Xデーまであと??日
「……い。おーい! 聞こえてますかー? 剣太郎くーん? 」
「うぉ! ごめん考え事してた……。何の話? 」
海斗の声に記憶の底から呼び戻される。周りを見回していると同級生が何人か席をたちあがりはじめていた。どうやらすでに自習になった1限目は終わってしまったらしい。
「やっぱり聞いてねぇーじゃん。ほら! 彼女が呼んでるぜ」
「『彼女』……? 」
俺にはとても縁が無さそうな単語を聞いて海斗の指す方を向く。そこには肩口を超えた長い黒髪がまぶしい同学年の見慣れた女子がいた。
「木ノ本……」
「おいおい……いつから呼び捨てにするぐらい仲良くなったんだ……? ぜひ海斗お兄さんにも教えて欲しいねえ? 」
「茶化すなって。そんなんじゃねえよ」
そんな俺の気恥ずかしさ交じりの悪態に海斗はより一層笑みを浮かべた。
ここに居続けても色々突っ込まれるだけだということは分かっていたので俺はさっさと自席を後にした。
「よっ。どうしたんだ? 」
「おはよう剣太郎君。ちょっと昨日のことで話したいことが合って」
「わかった。ここで話すのもなんだし……自販機のとこまで行こうぜ」
後ろから木ノ本が付いてくることを確認して、廊下を歩き出す。
俺たちが通う大和第一高校には自販機が3か所設置されている。1階の購買の隣に2台。地下の学生食堂に数台。そして3階の1年生の教室からほど近い屋上庭園に一つ。
「結構人いるな。中休みなのに」
「仕方ないよ。人気だからここ。お昼の混み方はこんなもんじゃないよ? 」
「木ノ本ってここで昼飯食べてるんだ? 」
「うん。ひかりちゃんと後、陸上部の子何人かとね」
そんな他愛もない話をしながら奥にある自販機のまでたどり着くと、友人とここに来た時と同じように訪ねた。
「何飲む? 」
「私はいつも抹茶ラテ。剣太郎君は? 」
「奇遇だな……俺もだ」
二人して緑のパッケージを片手にベンチに座った。時間はあと7分。内緒話をするには絶妙な長さ。周りの騒がしさも密談には丁度いい。
「……それで? 何だって? 公安の人は」
「あ、うん。凄い親切にしてもらったよ。教えてもらったしね。本当に色々……レベルを上げた時に不都合な事とか……日常生活で不便になるところとか……身体の変化とか……」
「それは安心だな」
「それでね話したの。今後のことも」
「今後……か」
木ノ本の言う今後とはつまり俺たちが獲得したレベルやステータスという概念にどう将来的に向き合っていくかと言うことだろう。
俺は迷わずにこのレベルを上げることに決めた。特に理由はない。強いて言えば自分の中の好奇心やワクワクに従ったってところ。
けれどもちろん、それだけが択じゃない。いくら保持者となったとしても危険なダンジョンに潜る必要は無い。強くなる必要だってない。むしろ好き好んで潜っている俺がおかしい。
もしかしたら昨日別れる直前までの俺ならそう言って木ノ本を説得したかもしれない。
「木ノ本はどうするつもりなんだ? 」
「私は……できればレベルを上げたい。それに陸上部も。もしいつか陸上に支障が出るようなスキルを手に入れちゃったら辞めるしかないけれど……でもそれまでは」
「なかなか欲張りだな」
「あははっ。ダンジョン一本で頑張ってる剣太郎君から見たらダメダメだよね。この程度の覚悟じゃさ」
「いやそんなことねえよ。陸上だって木ノ本がずっとがんばってきたことなんだし……それを尊重するのは当たり前だ。むしろ凄いって。部活もダンジョン、どっちもがんばるなんてさ」
「ダンジョンに関しては剣太郎君が完全に先輩だね。これからもよろしくお願いしますね城本先輩」
「おう。上級ダンジョンの時のお客様対応じゃなくて今後は厳しくいくぞ。覚悟しろよ……? 」
