激怒
「終わった! 新手は何体!? 」
「5体! 10時方向! 」
台倭神社、境内の裏手の森。迷彩服を纏った男女合計8人が戦っている。中でも獅子奮迅の活躍をするのは唐本舞。
「『雷神剣』! 」
雷を操る【雷撃魔法】の技を繰り出し、稲妻のような高速移動で迫る巨体を回避し、悪魔の軍勢を端からなで斬りにしていっていく獅子奮迅の勇姿。
一見すると人間優勢……彼らの戦いぶりは順調そのものと言っていいほどだった。
「舞さんヤバいっス……! 追加で20! 30秒ほどで接敵します! 」
「なっ……! 」
確かに、この夜だけで迷彩服たちのレベルは凄まじい勢いで上がっている。未だにイビル・レギオンを単独で圧倒する力は手に入れられてないものの、高度な連携で各個撃破に成功している。格上を連続で撃破し、士気も十二分以上に高まっている。
だがしかし敵の数が多すぎた。発生したモンスターが無尽蔵すぎた。人の体力は決して無尽蔵ではないのに。
だれの目から見ても迷彩服の彼らの"限界"は迫っていて、言うまでもなくその感覚は"戦っている本人"
たち"が一番よくわかっていた。
「[魔力]が、切れた……」
「回復薬】は? 」
「……ありません。すっからかんス」
「うん、ここを抑えるのはもう無理。岩さんに連絡して。人員かきあつめて避難者を別の場所に移動させようって」
「でも舞さん……この数っスよ!? 」
後ろを振り返る。その背中には負傷を抱え、息も絶え絶えな一般人が数十の不安そうに揺れ動く視線が注がれていた。
明白だった。この数の人間をこの戦場で動かすのは無謀であると。
けれども悪魔におびえ、傷ついた"戦えない者たち"を見捨てるわけにもいかなかった。
「そのために私たちがいるんでしょ!? 死ぬ気で時間稼ぐよ……! 」
人間たちが抵抗を決心する一方で、悪魔の軍勢は到着する。人を弄んで殺すことを好む狂暴な魔獣はエサがまだたくさん残されていたことに驚喜した。
この瞬間、迷彩服たちの心は一つになった。『一体たりとも後ろに通すわけにはいかない』と。
「ここで切り札使う! 奴らを集めて! 」
舞の宣言と共に彼女の中で爆発的に高まっていく魔力。他7名は武器も魔法もスキルを集中させ、決死の覚悟で悪魔を舞の正面へと追い立てていく。
「『ライトニング・ランス』! 」
発声に呼応して一条の雷光が迸った。【雷撃魔法】の奥義、残存魔力を全て使用し掌から"光の槍"を放つ大魔法は追い立てられて重なった悪魔の身体をまるごと貫いた。
(レベル60! 届いた……! )
こうして大量のポイントを入手しとうとう単独でイビル・レギオンと渡り合える水準まで到達した舞。しかし得たものはそれだけだった。
(体が……うごかない! )
全身に発生した脱力感と疲労感で崩れ落ちる舞。受け身をとる間もなく大地に叩きつけられる彼女にさらなる追い打ちがかかる。
「ア唖亜亜ア嗚……! 呼ァア嗚呼……!! 」
殺し損なった数体のイビル・レギオンが舞に向かって殺到したのだ。舞は冷静に後ろを振り返ると、そこにはこちらに背中を向けて非戦闘員を退避させている仲間たちの姿がある。
(……訓練通りね。それでいい……)
舞も仲間達も分かっていた。舞が『ライトニング・ランス』を使うとその後1時間は戦闘で使い物にならなくなってしまうことを。
もちろん1時間という時間は戦闘中においては致命的。使ったら最後、使用者はただの足手まといになり替わる。
故に『切り札』。ゆえに『奥の手』。時間稼ぎのために、この切り札を切った瞬間、舞が助からないことは確定していた。
(でも……簡単には死んでやらない。一体とは刺し違えてやる……! )
それでも舞が折れないのは持ち前の心の強さだろうか。視線はそらさずに、懐から取り出した護身用ナイフを握りしめると、先頭を行く悪魔をにらみつけた。
両者の間合いは加速度的に縮んでいく。うずくまりつつ凶器を隠し持つ舞。感電して火傷だらけの羽を動かし突進する4体のイビル・レギオン。
その距離が5mを切った時――"第三者の介入"は突如として行われた。
「『乱打』ァ!! 」
はじける火花。目にもとまらぬ光の乱舞。それが金属バットの照り返しであることに舞が気づいたのは目の前まで迫った悪魔の尖兵がミンチにされた後だった。
「ケガはないですか!? 唐本さん……! 」
茫然とへたりこんだ舞に声をかけたのは『戦隊グリーン』の面を頭に被った不審者。本来ならば最大限の警戒を払うべき相手。けれど舞は赤岩からの全体連絡を受けているため知っていた。この人物――――この少年こそ自分たちが長い間正体を掴めなかった謎のレベル保持者『少年C』であることを。
「君は……もしかして……」
