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木ノ本絵里の結末

 木ノ本絵里はゲームが少し好きだった。


 特に姉が中高時代にドハマリしていたRPGは絵里もすぐに気に入った。


 レベルを上げたら、スキルが増えたら、武器を強化したら強くなる。努力が全て確かな結果に直結する世界は絵里にはとても魅力的に見えたから。 


 だから驚いた。剣太郎の秘密がまさかゲームのような力を持っていることだと分かった時は。



 その日は新大和公園での練習があったあの祭の日から1週間ほどたったころ。



(結局あの日から会えて無いなあ)



 それが最近の絵里の悩み。妙に剣太郎と顔を合わせづらい。それもそのはずだ。祭の日に剣太郎の右腕が切断されたショッキングな姿を見たのだから。



(でも何を話せばいいんだろ……私)



 そう思考を巡らせながら新大和駅までの道のりを歩いていたその時。絵里は思いがけない光景を目にする。



(あれは……剣太郎くん? 大和町にすんでるんだっけ)



 駅の近くのトンネルの中で見つけたのは忘れもしないその顔。例のごとくバットケースを背中に背負って歩いていた。


 絵里は一瞬ためらった。声をかけることを。あれから学校で祭の日の剣太郎のことは噂になってない。


 すぐに察することができた。剣太郎があの日にやったことを周りに秘密にしていることは。



(いいのかな? 私なんかが聞いても……)



 思い出すのは中学の頃の記憶。あまりにも踏み込みすぎて気持ち悪がられた時のこと。



(でも、今のままだと絶対に剣太郎くんとは近づけない)



 そう決意した絵里。勇気を振り絞り偶然を装って剣太郎に声をかけた。


 直後に絵里は思った。『そのタイミングは間違いだった』と。




(……どうしよう。どうしよう! やっちゃった! 私今、完全に足手まとい(・・・・・)だ! )



 地獄のような空間で表面上では平静を装う絵里は内心パニックになっていた。


 初めて知る洞窟の薄暗さ。凍えるほど冷えた空気。現れるのは絵里が大の苦手な爬虫類系統の巨大なモンスター。


 そしてなによりも絵里の心をかき乱したのはその現状。子供の頃からの親に刻み込まれた精神。『人に迷惑をかけることを何よりも嫌う心』が大いに刺激された。


 そんな不安と恐怖を圧し殺す絵里に対して剣太郎はこう言った。



『こうなったのは俺のせい、だから絶対に助ける』



 絵里が見ていられないほど悲痛な顔をした剣太郎はその言葉を実現可能であることを行動で示した。魔法やスキルを使い、モンスターを近づく前にはねのけた。


 魔法やスキルのことをよく知らない絵里にもすぐに分かった。剣太郎がなるべくこちらを傷つけないように細心の注意を払ってくれていることを。


 絵里は酷く困惑していた。どうしてこれほど必死に助けてくれるんだろうと。ひたすら尽くしてきた彼女の人生においてこれほど尽くされるのは始めてのこと。全く理解ができなかったから。


 それと同時に嬉しくもあった。ダンジョンにいることにお互いが慣れてきた頃。剣太郎は絵里に何度か笑顔を見せてくれたから。


 まるでお気に入りのゲームを紹介する子供のように無邪気に説明をする剣太郎の様子を見て絵里も笑顔になった。もっと剣太郎のうれしそうな顔が見たい。そして出来れば力になりたい。真剣にそう思った。



『頼みがある! 聞いてくれるか!? 』



 だからその言葉を聞いた時絵里は迷わなかった。


 絵里の戦いは静かにスタートした。素早く音を鳴らさずに走る。この巨大な部屋の端をぐるりと回り、ぎりぎり手が届く位置にある壁の目玉を4つ破壊する。


 はっきりいってこの部屋に来るまでに体力は限界に近かった。絵里自身もなんで動けているのか分からない。



(速く!……もっと速く!。私を信じて今も戦ってる剣太郎くんのために……! )



 しかし心一つで絵里の体は前へ前へと動いた。ペースがどんどんと上がる。息をするのも辛いはずなのに体が軽い。ランナーズハイの境地になった絵里は3つの目玉を破壊した。



(これであとは……1つ! )



 絵里が心のなかでそう叫んだ時。中央の光景を見た。見てしまった。言われていたのに。『目玉を破壊し終わるまでになるべくこっち(・・・)は見るな』と。



「……嘘」



 絵里の口からでたその一言はとても自分のものだとは思えないほどに低く、小さく、深い絶望に包まれたものだった。


 メドゥーサに首を絞め上げられ身体を持ち上げられる剣太郎。彼の下半身は全てがにぶい灰色に塗りつぶされていた。



(……間に合わなかった……私がもっと早く……! )



