第十九話
「五千万円が無くなっていたのですか」
吉川は本部長に詰め寄った。
「そうだ。別荘に残されたスーツケースはほとんど空だったが、百万円単位のお札を束ねる帯封の紙がいくつか残されていた。
しかし、現金は無かった」
「五千万円がすべて別荘から消えているのですか」
吉川は天井を見上げた。
ツインテールの前髪を触りながら美都留は吉川の顔を見つめている。
「そういうことだと思っていたわ。
別荘の遺留品と言えば、大内のズボンから見つかった古文書とタブレット端末の棋譜が重要ね。
タブレット端末には他に何か残されていなかったの?」
「タブレット端末には、5日の夜の日付で棋譜が残されていた。
あとは、遺書だ。タブレット端末の棋譜の中にコメントが残されていた。
『ごめんなさい。赤龍戦で兄と二人で不正をしました。
もう耐えられません。賞金は海に捨てます。さようなら。
遺書 林田桜里枝』
というコメントだ」
「そう。そう言うのが無いと」
「将棋の棋譜はこういう感じの棋譜だった。
兄妹で最後に将棋でも指したのかもしれな。」
本部長はタブレット端末から取り出して印刷をした棋譜と遺書のコメント、それに大内のズボンにはいっていた古文書の訳文をテーブルに置いて美都留に見せた」
「棋譜を見せて」
本部長から紙を奪い取ると美都留は棋譜に視線を走らせた。
「なるほどね、途中の十九手目が先手5五桂か。
タブレットPCの将棋ソフトの棋譜には、コメント欄に遺書 名前なんて。
こんな遺書なら誰でもかけるわ。
それに重要なのは、林田の名前が間違っている。
オリエのエは、林田桜里枝のエダではなく林田桜里瑛よ」
美都留は印刷した遺書の名前を指摘して続けて行った。
「犯人が遺書に小細工したから、別荘の二人は殺人事件に決定ね。
別荘の大内が右手に握っていた桂馬がダイイングメッセージだとするとオーハシポートホテルの焼死体の桂馬もダイイングメッセージよ。
赤龍戦の対局があったホテルから始まった連続殺人事件よ」
「そうか。連続殺人事件か」
本部長が頷いた。
「林田が優勝賞金五千万円を海に捨てると書いてあるのも不自然でしょ。
何かの良心の呵責に耐えられないのだったら、赤十字かどこかにネットで寄付すればいいのよ」
吉川も首を縦に振っている。
美都留は本部長に向って力説した。
「それに、遺書を棋譜のコメントなんかに残すはずが無いよ。
もし林田初段が何かに後悔しているならスーツケースでホテルから脱出する必要もないし、男装の化粧をする必要も無いわ。
林田初段は現金を持って男装して他人に化けてどこかに逃亡しようとしていたのかもしれないわ」
林田が男装していたのはそういうことか。
吉川は納得した。
林田と大内は兄妹だし、最近のメイク技術は凄いから大内に似せようとしたのかもしれないな。
美都留は早口で更に本部長を問い詰めた。
「別荘に眼鏡かコンタクトレンズは残っていた?
無かったと思うけれど」




