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宣戦布告

 なんで気付かなかったんだ。


 いつからか俺がよく見るようになった夢。


 子供のころの遠い記憶。


 誰か(・・)と一緒に遊んだ。見知らぬ若い女の人の声。そして体に染みついた、戦う時のためのバットの振り方。


 それらの舞台が全て鬼怒笠村であったことを。



「……待て。……なんで爺ちゃんが『鍵』を……?」



 思い出せ。


 今までの出来事にあったはずの違和感を。必ずどこかにヒントは隠されてるはずだ。特に俺がダンジョンに出くわした今年の夏の中の間に。


 俺を家に一人置いていった時か?


 俺が力加減を間違えて食器を壊すのを笑って見過ごしてくれた時か?


 俺のことを応援すると言ってくれた時か?


 リューカを家に忍び込ませた時か?


 分からない。どれも怪しいようで……別に普通の対応にも見える。考えても分からないんだったら……聞くしかない。本人に直接。



「兄さん……? 」


「ごめん梨沙。一度部屋出てってくれないか? ちょっと考えた――――――」



 言葉を遮るように電子音が鳴る。聞き覚えのある音楽。一瞬だけ反応が遅れるがすぐに思いだす。それは俺のスマホの着信音だ。


 表示される名前も確認せずに応答のボタンを押す。



「もしもし? …………え? 」



 その一本の電話は、俺の頭の中を支配していた『魔王の鍵』についてのささやかな疑問を呆気なく吹き飛ばした。






「古村君から預かってる強化されたバットが……4本。結構重くなってるよ」


「はい。……丁度いいです。俺がありがとうって言ってたって唐本さんから伝えておいてください」


「必ず伝えとく。多分かなり喜ぶよ。彼、君のファンだから」



 喜んだ方がいいのか微妙に迷うその情報にどう反応すればいいのか考えていると聞き覚えのある天真爛漫な声が俺の耳にも届いた。



「舞さーん。付近300m以内の住民の避難誘導と封鎖完了しました! 」


「了解。引き続き範囲を広げていって」


「りょーかいでーす! 」



 そんな元気に走っていく迷彩服の後姿を見て俺は感嘆の声を上げた。



「すごいですね。柏田さん。こんな状況(・・・・・)なのにいつも通りっていうか……」


「それがあの子の数少ない良いところの一つだからね。剣太郎君もあんまり気張らなくてもいいよ。一応一般人の協力者なんだから」


「情報を回してくれと頼んだのもこっちです。好き好んで来たのもこっちです。最低限、自分の意思でやった行動には責任は持ちますよ」



 そんな俺の宣言を聞いて、なぜか唐本舞さんは少し泣きそうな顔をした。まるで罪悪感におしつぶされるような。



「ごめんね……剣太郎君。私達大人が無力だから……」


「謝らないでくださいよ。俺だってアレ(・・)は台倭区で生活する限り見過ごせないんですから……」



 そう言って俺たちは空を見上げる。


 現在立っているのは台倭神社の工事現場。俺が魔王を倒した場所近くの鳥居跡のまさに直上。雲がうすくかかる高さにソレ(・・)はいた。


 太陽の光を照り返す漆黒の全身鎧。


 身の丈2m近い長身。


 片手に持つのはその身の丈を優に超す大剣。


 そして鑑定をするまでもなく頭上に表示されている情報。



『Lv.159 黒騎士エクト・バーン』



 レベル159。俺が見たモンスターの中で二番目に高いその凄まじい数字。しかし黒騎士は何かを待っているのか。身じろぎ一つせずに、こちらの覗き込むことすらせずに宙に浮かんだまま立ち尽くしている。



「どうするんですか? 公安は? 」


「会話が可能なモンスターの可能性があるから十中八九、上はまず『交渉』の選択肢を取るでしょうね。まあもしも(・・・)の時のためにこうして戦闘班も控えているんだけれど…… 」



 慌ただしく動く迷彩服の集団。その中に混じるスーツの集団。着々と交渉の準備は進められていき、同時に住民の避難も始まっていく。


 高まっていく緊張。


 大きくなる呼吸音と足音。そして不安感。


 一瞬太陽が雲に隠れたその時。


 天上から『声』は放たれた。



「日本人の諸君。初めまして。私は『東の魔王』が率いる第一侵攻軍を指揮する立場にあるものだ」



 決して大きくない。ただし腹の芯に響く鎧によるくぐもりを感じさせない声。俺はその男の重低音を聞いた瞬間に分かった。この黒騎士がとてつもない実力を有していることを。



「この声が聞こえる者もどうやら限られているようだが、今はそれでも良い。いずれ来る世界結合(・・・・)全域征服(・・・・)の時には君たち全てが『王の言葉』を拝聴できるに至ることを私は知っている。だが何事にも準備は必要だ。そのために謹んで申し上げる」


「唐本さん、まずいです」


「え? 」


「逃げてください! 」


「今後の足掛かりとして――『日本国』は本日、我々がもらい受ける」



 戦意を表すように黒騎士から放出された魔力の奔流は、直下にあったすべてを軽くなぎ倒す。



「さあ始めようか! 我らと人間の生存をかけた――戦争をッッ!! 」



 後に【第二次迷宮侵攻】と呼ばれるようになる長い長い土曜日の午後は――こうして始まった。

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