ようこそ! 異世界トンネルへ
視界の中で繰り広げられる光景を一言で言い表すとすれば『神々の戦い』が最もふさわしい。赤岩は真剣にそう思った。
(彼が……あれが……『最初の一人』の力なのか……。もはや私……いや日本という国だけに留めて置ける存在ではないな……)
戦闘の激しさと大きさは1km以上離れた位置にいる赤岩にも伝わった。
轟音で空気がビリビリと振動した。
衝突で地面がグラグラと揺れた。
土煙が雲の上まで舞い上がった。
そんな中数度煌めいた漆黒の閃光。
地面を、ビルを、道路を、家々を、
何十年という年月を経て創り出された『街』そのものを黒い大剣はいともたやすく破壊した。台倭区に留まらず区外、県外、赤岩達が避難勧告を行ったはるか外まで。
「まだ見つからないのか? 」
(ポイントは既に5か所見つけられていますがどれも採石場からは遠すぎます! 誘導は不可能です! )
絶望的な報告を聞いて一度目をつぶる赤岩。
考えている間にも被害は拡大している。許されたのは一瞬だけの思考。その時、彼の瞼の裏には一つの幼い笑顔が浮かび上がった。
「賭けに出る。捜索範囲をA地点周辺半径500mに絞るんだ。絶対に見つけ出すぞ。『少年C』が守ろうとしてくれるものが消え去るまでにな……」
(……了解! )
剣と金属バットが衝突する音は今も尚響き渡る。その音は区内だけでなく県内全域に届いた。公安警察の情報統制むなしく、ネットではすぐに情報が拡散され、『飛行機が全便欠航』していることと合わさって台倭区で起きた異変は知れ渡ることになる。しかし野次馬の彼らは、その発生源で日本の命運をかけた戦いが行われているなんて夢にも思っていなかった。
ダメだ。『振り下ろし』だけダメだ。それだけは許しちゃいけない。
ほら……そう思っている内に黒騎士が漆黒のオーラを纏った大剣を頭の上に持ち上げた。
「……させるかァッ!! 」
使用した技は『乱打』。手数に勝り有効打を与えられる攻撃の中では最も速い。攻撃の初動を潰すにはもってこいの【棍棒術】。
「餓ァ我繧ェ繧~繧ァ%縺欝ゆコ&懊ぃ縺ょ履ヵ蜻シ#蜚――――!! 」
手首に集中攻撃を食らい悲鳴を上げながら剣を地面に下ろす黒騎士。だがその大剣には未だにエネルギーがため込まれたまま。
来る!
そう心の中で言った瞬間、黒騎士の攻撃は終わっていた。
「『苦;埀破ュ“$>#麝ィ劇…………一閃』!!! 」
『漆黒一閃』。【大剣術】スキルのスキルレベルが250になると使用可能な技。
[力]、[魔力]、[敏捷力]、[器用]。4つのステータスの数値から合計で50万消費して『宙を飛ぶ斬撃』を刃で切り裂いた方向に放つ絶技。
50万以下の耐久力ならば『掠めただけ』で粉々に砕け散る威力。攻撃範囲は斬撃が届く射程圏内全域。つまりは……数十キロ以上。
だけど……今、奴は俺にその連発できない一撃を使った。宙に浮かんだ俺に向かって。剣を振り上げた。
「『パワーウォール』!! 」
なら良い。もはやその斬撃は避けられないけど。それなら良いんだ。俺だけが傷つくのなら……!