だが舞の驚きはそれだけじゃなかった。お面の奥から聞こえるどこかで聞き覚えのある声。それに自分の名前を知っているという事実。彼女の頭はある一つの人物の顔を思い出していた。とあるトンネルの前で出会った、名前も知らない高校生男子の顔を。
「まずは情報共有したいです! 神社から出られなくなったことは知ってますよね!? 」
だがお面を被った少年Cの剣幕にすぐに余計な考え事をやめ、舞はこくりと首肯した。
「うん。だから私たちは安全な場所を探してそこに人を誘導することと出口を探すことの両面作戦をしているんだけど……後者は全然。手がかりもつかめてない」
「そうでしょうね。出口はありませんから」
「え……? 」
舞は絶句した。
お面越しに放たれた衝撃の事実に。今までの自分たちの奮戦が無駄に終わったかもしれないという現実に。
(じゃあ……今までの努力は全部…… )
「だから俺たちが唯一助かる方法は――アレを倒すことだけです」
絶望に心を包み込まれそうになりながら、少年の指さす方向を反射的に見ると、そこには悠然とこちらを見下ろす絶望の化身。舞のレベルの丁度倍、レベル120の【魔王】がいる。
「もしかして……君ならアレを倒せるの? 」
「わかりません。やってみないと」
震え声に返ってくる正直過ぎる答え。舞が『そうだよね』と言ってうなだれると、少年は再び口を開く。
「アイツと戦う前に頼みがあります。俺が戦うための時間をアナタたちで出来るだけ稼いでほしいんです。恐らく魔王との戦いはかなり厳しいと思います。下のイビル・レギオンに俺は対処できなくなってしまう。だから……お願いします」
絶体絶命。鬼気迫る瀬戸際の状況で。深々と頭を下げてくる少年の姿に舞は呆気にとられていた。彼女の心中に沸き上がったのはいくつもの疑問の声。なぜこの少年はこれほどまでに力をつくしてくれるのか。なぜ圧倒的な強者の前で恐怖で足がすくまないのか。なぜ今から『最強の敵』と戦うというのに何故これほどまでに冷静でいられるのか。
(これが年下の男の子かもしれないなんてね……敵わないなぁ)
ふらつきながら立ち上がり、お面の穴の奥の目を見すえると舞は決心するように大きく息を吐いた。
「分かった。でも一つだけこっちも頼みがあるの。ある二人と今すぐに会ってくれない? 」
唐本さんが連れてきたのは迷彩服を着た二人。俺と同じ高校生ぐらいの男子と俺の父親くらいの歳の大人の男だった。
「初めまして『少年C』。ボクは『少年A』こと古村仙太。こっちのオッサンは和田さん。よろしく。お面似合ってるね」
どこか海斗を少し思い出させるような雰囲気の古村。そして無言で頭を下げてくる和田さん。俺も自己紹介を釣られてしそうになるが、古村は慌てて止めてくれた。
「俺の名前は……」
「ああ! イイってイイって。まだ『この人たち』に身バレしてないんでしょ? 凄いね。ボクなんてレベル4ぐらいの時に一瞬で見つかったんだから……! ほんとムカつくわ~」
聞いても無い情報をペラペラと話し出す古村という男子。一体全体なんで今このタイミングで……コイツと?
思わず沸き上がった疑問をそのまま口にしそうになったその時、古村の体に[魔力]が渦巻いた。
「まあ本当に自己紹介はいらないよ……ボクが用があるのはソレだけだから……『修復』……! それと『武装強化』!」
古村の右手が俺のバットにかざしたのと同時。雑に使っていたせいでへこみや傷だらけの金属バットはみるみるうちに修復されていく。まるで時がさかのぼり、新品だった頃を取り戻しているかのように。
「……これは! 」
「結構、綺麗になるもんでしょ? あとそのバット、コンクリに1000回くらいぶつけても壊れないくらいにはなったから! はい和田さん後はよろしく! 」
「……『全回復』」
一方の和田さんは始めて口を開いたと思ったら、いきなり魔法を使用。今度は俺自身に手をかざしてくる。"効果"はすぐに表れた。みるみる内に体のどこかから活力が湧いてきて、手足を見ると細かい傷も治っていっている。
「和田さんはウチの中で唯一[魔力]も[体力]も『負傷』も回復できるんだよ。凄いっしょ? 」
ステータスを確認する。間違いない。すっからかんに近かった俺の魔力は全快していた。
「すごいな。体もバットも元通り以上だ……! 」
「ボクたち『後方支援部隊』はこれぐらいしかできないけど……どんな形でもヒーローの力になれたらうれしいよ」
「ヒーロー? 」
「謙遜しなくていいって。だってそうだろ? ヒーローってのは正体を隠して見ず知らずの人達を助ける最強の男。まさに今の君のことじゃん」
ヒーロー……ヒーローってあの平和を守るため怪人やら悪の組織と戦ったりするあのヒーロー? ……俺が?
