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『黒』騎士

遅くなりました

【念動魔術】。


 俺が初めて手に入れた【魔法】。異世界の『くさび形文字』から日本語への翻訳で不具合がないとすると、その名前からは”念動力”を想起する。実際俺のイメージも魔法と言うよりも超能力といった方が近い。


 そして『超能力』のいいところは人から見られても手品の練習などと誤魔化せるところ。だから俺はダンジョンに入ってない間は、この【魔法】のスキルレベルと練度を上げることに尽力できた。


 最初は力加減に相当苦労した。軽いモノを宙に静止させてみたり、投げたボールの軌道を変えて見たり、靴紐を【念動魔術】で結んでみたりなどして【念動魔術】の感覚をひたすら磨き続けた。


 結果、何度も失敗した。力加減を間違えてモノを破壊。ボールは破裂。靴紐を超能力で結んだときは一番酷く、お気に入りのスニーカーが俺のつま先事ズタズタになる羽目になった。


 とまあそのような数百、いや千を超えるほどの失敗を経て、俺は空を自由自在に飛びまわり、何もない宙で駆け回れるほどに【念動魔術】を使いこなせるようになった。同時に人間の身体が『2つ以上の方向から引っ張られる』ことにどれだけ脆く、弱いのか。身に染みて(・・・・・)理解する羽目になったけれど。


 そんな時俺は考えた。


 もし【棍棒術】や【疾走】と同時に【念動魔術】によって自身を強化できれば、ステータスの数字やスキルの効果を超えた[力]を出せるんじゃないかって。


 そんな思い付きの元、適当なダンジョンで実験(・・)をした後、俺は結論付けた。


 ――――『コレ』は人前では使うには『危なすぎる』と。




 ここは上級ダンジョン『地底人の死都』、その中心の大闘技場。思い出すのは始めて行った上級ダンジョン。あの時は死にかけながら最後の赤鬼に勝利した。今目の前にいるのは黒い鎧を付けた騎士。



「縺後≧?医△縺ゅ≧縺?≧??∋繧薙¥縺?#??縺抵ス……」



 血走らせた目。上記する青い肌。口から発するのは謎の言語、そして歯から零れ落ちる血と涎。見た目は明らかに正気を失っちゃっている。だが何故か戦い方はどんどんと洗練されている。



「今このダンジョンに人間は俺だけ……それは【索敵】で確認済みだ……」


「縺ゅ≠縺?シ??? 」


「なら……もう良いよな……。『使っても』」



 俺の雰囲気が変わったことを察したのか。黒騎士は剣を正面に構えた。散々小細工をしてきたコイツもようやく俺のことを本気を出すべき敵と認識したらしい。



「『全力疾走』……『闘気解放』……」



 より速く。より強く。



「……【念動魔術】!! 」



 さらにもっと……もっとだ!!



