器で足の骨が粉々になる。

健が切れて肉が断たれる。

何度も殴られれば割れた皮膚から血が噴き出してくるだろうし、痛めつけられた破片も飛び散るだろう。


どれだけ頑張っても動かせない、むき出しの自らの足にこれから起こることを想像して、流石のジルも額を冷たい汗が流れたのを感じていた。


ひゅうッと鈍器が振り上げられる音がする。


これで次の瞬間には、ずっとスラムを共に駆け回ってきた足ともおさらばだ。

スラムで一番早く走れる足だった。

ジルがこの足に何度助けられた事か分からないが、終わる時はこうしてあっけない。


最低な人生だった。

そう考えるジルの脳裏に、リールや子供たち、それから一緒に終わろうとしているググとイレイナの顔が思い浮かんだ。

ちゃんと帰ると言って出てきたのに、守れそうにない。


「くそったれ……」


呟く。

そしてジルはこれからやって来るであろう痛みに備えて、ぎゅっと目を瞑った。



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