孤高と孤独
「はぁ……はぁ……はぁ……いってぇ……」
さっきまではアドレナリンか何かが出ていたのか。今更になって切断された左腕が痛み出す。
まだ【自己回復】スキルは使えない。魔力も底を尽きた。指の一本でも動かしたら、ほんの小さな魔力でも絞り出したら、貧血で倒れてしまいそうだ。しばらくこのまま耐えるしかない。
「……ぐぁぁ……! がっ……! 」
「まだ生きてたのか……」
真っ青の上半身を地面に広げて悶える黒騎士。ふと驚くけど、よく考えれば当たり前だ。モンスターを倒せば黒い煙になるんだから……。
「……クク……ハハハ! 完敗だ! まさか『アレ』も破られるとはな! 」
「たまたまだ……たまたま都合良く全てがうまく行っただけ……次も同じことをやれるかと言われたら分からねえよ」
謙遜して見せると黒騎士は尚も哄笑した。
「クク……謙虚な男だ……それに随分と幼い……15にも満たない年に見える」
「? ……あ……」
ようやく気付いた。俺が着けていた『お面』がいつのまにか消えていることに。
やばい。いつから俺は顔晒してたんだ?
「その腕輪で素性を隠し……仮面で顔も隠した……孤高の英雄……なるほど! お前の正体がようやく掴めてきたぞ! 」
見たら分かる。この黒騎士は放っておいても死ぬ。だけどコイツはあろうことか膝を立てて、上半身を起き上がらせ胡坐をかき始めた。俺は左側から大量に流血する身体で再度バットを構えることを余儀なくされる。しかしすぐに構えは解いた。目に入ったからだ。黒騎士の青い肌に刻まれた深く大きな無数の傷跡を。
「お前……その体……」
「私はもう長くない……最後に……彼のお方の覇道のために……この身を賭して一国を献上しようとしたが……止められてしまった。覇業を為した軍団でもない……精鋭で構成された戦士達でもない……道なき道を切り開く冒険者たちの集団でもない……たった一人の地球人に!! 」
黒騎士が言葉を一つ一つ紡ぐたびにやつの青い体からは黒い血が噴き出した。俺の目にはもういつ倒れてもおかしくないほどに血が流れたように見える。だけどコイツは話すのをやめなかった。
「覚えているか? この迷宮に引きずり込まれる直前。貴様の仲間たちが協力して我が影を打倒した姿を……? 」
「…………」
返答こそしなかったが、勿論覚えている。
あの時、俺は黒騎士との戦いで精一杯だった。だから何もできなかった。みすみす見逃した。街を破壊しに突き進む飛竜を。俺の魔法が届かないはるか遠くまで行くのを。
そんな時に舞さんたちは救ってくれた。一人なら勝てない相手を何人もの連携で打倒して……。
「あれこそが人間の戦い方だ。1人1人が非力でも……足りない部分をお互いに補って……信頼のもとに協調し……勝利する。モンスターには到底難しい、唯一人間だけに許された戦い方……だがケンタロー貴様はどうだ……?」
「…………」
まだ【自動回復】は使えない。俺は動けない。
「なあ、知っているか? 一体どのような条件で人が多種多様な【スキル】を【魔法】を獲得するか……? 」
「条件……? 」
「……知らぬのならば教えてやろう。スキルは通常レベルアップやモンスターの討伐などを機に前触れもなく発現する。……もちろんその個人の資質……そして今までの経験なども『誰がどのようなスキルを手に入れるか』に作用する。しかしそれらは一番大きな影響をあたえる要素ではない……」
「…………」
体が熱い。心臓が動くたびに血がポトリポトリと垂れて、左腕が痛む。反対に頭の中は自分でもゾッとするぐらいに冷え込んでいた。
「どのようなスキルと魔法がその人間に現れるのか。最後に決めるのは……結局その個人の『願望』だ」
「がん……ぼう……」
「『願い』、『祈り』、『夢』、『こうありたい』、『ああなりたい』という姿。スキル構成にはその人間の考えることが如実に表れる。人の想いとも言い換えられるそれは、人間を突き動かす最も大きな力だ」
「…………」
なんでだ……。どうして……この男の言葉はこうも頭に響くんだ。
「ケンタロー。貴様は万能だな。近接戦闘を担う【棍棒術】……間合いの管理と緊急離脱の両面の役割を担う【疾走】……遠距離戦闘をこなすには十分以上の有用性を持つ2種類の【魔法】……倒すべき敵も救うべき人間も見つけ出す【索敵】……そして自らの身体だけを癒すその【自動回復】……そう貴様のスキル構成はまるで……」
まだだ。まだ俺は何もできない。
「まるで
――――『俺は一人で戦う』
『仲間はいらない』――――
そう全世界に声高に宣言しているようだ」
「――――【念動魔術】ッッッ!! 」
血が
鼻の穴から、
耳から、
眼から、
全身の傷口から、
噴き出した。
だけど構わない。……コイツの口を閉じれるなら!!
