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魔眼

 急こう配を。


 剝き出しの岩々を。


 砂利交じりの悪路を。 


 ──愚直に歩き続けた結果。


 迷宮攻略は最終盤に差し掛かろうしていた。



「もうすぐゴールだ。まだ歩けるか? 」


「はぁ……はぁ……うん。……まだ……なんとか……」


「無理はしないでな? 大丈夫。時間制限があるわけじゃない。俺たちのペースで着実に進もうぜ」


「剣太郎くんはすごいね。私のかわりにあんなに動いて戦ってたのに……息一つ乱れてない……」


「持久力に15万も突っ込んでるからな。このくらいは余裕だ」


「……剣太郎くんってたしか……もともと結構体力あった方だよね? [持久力]にもそんなに……ポイントが必要なんだね」



 まあ当然の疑問だろう。持久力をあげたところで直接的にモンスターへのダメージの増量はみこめない。戦闘面においては、一見すると[持久力]や[器用]を上げることは完全に無駄なことのように思える。まあ、そもそも戦うという全身運動を継続させるためには相当の体力を使うという説明もできるが恐らく長距離の木ノ本は何となくそのことをわかっているだろう。俺はホルダーに関してさらに踏み込んだ、ステータスで重要なバランスについての説明をすることにした。



「[持久力]や[器用]っていらないように思えるけど上げないと大変なんだ。というよりも上げないと動けなくなる(・・・・・・)


「動けなく……? 」


「何も考えずにステータスを上げると自分自身のパワーとスピードに振り回されちゃうからね。ステータスの数値のバランスが悪いと少し動いただけで怪我したり、走ったり、飛んだりする動作ができなくなったりするんだ」


「そんなに色々と考えないと行けないんだね」


「まあ戦闘中だと適当にポイント振り分けちゃうけど……さあ着いたぞ。ボス部屋だ……」



 洞窟に突然現れた蛇の文様が描かれた大きな扉。すでに『迷宮鑑定』のマッピングでこの向こう側に直径1kmにもなるホール状の大空間が広がっていることは把握済み。いったいこの先に、どれほど巨大強力なモンスターが待ち受けているのか……。



「最後に確認しよう。まずはできるだけ俺から離れないこと。そして俺が魔法を使うときは……」


「目と耳を塞いでふせる……だよね? 」


「完璧だ……よし! さあ行くぞ! 」



 硬い扉に手をかける。


 どんなモンスターが来ようと構わない。絶対に木ノ本を無傷で返すと約束した。


 やってやる。上級ダンジョンはいくつも経験してきたんだ。このダンジョンも俺一人で攻略して見せる!



 心の中で叫ぶ。明らかに普段通りじゃない妙に高いテンション。絶対を連呼し全てを断定する。


 後から振り返ったら一目瞭然。俺は明らかに増長していた。調子に乗っていた。同じ高校のかわいい女子の前で良いところを見せようとして、舞い上がって、できないことも出来る気になっていた。ほぼ自分のせいでこの状況に巻き込んだことを棚に上げた上でだ。


 俺は知っているはずなのに。今の実力ですら足元にも及ばない『龍の頂点』の存在を。そして迷宮ダンジョンはつねに俺の想像を悪い方向で超えてきたということを。




『上級ダンジョン:有鄰亜竜の住処』の最後の部屋はどこかの遺跡を思い出させるような雰囲気を醸し出していた。目につくのは所狭しと並んだ細かい同じ意匠。平面の床。弧を描く壁。球場の天井全てを覆い尽くしている。そんな大空間の中心で『その女』はポツンと玉座に大仰に座っていた。



「おやおやあまり見ない髪色。それもかわいらしい子供が1人……この間に人間が来るのも珍しいというのに……」



 広間の大きさにはあまりに不釣り合いな大きさ。せいぜいが身長2mほどだろう。古めかしいドレスを纏った女の身体ときつそうな顔。一見普通の人間に見える。


 だが問題はその頭。髪のかわりに頭に生えているのは無数の。一本一本が生きているようにゆらゆらと蠢く姿はレベル3桁の貫禄と恐ろしさを持っている。



「あんたはしゃべれるんだな。レベル3桁以上で人語を話せるモンスターは初めて見た」


「その無礼な口調と態度……今は許そう。久しぶりの客じゃからのう」



 泰然自若を体現するように。向こうは俺のへたくそな挑発に微塵も動じる様子はない。無数の蛇の眼を光らせて、まるで新しい玩具を見つめる子供のようにその表情はにこやかで、薄気味悪かった。



