保持者(ホルダー)
「ごめん。そういえば説明してなかったね。『保持者』っていうのはね。レベル・ホルダーの略。つまりレベルを持った人たちのことを指してる。でも私達『迷宮対策課』ではさらに別の意味をこめている。それは私たちの組織に所属していないレベル保持者のこと。つまりは未管理者達ね」
「未管理ですか……」
「覚えてる? 古村君と和田さんのこと。あの二人も最初は『保持者』だったんだよね。古村君は『モンスターを倒してレベルを手に入れた』という情報をネットでつぶやいた時に、和田さんはモンスターをたまたま倒してしまって怖くなって、警察に駆け込んできた時にそれぞれ存在が発覚したんだ。犯罪を行わない『保持者』に対して私たちが行っていることは秘密裏に接触した後に『守秘義務勧告』と『協力要請』をすること。手に入れた力のことを誰にも言いふらさず、無暗に使わないことと対策課に協力してもらうことを約束してもらってる。もちろん給料は出るよ」
「アレ……? でも俺にはどっちも無かったですよ」
「それはね……まず君が隠れるのがうますぎるからだよ。城本君……いや『少年C』」
俺が抱いた当然の疑問に対して唐本さんは大きくため息をついた。しかし俺はそんな彼女の様子よりも何よりもその謎の呼び名の方に意識が向いた。
「何なんですか? その『少年C』って奴。何度かそう呼ばれてたんですけど……」
「ああそれはね仮称だよ。存在だけ判明していてそれ以外の詳しい情報がわからないホルダーに対しては分かりやすいように仮称――あだ名をつけるの。古村君は初めて見つけられた未成年の『保持者』だったから『少年A』。そして3番目に存在が発見された未成年の城本君は『少年C』ってこと。……驚くかもしれないけどね。まだ君のことを対策課では『少年C』って呼ばれてるよ」
「えぇ? じゃあ何で唐本さんは今ここに……? 」
「単純な話だよ。それは君から電話をかけてくれたからね」
愕然とした。まさか……俺はてっきり……
「もうとっくの昔にバレてると思ってました」
「君は友人や家族どころかネット上でも自分がとてつもない力を持っていることを言ってこなかった。つかめた尻尾は一度警察に通報してきた音声だけ。これだとさすがに大胆に動くことは出来ない。だから私たちはいくつも手を打って君のことをあぶり出そうとしたんだよ」
「大和町の迷宮が全部無くなっていたことと、あえて後を付けさせたことですか? 」
「ご名答。さすがだね。でも私たちは絞り込みをしていく内にあることに気付いちゃったんだよ。祭りの日にオジサンから聞いたでしょ。『私達』は『少年C』から手を引いた。はっきり言って深く関わらないことにした」
「なんでですか? 」
「さっきも言ったでしょ。一つは城本君の性格。善良でこっちから"お願い"しなくても周りに迷宮のこともペラペラ話さないところ。そしてもう一つは……『電光石火』」
突然の拳。雷のようなバチバチという音がした。そう認識した時には一本の右腕が俺に向かって伸びてきている。とてつもないスピードだ。この拳には音すら置き去りにしてしまう勢いがある。
「……『パワーウォール』」
だけどまだ遅い。俺に攻撃を当てるには。攻撃を魔法で止めたことに一息ついた後に俺は当然のごとく抗議した。
「今、止める気なかったでしょ? 心臓に悪いからやめてくださいよ」
「一応寸止めするつもりではあったよ。でもどちらにせよ無理だったと思うよ? 君に攻撃を当てるのはさ」
この場合正直に言った方がいいんだろうか。言葉に迷った俺に対して先に口を割ったのは唐本さんの方だった。
「ちなみにだけど今の攻撃は私個人でも、『迷宮対策課』の中でも最速なんだ。つまり私たちは不意打ちですら君に攻撃を当てることすらも叶わない。これが何を意味しているかって言うと私達『迷宮対策課』が全員集まっても君1人にすら敵わない」
「……つまり? 」
「『長いものには巻かれろ』『寄らば大樹の陰』。言いようは色々あるけれど、まあ言葉を選ばないとビビってるんだよね。君のことを」
それは予想を俺の超えて、あまりにもあけすけな言葉だった。ちょっと反応に困る。
「俺ってそんなに危なそうに見えるんですかね……? 」
「いやいや私たちは君の善良性は知ってると思うよ。何度も言うけどね。でも余りにもその力の差が大きすぎるとね。まあ色々考えてしまうんだよ。大人は。………というわけで君のことはまだ私たちの組織も判断できない状態にあるという話でしたー。他に何か聞きたいことある? 」
