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再会と絶望

 ”息”を切らし。


 目をこらし。


 耳をそば立てて。



「どこだ……? どこにいる!? 」

 


 ひたすら探す。妹と友人たちのいる場所を。視界に入ったイビル・レギオンを手当たり次第に討伐していきながら。



「クソッ! どうなってんだよ!? 全く数が減らないぞ! 」



 宙に浮いたまま特に何も動きの無い魔王はとりあえず放置。今は地上にいるイビル・レギオンをひたすら狩っていた。倒した悪魔の尖兵はすでに数百体以上。獲得した経験値(ポイント)は300ほど。だけど一向に、全く持って、密度が減らない。


 依然として神社の境内は悪魔で満たされ続けている。



「誰か! ……助けて! 」


「……押すなよ!」


「痛い……」


「なんだよ……なんなんだよ! あのバケモノ! 」



 負傷者も増えていく中、何人かはモンスターのことを認識し始めている。このままだとパニックが伝染していって取り返しがつかないことになる。


 この危険な方法は使いたくなかった。下手をすれば人にも危害を加える可能性があるから。でも手段はもう選べない。状況の収集をつかせるためにも、一度だけ一気に数を減らすしかない!



「……【念動魔術】」



 視界の中に映るすべてのイビル・レギオンの位置を把握。その全てを『念力』をもってして一気に宙へ浮き上がらせる。数にして300以上。悪魔たちの激しい抵抗にあうが魔力で無理やりねじ伏せた。



「【火炎魔術】……! 」



 火の【魔法】の名を口にした瞬間、空一面が赤い炎で包まれる。頭上で花開いた熱に沸き上がる人の悲鳴。響く悪魔の断末魔。全ては黒い煙の奔流へと包まれた。


 これで残存魔力は0。耳と鼻の穴から血が垂れた。一気に魔力を大量に消費したせいだ。しばらくは【魔法】も『技』も使えないが仕方がない。


 使えるのはこの【鑑定】スキルぐらい。視界が一気に青みがかる。もうここにはモンスターは一体も……――――



「やべぇ」



 走り出す。大通りの外れへ。


 距離にして400m以上。そこで一人の女の子が泣いていた。



「ママぁ! パパぁ……! ……どこぉ? どこなの……」



 親を呼びながら彷徨う少女。そのすぐ後ろに上半身だけになったイビル・レギオンが息を潜ませて拳を振りかぶる。屋台の瓦礫の裏にいたようだ。完全に見逃していた。


 くそっ。スキルが無いとこんなに遅いのか……!


 自身の遅さに怒りを覚えた。意識の中だけで時間がスローモーションのように引き延ばされていく。一歩、一歩着実に距離は詰まっている。


 だけどダメだ。一歩、間に合わない。遅すぎる。



「……! 【投擲じゅ……――――」



 刹那、俺は迷ってしまった。


 今は魔力が無い。


 正確な投球ができる『一投入魂』は使えない。


『五色の迷宮』では分が悪い5回の投擲をスキル無しに成功させた。


 偏に自分が生き残るためだけに。


 だけど今回はどうだ? 

 

 あの時とはわけが違う。


 俺が失敗すればあの女の子は死ぬ。


 俺は絶対に成功できるのか? こんな使い物にならない壊れた右肩(・・・・・)で。


 しまったと思った時にはもう遅い。それは致命的な隙となる。



「唖亜阿ァ唖亜嗚ァ呼ァ!! 」



 絶叫をあげて飛び掛かるイビル・レギオンは少女の細い体が握りつぶそうとした。


 ……俺が間に合わなかったせいで。



「ぅ、うわぁぁああ! 」



 "瞬間"の映像はさらにゆっくりに見えた。見覚えのある女子が一人、木の影から震え声を上げて飛び出してくる。


 木ノ本絵里。第一高校(イチコ―)の女子長距離の一年生エース。彼女は優秀な短距離走者(スプリンター)ではない。だからだろうか、彼女の動きにすばしっこさや優れた敏捷性はあまり見受けられない。


 だけど懸命だった。普通の高校生はとても持ちえない度胸で飛び込んで、必死に手を伸ばして、最後には涙を流す少女のもとにたどり着く。そこからさらに女の子を抱きかかえ跳躍。悪魔に背中を向けて少女を庇うように身をよじる。こうして絶対に当たるはずだった悪魔の大腕は宙を切った。



 ……言い訳じゃないけれどこの間も、俺は脚を止めていない。距離は着実に詰まっている。でもそんな渦中で俺は見とれていた。


 木ノ本絵里の必死な横顔に。その一連の動作の優美さに。思い出したように認識した。木ノ本って相沢に負けないぐらい可愛いんだなって。


 意識の中の時間は加速していく。イビル・レギオンは突如目の前から獲物が消えて激昂する。即座に繋がる二激目。だが、それだけはもう絶対に許さない。



「【棍……棒術】ッ……!! 」



 背中のケースから引き抜かれたバットは正確にヤギの頭部の中心へと吸い込まれる。手に破壊の感触が残る前に死にかけの悪魔は霧散した。



「大丈夫か!? 木ノ本!? 」



 お面を取って叫んだ。



「……城本……くん? 」



 目の前でうずくまっていた木ノ本は恐る恐る顔を上げてこちらを見て目を見開いた。飛び込んだ表紙に膝を擦りむいたようだけど、ぱっと見では激しい出血は無い。


 安心した。大事にはならなくてよかった。



「立てるか……? ほら」



 つい数時間前を思い出しながら手を差し出す。しかし、木ノ本は女の子を抱えたまま俯いたままだ。



「どうした? やっぱりどこか怪我してるのか!? もしかして足を……」


「よかった……」



 耳にした聞き取れないほどの小さくかすかな声。



「へ? 」



 危機的状況も忘れて、間抜けな声で聞き返すと



「死んじゃったかと思った……よかった……。剣太郎君が……生きてて……」



 なんと木ノ本絵里は泣き出してしまった。


 そんなに心配させちゃったのか……?