「しかし小僧。貴様その腕輪で実力を隠してはいるが……どうやら3桁には到達しているようじゃの……ふむふむ……ならば……」



 そんな俺をよそに指を打ち鳴らす蛇女。瞬間、ボスモンスターから放出された巨大で濃密な[魔力]が大空間を端から端まで満たしていった。



「[魔力]を外へと放出した? いったい何のマネだ? 」


「ふふ。そうことを急くな。余興はまだ始まったばかじゃぞ? 」



 強力な【魔法】の発動に身構えた直後、大空間では何も起こらなかった。


 かといって油断もできない。鑑定スキルを使ってわかった。コイツは自分は戦わず(・・・・・・)蛇を操りけしかけてくる戦法を取る。いつどこでどのタイミングでどんなに大蛇が飛び出してくるかは分からない。


 刹那の静寂。一瞬の思考。俺の神経は張り詰めていた。目を見張り、耳をそばだてていた。どんな異変も察知できるように。


 だからこそ、俺はその音を拾うことができた。ツルツルとした後ろで『何か』が這いずる微かな音を。



「これは……!? 」 



 振り返るってすぐ、思わず言葉を失った。緻密で細かい意匠が至るところに施された大空間の壁と天井と床が生きているように蠢いていた(・・・・・)。すぐにわかった。それがさっきまでデザインだと思っていたものだと。そして【鑑定】スキルは示していた。それらが全て蛇のモンスターであることを。



「【魔法】を使う! 」



 そう宣言すると耳を抑えて座り込む木ノ本。同行者が手はず通りに動いてくれたことを確認した俺は幾つかある【魔法】の選択肢の中で全体攻撃のショックウェーブを選ぶ。


 俺たちを中心にして発生する衝撃波は狙い通り炸裂し、蛇の群れを一挙に飲み込んだ。


 もちろん、この一撃だけで倒せるとは思ってはいない。一度落ち着くために、まず蛇と俺たちの距離を離すことが最優先だ。


 さあ、そっちはどう出る? どんな攻撃にも俺は対応して見せる!


 そう意気込んだ俺の予想は全く予期しない形で外される。



「え? ……倒せたのか……今ので」



 一切の手応えがなかった。まるで無抵抗。あんなに恐ろしく見えた蛇の大群は一瞬で消え失せた。


 俺は辛うじて生き残った一体の想像の数倍小さい蛇に【鑑定】を使用した。



「『リトル・スネーク』……レベルは……1ぃ!? 」



 状況も考えずに叫んだ。


 まさか上級ダンジョンで見ることになるなんて。一度も見たことがなかったレベル1のモンスターを……! 


 そのステータスの貧弱さは耐久力と持久力が1桁と言ってしまえば誰だってわかるだろう。


 なんでこんなのが上級ダンジョンに……? 頭はこんがらがってきた。意味がわからない。なんでこの程度のやつをあんなに高レベルなモンスターが……? 


 沸き上がる疑問とともに、再度襲いくる蛇の波。それを俺は今度はただの【念動魔術】でかき分けていく。あまりにも弱い。あまりにも脆い。木ノ本のことを俺の魔法が傷つける心配はもうない。まあ物量が物量なので一時的に足止めはされてしまっているが。



「なんて数だっ。こんなの倒してもキリがないぞ! 」


「剣太郎くん。あのモンスターの見た目に覚えない? 」



 俺の混乱状態を一時的に止めたのは、何故か青ざめた顔をしている木ノ本だった。彼女の視線は覆いかぶさる蛇の集合ではなく悠々と椅子に座ったままこちらを眺める蛇女に向いていた。



「いや見たことないモンスターだ!  初めて見る! 」



 口は動かしつつも思考と意識の大部分は未だにこのレベル1の大群に囚われていた。何の仕掛けがあるのかはわからないし、俺は大丈夫でも木ノ本には害があるかもしれない。あらゆる可能性を考えて念動力で弾き続けた。


