第十五話
「資料を渡すことはできないが、口頭で独り言を今から言うよ。独り言」
そういって吉川は体勢を整えて美都留の手を解き、ベッドから少し離れて立った。
顔が赤い気がする。悟られないか。
先ほどの胸元の白く眩しい肌が見えたが、更に胸元の奥にも桃茶色の突起のようなものが一瞬見えたような、見えないような気が。
吉川は深呼吸をしてタブレット端末に視線を集中させた。
美都留とは視線を合わさないように事件の捜査状況について始めた。
「1件目のオーハシポートホテルの件については、浴室の焼死体からDNAが検出できた。
ホテルで失踪した林田初段の自宅から見つかった名刺の川田直久の自宅から採取されたDNAと完全に一致している。
歯形の一致に加えDNA分析から焼死体の身元は七色不動産に勤務していた川田直久で完全に間違いない」
「もし、川田と林田と大内で関係があれば、事件の可能性は高まるわね」
「ホテルの浴室は窓際に大理石の浴槽とシャワーがあって、窓と反対側の浴室入口付近に洗面所がある縦に長いタイプだ。
遺留品は燃えてしまって焼死体以外はほとんど残っていない。
浴室のある洗面所のコンセントには差込プラグと思われる基板やリード線が焼け残っていた。
髭でも剃る準備をしていたかもしれない」
美都留は黙って聞いていた。
吉川は冷静さを戻し、説明を続けた。
「焼死体の死因だが、頭部に打撲のような傷跡はあるものの、窒息死とショックから心臓が停止したことが原因と想定されるとの事」
「肺にススのようなものがあったということなの?」
「そうだ。
後頭部の打撲は致命傷では無さそうらしい」
「浴槽が火の海になっていた時に、川田はまだ息をしていたということ?」
「意識があったかどうかまではわからないが、そういうことになる」
「ホテルの焼死体の死亡推定時刻は午後4時~5時の間よね。
女流将棋のタイトル戦である赤龍戦の対局が午後4時10分頃に終わり、イベント表彰式が終わり焼死体を見つけたのは午後4時50分だったわ。
だから死亡推定時刻は午後4時から4時50分の間になる」
「そうだ」
「疑問を整理するわ。
ホテルで焼死体として見つかった川田直久は誰かに殺されたのか。
七色不動産に勤務していた川田が殺されたなら誰が何故殺したのか。
部屋にあった将棋の駒の桂馬と将棋の棋譜の意味は。
ホテルで対局後火災があったときに赤龍戦の優勝者の林田は何故失踪したのか。
林田の出入りがホテルの監視カメラやスタッフの記憶にないが、どうやってホテルから失踪したのか。
淡路島の別荘で死体として見つかった林田と大内と関係があるのか。
これくらいかな。
まあ、5番目は前から仮説を考えていたけれどね」
「前に君が言っていたオーハシポートホテルの駐車場から大きなスーツケースを車に積んでホテルから出て行った人物の画像記録はホテルの監視カメラに残っていたよ」
「淡路島の別荘に林田と大内の死体が有ったということは、大内が林田をホテルでスーツケースに詰め込んでホテルから脱出したのよ」
「大内は火災後駆け付けた捜査員に、自宅の連絡先を聞かれて簡単な事情聴取を受けているから火災後しばらくはホテルに居たことになる。
その後駐車場に戻りホテルから堂々と出て行って淡路島に行ったのか。
まだ焼死体が事件か事故かもわからないから、当日参考人としていた人たちは連絡先がわかり、翌日県警に事情聴取に来ると言われたらそれ以上拘束することはできなかった」
「大内は翌日の事情聴取には来なかったのよね」
「そうだ」
美都留はベッドで考え込んでいた。
「2件目の淡路島津名の別荘の事件でわかったことを先に聞くわ」
美都留はベッドの上で両手を上げて胸を張り、思いっきり伸びをすると、吉川のほうに顔を向けた。
「ほら、結構大きいでしょう。
さっきこの大きな胸の中を覗き込んでいたでしょう」
ツインテールの髪が靡かせて笑顔で吉川を上目遣いに見ている。
図星だったので吉川は顔が赤くなるのを自覚した。
「疲れないか。少し休もう。外でコーヒーを飲んでくるよ」
「減るものじゃないし、見てもいいよ。ほら」
美都留は上げた両手をパジャマのウエスト側の左右を持って、聴診器を当てられる時のように下胸近くまでたくし上げた。
慌てて、吉川は外にコーヒーを買いに走った。