 最後の『目』を眼前にして崩れ落ちた絵里。ふと彼女の視界には映った。すっかりと日焼け跡が消えた自分の左手首に刻まれた黒い『くさび形文字』を。



(これって……まさか……)



 文字に指を触れさせた瞬間、絵里は自分の予想が的中したことを知る。



 『木ノ本 絵里 (年齢:16歳) Lv.1→15

  職業:無


 スキル:【状態回復魔法 Lv.1】

     【状態異常耐性 Lv.1】


  称号:≪異世界人≫≪7777人目(ラッキーナンバー)

   力: 9

  敏捷:11

 器用:13

 持久力:23

 耐久力: 9 

  魔力: 5 保有ポイント:50012』



(私のステータス!! )



 すぐさまポイントを力に振ろうとした絵里は動きを止めた。



(そうだ! バランス! バランスを考えないと……でも……)



 絵里は知っていた。あのメドゥーサがレベル140であることを。



(ダメだ……私じゃどうあがいても勝てない)



 絵里は走馬灯を見ているかのように自分の意識が周りの時間よりも速く動いているのに気づいた。


 そんな中下半身が石化した剣太郎の姿が視界の端に入る。眼の前に表示されているのは『状態回復魔法』の文字。刹那、二つの視界情報が彼女の中でつながった。



(……これなら……剣太郎くんを助けられる! )



 ポイントを全て魔力につぎ込むのに迷いは一切なかった。そうすることで蛇の女帝に自分が見つかってしまうことを知った上で。それこそが剣太郎を助けられる唯一の方法だと確信があったから。





【魔法】を使用した途端、膝をついた絵里に蛇の女帝はかつてないほどの怒りを向けた。



「この小娘があ! 余計なことを! 死にさらせ! 」



 殺到したリトル・スネークの大群をまるで幻覚でも見ているような表情でぼーっと見つめる絵里。抵抗の気力は魔力を使い切ったせいで残されていない。体も動かないし意識もどんどんと遠のいている。



(これで……少しは……助けられたかな……? )



 しかし絵里の心は今は安堵で満たされていた。ようやく少しだけ剣太郎に恩返しができたから。



(ごめんね……こんなんじゃ足りないほどに私は救われたのにね……)



 蛇の大群の地響きにあわせてぐらぐらと揺れる絵里の上半身。最後に一目、剣太郎の姿を見ようと顔を持ち上げたが視界いっぱいの蛇のせいでその願いは叶わなかった。



(どうか……無事……で……)



 糸が切れたように倒れ行く絵里の身体。


 硬い地面とぶつかる。蛇の牙が彼女の柔肌を食い破る。


 その直前。


 金属の光で縁取られた、一つの風が吹く。


 風は床と激突しかけた絵里の身体を優しく受け止めた。



「『無事に家に返す』……まだギリギリ有効か? 」



 小蛇は殺到する。風の中心、女の子を抱きかかえる一つの人影に向かって。



「『獄炎』」



 その時、


 上級ダンジョン『有鱗亜竜の住処』は確かな鳴き声をあげた。


 全てを焼き尽くす炎に一瞬で包まれたために。



「何じゃ……? 今のは……」



 女帝ィメド・ゴルゴナスは震えていた。今の一瞬の間に起きた出来事をわかっていたから。いなくなっていた(・・・・・・・・)。上級ダンジョンから自分以外のすべて(・・・)のモンスターが。



「お前今殺そうとしたか? この子のことを」



 ビクリと反応した蛇女。恐る恐る振り返る。いつの間にか後ろに立っているのは自分が追い詰めていたはずの子供。彼の目は今、なぜか赤々と光っている。


 女帝は突如自分の右半身に激痛を覚えた。見やると右肩から先が消失している。まるで最初からなかったかのように。



「……ッッ!!! 」



 流れ出る血を左手で抑えながら一気に距離を取る。一瞬も目を離さなかったはずの子供の動きが一切目で負えなかったことに戦慄しながら。



「悪いな。ここからは半分、俺の八つ当たりだ」


「お、お前……! 何をいッッ!? 」


「この子にこれだけさせたのは全部俺のせいだ。お前は何も悪くない」


「くぐぅ! この! このぉおお!」



 まるで『蛇に睨まれた蛙』のように。

 

 

「ただ頼む。俺の償いのためにも……ここでどうか死んでくれ」



 蛇の女帝は、再び立ち上がった少年に恐怖を抱き始めていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱ主人公のターンくると上がるわ… ブチ切れた時の啖呵が良い 今回は静かにブチ切れてるのが良い [気になる点] 木ノ本さんの今後のステビルド構成かなぁ 動けるヒーラーみたいな感じになるん…
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