「うおおおおおおおおおおおおお!!! 」


「縺オ縺??縺√∴縺オ縺??縺峨♀縺!!! 」



 ぶつかった剣とバット。デケェ音が鳴ったのと同時。


 風が吹いて、地面がかち割れて、闘技場は一瞬でぶっ壊れた。



「オラオラオラァ!! 」


「――ッッ! ――ガッ!! 」



 バットを一回振る度、念力が神経を通り抜けていけばいくほど、黒くてかてぇ鎧はひび割れてポイントが入った。



「『乱打』ァ! 」



 周らない頭で考えてもすぐにわかった。こうしている間にも俺は殺している。上級ダンジョンのモンスターを。黒いデカブツとの打ち合いの余波だけで。



「『大車輪』!! 」



 手のひらは(いて)えし、剣とバットがぶつかると骨に響くし、【魔法】で無理やり動かしてる身体はバラバラ寸前。



「【念動魔術】!! 」



 だけど……


 さっきから……


 剝がれていってる。黒騎士の鎧が。


 露わになっている。青い肌が。


 噴き出し始めた。モンスターの黒い血が。



「……何だ!? その力は! 隠していたのか!? 」



 見たことの無い大剣の技を使って後方へ飛び上がりながら黒騎士は『日本語』を叫んだ。



「まだまともにしゃべれたのかよ……」


「……ハァ……ハァ……ハァ……ようやく『興奮』状態が切れたな……それに……」



 黒騎士の血走った眼は一点を見つめている。手に持ったバット……いやもうすでにバットと言えないほどに破壊されたソレを。



「……さすがにもたねえか。だけどな……【念動魔術】」



 思い描く。


 瓦礫と粉塵で覆われた上級ダンジョンのどこか。



 戦いの衝撃でどこかへ吹き飛ばされた袋を。その中身を。


 来い! 俺の元へ。



「……な……んだと……」


「バットはあと4本ある……最後まで楽しもうぜ黒騎士。退屈はさせねえよ」



 手に持った新品のバットを突き付けた。魔力は十分。体力も上々。身体もやっとあったまってきた。倒せる。今の俺なら。


 俺の宣言を聞いた黒騎士はうつむいた。そのまま表情を見せないままレベル150を越えるモンスターはなんと俺に頭を下げた。



「謝罪しよう……最初の一人……ケンタローよ。貴様の力は私の想像のはるか上……私を倒しうるものだった。地球代表の実力を少々見くびっていたようだ」


「そんなものになった覚えはねえーよ」


「故に私も出し惜しみはしない。……狂気も今、最高潮に至った。お見せしよう『最終奥義』を…………」


「させるか!! 」



 準備はしていた。いつでも飛び出すための。


 俺は変身を待ってやるほどお人よしじゃない。このまま押し切ってやる。



「……500万ポイントを生贄に……発動……【闇黒狂乱】」



 その時突進した俺に向かって発せられたのは見慣れた真っ黒の光。それが幾筋も。俺の身体を切り刻もうと殺到した。



「『パワーウォール』!!! 」



 もう周り何て気にする必要も無い。全部弾き飛ばす勢いで念力の壁を生成。衝突の瞬間、俺の視界は深い闇で包まれた。



「アレ……? 衝撃が……来ない? 」



 だが一向に漆黒一閃の圧を作った壁に感じない。それどころか目の前は真っ暗なままだ。



「なんだ……一体何が……? 」


「ようこそ。私の世界へ」



 後ろから聞こえたやけに耳に届く声に振り返った。もう耳にタコができるほどに聞いたソイツの声。だけどその見た目は俺が見慣れたモノとは決定的に違っていた。



「なんだその姿は……? 」


「多くが勘違いをする。なぜ私の名前が黒騎士なのか……それは私が身に纏う鎧からの由来であると。それは違う。あの鎧は私の本来の力を制限するためのもの。ただの邪魔な付属品にすぎない……。そう『黒騎士』とは狂化が最終段階に到達し、本来の姿を取り戻した……今の私の姿のことを指している!! 」



 そういって大剣を持った両腕を広げる黒騎士。それは闇の中にぼんやりと浮かび上がった亡霊のように不安定で揺らめいている。唯一その真っ赤な目だけが奴のおおまかな位置を教えていた。



「だからなんなんだ! 周りを暗くするだけのスキルかよ。ちょっと見づらくなっただけじゃねえか。それに……【索敵】! 」



 この状況に最も適するスキルを使用。俺の目にくっきりとヤツの位置が見える……その筈だった。



「? 何だこれは……! 何が起きている……!? 」


「どうやら貴様の【鑑定】でも私のこの奥義を正確には読み解けないようだ。驚いたか? そう私の身体はもはや存在していない。この闇の空間そのもの(・・・・)が私なのだ。……【索敵】スキルを使っても無駄だ」