木ノ本の冗談にそうおどけて見せると彼女はクスクスと笑ってくれた。そんな一瞬だけ流れた和やかな雰囲気は木ノ本が姿勢を正して咳払いをするとすぐに霧散する。出会って間もないが彼女の纏う空気が一変したのが分かる。
木ノ本は一度口にするのをためらうように自分の膝を見つめた後一つ頷くと、彼女なりに考えてきたであろうことをぽつりぽつりと話し出した。
「でも……しばらくは……別行動だよね? 」
「そう……だな。聞いただろ? 木ノ本。俺が通ってる上級ダンジョンの適正レベルは最低でも50以上だ。ほんとうに凄いことをやってくれたんだぜ。木ノ本はさ」
「じゃあ剣太郎君は一人で? 」
「そーだな……。まあ俺は一人に慣れてるから大丈夫。俺を命がけで助けてくれた木ノ本に心配するなって言う方が無理な話かもだけど」
「そんなことないよ……! 私だって剣太郎君にすごく助けられてなんとか生き残れたんだもん。今度こそ絶対に完璧に足手まといになっちゃうよ……だから私は迷宮課の人たちとレベル上げする。最低限自分の身は守れるぐらいまで」
そういう木ノ本の目にさっきの冗談染みた雰囲気は感じられない。彼女は真剣に強く成ろうと思っていて、真剣に俺のみを案じてくれている。
言うまでもなく木ノ本の選択を俺は応援する。縁が出来た知り合いの成長や成功を願うという気持ちももちろんある。だけどそれ以上に昨日、赤岩さんに聞いた話が俺の頭から離れないからだ。
『「少年C」。君は知っているかい? 今世界中で増えて言っている君を含んだホルダー。彼らがどのようにそのレベルを獲得するに至ったか? 』
『そんなのもちろん……モンスターを倒したからじゃないんですか? 』
『そう! その通り! だけど……ここで一つ疑問点が残るだろう? 今日本各地で出現しているモンスター。その出現数は実は我々迷宮課の手に余るほどの数になっているんだ。君は疑問に思わなかったかい? なぜ迷宮課は大幅な増員をしないのか? なぜ迷宮課はその他警察組織や自衛隊などと協調して活動しないのか? なぜホルダーの数は爆発的には増えないのか? 』
『それは……』
『分からないかい? 「少年C」君もあの日の台倭神社で見ただろう? あの現れた悪魔の大軍勢。そして逃げ惑う1万人以上集まった客人。その中で何人が認識していた? 悪魔の姿を。何人がただただ突然爆発する地面や屋台の中をわけもわからず逃げ回っていたと思う? 』
『悪魔を見れていたのは……ほとんど……そうか! 』
『そもそもモンスターを見れないと話しにならないんだ。モンスターを倒す倒せないの前にね。我々はこのモンスターを見れるようになる現象のことを「チャンネルが合う」と呼んでいる。どのような条件でチャンネルが合うかのはっきりとした詳細を我々は知らない。ただある予測がある』
『予測……? 』
『それはモンスターが現れる位置を正確に当てることのできる、とある人物によるもの。迷宮課ではその予測が確実に今後起こると考えて行動している。内容はこうだ。
”早ければ明日、最長でも今後数年以内のXデーに、全世界全ての人間のチャンネルが合うようになる。それと同時に地球全土は莫大な数のモンスターで包まれることになる。”
ってね』
俺は分からない。赤岩さんの言ったその『予測』を聞いてお面の下の自分の顔がどうなっていたかを
ただ
今は願っている。
目の前に座っている木ノ本。海斗や村本と言った学校での友人達。
そして梨沙や爺ちゃんや母さん。俺の家族。
どうか。その来たる『Xデー』を全員が何事もなく無事に過ごせること。
俺がその時は彼らを含んだより多くを助けられるような力を得ていることを。
そんな俺はまだ知らない。
『Xデー』が自分の思ったよりも遥かに近くに迫っていることを。




