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『諦めること』を終わらせるのは

遅くなりました。

「乾杯! 」



 地球と全く同じ音頭と共に木製のコップに並々注がれた酒が高々と掲げられた。


 帝国は夜が来るのが早いらしい。ついさっきまで明るかった空は気づけばもう夜の帳の中だ。


 そんな闇に沈む帝都の中で、ここ『薄暮亭(はくぼてい)』は一際強い光を発していた。



「やっとだな……ここからだな! 」


「長かった! 本当に……」


「これで風向きは変わるよな!? そうだよな……? 」


「こんな祝いの日にしんみりしてんじゃねえ! おら! もっと飲め飲め! 」



 酒を喉の奥に豪快に流し込みながら帝都の住人たちはそれぞれの思いを吐き出した。中には先ほどのウニロさんよろしく泣き出してしまう者もいた。


 よっぽど嬉しかったんだな。リューカが……代表騎士? になったのが。



「おいおい! ケンタローも今日の主役の一人なんだからさ! 遠慮せず飲めよ! 」


「いや……俺まだ飲める歳じゃ……」


「聞いたぜケンタローの国では酒は20からなんだべ? でもここは帝国だぜ? こっちじゃ成人は15からなんだからよお……『迴セ蝨ー莠コ縺ョ險?縺?%縺の言うことは聞け』って言葉もあることだしな! 」



 前半部分が翻訳不能な異世界語で構成された『ことわざ』のような何かで押し切られた俺はまんまとウニロに木製の大きなカップを手に持たされた。


 中を覗き込むとぷつぷつと緑色の液体がブツブツと炭酸飲料の様に気泡を上げている。『ヤクシュリ酒』という飲み物だそうで滋養強壮にも良いそうだ。


 ここまでされて断れるほど肝は太くない。覚悟を決めろ。剣太郎。



「うわっ! ぐぁッ!! がッッ!! 何だ……コレ!! 」



 コップの端に口をつけて一気に傾けた。その飲み方が良くなかった。口いっぱいに広がる独特の苦味と焼けるような熱さから俺は途中で逃げることが出来なかった。



「ワハハハハハ! いきなりヤクシュリ酒はさすがにきちぃか! でもいい飲みっぷりだったぜケンタロー!! 」


「おかげでお酒がトラウマになりそうだよ……」



 本当に良かった。飲食の時には基本的に切っているステータスの中で今回は唯一[耐久]はそのまま残していて。



「さすがにこれは悪ふざけが過ぎたな。悪いなケンタロー。そんな安酒しかおごれなくてよ……」


「なーに格好つけてんだウニロ……ここで飲める酒なんてヤクシュリ(ソレ)しかねえじゃねえか」


「お酒初心者には本当ならル・チェリー辺りがおススメなんだけどねえ」


「ああ懐かしいなぁ! その名前! 一番最後に飲んだのは……10年ぐれえ前かもなぁ! 」



 薄暮亭の女主人の言ったつぶやきにウニロが口を挟んだ。会話の中に出てきた謎の酒『るちぇりー』。一体どんな飲み物なんだろう。



「なあ……ル・チェリーって何だ? 」


「そうか……そうか! ケンタローは飲んだことねえのか! そうかぁ~。もったいねえなぁ……」


鼠齢樹(それいじゅ)っていう木になる赤い実から造られるお酒でね。蜜と果実を凝縮したような独特の甘さと心地良く酔えるところが凄く人気だったの」



 俺のためにわざわざ説明してくれる女主人。耳から入ってき情報を元に頭の中でル・チェリーを飲んだところを想像して、思わず生唾を飲み込んだ。



「……それは確かに……美味そうだな」


「あぁ最高に美味かったぜ。なにしろ俺の姉貴の大好物でもあるからな」


「ウニロってお姉さんがいるんだな? 」



 何の気なしにした呟き。一瞬。本当に短い間、酒場の中の時が止まった気がした。だけどその違和感について深く考える前にウニロはあっけらかんと言い放った。全く考えていなかった返答を。



