第十七話
吉川は病院の個室で興奮している美都留をなだめた。
「今日はまだゆっくりとここで休んでくれ。
明日、県警の捜査本部で詳しい情報が手に入るから、退院したら県警まで送るよ。
それから考えよう」
「今日はここに泊まるでしょう。
ここの個室は知り合いがいっしょに泊まっていいの。
そこに簡易の長椅子があるし、私のベッドの横で添い寝してくれてもいいわよ」
吉川は顔を真っ赤にして「いや、近くのホテルを取るから」
「だめよ。お願い。昨夜眠ったときにおかしな夢を見たの。
傍に誰かいないと不安なの。
夜中に何かあったら困るでしょう。
だからここに居て。
また夢を見そうな気がする。
あの医師も汗をかいて気持ちが昂ったりすると明晰夢を見やすいといわれたの」
美都留はベッドから起き上がり大きな瞳で吉川の手を取った。
目の前のツインテールの美少女が懇願している。
「わかったよ。そこの長椅子で寝ずの番をするよ。
一晩位平気だよ」
消灯して安心して寝ている美都留を長椅子から見ると、また吉川は守ってやりたいという気持ちが湧いてきた。
ふと美都留を見ると額の汗が滴り落ちるくらいになっている。
拭いてあげないと。
「吉川様だったのですね」
美都留が譫言を言っている。
上半身を反り返らせて、右手の指が掛け布団のシーツを握りしめて、喘いで吐息をしている。
「私の中にもっと強く。あっ」
額の汗が滴り落ちるくらい流れている。
吉川は慌ててナースコールを押そうとした時、息を弾ませて頬が赤く染まって上気した顔の美都留の目が開いた。
「また同じ夢を見たわ。
私は大丈夫。スマホを見せて。
ナースコールは不要よ。
体がふわりと浮いてどこかに遠くのところに飛んで行ったような夢だったの。夢で貴方も横にいたわ」
上体を起こした美都留は額だけではなく、パジャマの上半身も汗でびっしょりと濡れていた。
パジャマが汗で透き通って、美都留の白い肌が布越しに見える。
近くで鶏の鳴き声が聞こえてきた。
「パジャマの着替えがあるから着替えるわ」
美都留はベッドから立ち上がると、吉川の座った長椅子から後ろを向きパジャマを脱ぎ捨てた。
美都留のツインテールの下の白い肌の背中の上の方に何か赤い痣のようなものが目に入った。
「外の自販機でコーヒーを飲んでくる」
吉川は個室から慌てて飛び出した。
「朝食をお持ちしますね。それから検温と血圧を測ります」
前日に美都留と話をしていた医師と看護師が入ってきた。
その声に吉川は目を覚ました。
早朝、近くの鶏が鳴いていたのは覚えている。
美都留がパジャマを着替えたのを見計らって吉川は個室に戻ると、美都留に手を握ってほしいと言われ、傍に寄り添っていたはず。
そして、美都留が寝入ったのを確認して長椅子にもう一度戻った記憶はある。
その後は長椅子で寝ていたようだ。
聴診器を充てた医師に吉川は美都留の背中の赤い龍に見える痣のようなものについて聞いてみた。
「これは乳児血管腫の一種で、念のため中毒のときに合わせて検査をしましたがそのままでも問題ありません。
気になるようでしたら最近ではレーザ治療で改善もできます」
「私は気にならないわ」
「それと中毒のほうですが問題ありません。退院できます」
看護師が吉川に言った。
「朝食を取ったら、1階の受付で退院手続きをしてください。ベッドはこのままで結構です。忘れ物をしないようにしてください」
美都留は、病院食をあっという間に平らげると、病院のコンビニでカロリーメイトとゼリーを食べている吉川に向って問いかけた。
「赤龍戦の優勝賞金五千万円は普通の人間なら大金よね。
御曹司には、たいしたことがないかもしれないけれど」
「誰にとっても十分大金だと思うよ」