「ハハハハハ! 怒るのか! とうの昔に割り切っていると思っていたぞ! 」
「黙れよ……」
「何が貴様をそのような孤独な道に追いやったのだろうな! その右肩の古傷が関わっているのか? …………いや違う。それも関係していないとは言い切れないがそうじゃない。貴様が仲間を持つということに対して恐怖する原因……そうそれは過去の心的外傷のような何か――――」
「黙れ!! 」
圧し潰した。抑えつけた。そのベラベラと回る口を壊れかけのダンジョンに。
「……がはっ! ……フハッ……死の直前になってやっと理解でき始めたぞ。何度剣を交えても何一つ分からなかったお前の感情を……。しかし悲劇だな。このような人間が地球の英雄だとはな……」
「そんなものになったつもりも……なろうとした覚えもない! 」
「いいや違う! 英雄とは……成ろうとしてなるモノではない! 」
血が流れても俺は魔力を使い続けている。今出せる最大の威力でコイツを上から押さえつけている筈だ。
でも……だけど……黒騎士の青白い体は徐々に、段々と、俺の魔法を跳ねのけ始めた。
「英雄とは……その人間の意思とは関係なく求められるものだ。周囲から……民衆から……荒れた時代に……救いの無い時代に……どうか『誰か私たちを救ってくれ』という『願い』がごく少数の人間を英雄に選ぶ。もう遅い。お前は選ばれた……見つかってしまった……英雄として」
言葉が出なかった。ついに立ちあがった黒騎士にも。モンスターであるはずの一人の騎士が語る内容にも。
「しかし……ケンタロー。お前の場合は自業自得だ。お前はずっとふるまっていたではないか……英雄のように。……この戦いのも間ずっと……」
「俺はただ……ただ良心に……したがって……」
「『善良な心』? 『夢見が悪い』? ハッ! そんな感情だけで見ず知らずの人間のためにそこまでするのかお前は! 例のトラウマが関係しているのか? いやそれだけではないな……お前のその異常性はもっと根深い。根源的な恐怖だ。お前は許せないのだ。自分が『誰かを助けられない』ことを……」
「……お前は占い師かよ。よくもそんな分かったような口が利けるな……」
「逆にお前は……自分のことを知らなすぎだ……ケンタロー」
その瞬間溢れだした。
爺ちゃんが俺に送った『魔王の鍵』。
夢に出てくる曖昧な子供のころの記憶。
なぜ俺の魔力は高いのか。なんで『封印』されていたのか。
なんでこれほどまでに、ずっと、何度も。自分に言い訳をしながらも誰かを助けようとするのか。
考えない様にしてきた。分からないままの自分自身のこと全部。
「『超再生』!! 」
一瞬で生える新しい左腕。同時に【疾走】スキルで距離を一気に詰める。
「グ、クク……殺すか……世界の敵である私を……孤高の英雄よ! 」
「まだ話せるか! 」
太い首に指を食い込ませて締め上げる。治ったばかりの左腕が重さにガタガタと震えた。そこまでしても青白い黒騎士の口は動くのをやめなかった。
「民衆は英雄を求める。そして怪物を殺し、英雄となった者が次に対峙することになるモノはその民衆達だ。そして馴れあわない孤高の英雄の末路はいつも同じ」
―――――怪物扱いと孤独な死だ。―――――
そう最期に囁いた黒騎士の青い身体は一気に形を失い崩壊。黒い煙となって俺の中に吸い込まれていく。同時に最後の言葉は俺の中に深く刻み込まれた。一生忘れられない記憶として。
しばらく呆然と立ち尽くした。何もする気力が起きず、次に何をすればいいかも分からないほどに頭が回らない。
だからその音声はやけに大きく響いた。
「『地底人の死都』は攻略されました……崩壊まで後60秒……」
「……は? 」
時が止まった。
意味が分からなかった。戦いの余波は確かに上級ダンジョンのモンスターを吹き飛ばした。冷静になってから周りを見ても酷い有様だ。ダンジョンに作られた古代都市は嵐が過ぎ去った後の様に破壊されつくしている。
だけど……このタイミングで……こんな風に上級のボスが倒されることはあり得るか?