「ああいるぜ。俺とは似ても似つかない帝都でも評判の美人でな。俺の自慢だったんだ。まあ今どこで何してるのか、生きてるか死んでるかも分からんが」



 一瞬で背筋が凍り付いた。後頭部をハンマーで叩きつけられたような気さえした。驚愕。恐怖。色々な感情が刹那の間で心中をよぎった。でもまずは……謝らないと。



「ご、ごめん、ウニロ。そんな辛い話を……」


「ケンタロー大げさだぜ! ありふれた話じゃねえか! 『お貴族様に見初められた平民がどこかに連れてかれたまま一生帰らなかった』何て話はよぉ。……まあ身の程知らずに楯突いて片足切り落とされた(・・・・・・・・・)俺が……言えた話じゃ…………ねえんだがな」



 歩き方も、立ち方、座り方も自然過ぎて全く気付かなかった。ウニロの右足が義足であることを。


 自分の右ひざを手でなでさするウニロからは会った時から放っていた明るさは消えていない。だけどその表情にはさっきまでは無かった『一つの感情』が見え隠れしてる。ウニロだけじゃないこの酒場に集まっている全員がそうだった。



「仕方ねえんだ。5年前の魔界と繋がった時から……いや、もっと前から……帝国はどうしようもないとこまで腐り切っちまった」



 それは――――『諦め』だ。



「町の外はモンスターまみれだ。見かけ上は守ってくれる貴族様には逆らえねえ。俺達平民が貴族の不興を買った後の末路は2択だけ。新しい武器の試し斬りで首を落とされるか、町の外から叩き出されてモンスターに食い殺されるか。俺みてえに無謀な勝負をしかける奴もいたがな……その場合、結果は一つしかねえ。弄ばれて(・・・・)から、ほとんどは殺される。まあ当たり前だな。俺たちのレベルはせいぜい30で良い方だ。経験値(ポイント)を独占して成長限界を悠々と超える貴族(ヤツら)最初(ハナ)から敵うはずがねえんだ」



 何度、理不尽を味わったんだろう?


 何人、家族を殺されたんだろう?


 一見明るい表情を見せて安酒を飲む彼らの心の奥底に持っている底知れぬ絶望を俺ははかり知ることが出来なかった。


 どこかで聞いたことがある。真に絶望しきり全てを諦めた人間は逆に穏やかになると。『外国から来た見ず知らずの人間になぜ帝都の人たちは優しくしてくれたのか』今分かった。



「そんな暗い顔をすんなよケンタロー。話はここからなんだからよ! 」



 騙している罪悪感にうつむく俺に声をかけてからウニロは立ち上がった。彼の表情には未だに諦めの残り香がこびりついている。だがそれ以上に、それをはるかに超えた希望という感情に満ち満ちていた。



「1ケ月前、帝国はモンスターに飲み込まれかけていた! ほとんどの貴族は俺達平民を見捨て他国にさっさと逃げ出した! 俺達は全員覚悟した。自分たちの終わりを! 」


「ま~た今日も始まったよ。ウニロの『聖女伝説』が……」



 呆れた声を放つ女主人。だけど彼女の顔にもまた明るさと未来への希望が浮かび上がり始めたのを俺は見逃さなかった。



「そんな中、『彼女』はすい星のように現れた! 鍛え上げられた精鋭の騎士を率いて『彼女』は名百もの迷宮(ダンジョン)、何百万ものモンスターを打倒した! 」



 いくつものヤジが飛び交った。翻訳された日本語と異世界語がいくつも重なり合い小さな酒場の中を反響した。


 ウニロは舞台俳優のような仰々しい仕草で礼をして、皆の爆笑をかっさらった。ついさっきまでは無視できないほどの重苦しい絶望があったこの空間はとうとう不純物無の喜びで包まれていた。



「しかし損害は大きかった! 数多の同胞が迷宮に飲み込まれて帰ってこなかった……この中にもあの時に家族を亡くした奴もいるよな! 」



 完璧に酔っぱらった十数人の酒場の客が拳を振り上げ叫ぶ。


 もう訳が分からない。現在の薄暮亭を一言で表すとまさに『混沌』だ。



「でも家も家族も失って悲しみに暮れる俺達に優しく声をかけてくれる人がいた。 常に先頭で戦った『彼女』だ! 『彼女』も俺たちが大嫌いな帝国貴族の一員のはずなのに俺達平民のために心身を粉にして助けてくれた! 最初は信じられなかったけどすぐにわかった! あの人が『本気』だってことを! 」



「だから俺たちは『彼女』を他の貴族とは分けてこう呼ぶんだ……」 



「『聖女』ってな!! 」


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