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取引



「止まれよ。お前、俺の目は傷付けねえまま欲しいよな?」


鍛えられた大男と腹いっぱい食べることもままならないジルでは、まともにやり合えば一瞬で勝負がついてしまうはずだった。

だがジルは紙一重のタイミングで、服の中に隠し持っていたナイフを引き抜いていた。


「動くな!!!」


ジルの大声に、飛び掛かる寸前の大男と、その取り巻きの臓物狩り達が凍ったように動きを止めた。


「お前らが俺達を解体そうって言うんなら、俺だってそのままやられるわけにはいかねえ。せめてお前が欲しがる目玉を売り物にならなくしてやるよ」

「駄目だ!!」


大男はハッと身を震わせて叫んだ。

しかし慌てて平静を装い、首を振った。


「……いいや。そんなのものどうせはったりだろう。お前のような下等生物にそんな大それたことなど」


大男は乾いた声で笑ったが、ジルの手に一切の震えが無い事をちらりと目視して、小さく奥歯を噛んだ。

何かを悟ったのか、大男は伸ばしていた手をゆっくりと引っ込め、子供をあやすような口調に切り替えてジルに喋りかけてくる。


「なあ、ナイフを下ろせ。赫眼はお前には勿体ない代物だ。折角私が高値で売ってやると言っているのに、我が物顔で傷付けていいようなものではないのだぞ?」

「何言ってやがる。俺の目はそもそもお前のじゃねえだろうが」

「いいや、道端に落ちていたゴミの所有権は見つけた者にあるだろう?それと同じなのだよ。その目はもう既に私のものなのだ。さあ大人しくそのナイフを下ろせ」

「カスが」

「……私に暴言を吐いたことも、この際許してやる。なあ、お前だけは特別になるべく痛くないようにしてやるから、一億を棒に振る事は止めるんだ」


大男の言い分は何から何まで気に食わないが、大男がジルに飛び掛かってくるのを躊躇するくらいにはジルの目を欲しがっているということは分かった。


ただ、こうして両目を人質に遅延をしても、力と数で勝る臓物狩り相手にジルがいつまでもつのかは分からない。

臓物狩りたちはジルの目が傷つくのを恐れてはいるもののじりじりと距離を詰めてきているし、ジルが少しでも油断すればあっという間に飛び掛かられて、三人全員捕まってしまうだろう。

ボロボロな上に不安そうな顔のググと、浅い呼吸を辛うじて繰り返しているイレイナを背にしたジルは、臓物狩りたちが仕掛けてくるその前に、どうにかして彼らから逃げる手立てを見つけなければならなかった。


「……お前、俺の目がどうしても欲しいんだよな?」


ジルはナイフを目に突き付けて微動だにしないまま、目の前の大男に話しかけた。

大男はフンと鼻を鳴らしただけだったが、その表情は紛れもなく肯定を表している。


「なら取引だ。お前らがどうしても俺達を捕まえて殺すってなら今ここで目を潰す。でも俺らを逃がすってんなら、片目くらいは大人しくくれてやる」

「何を言い出すかと思えば……。ハハハ、下等生物の分際で私と交渉するつもりか?」

「欲しいんだろ?」

「……下等生物の癖に猪口才真似を」

「使えるもん使って何が悪い。お前も零と五千万なら五千万のがいいだろ」


ジルと大男、両者は互いに睨みあう。

だがその表情はどこかジルの方が優位で、大男の目からは焦りが見て取れた。


「さあどうすんだ」

「……ゴミが偉そうに……」

「早く決めろ。俺の片目が五千万なんだろ?綺麗なままで欲しいんだろ?」


大男は黙り、ジルから微かに視線を外した。

もしかしたらジルの要求について考え出したのかもしれない。そんな風にジルが思った矢先。


「……私が手に入れるのは、両目で一億だ」

「あ?」


いくら耳の良いジルでも聞き取れないほどの、小さな呟きが大男の口から洩れてきた。

ジルが思わず聞き返すと、大男はいきなり声を上げた。


「両目で一億だ!!!!!!」


びりびりと空気が揺れる程の大声。

突然の声量に、流石のジルも思わず全ての注意を大男に向けざるを得なかった。

それを見逃すことなく、大男の血走った眼球が微かに動いた。

視線の位置は、ジルの後方。

ググたちがいるところではない、ジルの死角にあたる位置。

ジル自身も人の死角を使うが故に、自身の死角には人一倍警戒していた筈なのに、予期せぬ影がうごめいた。


「クソが」


ジルがしまったと思った時には、もう遅かった。

後ろから現れた作業服の男を躱す間もなく、ジルは顔面から地面に叩き付けられた。

恐ろしい程一瞬だった。

いくら構えたナイフの先に集中していたとはいえ、警戒はしていた。

そして死角から何かが来ると頭では理解できたのに、体が相手の速さについて行かなかった。

いくらジルが並外れた運動能力を持っていると言っても、ちゃんと食べ物を食べて鍛えた上に人間を捕え慣れている男には歯が立たなかった。


「うぐ」


ジルは頭を後ろから押さえつけられ、大男の前に首を晒してひれ伏していた。

勿論、ジルが構えていたナイフは乱暴に払い落とされて、遠くへと滑っていった。


「ハハハハハ!!ガリガリのスラムの下等生物など、何があろうとこのように簡単に制圧できるのだよ!!!なのに下等生物の分際で偉そうに交渉を試みるとは愚かしい!身の程を弁えろ!」


ぐしり、と鈍い音が鳴る。

ジルの頭は笑う大男に踏みつけられた。

頬が変な音を立てて、汚いスラム街の地面に擦り付けられる。その音はジルの耳にダイレクトに伝わってくる。そして口の中にはいっぱいに砂の味が広がる。


「これで二つの赫眼は私のものだ!一億は私のものだ!ハハハハハ!!実に!良い気分だ!!」


地面がひたすらに広がっているジルの視界に、嫌な笑い声が響く。

そしてその笑い声は、ジルを助けようと突進を試みたググの唸り声もすぐにかき消した。

最後の力を振り絞ったググも作業服の男にいとも簡単に捕えられたようだったし、気絶したイレイナも同様に縛り上げられたようだった。


大男が、作業服の男から鈍い色をした鈍器を受け取った。

大男は、それを満足そうに手の中で弄んでいる。

その嫌な色をした鈍器はこれから、抵抗できなくなったジルたちに打ち付けられるのだろう。



ジル達は、きっとここでお仕舞だ。


結局、なにをどうすることも出来なかった。

力のある者たちの前では、弱者の決死の行動も全て無意味だ。

報われもしなければ、救いもない。結果は変わらず、その過程の意味さえ無駄に終わる。


くそったれ。

クソが付くほど最悪だ。

何が何でも逃げ切ってやるつもりだったのに、結局犠牲が三人に増えただけだった。


本当に、この世はクソだ。それからこの街もクソだ。この臓物狩り達もクソだ。

何一つ守られない。何一つ守れない。ささやかな幸せさえすぐに壊される。怯えるしかなくなる。我慢するしかなくなる。

くそったれ。

そんなくそったれの人生に、結局殺される自分自身もくそったれだ。

踏みつけられたまま目を閉じたジルは最後に、そんなクソな世界とクソな街とクソな人間に結局抗いきれなかった、力のないジル自身を呪った。




「じゃあ、手足をさっさと潰して解体場へ運ぶぞ。もう二度と変なことをしでかすことの無いよう、赫眼のゴミは特に念入りにな」


にんまり笑う大男はジルの頭を踏みつけながら、作業服の男たちに指示を出した。




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