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世界結合

「結構時間空いたと思うんですけど……元気でしたか? 」


「はい。あれから3月(・・)ほどぶりですか? 危険な目には数えきれないほどに逢いましたが何とか生きてこれています」



 3月……つまり3カ月。以前リューカは言っていた。異世界でも12の月で1年が過ぎると。日本との違いは1カ月が一律で31日であること。ということは……



「俺のいた世界とこっちで時間の流れはあんまり変わらないみたいです」


「そうですか。そこはダンジョンの様に都合よくはいかないみたいですね。……ケンタロウさんは急いで元居た世界に帰る必要がありますか? 」


「それは……」



 翻訳がまだ本調子じゃないのかもしれない。歯に衣着せず、芯を聞いてくるラウドさんに応えようとして言葉に詰まった。


 はっきり言ってしまえば今すぐにでも帰りたい。こっちの世界と俺がいた世界では時間のズレがほとんどない。こうしている間にもモンスターが日本に攻め込んでいるかもしれないからだ。


 だけど……その前にどうしても聞かないといけないことがある。



「正直に言うと一刻も早く帰りたいです。元居た世界に」


「……」


「ですけど……その前に教えてください! リューカはどうなっちゃったんですか!? それに……なんなんですか!? この世界は! 」



 声を抑えきれなかった。本当は小声(・・)で話す必要があるのに。



「す、すいません……大きな声出して」


「大丈夫です。砂漠地帯に生息するモンスターは聴覚が未発達です。この【結界】の外に出さえしなければ問題ありません」



 そう太鼓判を押すラウドさん。だけど俺の【索敵】スキルはとらえていた。いまいる砂の下。遥か上空、雲の上。遠くに見える山々付近。そのいずれの場所にもモンスターがいる。それもウジャウジャと。見える範囲だけで1万を優に超える。


 普通のダンジョンどころか……上級ダンジョンすらも上回る数だ。



「ケンタロウさん。もう一度聞きますよ。アナタは一刻も早く元居た世界に帰る必要があるのですよね? 」


「……はい」


「それならば……これ以上こっちの事情を聞かない方が良いと思います……。アナタには返し切れないほどの大恩があります。ですから我々13騎士団は貴方が帰還するのに援助を惜しまないつもりです。『適当なダンジョンを攻略してみる』という方法は失敗に終わりましたが心配はいりません。まだ方法はあります。先ほどよりも手間がかかりはしますが……」



 これ以上は聞かない方が良い。そう大人から言われてしまったら何も言えなくなってしまう。


 俺は踏み込み過ぎたんだろか。妹とまた話せるようになって、木ノ本と仲良くなって調子に乗っているのか。


 否定はできない。妙に浮足立っていることを。


 強敵を倒して、初めて来た異世界。なかなか通じない言葉。俺を毒殺しようとした奴隷商人。こき使われる奴隷の少女達。身体がボロボロになりながらも身の丈に合っていないダンジョンに入る子供たち。そして……



「リューカは……友人です。今こっちの世界にいる俺にとっては唯一の。だから知りたいんです。アイツが本当はどんな世界で暮らしているのか。それにアイツ自身のことも」



 ラウドさんはじっと俺の目を見つめた。その表情にはヒロ叔父さんが持っていない無い凛々しさと、覚悟を秘めていた。



「やはりこうなってしまいましたか……。変わっておられませんね。私たちを救ったあの時のケンタロウさんと……」



 緊張を解いてふっと笑みをこぼしたラウドさんは語り出した。まずこの世界『モノ・バース』について。



「団長からはどこまで聞きましたか? 」


「俺が聞いたのは……リューカが住んでいる帝国は極東大陸の東端にあるってことぐらいです。俺がアイツと一緒にいた短い間に話したのはダンジョン関連の事がほとんどだったんで……。でも……確か……はぐらかされたような気がします……。俺が詳しくリューカがいた世界について聞くと……」


「そう……ですか……」



 沈痛な面持ちをするラウドさん。痛々しさをかみしめるように彼は唇をかんだ。



「団長が話さなかったのも無理はないです……。最初にはっきりと言います。ケンタロウさん。私たちがモノバースと呼ぶこの世界は……もう長くないのです」


「……え? 」



 今、何て言った? この人。


 世界が――――長くない? 長くないって……もうすぐ寿命の人とかに使う表現……だよな? まだ翻訳がおかしいのか……?



「あの長くないっていうのは……? 」


「世界としての死。世界の終わり。終末。様々な言われ方をしますが恐らくケンタロウさんが想像した通りです」


「い、いやでも! いるじゃないですか! 人は……元気に…………」



 この世界に来てから直面した数々の光景を思い出した俺の声はどんどんと萎んでいった。


 ラウドさんは俺をチラリと見てから後ろを振り返った。そこにいるのは先ほど俺が迷宮の中で出会った3人組。こっちの様子なんて全く気にせずに遊んでいる。



「彼らにもそれぞれ親がいました」


「……」


「全員亡くなりました。5年前に」


「……何があったんです? 」


「我らがイヒト帝国のある極東大陸は小国同士のほんの少しの小競り合いはあったもののモノ・バースの中では比較的に平和な地域でした。人同士の争いだけでなくダンジョンの数も少なく、漏れ出てくるモンスターの数もごく僅か。他大陸から『弱者の土地』と呼ばれることもあったくらいです。ですが5年前起きてしまったのです。全世界の半分を食い破った『世界の結合(・・)』が」



『結合』。ラウドさんがソレを口にした瞬間。俺の心臓は高鳴った。聞き覚えがあった言葉だったから。




「一体()と結合したんですか……? 」


数百万(・・・)の『迷宮(ダンジョン)』……ひいてはダンジョンの根源、モンスターの本来の居場所である【魔界】です」



 魔界。魔王。世界結合。全域征服。侵攻軍。


 頭の中に散らばっていたピースがつながり出した。



「じゃあつまり……今は戦争状態ってことですか? この世界――――モノバースと魔界が……だから俺を巻き込まない様にしたんですか? だから俺を早く帰らせたかったんですか? 」



 頭の中を整理しきる前に口から飛び出した質問。ほぼ確信をついた。そう思った。だけど……ラウドさんは頭を振った。



「いいえ。()は人とモンスターは戦争状態……ではありません」 


「だったら……なぜ? 何でそんなにも俺を遠ざけようとするんですか? 」


「戦争はありました(・・・・・)。もう終わっているのです。『人類の負け』という結果で」


「……ッッ!! 」


「戦争終結までの10日の間(・・・・)に人類は支配していた土地の8割以上を失い、50以上の国が消え、全世界総人口の半分以上の命が奪われたのです。その中にはエリー、グラント、マーシーの家族。私の妻と娘。団長の兄上様(・・・)も数に入っています」


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