第二十七話
実家のある山口に来ると心がざわつく。
せっかく神戸で独立した生活をしようと思っていたのに実家の山口に入ると実家にコントールされないかと心が落ちつかない。
実家を継ぐ気も無いし、実家の姻戚筋の高貴な出と言われる女性と結婚する気も無い。神戸で刑事の仕事を全うするつもりだ。
ビジネスイン新山口ホテルのフロントに行くと
美都留が既に先にフロントに着いていてフロントと話をしていた。
「吉川様、まことに申しわけございません。
ご実家からメッセージが届いております」
『吉川家ご子息様へ
隣の五つ星リゾートホテルをブックインしておりますので、山口では吉川家に相応しいそちらにお泊り頂くようお願い申し上げます。
なお、こちらのビジネスホテルのシングルはすべて予約済です。
このビジネスホテルには宿泊できませんのでよろしく申し上げます。
追伸 山口県でお使いになられたお食事代はすべて執事に請求を回してくださいませ。
吉川家執事』
また、要らぬおせっかいを。
だから山口へ来るのはあまり乗り気ではなかったのだ。
「本日はシングルがすべて満室になってしまいまして、こちらのシングルと同じ料金で、お隣にございます同じ系列でございますが五つ星のリゾートホテルの最上階でアップグレードしたダブルスイートの部屋をご用意させていただきました。
妹様もこちらでお部屋を追加でご用意ができませんでしたが、お隣のリゾートホテルで同じ部屋で良いとのご同意頂きまして本当にありがとうございました。
当ホテルの不手際ですのでリゾートホテル隣のレストランで夕食に使えるクーポンも御用意させていただきました。
本日は誠にご不便をおかけします」
妹様?何、ダブルスイート。
えっ。吉川はホテルのフロントに聞いた。
「シングルではないのは一向にかまわないのですが、隣でもう一部屋なんでもいいのでありませんか。」
ホテルのフロントは恐縮して答えた。
「あいにく本日はもうお隣のリゾートホテルも最上階のアップグレードしたダブルスイートの部屋しか空いておりません。申し訳ございません」
美都留が部屋のキーを振りながら、
「私は大丈夫だから。まずはチェックインの手続きをしてから、すぐにレストランで夕食よ。
今までの推理の整理が必要ね」
と満面の笑みを浮かべて吉川の手を取って隣のリゾートホテルに向かって走り始めた。
リゾートホテルの前で吉川が迷っていると、美都留は吉川の手を取って強引にロビーフロントに連れて行き勝手にチェックインの手続きをし始めた。
美都留はチェックインで渡された宿泊人の用紙に、吉川に名前を勝手に記入し、同室者には、美都留を妹ではなく、妻(婚約者)と書いていた。
吉川が何か言おうとすると、
「さあ、部屋のキーとレストランの夕食券を手に入れたから、このままレストランに行きましょう。
お腹がペコペコよ。山口のグルメを食べましょう」
今度は隣のレストランに吉川の手を取ってこれも強引にレストランに美都留は入り込んだ。
「予約はありませんが二人個室で」
レストランの個室に案内された吉川は美都留の前にしかたなく座り込んだ。
「今回の事件を改めて考えてみたの。
気になるのは川田と大内・林田の事件で転がっていた将棋の桂馬の駒よ」
美都留は、レストランでテキパキと注文して、ついでに吉川の分まで注文した。
食べ物が運ばれてくると、美都留は頼んだ山口名物焼きカレーを一口ほおばると話し始めた。
「今回の事件は将棋の桂馬がキーワードになっているわ」
「確かにオーハシポートホテルや淡路島の別荘で将棋の駒が転がっていたり、赤龍戦の対局者が別荘で殺されたりはしているがそれほど確信があるわけではないだろう」
「そんなこと無いのよ。前も言った通り私は夢、明晰夢をよく見るのだけれど、結構正夢というか夢で出てきたことが当たったりするのよ」
女流棋士だから変わっていると思っていたが、ギフテッドというよりヤンデレだったのか。
顔は美少女で瞳も可愛いし頭の回転も速そうだが、病んでいそうだよな。
「淡路島の病院で見た夢が、桂馬なのよ。
だから桂馬が今回の事件を解くキーワードなの」
吉川は目の前のヤンデレ少女を見つめていた。
「こいつ頭がおかしいだろうという顔をしているよね。
でも桂馬の由来を知っているの?」
「いや、斜め前に一つ先に飛んで動く駒で、局面を打開する妙手が生まれやすい駒だとは知っているよ。アマチュア有段者だから」
「桂馬は全ての駒の中で唯一他の駒を飛び越えて敵陣へ進撃できる駒だけど、桂馬の名前の由来は平安時代当時の貴重品である香料の一種肉桂から由来するの。
肉桂は英語でシナモン。厳密にはクスノキ科の常緑樹で木の根から作られるのがニッケイ、樹皮から作られているのがシナモンだけど、貴重な香料ということから桂馬はシナモンが由来ね」
「そんな意味があったのか」
「オーハシポートホテルで起きた第一の事件の整理をしましょう。
明晰夢から導かれた答えのとおり、桂馬に注目すれば事件は解決するわ。」
美都留はそう言うと満面に笑みを浮かべて山口名物焼きカレーを頬張った。