「あり得ない……一体何が……? 」
俺は念押しをするように【索敵】スキルを使用した。思った通りこのダンジョンには俺の他に人間はいない。それは、それだけは間違いなかった。だけど上級ダンジョン『地底人の死都』の最奥で俺は見つけた。見つけてしまった。絶対にここにはいないはずの『名前』を。
「……『シャドウ…………ソルジャー』……? 」
そう。それは黒騎士が使役する『影』の一体。なぜか生きている。本人が死んだのにスキルや魔法だけが生き残る?
そんな、目茶苦茶な事が……起きて良い…………はずが……………な…………………い……………………………………………え?
ようやく気付いた。俺を中心にした半径100mほどの範囲を囲うように、漆黒の円陣が出来上がっている。急いで近づき、間髪入れずに【鑑定】。
嫌な予感がしていた。
特に最後の抵抗することも無くあっさりと死亡した黒騎士。
ソイツが何故、最期に俺に長々と話しかけたのか。
ただの負け惜しみで俺を怒らせたかったのか?
本当にそこに何か特別な意図は無いのか?
そう、俺は感じた。まるで時間稼ぎみたいだと。
「嘘だ……なんで……残ってんだよ。【闇黒狂乱】…… 」
そこにあったのは散々俺を苦しめた不可視の結界。その残滓。今も尚くっきりとこの闘技場に刻まれたままの円。触れると強い反発力で俺の指を弾いた。
なんだ? 一体黒騎士は何がしたかったんだ?
黒騎士が死後行ったことは2つ。
俺と話している間に自分の影にこのダンジョンのボスを倒させたこと。
それとこの『闇の結界』を死後も残して俺をこの場所から動けなくしたこと。
だけど、そんなことをして何の意味があるんだ?
ダンジョンは直に崩壊する。
……後は俺の身体だけが現実に……戻……―――――――――――
『なあ、どうしてリューカだけこっちの世界に来ちゃったんだ? ラウドさんたちはそんなこと無かったのに 』
『……た、多分ですけど……そ、それは、ダンジョンが崩壊する瞬間に、ケンタローが私の身体を触れていたからだと思います……。も、もちろん! ケンタローが悪いなんて言うつもりはないですよ! でも私たちは本来違う世界にいるはずです……。ダンジョンはそんな交わらないはずの二つの世界をつなぐことが出来るのかもしれません』
『なんか……結構難しい話だな』
『わ、分かりにくくてごめんなさい。どこかで読んだ本の……うろ覚えの記憶です……。結局、はっきりとしたことは言えないですけど……何かしらの『条件』で……どちらかの世界に引っ張られるのは間違いないです。だから――』
脳裏をよぎったのは数か月前の記憶の回想。それに囚われている間に崩壊までの時間は0を刻んだ
いつも通り。
足元がぐらついた。
いつも通り。
視界が歪み始めた。
そして……俺の身体は……いつも通り硬いアスファルトの上に……
「ここ、どこだ? 」
……降り立つことは無かった。