 しかし木ノ本は俺の回答に、首を振った。



「違うの。私が言いたいのはあの髪の毛が蛇になった女の人の姿のこと。見たことない? ダンジョンの中じゃなく現実世界・・・・の方で」


「俺たちの世界で……? いや……すまん。そういうのに疎くてさ……何のことだかわからない」


「じゃあ剣太郎くんあのモンスターの名前は何? 」


「レベルは140で……名前は…………少し読みにくいな……『女帝ィメド・ゴルゴナス』……」



 木ノ本は絶望的な表情をした。何か最悪な可能性を思いついたように。



「ゴルゴナス……ゴルゴーン……。アレってメドゥーサ(・・・・・)みたいじゃない? 」



 瞬間頭を駆け抜ける記憶。どこかで見た既視感がさすがに聞いたことがあるその名と繋がり、木ノ本の考えをすべて理解するまでに至った。




「『超反応』!! 」




 この瞬間にできる最も速い離脱方法を迷わずに選択。木ノ本を抱きかかえて横に移動。蛇女……メドゥーサのあの眼光から逃れるために。




「いやもう無理じゃ……小僧。貴様は詰んでいた。この迷宮に無謀にも一人で入った(・・・・・・)その瞬間から……の 」


「……ぐああああああああ!! 」




 筋肉が痙攣した時の数百倍の痛みが右足を襲った。


 回避は間に合わなかった。そのまま不細工に墜落し、全身をまだ蛇へと変貌してない硬い床に打ち付けた。俺は痛みをこらえながら、足に震える手を触れさせる。


 硬い。冷たい。まるで『石』みたいに……。いや石そのもの。激痛だけはあるのに神経は通っていない感覚。全く動かせない。



「妾の『魔眼』は一瞬でもこの目に魔力が映った者(・・・・・・・)の体の一部分をいつでも石化することができる。それがたとえレベル100以上であっても一人までなら例外ではない……」


「そんなこと……どこにも! 」


「おうおうどんな冒険者も戦士も騎士もそのような言葉を吐きおった! 中にはお主のように自らのレベルやスキルを隠すものも多くいた。だが甘いの。情報とはあえて見せることでより強大な効力を発揮するというもの! 隠すだけではあまりに芸がない。だからお主らはだまされるのじゃ。モンスターが情報を『偽る』などという可能性を考えもせん! 」


「なっ……! 」




 言葉もなかった。まさかレベルが100以上にもなるモンスターが鑑定スキルの対抗策をこのように取ってくるなんて……。


 積み重ねられた人間との戦闘経験。巧妙に仕掛けられ、油断を誘う罠。本命として用意された切り札の悪辣さ。まるで年季が違う。勝てる気がしない。



「そうじゃ! その顔を見たかった! その絶望で支配された顔! 絶対強者の自信を持ってこの迷宮に挑んで来た勇者たちがすごすご逃げていく背中に石化の呪いをかけたうえで小蛇に食わせるのは退屈じゃった! 礼を言うぞ小僧! 」



 知りたくもなかった蛇女の思考が今わかった。なぜこの場にレベル1のリトル・スネークがいるのか。


 それはこの上級ダンジョンに足を踏み入れられるレベル帯の人間たちに最大の辱め(・・)を与えるため。鍛え上げたステータスを無にする石化の呪いをかけて最弱のモンスターに少しずつ食い殺させること。絶望と屈辱で染まった人間の顔を見ること。



「さあお行き。妾のかわいい子供たち……獲物はあの……人間の子供じゃ! 」




 殺到する蛇の大群。レベル1だ。いつもならわけもない。だか今は足を封じられ敏捷力どころか魔力さえも著しく低下している。それにいつ新たな部位を石化されるかもわからない。


 万事休す。いいや……こんなところで諦めるわけには──



「久々のオオモノ、決して楽にはさせんぞ。じわじわと嬲り殺しじゃ」


「くそっ! くそぉおおおおおおおおお! 」

 


 ――追い詰められた俺の頭では未だ気づかない。



「っ! 剣太郎くん……。わたし……私は……──」



 ――『蛇の女帝(メドゥーサ)』の"眼"に木ノ本絵里が全く写っていないことを。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんか毎回調子に乗って死にかけてって言うのを繰り返してて主人公は学習能力がないのかと思ってしまう
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