ちょっとまだ消化不良な部分を残して唐本さんの話は一旦終わってしまった。けれど想像していたよりは多く聞けた。けれど一切聞けてない部分がある。本来俺は『その話』を聞くためにここにきた。俺は腹をくくった。これから耳にする全ての情報を受け入れる覚悟を。
「あの日……台倭神社で何人亡くなりました? 例外なく全ての数を教えてください」
『本当に聞くの? 』という視線を向けてくる唐本さんの無言の確認に、俺はゆっくりと頷いた。
「……祭りの来場客の中で軽傷は1000人以上。中でも重傷者は300人近く。その内死者は12人。モンスターのことを認識してしまって心の傷を負ってしまった人の数は数えきれないでしょうね」
「……戦っていた人たち……唐本さんの仲間は? 」
「重軽傷者の数は数えてない……日常茶飯事だから……その中で対策課から出た死者は18人かな」
目をつぶって考えた。合計30人という数を。
多いな。高校生の1クラスまるごとだ。
「城本君……これだけは言わせてもらうけど君が気に病む必要はまったく無いよ。あのモンスターが現れる条件と、あの悲劇が起こってしまったことに、君は何も関係ないんだから。むしろ貴方は感謝されるべき。生き残れた数千人以上が助かったのは全てあなたのお陰なんだから……」
「ですが今度もまた……来るかもしれないんですよね? あの強さかそれ以上のモンスターが」
俺のその質問に対して唐本さんは目をつぶって首を振った。
「わからない……。事前に予測できる精度はだんだん上がって来てはいるけれど……どの程度の強さのモンスターが現れるかは全く」
「それなら……備えないと……俺も唐本さんたちも……この台倭神社よりももっと酷いことが起きるかもしれないんですから……! 」
そうだ。ずっと考えていた。モンスターが現れ続けている現状に対して俺は家族を友人を守り切ることが出来るのかと。俺は一度見てしまった。レベル200を超えた災害の化身のような怪物を。
もし竜王が解き放たれたら大和町は丸ごと灰になる。なすすべもなく一瞬で、だ。だから俺はもっと強くなる必要があるんだ。全てを守るためにもっと……。
「最後にいいですか? 」
「うん、いいよ。何? 」
「唐本さんにというか『迷宮対策課』にお願いがあるんです」
その夜。大和町のスーパーの屋上にて一人の女性が電話をかけていた。相手の男は女性の報告を受けて笑い声をあげた。
『さすがだなあ『少年C』は。死者数を聞いて責任感を強めるだけでなく、今後に起きうるモンスター出現位置の『情報』と少年Aによる安定した『武器供給』を求めてくるとは。上層部の老人たち好みの素晴らしい人格だな。いや……予想以上の結果だ。ご苦労さん唐本』
「さすがに悪趣味すぎませんか? 赤岩さん。未成年の良心にありったけ付け込むなんてこと……『上』が知ったらなんて顔をするか」
『我々はただ情報を与えただけだ。それを聞いて彼がどんな行動をするのかは完全に自由。他のホルダーのように我々の管理下に置くことも無い。これは中々に好条件だと思うがね……? 』
「詭弁ですよ。開示する情報をあんな風に意図的に選んだ上で教えたら、それは『やれ』と言っているようなもんです」
『ならどうすればいいと思う? 彼を泣き落としてどうか日本国のために心身を粉にして戦い続けてくださいとでも言う気か? それこそ残酷だ。現状日本には『少年C』以上の強さを持つ者は一人もいないんだぞ。彼一人の両肩に今後全てのモンスター討伐の責任を押し付ける気か? 』
しばらく流れる無言の時間。沈黙を破ったのは女性の方だった。
「やっぱり赤岩さんには彼の名前を教えることはできませんね……」
『興味があるのは上層部だけだ。俺は知る必要は無いと思っている。あのグリーン・バットの正体をな』
「……? なんですか? それ」
『ネット上で流れたただの噂だ。だが少しずつだが着実に拡散していっているぞ。俺はこの動きを放置することにした。荒れた時代においてはいつも大衆が求めるのはヒーローだからな』
「いったい……何を……」
『唐本。お前も国家公務員の一人であると言うならいい加減割り切れよ。いくらその【雷撃魔法】で機器を狂わせることが出来るとしても単独行動は限度があるぞ。我々の目的は『モンスター災害の被害』を最小限に抑えること。ただでさえ日本は他国に後れを取っているというのに手段を選んでられんのだ。全ては国家平安……迷宮関連死を0にするために……――――』
女性は電話が切れた後も画面を見て考えていた。今まで話していた男のこと。その過去を。
(やっぱり……『娘』さんのことは赤岩さんにとってはそれだけ大きかったんですね……)
一難去ってまた一難。台倭区、大和町の夜空は今後の荒れ模様を予感するように曇っていた。




