不慮の大事故
まあグリーンの呪いだか何だかは知らないがあのお面を被らなければ目立つことも無いはず。そう判断した俺はしばらくしていなかった迷宮探索を今日また再開することに決めていた。
今の俺の実力を試すためだ。“竜王の巣”のような『外れ』を引く可能性はあるがそれはそれで好都合。今よりもさらに強くなることが確定する。
「もう出てくの? さっき帰ってきたばかりだよ?」
玄関で支度をしていると妹が声をかけてきた。『魔王に魂を取られる』なんて一大事があったものの今のところ異常はない様子だ。こうして今も【鑑定】スキルを使っても何の反応も異変も無い。
「まあちょっと体動かすだけだからすぐに帰ってくるよ。梨沙は今日家にいるのか? 」
「多分……」
「そうか……。最近物騒だからさ。夜遅くなったらあまり出ない方がいいかもな。ごめんな。口うるさくて」
「ううん全然。じゃあ……いってらっしゃい。兄さん」
「おう。6時くらいには帰ってくるよ」
ドアをしめた後に実感した。
ああ、この程度の挨拶ができることがどれだけ得難いことなのか。梨沙が急に懐いてくるようになった原因は分からないけど……また仲良くなれて良かった。
そのように俺の数日ぶりの上級ダンジョンへのモチベーションはかつてなく高まっていた。まさかあんなことが起こる何てこの時は考えてもいない。言い訳をさせてもらうと俺にはどうしようもなかった。だって今までそんなことは一度も無かったんだから。
「お……」
「あ……」
予想外のところで予想外の場面に予想外の顔に会ったため一瞬反応が遅れた。だけどあの祭りの日があってからはもう彼女の顔は忘れることは絶対ないだろう。直前に鍵穴に突き刺した魔王の鍵を背中に隠しながら俺は声をかけた。
「……木ノ本じゃん。家こっちのほうだったっけ? 」
「……今日は部活の帰り。大和町の公園にジョギング用のコースがあるからこの曜日はいつもそこで練習してるんだ……。剣太郎君はアレかな? 例のバッティングセンター? 」
「あぁ~えっと……まあそんなことかな……? 」
気まずい。初めて会った時よりも。理由は分かっている。あの祭りの日、俺は知り合いの中で唯一木ノ本にだけはお面を取って顔を見せている。
さらに木ノ本にはロケット花火で手助けしてもらった上に、彼女の目の前で金属バットを魔王に振りかぶって倒してしまった。俺は分からなかった。木ノ本がどれだけ俺の『力』に気付いているのか。海斗は言っていた。木ノ本には『悪魔』が見えていると。
クラスも違い、お互いになんだかんだ忙しかったので確認しに行くことも出来なかった。まあ少々恥ずかしかったのもある。そのツケを今払うことになるとは。
「あ~えっと……マジで大変だったなあの日はさ。あの女の子も無事に親に会えたんだっけ? よかったよな」
「う、うんそうだね! 本当に……ホッとした。ご両親が生きてて……」
「木ノ本は体大丈夫か? 体に怪我とか体調不良とか残ってないか? 」
「体は全然平気。今日もタイム測ってみたらいつもより調子よかったぐらいで……剣太郎君は無事? ……あの……右手は……」
青ざめる。今思い出した。そういえばあの時俺の右手は魔王にぶった切られていたんだった!
やっべえ……。何て言い訳すれば? いやそもそもの話だが言い訳は通用するのか? どれだけこっちの事情を分かってるのか分からない木ノ本に対して。
沈黙の時間が流れる。どちらもその場をピクリとも動かない。
そんな沈黙を破ったのはバチバチという電気の音。音の出所を探す。俺のスマホが壊れた音でもない。他に電子機器はそもそももっていない。
じゃあ木ノ本か? 俺は彼女の顔を見た。目を見開いてある一点を見つめて驚くその顔を。一瞬分からなかった。一体何をみているのか。
その直後に察する。俺の背中側に視線が向いていることを。
振り返ってぎょっとした。
「なんで……鍵が……! 」
上級ダンジョンにはもう数十回以上行っている。その手順は俺にとってはもうお手のモノだ。『開』の文字を見つけて『魔王の鍵』を近づけさせると鍵穴が出現。それに魔王の鍵を差し込んで回すと上級ダンジョンに転送される。
だけど俺は知らなかった。実は鍵を回す必要は無いということを。トンネルの壁にできた鍵穴に差し込むだけで勝手に上級ダンジョンへのルートは開かれてしまうこと。そしてこの場合上級ダンジョンに転送されるのは鍵を差し込んだ人だけじゃない。その時、そのトンネルにいた全員。つまり……
「……え? 洞窟? どこ? ここ……? 私……何が……」
俺は連れてきてしまったんだ。一般人を迷宮に。それもただのダンジョンじゃない。出てくるモンスターの平均はLv.80は下回らない地獄の上級ダンジョンにレベルもスキルもステータスも戦う術も無い木ノ本絵里を。
「キシャアァアアアアアアアアアアアアアア―――――!! 」
「きゃあああー!」
レベル97『リザード・ヘッド・コマンダー』の大号令とその『身の丈20mを超えるオオトカゲの立ち上がった姿』を目の当たりにした木ノ本の悲鳴が大きく共鳴した時『上級ダンジョン:有隣亜竜の住処』は釣られるように轟いた。
まるで久々に来た獲物に歓喜するかのように。