願うようにくり出した。壁。宙を目にもとまらぬ速さで駆け抜けた漆黒の光。
両者はぶつかり崩壊した。
俺が生み出した念力の壁だけが。
「うおおおおおおおおおおおお!! 」
威力は十分に削いだ。受け流せる。そう思った。だけど……。
「……ぐああ! 」
急速になくなる握力。だらりと下がったバット。手首から先の感覚が一切ない。一目見て腕がへし折られたことが分かった。
「……『集中治療』! 」
そうだ。俺の傷は何の問題は無い。【スキル】がある。回復魔法の使い手もいる。命さえつながれば後でどうとでもなる。
我ながら周囲を考えて戦えていると思う。迷宮課のモンスター討伐の手伝いをした時には唐本さんに『とても初めてとは思えない』と褒められた。
自覚している。そんな風に戦えるようになったのは偏に木ノ本を連れて上級ダンジョンに行った時から。ステータスを持たない人間をいかに傷つけずに戦うかの立ち回りはあの日にとことん考えつくしたおかげだった。
攻略と同時に手に入れた【索敵】スキルも効いている。今の俺は周りが良く見えている。『見え過ぎている』と感じるほどに。
だから分かるんだ。俺がさっき受け流し切れなかった漆黒の斬撃が…………
――――遠くかなたに建つ4棟の高層マンションの上部を消し飛ばしたことを。
「クソォっ!! 」
叫んでも仕方がない。手から零れ落ちたモノは二度と掬えない。そう自覚しても声を出さずにはいられなかった。
『振り下ろし』だけはやらせない。垂直に地面ごと街を引き裂かれたらその被害は想像を絶することになるから。
その替わり『振り上げ』は許容する。空中に放たれた斬撃なら被害は最小限にとどめられるから。だけど被害が一切ないわけじゃない。今崩れたあの場所では……もしかしたら幸福な生活があったのかもしれない。
心の中で考え事をしていても隙は無かったはずだ。目はしっかりと黒騎士を捉えていた。バットのヘッドも黒騎士を向いていた。
だけど俺はいつの間にか決めつけていた。この状態の黒騎士がもう『影』を使わないと。
「何だと!? 」
砕かれた地面に落ちる鎧の巨大な影。そこから音もなくするりと現れたのは『Lv.115 シャドウ・ワイバーン』。
本当だったら苦にもならない。ソイツ一体なら【念動魔術】で握りつぶすか【火炎魔術】で少し焦がせば討伐できるほどに低レベル。
けど今、俺の前には……黒騎士がいる。
「……邪魔だ! どけよ!! 」
飛竜の影の元に向かおうとすると立ちふさがるのは黒い鎧。剣術に秀でた動きで完璧に間合いをコントロールされて前へ進めない。
「【念ど……――――ッッ!! 」
魔法を放とうとすれば瞬間的に察知される。一気に距離を詰められて大剣の強激を食らい、身体の中で魔力を集めさせてもらえない。
そんな間にもシャドウ・ワイバーンは進んでいく。無人の廃墟を吹き飛ばし、巨体で圧し潰しながら大和町の方向へと。
刹那の間、思考が停止した。
どうする? 何をすればこの状況を打開できる? 一体これ以上何を……――――――。
無限の思考の沼にハマりそうになった。
頭に引きづられて身体も止まりかけた。
そして呼吸すらも止まったその時、遂に届いた。
ずっと待っていた彼女の声が。
(お待たせ剣太郎君! 見つけたよ! )
始めて聞いた唐本さんの浮かれ切った声。一緒になって喜びかけた俺はすぐに近くで暴れ回る存在のことを思い出し、とっさに叫んだ。
「舞さん! 危ないです! そこには……!!」
(でもまずはこのトカゲ倒しちゃうね……! )
そこからの鮮やかな連携を俺は一生忘れないだろう。
「『ライトニングランス』!! 」
舞さんが雷の槍を投げ、漆黒の背中に突き刺す。怒り声を上げて泣きわめくワイバーン。撃破には至らない。だけど『痺れさせた』。レベル115の巨体を。
「【突風魔術】……『防風陣』! 」
「【捕縛術】……『ジャッジメント・チェーン』!!」
完璧なタイミングでの追い打ちをかけたのは風の魔法と見たことの無いスキル。どこからともなく表れた鎖がしびれた黒い体を地面に縛り上げて、竜巻は動けない体からガリガリと鱗と肉を削り取る。
頭を持ち上げ悲鳴を上げる『シャドウ・ワイバーン』。その頭上に1人の人影がいつのまにか立っていた。
「……【拳闘術】一の型! 『兜割』!! 」