 

 俺の困惑をよそに、ただただ安堵の涙を流す木ノ本。一方でさっきまで泣いていた膝の上の女の子は彼女の頭を慰めるようになでていた。





「神社の敷地から出られない……!? 」


「う、うん……正確にはもう少し先まで逃げられるんだけど……すぐに透明な壁みたいなものにぶつかっちゃって。それ以上はいけなかったの。その時までは海斗君たちと一緒にいたんだけど……。一緒に逃げてきた人たちも私たちも神社から出られないことが分かってパニックになって……そこからはもう何が何だか……」



 絶句した。木ノ本が話す衝撃の事実の数々に。闇夜の向こうによくよく目をこらすと確かに何か透明な壁のようなものが雲の上まで続いている。まるで『結界』のような。


 そう推測して、すぐに一つの可能性を思いつく。思い出したのは魔王が腕を振るった後に表示された画面。『ダンジョンが出現した』という文字。


 まさか……あの白いの……台倭神社を迷宮(ダンジョン)にしやがったのか!?


 一度、自分の思い付きを否定しそうになる。いくらなんでもそんなのは目茶苦茶だ! 関係ない人もステータスを持たない人も現実の建物も全て巻き込んで(・・・・・)迷宮にしてしまうなんて!



「……ッ! そうか! 」



 そこまで考えてようやく悟った。


『巻き込む』という単語には聞き覚えがある。指に着いた『奇縁の指輪』を触る。脳裏によぎるリューカと過ごした記憶。


 彼女は言っていた。迷宮には2種類あると。『常在型』と『突発型』。彼女の兄を飲み込んだ『突発型』は世界の一部を巻き込んで(・・・・・)出現し、その現れる法則性は未だに分かっていないと言っていた。


 そういうことか。すべてつながった。それもこれも魔王の仕業ってわけか。向こうの世界にはあんなことをしでかせるバケモノが大量に居るってことか……!


 バットのグリップを握り占める。


 視線の先に今も不気味に宙で静止し続ける『魔王ゼラファー』。しかしここに来て白い魔王は再び動き始め、両翼を広げて、腕を左右に伸ばし、口を開いた。



「――――――――――――――」



 鳴り響く高音。震える大気。


 悪魔の放つ不協和音が再び台倭神社に拡散する。



「やっぱり無限湧き(・・・・)なのかよ……!! ふざけんな! 」



 神社の敷地地面に無数に表れる黒い球体。そこから見覚えのあるヤギ頭が次々に表れる。


 もう分かっていた。どうすれば皆を救えるのかを。どうすればこの状況をひっくり返せるのかを。助かるには倒すしかない。レベル3桁を超えるあの魔王(ボス)モンスターを。



「木ノ本! 立てるか……? 」


「う、うん大丈夫……!」



 隣に声をかけると威勢のいい返事が返ってくる。空元気かもしれないが木ノ本の心はまだ折れてはいない様子。女の子の方も怪我はないようで彼女の腰に引っ付いていた。



「オッケー……ならこの子と一緒に無理はしないで欲しいけど、ここらにいるできるだけ多くの人も連れて鳥居の方に避難してくれ! 俺が奴らを引き離す! 」


「え……? 」



 突然の指示に慌てふためく木ノ本。気持ちはいたいほどわかる。本当なら色々詳しく説明してあげたいけれど、そのための時間は今は無い。俺は矢継ぎ早にバッティングケースからあるものを取り出した。



「これって……ロケット花火? 」


「使い方は分かるよな? 導火線にライターで火をつけるとすぐ発射する。手持ちタイプだからあまり威力は無いけど空に向かって撃てば十分だ。危なくなったらそれで知らせてくれ。気休め程度だけど……俺だったら分かる」



 そこまで言い切って最後にバットを構えて、呼吸を整える。魔力はまだ十分に回復しきっていない。体力の方は限界に近い。けれど迷彩服の人達もどれだけ動けるか分からないこの状況、俺がやるしかない。


 お面を被りなおして前を見る。今にも動き出しそうな悪魔の軍勢を中心に。



「剣太郎君は……大丈夫なの……? 」



 背中に届く震える声。表情はわからないけど木ノ本が何を考えているかは分かった。心配してくれているんだ。今日初めて会ったような俺のことを。


 自分の中でできるだけ安心感のある笑顔をお面の下で作ってから、振り返った。そこにあったのは心配そうにこちらを見つめる二人の女の子。限界に近い体の体力から空元気を絞り出して口から出す。二人を少しでも勇気づけるために。



「大丈夫だ! 言っただろ? 最近はバッティングセンターで鍛えてるって。また会おうぜ学校で! 」



 面をかぶりなおして前を向く。 


 その動作は今日だけで一種のルーティーンのように俺の身体に刻み込まれ始めていた。視界は狭まるはずなのに感覚が鋭敏になる。全身の血流が加速する。頭がはっきりとし始める。


 勝負だ【魔王】。さあ──しまっていこう。


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