第二十話
「別荘に眼鏡もコンタクトレンズも無かったよ」
「赤龍戦の重要な対局でも林田初段は眼鏡をしていたのだから、お兄さんの大内と林田初段が別荘で対局をしたなら、眼鏡かコンタクトレンズがあるはずよ。
だから、林田さん以外の人が別荘で将棋の対局をしたということなのよ。
別荘に林田さんの眼鏡は無いし、タブレットPCに入った将棋ソフトの棋譜のコメント欄には間違った漢字で林田さんの名前があった。
小細工のし過ぎで襤褸が出たみたいね」
「確かにそうだな」
本部長は美都留を見て頷いた。
美都留は本部長に聞いた。
「ここに大内の自宅で見つかった将棋ソフトは無いかしら。
ほら、大内の自宅の部屋にあった現時点で最強のAI将棋ソフト、将神火匠よ」
「あるよ」
本部長が電話をすると、部下がノートPCを持ってきた。
「これ、WIFIもつながっている?」
「繋がっている」
しばらく美都留はノートPCを触って作業をしていた。
吉川と本部長は手持無沙汰で待っている。
本部長はソファに座って、吉川は立ったままだ。
「吉川君、もうすぐ発表になるのだが、実は私は兵庫県警で勇退する前に山口県警の本部長に行くことが決まった。
半年だけだが多少給料が上がるようだ。退職金も増える。
半年だけそこで最後の職を終えた後、君の吉川家の関連会社の警備会社にお世話になる予定だ。
未来の奥さんとよろしく頼むよ」
未来の奥さんではないのだが。
「本部長、いつから山口県警に異動になるのですか」
「うん。明後日から。明日山口に行くつもりだ」
「急ですね。またよろしくお願いします」
「まあ、山口県警が気をまわしてくれたみたいだ。
山口では吉川家の威力が絶大だからな」
吉川は古文書の印刷した紙を手に取った。
『天正12年12月1日
市川経好の妻 鶴、
ここに大内義長が残した埋蔵品の場所を記す。
高嶺城天守から見渡す2九桂へ』
「埋蔵品か。美都留が言っていた通りだな」
美都留がノートPCで作業をしながら、吉川に返事をした。
「高嶺城は、今の山口県にお城の跡が残っているわ。
やはり山口に行かないと。
ちなみに市川経好の改名前の苗字は吉川だから。
吉川さんの御先祖と関係ある人でしょう。
あっ、それから本部長、山口へ栄転おめでとうございます。
また吉川さんの未来の妻とも山口で会えますね」
いや。まだ未来の奥さんではないのだが。
吉川は心の中で呟くと再び古文書を印刷した紙に眼を通した。
古文書の2九桂は、病室で美都留が夢を見て言っていたような気がする。
そしてホテルと別荘に残されていたのは桂馬の駒。
別荘の棋譜には5五桂。
やはり桂馬が何か関係するのか?
「遺書に書いてあった『赤龍戦で兄と二人で不正をしました』とは?」
吉川はそうつぶやいて美都留の瞳を見つめた。
美都留も吉川の目を見ている。
「これは仲が良いことで。未来ではなく今も夫婦のようだね」
本部長が吉川と美都留を笑った。
「赤龍戦の不正は、たぶんこういう事じゃないかと思っているわ。
物証の眼鏡が必要だけれど別荘にはなかったのね」
美都留が前髪を触った。




