ギギとの暮らし
「おいこらギギ!俺の食いもん盗んじゃねえ、この盗人が!」
「クルルルル」
「お前は雑草食ってろって約束だったろ?!」
「クルルルルルル」
夕食の席で、どたばたと音を立てているのはジルとトカゲのギギだった。
怒ったジルがギギを捕まえようとするもギギはするりと跳ねて逃げ、ジルの手が届かない離れたところでチロチロと舌を出す。
まるで追いかけっこが楽しい悪ガキのような態度だ。
「ギギ、こっち来い。今日こそは縛って外に吊るして干物にしてやる」
「クルルル」
子供たちに安直にギギと名付けられたトカゲは、あれから更に大きくなっていた。
今ではなんと、鼬ほどの大きさがある。だから今までのように肩に乗られると少し重いくらいだ。
それだけでなく、元々素早かったギギは更にすばしっこくなった。ぴょんぴょん跳ねて不格好に移動していたのも、今では兎のように軽やかに跳ねることができるようになっていた。
そして成長したギギは悪戯盛りの子供と同じように隙あらばジルにちょっかいを出し、夕食時は時々ジルの食べ物を横から食べようとする。
今日も決して少ないとは言えない量の粥をギギに舐められ、ジルは眉をつり上げていた。
しかし夕食の団欒の中で怒っているのはジルだけで、子供たちはキャッキャと喜んでいるし、リールに至ってはギギの肩ばかり持つ。
「ほらジル。夕食中なんだから大声出さない」
「はあ?大声出さずにいられるか。ギギのヤツが俺の飯食ったのこれで何回目だと思ってる」
「何回目かは知らないけど、ギギは最近ジルが出ずっぱりで構ってくれないから遊んでほしいんだよ。可愛い悪戯じゃあないか」
「可愛いわけあるか。クソ、誰がこのトカゲをこんな風に育てやがった」
まったく躾のなっていないトカゲだ。
ジルは思いっきり舌打ちをする。
しかし、ジル以外の仲間たちは皆、憤ったジルが何を言っているのか分からないという顔できょとんとしていた。
「誰がこんな風に育てたって……ジルだよね」
「アンナも、ジル兄ちゃんだと思うよお」
「そりゃ、ジル兄の背中見て育ったんでしょ」
「ギギは一番ジル兄に懐いてるんだし、やっぱりジル兄だと思うわよ」
「俺かよ……」
「クルルル」
リールやアンナ、ググとイレイナに賛同するようにギギも鳴いた。
確かにギギが付いてきたがるから何度か盗みの現場にも連れて行った事があるが、警備の注意を引くために使うドブネズミなんかがギギを異様に怖がるので、最近のギギはもっぱら留守番だ。
でもその数回でジルの背中を見て盗むようになったと言われてしまえば、強く否定は出来ないのが辛いところだ。
「でもな、俺は貧乏人の食いもんは盗ったことねえぞ」
「クル?」
「俺みたいな、明日の食いもんもねえようなスラムの奴からなんか盗んだことはねえぞ。俺はそこまで落ちぶれてねえからな」
「クル……」
ギギを指さしたジルがそう言って責めると、ギギは小さくなった。
先ほどまで意気揚々と逃げ回っていたのに、ギギはしょぼしょぼと怒っているジル近づいてきて、遠慮がちにジルの膝に載った。
トカゲの癖に反省して、吊るされて干物にされる覚悟が決まったのかと思いきや。
「ゲエッ」
「うわ、何吐いてんだよ!」
ギギは、ジルの膝の上でジルの皿から盗んだ食べ物を吐いていた。
「もうあっちいけ。お前は人のもん食うわ人の膝の上で吐くわ、最悪じゃねえか。もう俺の膝に乗るんじゃねえ」
ジルは元々綺麗なわけでもないし、服装もいつもと同じ泥と煤だらけのマントだからトカゲに食べ物を吐かれたところで何かが大きく変わる訳も無いのだが、ジルは勢い余ってギギを膝の上から追い払っていた。
「クルルルルル……」
膝の上から落とされたギギは小さく鳴き、住処の角の影の方へ身を隠してしまった。
この一部始終を見ていたリールが、真っ先にハアと溜息をつく。
「可哀そうに。ジルが酷い事するから、ギギがしょんぼりしちゃったよ」
「知るか。あいつが悪いんだろ」
「でも、そんなに怒ることないと思うよ。ジルの食べ物食べた分、ギギは虫とか木の実とか持ってきてくれてるよね?」
「木の実はいいが、俺でもさすがに蛍光色の虫なんて食いたくねえよ」
「ジル、好き嫌いはいけないよ」
「……あのなあ。蛍光色の虫なんて好き嫌いの問題じゃねえだろうが」
鋭い顔で愛嬌のない男とつぶらな目をしたトカゲなら、誰に聞いてもトカゲの方が可愛いと言うかもしれない。
だが、それにしたってリールはトカゲの肩を持ち過ぎである。
理不尽というものはスラムの街だけでなく、仲間内にもはびこっているという訳か。
ジルは半分自棄になりながら、ギギに盗られずに残った夕食をかき込んでごくりと一気に飲み込んだ。
全くゆっくり食べることのできなかった夕食を終え、夕食後の仕事を終えた子供たちからぽつりぽつりと寝床に入っていく時間になった。
みんなお休みの挨拶を互いに交わして寝床に入っていく。
「僕は片付けを終えたけど、ジルももう寝るかい?」
「ああ」
「そう。じゃあお休み」
調理場の最後のランプを消して、リールも寝床へと入っていった。
ジルは誰もいなくなってしまった最後の最後に、暗い部屋の角に向かって声をかけた。
「おいギギ、まだしょぼくれてんのか。寝るぞ」
「クル……」
壊れかけた棚の後ろから、頭を垂らしたギギがのそりと出てきた。
なんとなく申し訳なさそうにしているから、先ほどの夕食の事を反省していたのかもしれない。
「もう許してやるよ。寝るぞ」
「クル!」
「言っとくけどお前が下だからな。間違っても俺の上に乗るんじゃねえぞ」
「クル?」
「おい、分かんねえふりすんなよ」
「クルクル」
「あと、ただでさえ狭いんだから、いつも通り大きい寝返り禁止な」
「クル」
「あと朝起こすのはいいが、顔舐め回すのも禁止な」
「クルルル」
寝床に入ったジルの横に、ギギが体を横たえた。
ジルがポンポンと腹を撫でてやると、ギギは嬉しそうに鳴いた。
「お前トカゲの癖にあったけえんだよな」
「クル」
「それだけはいいとこだな」
「クルルルルルルルル」
「なんであったけえんだ?」
「クルクルクルクルルルクルルルル」
「……何言ってるか分かんねえよ」
ジルはトカゲ語は分からないが、ギギには何か言いたい事があるのかもしれない。
やっぱりおかしなトカゲである。