思い出す2
「嘘でしょ……」
ガタイの良い青年を拾い上げテラスのソファーに寝かせて町の小さな診療所の医者を呼んだ。
「疲労ですかな。熱も湿疹も無いですし。あとは起きなければ我々だけでは見れませんな」
「良かった……あの預かって頂くのは……」
「彼が自分で動いて下されば。運ぶ力はありませんからな」
「私が運びますわ」
「……っ……ここは…?」
「ああ、気づかれましたか、ここは私の屋敷です。気づかれたならその医者について行って治療を受けてください」
「……女神」
「は?」
「麗しの人……」
そう言うと彼は跪いて私の手を取り甲にキスした。
「ほほぅ、トーラム夫人に春ですかな」
「は、離してくださいませ」
「はっ!も、申し訳ない。私は怪しい者ではありません。ブリューセル子爵三男のクラウスと申します」
「はぁ……なんで倒れて……」
「すみません。少々毒を盛られたようで……幸い解毒薬は持っていましたので飲んで逃げてきて力尽きたようですね。申し訳ありません」
「毒って……」
「解毒剤はいつ頃飲まれましたかな?」
「昨日の夜…毒だと気づいて直ぐに」
「舌出して」
医者が舌と目の下をまくり目の中を確認する。
「暫く安静になさいませ。水を沢山飲んで」
「そういう訳には……」
「死にたいのなら構いません。今は肝の臓と、腎の臓に溜まっている状態ですな。動けばまた毒は回りますな」
私は面倒だなと思うと同時にこのまま死なれるのもゆっくりしている余生にシミを作ると思い、ため息を飲み込みつつ口を開いた。
「ここに……留まりなさいませ」
「しかし!人妻の貴女にご迷惑が「かかりませんよ。夫は亡くなっております。あの男を夫だと思いたくもない。子ども達はみな成人しておりますしね」
「しかし」
「ではこうしましょう、私達は互いに干渉しない。迷惑事は持ち込まない。食事は3度一緒に。外で食べる場合はその1食前までには告げること。あなたにはもう少し体調が落ち着いたら、力仕事をして頂きます。それが対価。長くても半年間のみ。その間にお家のゴタゴタを整理するもよし、逃げる算段を付けるもよしですわ」
「……ありがとうございます。このご恩には必ず報います」
それから、私はいつも通りに過ごした。
私達はゆっくりと距離が詰まって行く。
それが恋愛感情なのか家族愛的な物なのかは考えない事にした。
どうせ半年で終わるのだ。
クラウスはここに来て1ヶ月後には色々と動いていたようだった。
居心地いいこの空間はいつまでも無いと自分を戒めつつ、優しく穏やかなクラウスに惹かれていく。
初めて恋してその思い出を一生大切に私は歳を重ね滅びるの待つのだ。
楽しかったこの思い出を胸に。
それでいいと思っていた。
それでいいはずだった。
なのにクラウスの目の奥に小さく炎が灯るのを見てしまった。欲しいと思ってしまう……
それでも表面上は何事も無かったかのように穏やかに過ぎた。
近すぎる距離に戸惑いを覚えながら。
「クリスティナ様、どうか私にチャンスを」
「え?」
「ブリュセール領を継いで参ります。その暁には結婚を」
「な、に……」
「クリスティナ、結婚してください」
「私はおばさんです!お戯れを!」
「貴女がいいのです。子どもは生まれても生まれなくても養子を取ればいい。私は貴女が欲しい」
「……なれば条件を一つだけ。私の子ども達の許可をお取りください。私は既に隠居の身……再び社交に出れば子ども達に迷惑がかかるかもしれません。それだけは嫌なのです」
「承知した。既にもうそこはクリアしてますよ。では、子爵をもぎ取って来ますね」
そう言って私の額にキスをしてクラウスは去り、1ヶ月後にはにこやかな笑みで再び私の前に立っていた。
「約束通り貴女をいただきますよ。さあ、すぐ祝言です!」
「え?」
結婚式には私の子ども達が出席し、ほんとにあっという間にクラウスとの間に子どもも授かった。
子爵領の改良も手伝い私は本当に幸せだった。
そうして豊かな生活、ブリュセール領は伯爵家へとなる内示を頂いた直後だった。私が死んだのは。
クラウスとの子が5人、男の子2人と女の子が3人。
最後の三女が産まれその後の産後の肥立ちが悪く体調が戻らなかったのだ。
ああ死ぬのか……悔しいけれど、とても幸せだった。
「この子を……子ども達を……頼みます」
「ああ。クリスティナ、一緒に」
「クラウス、貴方を好きになって良かった……お別れ、だわ」
「ダメだ!ダメだよ!クリスティナ!」
「本当に……ありがとう、ございました……愛して……」
「愛してる!来世でも一緒に!!必ず!子ども達はちゃんと育てる!」
「お願い……しますわ」
「どうか約束してくれ……来世でも一緒になると」
「……愛しています……わ……あなたを……永遠に……あなたと……クラウス!」
私は必死で言葉を紡ぎ頷くとそのまま息絶えた。
幸せでした。
「思い出すなら後半だけでいいし……」
「じゃなくて!やばい……絶対あいつがそう……逃げなきゃ……」