「なら……『弱点看破』!! 」



 温存していた手札。それもこのタイミングで切った。しかし……期待はあっさりと打ち砕かれた。



「ありえない……そんなこと今まで一度も……」


「空間そのものに『弱点』があると思ったか? それこそありえない話だ。そしてこの常闇が私に可能とすることはこれだけではない……いくぞ『漆黒一閃』! 」



 今度こそ襲来する漆黒の斬撃。慌ててバットで防御するが何しろ全く見えない。



「ぐああああああ!! 」



 俺は両腕を簡単に切り落とされた。



「……『超再生』!! 」



 すかさず【自己回復】で両腕を生やす。だが今の一瞬でとてつもない体力を削られてしまった。



「はぁ……はぁ……クソッ! 」


「息が荒いな。疲れたか? 安心するのはまだ早いぞ! 」



 そこからは一方的な展開だった。暗闇の中をひたすら逃げ回る俺。そして際限なく『漆黒一閃』を放つ黒騎士。


 鍛え上げた[敏捷力]による反射で何とかバットで撃ち落としていくが限界だ。俺の身体ではなくバットの方がだ。



「それで3本目だな……あと何本残っていたかな? 」


「ちくしょう! 【念動魔術】! 」



 幸い魔法は使える。こうしてどこからかバットを引き寄せることも出来る。だけど……



「『獄炎』!! 」


「……【影真似】」



 攻撃魔法はこの闇の空間では相殺されてしまう。俺の炎はどんどんと勢いを失って自然に消火されていく。



「『漆黒一閃』! 」


「『漆黒一閃』ッ!! 」


「『漆黒一閃』ンンッ!!! 」



 上下左右前後。全方向から降り注ぐ斬撃。バットを削り取られ……服を引きちぎられ……体力を削られ……皮膚も肉も骨もえぐった。



「ぐあ……くそ……【念動魔術】」


「おやおや……どうやら最後の一本じゃないか……? ケンタロー」



 そして俺は追い詰められた。崖っぷちまで。



「……最後は楽に殺してやろう。その首にこの斬撃を、この剣で」



 喜色がにじむ黒騎士の声。


 何か? 何かないのか? 攻略法は……このクソチートの……。


 今も笑っている黒騎士。その声は相変わらずやけに耳に届く。そう最初に見た時もそうだった。アイツの声は距離に関係なく…………………『距離』? 


 黒騎士の声がどんな時も同じように聞こえることで全く気にしていなかった部分。一つの違和感。心の中で生まれた疑問。黒騎士の『漆黒一閃』を現実世界からダンジョンの中に至るまでに何十回も見たことによる発見。


 黒騎士の斬撃が届く時間がこの闇の空間の中では明らかに『速すぎる』ということ。


 まさか……いや、それも【闇黒狂乱】に内蔵された効果なのかもしれない。


 だけどやってみる価値はある。ちょうどあの【スキル】が再使用が可能になったこの時に。



「どうした? 足が止まっているぞ! とうとう諦めたかケンタロー」


「……」



 挑発に乗るな。集中しろ。全神経を周囲……1m以内(・・・・)に!



「であれば死ね! 『漆黒一閃』!!! 」



 来た。斬撃。


 集中した頭の中でだけ目の前の時間はゆっくりと流れだす。漆黒の光は遅い時間の中でも凄まじい速さで俺の左腕に食い込む。


 遅く流れる意識では激痛が何十倍(・・・)にもなるが、そんなことはどうでもいい。左腕を完全に切り落とした光はさらに俺の左胸、心臓を食い破る……その直前。俺は叫んだ。その【スキル】の名前を。



「『石化』!!! 」



 固める対象は……俺の視界の左側。すぐそば(・・)



「……何ィ!!! 」



 驚きの声を上げる黒騎士。そして漆黒一閃……いや漆黒一閃を纏った黒騎士の持つ大剣は静止した。



「やっぱりだ……連発できる『漆黒一閃』には制約があった。そう例えば破壊力はそのままだけど……『斬撃をとばせなくなる』みたいな……お前は自分の身体で近づいて俺を直接切る必要があったんだ」


「気づいたか! だがこれで何になる! 貴様のその石化はお前自身も止めるスキル! このままでは何の解決も…………ッッッ!!!! 」



 気づいてももう遅い。確かにこの【石化】は単体(・・)だと恐ろしく使いずらい。ただの時間稼ぎにしかならない。


 だけどこのただの時間稼ぎ(・・・・)がとても重要なスキルを俺は持っている。


 さあそろそろ時間だ。石化の時間は終わる。すでに漆黒一閃の破壊のオーラは無い。


 つまり今の黒騎士は――――


 ――――右腕一本で振りかぶったバットの間合いの中だ。



 様々な魔法。様々なスキル。様々な『技』を手に入れてきた俺。その中でも最強の破壊力を持つ技はずっと前から変わらない。


 腰が回転する。


 そこに【念動魔術】の力も加算。


 軋む右肩の痛みは『興奮状態』でかき消した。


 さあ吠えろ。その『技』の名前を!!



「………『フル…………スイング』ッッッ!!! 」



 バットが回りきったとき。


 闇は消え失せ、俺の視界は明るい光で包まれた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 黒騎士はええかっこしいでセリフ回しは気取ってるけど 行動がゲスだしクズだよなぁって感じ [一言] ようやくこの格好つけた黒ゴキブリが処分されるのか… 本当にゴキブリ並にしぶとかったな …
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