違う。それは違うよ、古村。
俺はそんな大層なモノじゃない。今だって余裕なんて一切なくギリギリだ。それに人助けだって純粋に見ず知らずの人を助けたかったわけじゃない。ただのついでだ。本当に助けたかったのは少しの友達と知り合い、そして俺の……――――
「おい……アレ……人じゃないか? 」
その時、迷彩服の一人が空を指さした。悠然と飛んでいる魔王の近く。10人の少女の身体が浮かび上がっている。
俺は見た。
見間違いはあり得ない。
記憶に染みついたその姿。
今までずっと探していた。
この大混乱の神社の中を。
だけど見つからなかった。
どこを探しても。
手当たり次第に人を助けても。
まるで誰かに隠されていたかのように。
「――――…………梨沙……? 」
名前を呼ぶ。
魔王が紫の光を一瞬放つ。
10人の女の子の身体が一斉に地に落ちていく。
それが全て同時に起きた。
「……【念動魔術】!! 」
どうして? 何で妹が? なんで【魔王】に?
浮かび上がった疑問はかなぐり捨てた。
ただ走った。
落下点へ。
落ち行く人影の勢いを『念力』で相殺しながら。
結果、俺は間に合った。
妹も他9人が地面に叩きつけられる前に念動力は身体を浮かび上がらせることに成功した。
だけど俺は……
【魔王】の凶行そのものは……
――――止められなかった。
「……あぁ……嘘だ……そんなの……」
妹の身体を抱える。目は閉じ、表情は眠っているように安らかだ。手首を触った。ああ、嘘だ。嘘だ。嘘だ。頼む。お願いだ。どうか夢であってくれ。なんでだ……?
なんで……脈が無いんだ……?
「ああ……あああ……あああああああ」
「待ってください……! ただ死んでいるわけではないようです。……『反魂状態』というデバフみたいです」
ひしゃげた叫び声を塗りつぶす和田さんの言葉にのろのろと反応する。俺は言われるままに【鑑定】スキルを使用した。
「……これは!? 」
眼を見開いた。
『反魂状態:魂が抜かれた状態をさす状態異常。モンスターが強大な魔法を使用する際の膨大な魔力を用意するために人間に使用することがある。この状態で1時間以上経つと対象者は自動で死亡する。解除のためには全状態異常回復の魔法やスキルを使用するか、魂を抜いたモンスターを討伐する必要がある。』
ああ、そうか。
そういうことかっ。
そういうことなのかッ!
つまり同じだ。
変わらない。
俺が魔王を倒せばいい。
ただそれに時間制限がついた。新たに理由が付与された。
俺が負ければ妹は――死ぬ。
「モンスターの出現を100体異常検知! 場所はここです! 」
迷彩服の一人が叫んだ。その情報が正解であることを証明するかのように『黒い球体』は周囲を囲む。
「――――――――!!! 」
時を同じくして悍ましいほどに大きな魔力を解き放つ白い魔王。まるで黒い球体に祝福を授けるかのように。
『虐ギ亜唖ァ嗚ギ呼阿嗚呼ァ亞嗚呼嗚呼 !!』
生まれ落ちたのは悪魔の尖兵とは似ても似つかない怪獣。10m近い巨躯。イビル・レギオンの完全上位互換『イビル・ヴァンガード』。
「嘘……? レベル90? 」
周囲の人は言葉を失っていた。
恐怖で。
絶望で。
諦めで。
だけど俺は違う。
この心の奥にある感情は何だ?
これの正体は……?
「そっか。怒ってんのか……俺」
魔力が盛り上がっていく。感情が昂るのに比例して。
もう言葉を発するのも億劫だ。技名を叫ぶのすら煩わしい。
雑魚は消えろ。俺の前から。全て。
「――――虐ァッッ!! 」
イビル・ヴァンガード達は生き物が発さないような音を残してねじ切れた。別に技なんて使っちゃいない。ただ【念動魔術】でこっちに来た黒いデカブツの腰を全て引きちぎっただけだ。
梨沙の身体をそっと地面に置いて立ち上がる。
雑兵を一掃してやっとたどり着いた。レベル99に。
ここまでが長すぎた。
ようやくだ。
ようやくあの白いのを叩きのめせる。
「……【念動魔術】」
身体を浮き上がらせる。遥か高く。魔王がいるところまで。
眼の高さで見た『魔王ゼラファー』の姿ははっきり言って醜悪だった。白い外殻に覆われた黒い金組織は内臓がそのまま露出しているかのようにドクドクと蠕動していた。
なんでこんなのに神々しさを感じてたんだ? こんなの気持ち悪いだけの化け物じゃないか。
「――――」
聞き取れない高音を放つ魔王。そこには困惑の感情が明白にあった。恐らくはこんなことを考えていたんだろう。
"なんでこの人間はビビッてないのか"って
俺は白い細い体に金属バットを突き付けて宣言する。
「覚悟しろ。俺はお前を絶対に許さない」




