帝都
「ひでえよラウドさん……さすがにあんまりだよ……」
取り残された心細さで弱音がこぼれた。思い返すと確かに俺も悪い部分はある。
この世界のことについて一方的に質問しまくって俺の事情なんて一切言わなかったから。でも……まさか置いていかれるなんて……そう思わないだろ?
「どうする? いや……ここで動かずに待ってれば……迎えが来るのか? わっかんねえ……」
想像もつかない。ラウドさんの意図が。そしてリューカもだ。俺と別れた間に何があったのかすら分からないんだから、考えている事なんてなおさらだ。
考えてもわからないことをいつまでも引きずっても仕方がない。ここ最近は常に心の中にあるその教訓に従って俺はとりあえず、いつもの手癖で【鑑定】を使った。
この街、さらには自分自身の現状を確認したかったからだ。
『都市国家:ザヴォア』
『城本剣太郎・状態:空腹』
『帝国騎士の首飾り』
「……ん? 」
自分の現在の状態異常。この砂漠の町の【鑑定】結果と並んで、『何か見慣れないもの』が青み掛かった視界の中で赤く浮かび上がった。
該当の場所に向かって目を凝らすと、そこは丁度、リューカたちが魔法でどこかへ消えるまでに立っていた場所だ。
「そういえば……! 」
ついさっきの光景を思い出した。確かラウドさん……だったか? 何かを地面に落としていた。そう。まさに『誰かのために残していった』ように。
はやる気持ちを抑えきれずに【疾走】を使って走った。心の中はある一つの想いに支配されている。
頼む。どうか『この状況を打破する何か』であってくれ……!
そんな俺の想いが届いたのか。はたまたラウドさんがこの状況まで完璧に見抜いていたのか。それはまさに俺が求めていた以上のとんでもない代物だった。
「え? ……これは! 」
今まで迷宮を上級も併せて恐らくはもう数百は攻略している俺。そんな俺でも迷宮関連で余りお目にかかれないものがある。ダンジョン内でのみ入手できる異界の品々、迷宮課の人たちが『ドロップアイテム』と呼んでいるモノだ。
俺が今つけている『指輪』や『能力増幅薬』。さらには俺のステータスを封じた首飾りもそこに該当しているらしい。
それらは希少な分、強力な力を持っていることが多く公安でも保有しているドロップアイテムは10にも満たないそうだ。
そんなドロップアイテムの一つが今俺の掌の上にある。それも地面に無造作に落ちていたのを拾うという方法で。
『帝国騎士の首飾り:イヒト帝国の正式な騎士として認められた者だけが所有することを許される装備。[転移の首飾り]を加工して作られた。決められたある一地点のみの[空間跳躍]に制限される代わりに超長距離の移動が可能になる。但し使用すると数十分~約2時間の時間のズレが発生することがある。』
たまたまそこに落ちていたという説は絶対にない。明らかにラウドさんがさっき意図的にコレを落としたんだ。多分……俺のために。
「信じるぞ……ラウドさん」
首飾りを強く強く握りしめた。あとは魔力をこめるだけ。そうすればたどり着けるはずだ。『決められたある一地点』に。
「【転移】! 」
視界が大きく歪む。
空気がビリビリと振動した。
そして予想通り――――視界は切り替わる。
「ここは……? 」
眼に入ったのは薄暗い一つの部屋。石造りのあまり大きくない部屋には一人用の椅子とテーブル。そして家事台が備え付けられている。
次に感じたのは、鼻の中一杯に広がったのはホコリの匂い。長いこと使われていない部屋の匂いだ。
「ラウドさんの家かな? 」
情報量が少なすぎてそれ以上の推理は出来ない。まあこのまま待っていればいいはずだ。とりあえずこの暗さはどうにかしたいな……。
明かりをつけようとして部屋の中を見回して気づく。
そうか。この世界には電気とか、照明とかそもそも無いのかもしれない。だけどこの薄暗い部屋で一人待つのはさすがに気が滅入る。
「【火炎魔法】の火力を思いっきり調整すれば……なんとかなるか? 」
火力には自信があるが細かい調整というのは余り得意分野じゃない俺が指先に火をつけようとしたその時、ようやく耳に届いた。外の喧騒が。
「……なんの騒ぎだ? 」
イスから立ち上がり音のする方へ歩いた。壁際に耳を付けると音だけでなく振動すら伝わってくる。
人の声と……歩く音か……。多分、すごい数だ。外で何が――――。
そんな風に外へ思いを馳せていた俺の耳に、『ガチャリ』という機械音が届く。
「今の音……壁の中からか? 」
そう呟いた直後、手を置いた石壁が動き出した。まるで回転扉の様に。
「うぉ! 」
思わず声を上げながらたたらを踏んだ。何とかバランスを保ってから顔を上げると俺の身体は上へと続く石階段の最下段にあった。
後ろを振り返ると先ほど耳をつけていた壁そのままの意匠の石壁がある。
「なるほど。今のは『隠し扉』って奴か」
話が読めてきた。あの首飾りが唯一の目的地に指定していたのは緊急避難用のセーフハウスなんだろう。ラウドさんは俺のためにこの一室を貸してくれたんだ。
「んで、ここは結局どこなんだ? 」
そんな独り言の答えは、さっきから目の端にちらちら見えている階段の出口の先にあるはずだ。外が明るすぎてここからじゃ見えないけれど。
「よし! 」
期待と少しの不安を胸に一歩一歩階段の上を踏み締めていく。大きく、強くなっていく音と明るさに思わず耳を塞ぎ、目を細めた。
あの奴隷商人の町は中々酷い目にあった。頼む。今度は……!
「うわ~~っ!! 」
最上段に一歩踏み出すのと同時。意図せずに子供の様な歓声が口から出た。
通行人の何人かがこちらに変な者を見るような目で見てきたけれど今は許して欲しい。なにしろ俺は生まれてこのかた日本を出たことが一度も無いんだから。
暗がりから明るさに慣れた目に飛び込んできたのはまさに『異国の町』だった。
レンガと石造りでできた同じようなデザインと色の2,3階建ての高さの建物が立ち並んだ道。道の細さは車2台が通り過ぎることができないほどの細さで石畳で出来ている。上を見上げると同じような建物の他にも遠くに何か塔のような白い建物がいくつか見えた。
しかしこの街の風景で何と言っても特筆すべきなのは一つだろう。
「空が……青い……」
凄く久しぶりに見た気がした赤くない空。今にしてよく分かる。青い空と言うのがどれだけ人間にとっての精神衛生上良い影響を与えるのかを。
【索敵】スキルを使えばここら一帯に凄い数の人間がいることが分かる。しかしモンスターは全く見うけられない。
もうある程度予想は出来ていた。この大きな平和な町が一体どこなのか。
しかし勘違いしたままじゃ恥ずかしいので念には念を入れる。
「【鑑定】! 」
結果は……俺の期待通り。
目の前には『帝都』の二文字が表示されていた。