炎を纏った柏田さんの拳は黒い竜の頭を突き破る。最大の絶叫を見せたワイバーンは煙となって掻き消えた。
「すげぇ……」
つば競り合いの最中だっていうのに声が震えた。
もう憂いは無い。
【索敵】スキルで『位置』は確認した。ありがとうみんな。後は俺がやる。
黒騎士エクト・バーン。
剣太郎の目からは狂って意味不明な言葉を発しているようにしか見えなかった『彼』は反対に冷静さを取り戻しつつあった。
(シロモトケンタロウ……貴様の戦い……よく『見』させてもらった。奇襲性の高い攻撃は【疾走】スキルの『超反応』による裏どりと『瞬間移動』だけ。……後はあまりにも始動が遅い魔法とスキル、それに珍しいが使い物にならないクズスキルだけだ。対処できる。このまま【大剣術】に剣技を混ぜつつ押せば……)
『漆黒一閃』を放つときに剣太郎越しに建物を狙うのもあえて行っていた。黒騎士から見たら『何か』が壊れるたびに動揺する剣太郎の心の動きは手に取るように分かった。
黒騎士はこう結論付けた。城本剣太郎は優秀な『レベルホルダー』ではあるが、優秀な『戦士』ではない。戦闘を行う者に必要な割り切りと冷徹で、時に残酷なまでの判断が出来ていない、と。
(そんなことでは私は倒せないぞ……どうするんだシロモトケンタロー! )
心の中でしたその問いにもちろん剣太郎が言葉を返すことはない。ただ彼はつぶやいた。とある『技』の名前を。
「……『瞬間移動』」
(馬鹿な……! ここで!? )
一気に混乱の渦に叩き込まれる黒騎士。それもそのはずだ。今は何の好機でもない。単純な打ち合いの途中だ。
(さきの『ファイアーボール』のように魔法をしこんだ形跡もない。一体何を……?)
そして剣太郎は手を伸ばした。『瞬間移動』が完了する直前、一瞬だけ動揺した黒騎士の手首に向かって。
「菴輔□縺$ィ縺翫♀??シ(何!?) 」
驚く黒騎士と冷静な剣太郎。二人は瞬間移動した。剣太郎がずっと探していたとある場所に。
場面が切り替わるように激変する黒騎士の視界。見たことの無い薄暗い空間。だけど密閉されているわけではない。両端に入口が付いている円形の天井を持った場所。
(……ここは……確か……)
「『トンネル』だよ。まあモンスターは知らないか……」
呟く剣太郎。彼は黒騎士の目の前で『何か』を壁に付けた。
「こっちの人間はトンネルから『文字』を見つけて、そこからダンジョンに入るんだ。知っていたか? 」
地球と言う星の日本と言う国のとある街の中の、なんの仕掛けも、変哲もない場所。そのはずなのに何故か黒騎士は背筋が冷たくなっていくのを抑えられなかった。
(なんだ? 何か見落としている……。どこだ……違和感は……。……何だアレは? どこかの国の『神代文字』に『鍵』が突き刺さっている……? )
「大分痛い目にあいながら最近知ったルールがあるんだ。トンネルからダンジョンに移動する時の話だ。俺はずっと文字に触れた人がダンジョンへは行けると勘違いしてた。でもそれは事実とは違う。文字に手を振れた瞬間『そのトンネル内にいた全ての人間が』転送される。これが正しいルールだった」
戦うのも忘れて立ち尽くしていた両名。一瞬考えた黒騎士。頭の中で剣太郎の話を再度繰り返した後に悟った。剣太郎が貴重な『瞬間移動』を使ってまでも実行した作戦の全貌を。
(まさか……! ここは……マズイ! )
黒騎士はわき目も降らずに逃げようとした。剣太郎からではなく、この『トンネルの中』から。
「逃がさねえよ……固まれ。『石化の魔眼』」
剣太郎の両目は怪しく紫色の光彩に変色する。
剣太郎が使ったスキル。それは先ほど黒騎士が恐れるに足らんと吐き捨てた技。その効果は『自分と見た相手の両方を5秒間動けなくする』というもの。1対1では何の効果も意味もなさないそのスキルはこの状況に恐ろしくハマった。
固まって黒騎士の立ちすくむ地面が揺れていた。空間が捻じれていく。そして視界は再度切り替わった。トンネルから古めかしい闘技場の遺跡群に。
黒騎士は見た。日本の採石場にいた時の数倍の存在感と戦意を発する剣太郎の姿を。思わず後ずさった黒騎士に向かって剣太郎は言い放つ。
「さあ始めようぜ黒騎士。第3ラウンドを。……舞台は上級ダンジョン。……もう周りは気にしねえ。ここから出られるのはただ一人…………勝った方だけだ! 」




