第十話
吉川のもとには林田桜里瑛の有力な情報が入ってこなかった。
大内が所有していると想定される不動産について、大内名義で片っ端から兵庫県内の物件リストを調べている。
デスクワークに疲れて、県警そばの喫茶店まで自家用車でやってきた。
レクサスNX450h+ version Lのプラグインハイブリッドだ。
実家が買うと言っていたのを自分の力で買いたかったので無理やり借金にしてもらって実家に月々返済している。
コーヒーを一杯飲んだらまた県警に戻って調査だ。
先日のオーハシポートホテルでの赤龍戦の見届け人の対局を思い出していた。最初の2手が目の前で見られるのは将棋ファンとして魅力的だった。
先手の林田初段の7六歩に対し、金海五段は4二銀と応じた。
わずか二手の見学ながら金海五段の挑発的な指し手に、見届け人として臨場感があふれる貴重で興奮する体験だった。
夕陽がもうすぐ沈みそうな頃、スマホに着信があった。
三島美都留だ。
「現在地は兵庫県淡路島津名の高台付近。番地は××。
めまいと吐き気が。助けて」
吉川刑事は「もしもしっ」
スマホから音が聴こえてこない。
事件か事故かもわからない。
冷や汗がにじみ出る。
吉川はすぐさま現地に救急車を呼ぶとともに、喫茶店からそのまま自家用車で現地に飛んで行った。
吉川の動悸が止まらない。
ハンドルをしっかり握って阪神高速から明石海峡大橋を経由して淡路島の現地に急いだ。
どうしたのだ。何が起きている。美都留は大丈夫か。
そのとき淡路島医療大学病院から着信があった。
吉川のレクサスはハンズフリー通話ができる機能がある。
「もしもし、こちらは洲本にある淡路島医療大学病院です。
三島美都留さんが中毒症状で救急搬送されました。
通報で駆け付けた救急車が淡路島津名付近の高台の別荘につくと出入り口付近で倒れている女性を発見し、そのままこちらに搬送されました。
三島さんはスマホの裏に緊急連絡先のシールが貼られてあったので電話をしました。
お心当たりはございますか」
「はい。知り合いに間違いありません。具合はどうですか」
「何かの中毒のようです。ぐったりしており入院手続きを取ります。
お越しいただけますか」
「はい。吉川と申します。
車で移動中ですがすぐに伺います」
吉川はカーナビに淡路島医療大学病院を入力しアクセルをふかして、ハンドルを握りしめた。
普通なら景色の良いと思われる明石海峡大橋を眺める余裕は無かった。
岩屋から洲本へ更にレクサスを走らせた。
病院につくなり、救急窓口に駆け込んだ。
医師と話ができた。
「患者さんは煙を吸って眩暈と吐き気がすると訴えていました。血中にジゴキシンが検出されました。
はっきりとはしませんが症状から推定して夾竹桃中毒の可能性があると思われます。
酸素吸入と活性炭を投与しています」
「ありがとうございます」
「しばらくICUで様子を見ます」
「お願いします」
ICU越しに見える病院のガラス戸から青白い顔をして美都留が横たわっているベッド横の簡易型の椅子に吉川は腰かけた。
何故、美都留は淡路島の津名に行ったのか。
先ほどの病院の話では津名付近の高台の別荘の出入り口付近で救急車に発見されたと言っていた。
別荘というと大内の別荘なのか。
何故美都留は大内の別荘を知っている。
いくつもの疑問がわいてきたが、それよりも美都留の体が心配だ。
そして美都留は前にも私に会ったことがあると言っていたが、数年前の大晦日の職務質問と赤龍戦以外にどこかで会っていたのか。
窓越しながら美都留を見ると瞳が大きくて結構整った顔立ちだ。
様々な感情が渦巻いてきた。
ICUで看護師が慌ただしく駆け寄るたびに動悸が止まらない。




