無双と殲滅
器用に30。少し前の俺がそんなことを聞いたら自分の正気を疑うだろう。
けれど確信している。この方法が一番勝機があることを。
理由は争っているモンスター達を観察していてあることに気が付いたからだ。
未だに殺し合いを続ける凶暴な怪物たち。目の前のすべてに牙を剝いていると思いきや実は違う。同種同士の帰属意識とでも言うべきか。同じモンスターは互いを攻撃せず、庇いあうような動きをしている。
──ただ一つ。獰猛かつ凶悪なバニー・ファングという唯一の例外を除いて。
分け隔てなく目の前の獲物に噛みつく兎の怪物にとって、どうやら"同族"という概念はないらしい。他種族だろうと同族だろうと構わず食らいついている。
それはつまりモンスター同士の殺し合いの中で、唯一バニー・ファングだけはどさくさに紛れて一方的に倒すことが可能であるという事実を示している。仲間からの報復の心配が無い、コイツだけを狙えば大きな『経験値』を連続して確保出来る可能性があるんだ。
もちろん近づいて背中からバットで襲い掛かるなんて真似をすれば、こちら存在を察知したモンスターに囲まれて袋叩きになるだろう。そこで登場するのが鎧の人物が持っていた5本のナイフ。
この古ぼけたナイフはシンプルで刃渡りもそれほど長くない。とても投げやすそうなデザインをしている。
当然、野球の投球とナイフ投げの要領は全く違うだろう。だけど通じる部分はある。俺はこれから5本とも正確に一番弱っているバニー・ファングを狙って一撃で仕留める必要がある。それも俺の位置を悟られないように、だ。
小さな頭に数十メートル離れた場所からナイフを確実に突き刺し殺す。そのための器用の強化。柔軟性を強化し動作の精密性を大きく向上させてくれるこのステータスを上げて可能性を少しでも上昇させた。
「でも、外したらそれも全部ムダ」
弱音を吐く。中学でマウンドに立っていた時、ピンチの場面ではいつもこうしていた。気持ちを素直に口に出すと自分の置かれている危機的状況がどこか他人ごとに思えてくるからだ。俺は知っていた。力を抜いた時の自分が一番調子が良いということを。
「……ふっ! 」
呼吸と共に投げる。手首を柔らかく使うことを意識して投げられたナイフは放物線を描いて狙った一匹目の額に吸い込まれた。
「1本目」
もらったポイントは50。まずまずだ。しっかりと上昇した保有経験値を確認して再度、振りかぶる。
「2本目」
命中。今度は腹。大穴の開いたウサギの身体は黒い煙となって俺に吸い込まれた。
ここで溜まった100ポイントを『敏捷性』に30、『力』に30、『持久力』に40を振り分けて3匹目。強化された能力を試すことを目的とした3投目はより腕の振りが早く、力強い回転を生み出した。
「3本目」
パワーがついたため少し狙いが外れた。けれど威力は十分。ナイフが脇腹にかすめたウサギは噴水のように血しぶきをあげて破裂した。もらったポイントも60と悪くない。『力』に40、『器用』に20を注ぎ込む。
「4本目」
急上昇し暴れる筋力を、身体を操る正確さで抑え込む。狙い通り。二枚抜きだ。俺から見て丁度、直線状に並んだ二匹のバニー・ファングは一本のナイフに貫かれ、ほぼ同時に死亡する。手に入れた100ポイントを全て『持久力』に。最後の一投。狙いは最初から決めていた。ここから一番手前に居たひときわ大きなブラッド・ハウンド。どれだけ身体が強靭になっても、触手が厄介でも、頭がもろいことには変わりない。
「5本目」
放物線を描いて回転し犬もどきの頭部へ。しかしそんな真っすぐすぎる攻撃は奴には通用しない。ナイフは2本の触手をもってして弾かれた。
「ここまで作戦通り」
瞬間、確かにわかった。顔のないブラッド・ハウンドの動揺を。いつのまにか目の前にいる俺を認識したことによる僅かな感情の変化を。伸ばし切った触手を戻して防御しようとするが……あまりにも遅すぎる。
「殺った……200か」
バットをコンパクトに振り、触手の付け根を叩く。こうされるとコイツは一たまりもない。200のポイントを残して崩れ落ちた。
作戦は全て成功した。4本のナイフを当て、5本目のナイフを投げるのと同時に【疾走】スキルを使用する。俺には感覚があった。あと数回使用すれば【疾走】のレベルが上がるということを。
レベルアップはあまりにも理想的なタイミングだった。犬もどきとの距離を詰める途中。丁度両者の間が10メートルほどになった瞬間、一瞬でレベルアップを済ました俺は【疾走 Lv2】で残りをいきなり一歩で詰めた。奴の視点では俺が瞬間移動でもしたように見えただろう。
「……ふぅ」
仕切り直すように息を吐く。状況は終わっていない。俺が突っ込んでいったのは総勢100は下らないモンスターの海。向けられた視線を探るまでもない。今この場にいる全ての狂暴なバケモノたち全ては俺を標的にしていた。
「『持久力』に100、『耐久』に100」
言語を理解しないこいつらには分からないだろう。今のポイントの振り分けの意味を。体力が尽きるまでに、心臓が止まるまでにこの場にいる全てを狩りつくすという俺の意思を。
「さあ、いくぞ」
動き出したのは互いに同時だった。
四方から突撃してくるロック・ラット。確かに速い。目で追うのがやっと。でも柔らかい腹部が弱点であることは三階層の時と変わらない。さっきより素早くなったバット裁きで、すくい上げて腹から体内にダメージを与える。獲得したポイントは全て『持久力』に。
土を掘り、地中から奇襲を仕掛けてくるバニー・ファング。三階層の時と比べてはるかに攻撃的。だけど飛び出す瞬間、地上を一瞬伺おうとするのは相変わらずだ。一瞬だけ出た耳を鷲づかみ硬い地面に叩きつける。ポイントは全て『持久力』に。
パンチング・リザードは視野が広い。四階層の犬もどきによる触手の全方向からの攻撃にも対応できたほどだ。三階層に比べて全身が発達し、動きのキレが良くなってはいる。だけど目が横についている弊害の正面からの波状攻撃が苦手なことに変化はない。
脳内で弾ける【棍棒術 Lv2】の文字。金属バットとより一体になった俺のフルスイングはトカゲの前足を粉々にした。
無心でバットを振るい、頭は常にポイントを振り分けていく。
叩く。振り分け。打ちのめす。振り分け。叩き潰す。振り分け。徐々にその作業が速くなっていく。モンスターたちはようやく気づいたようだ。四階層は既に俺のための狩場になっているということを。そのうち数体は小賢しくもこの場から逃げ出そうとしていた。
「逃がさねーよ」
「グギャァ……ッ!? 」
地面から拾い上げたナイフをすかさず投げた。錆びついた刃は吸い込まれるように遠ざかる背中に突き刺さる。
反響する怪物の断末魔。
絶えず供給される黒い霧。
バットを振る度に手に伝わる血肉が砕け散る感触。
ポイントを振るたびに湧き出てくる体力を振り絞り、動きを最適化していき、長いようで短かった戦いの時間は過ぎ去っていった。
新たなスキル【投擲術 Lv1】とLv18の文字がステータスに刻まれたのは五色の迷宮―四階層から俺以外の全ての生き物がいなくなったのと同時だった。




