第二十五話 前夜祭
夜になり、鈴木の食事の誘いを丁重に断り、日本女流名人戦の前夜祭が始まる山口市の山水園亭にレクサスNXを走らせた。
女流全日本将棋名人戦が山口県の山水園亭で明日開催されるが、吉川は美都留がその前夜祭に出席するというので山水園亭にやってきた。
賞金額は赤龍戦より少ないものの歴史がある一番格式が高い棋戦である。
前夜祭が始まる前に、美都留と合流できた。
吉川は昼の間の三人の過去の調査内容について美都留に説明した。
「そうか。赤龍戦には毎朝新聞の桂編成部長も来ていたよね。
それから眼鏡メーカの塚本社長が大内と知り合いだったよね。
川田が行ったという三宮のスナックも気になるし、川田の不動産の顧客リストや下関で知り合った年上の女も気になるわ」
「先ほど話を聞いた大内の幼少時代に通っていた道場主もここで見かけたよ。
地元の将棋好きならみんな集まるな」
「「殺された人たちの本籍も山口県に集中しているし、山口県での関係者の過去が今回の殺人事件に繋がっている気がしてならないわ。
赤龍戦の関係者もここに集まっているから嫌な予感がする」
美都留は将棋の手を読むようにじっと考え込んでいた。
「それより、前夜祭の関係者の出席者はわかったかい?」
「今日の日本女流名人戦の前夜祭で山口県の地域振興商業イベントが併設されていて、山水園亭に塚本社長も南場社長も来るらしいわ。
共催の新聞社の桂編集部長も大盤解説会に来るらしい。
もちろん対局者として金海五段と北山五段も前夜祭からこの山水園亭に来ているわ。
今回の大盤解説は加藤引退棋士だし、桂編集部長と私が交互に大盤解説も手伝うことになっているの」
「まさに容疑者全員がここに集まっているな」
「もうすぐ前夜祭が始まるわ。私が司会を代役で頼まれたから仕事をしてくるわ」
司会の美都留は前夜祭の前に関係者たちや参加者と交流を深めていた。
対局者、南場社長、塚本社長、桂編成部長、加藤引退棋士、道場の店主たちとも話をしているようだった。
吉川も会話の輪の隅で話を聞いていた。
塚本社長は、南場社長に何か探りを入れるような自慢話をしている。
引退棋士の加藤は道場の店主や桂編成部長と明日の対局戦法の予想をしていた。
前夜祭が始まった。
吉川は前夜祭のイベント会場の檀上に魅入っていた。
前夜祭のチケットは無かったが、捜査に必要だと山口県警に頼み込んで急遽チケットがなくても参加できるようにしてもらった。
仕事に加え、将棋の観る将としての楽しみももちろんある。
対局者の金海五段が現在のタイトルホルダーであり堂々と「女流名人は格式のあるタイトル戦なので内容の良い将棋を指したい」と抱負を話している。
挑戦者の北山四段も「名人は幼少時に山口で過ごされたと聞きますが私も山口県は観光で何度も来ています。
この風光明媚な自然に負けない将棋を指したいと思います」と決意をにじませていた。
美都留が司会をしているが、司会が早口で金海五段と北山四段の紹介している。
日本女流名人戦も素晴らしい対局が繰り広げられるに違いない。
対局そのものも楽しみでしかたがない。
それにしてもあの司会者、早口で大丈夫か、あいつ。
司会者が山口の名産を紹介し、対局者に更に山口で好きなものを尋ねている。
金海五段は山口名物の山口バリそばが好きだと言っている。北山四段は山口の名物スイーツが今回の対局で楽しみだと返している。また北山四段は山口県出身の渋い演歌歌手が好きだと紹介し、金海五段は、山口出身のアイドルグループがいる曲をカラオケで歌っているし研究の合間にはK-POPも良く聞いていると話を続けている。
対局者ももちろん立派な和装だが、ステージ貸衣装を着せてもらっているから、司会者も凛々しい女流棋士にも見えてくる。
吉川は前夜祭イベントを堪能しながら心の中でそう思っていた。
イベント会場の後ろを見ると赤龍戦で見かけた塚本桂子社長がいる。
吉川は塚本社長に声をかけた。
「赤龍戦でお見かけしましたね」
「あのときは火事でびっくりしましたよね。刑事さん、将棋がお好きなのですね」
「はい。今日はまたイベントですか」
「それもあるのだけれど、面白い話を聞いたので楽しみにしているのですよ。さっきまで南場さんもここにいました。」
塚本桂子は貪欲な顔つきで薄笑いを浮かべていた。
「高嶺城で良いものがあるらしいですよ。この辺りには埋蔵品伝説もありますから。真夜中の高嶺城で金銀ザクザクなんてことはないでしょうけれどね。
いやいや刑事さんとは関係ありませんでしたね。
そろそろ前夜祭で会社宣伝のスピーチをしないと」
そう言って塚本は壇上の方に歩いていった。
金銀ザクザクというと古文書の埋蔵品と何か関係があるのか。
何故塚本社長は古文書を知っているのか。
それとも偶然なのか。
吉川は自問自答していた。
前夜祭が終わって、司会の美都留が吉川のもとに小走りにやってくる。
南場社長と金海五段が近くで難しそうな顔で「古い写真」と言っているのが聞こえた。
それとは反対側で、塚本社長は、引退棋士の加藤と桂編成部長に山口の埋蔵財宝の話をしているようだ。
北山四段はぽつんと一人でいる。
「おまたせ」
吉川は目の前で息を弾ませている美都留に塚本社長とのやりとりを話してみた。
それから別荘で大内のズボンから見つかった古文書について改めて美都留に聞いてみたかった。




