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真の『祭り』。その始まり

 逃げるにしても人が多すぎるため、今すぐに【スキル】は使えない。


 その判断の基、俺はまず神社の裏手にある工事現場に忍び込んだ。

 

 けれど見通しが甘かったようだった。向こうは数枚上手らしい。気づいた時には囲まれていた。数は合計で15人。全員がスーツを着こんだ大人たちだ。


 このタイミングならば【スキル】で無理やり突破することは出来そうだが……逃げるよりも先に、コイツ等がどこまで俺の情報を把握しているのかを知る必要がある。



「……」


「「「……」」」



 無言でにらみ合う時間はしばらく続いた。1分。2分。もしかしたらもっと長かったかもしれない。


 そんないつ終わるのかもわからない居心地の悪い時間。意外なことに(?)、先に根を上げたのは俺の方じゃあなかった。




それ(・・)は君の『トレードマーク』というわけかい? 」



 突如口火を切った正面にいる男。見てすぐにわかった。この人は俺が尾行した後にモンスターに操られた村本に気絶させられていたのと同一人物だ。



「違う。これ(・・)はさっき拾っただけだ。顔を見られたくなかったからな」



 くぐもった声で質問に答える。


 男の言う『それ』であり、俺の言う『これ』でもある『ヒーローのお面』。日曜日の朝にやっている5色の戦隊の中でも(グリーン)のもの。少し口の中に土が入ったが子供用ながら大きさは申し分なく、俺の顔も覆い隠せていた。



「声変わりは終わっているね。けれど青年と言うよりはギリギリ少年の声だ。君が『少年C』で間違いはなさそうだ」


「そっちの質問に答えたんだから教えてくれ。あんたらは一体何者なんだ? 何が目的だ? 」



 問いかけて返答があるかはわからない。向こうは初めから戦うつもりなのかもしれない。けれどまだ話し合いでどうにかなるかもしれない。ぶっちゃけ限りなく低いとは思っているけど……こっちがその気を見せて、会話ができるのならば、その可能性は十分にあるはずだ。



「……」

 


 無言で答えを待つ俺を一瞥すると、男は根負けしたような様子でため息をついた。



「最初に言おう。我々は君と対立するつもりはない。君がその手に入れた『力』をむやみに振るって周囲の人間を傷つけない限りはね……」



 だけど帰ってきた答えは予想外のモノだった。


 なんだ? 妙に平和的な回答が来たぞ。明白に『スーツの男』とは違うアプローチだ。俺は溜まった唾をゴクリと飲み込んで口を開いた。お面は取らずに。



「じゃあ何者なん……ですか? 」


「そのまま砕けた口調で構わないよ。我々は今日、当初想定していたのとは違う不本意な形ではあるけれど君に『お願い』をしに来たんだからね……」


「お願い……? 」



 そこから男は語り出した。流れるように。その途中でさすがの鈍い俺でも分かった。


 この人たちが化学工場でモンスターと戦っていた『迷彩服』達であると。



「我々は君の存在だけを知っていた。大和町にある迷宮を次々に攻略し、町に出没したモンスターを片っ端から討伐する管理外の"正体不明の『保持者(ホルダー)』"。その実力は未知数で我々の数十倍にもなるとも噂され、一度は強硬な手段で君のことを特定しようとした。君が危険な思想を持った人物である可能性が捨てきれなかったから。でも君は監視の目をかいくぐり、ひたすら迷宮攻略だけをし続けた。それ以外に興味が無いと言わんばかりに。だから我々は一度、君にこれ以上の干渉をしないことに決めたんだ。対処するのを諦めた……とも言えるけどね。けれどそうも言ってられなくなった……あの一報があってから」


「あの……一報……? 」



 疑問の声をあげる俺に男は胸元から一枚の写真を取り出した。渡してきたそれを恐る恐る受け取り、そこに映っていたモノを見て俺は愕然とした。



「な、何だ……これ……」


「我々の中に写真に迷宮の事物を写せる能力(スキル)を持つ者がいてね。それは間違いなく作りものじゃない現実の光景(・・・・・)だ。この現象がこの台倭区内のあちこちで確認されている。だから君と急いで接触する必要があったんだ。さっきみたいにモンスターを使った強引な方法を取ってでもね。君がこの祭りに参加しているかどうかは分の悪すぎる賭けだったが……」



 男の説明は途中から耳に入ってこなかった。それだけ写真(それ)は衝撃的なだった。


 写し取られたのは台倭神社にほど近い場所にあるトンネルで間違いない。大和町以外のトンネルを調べたばかりだからそれは明白だ。その壁には『開』のくさび形文字が刻まれている。ここまでは俺にとっては何の違和感もない見慣れた光景だ。


 しかし問題なのはその数。はっきり言ってこれほど異常な現象が起きること事態信じられない。その『開』の文字は二つ、三つに留まらず端から端まで夥しい数(・・・・)が刻まれていた。壁一面を覆いつす姿はまるでトンネルそのものにかけられた『呪い』みたいだ。



「君がどうなのかは分からない。だけど我々はモンスターが街に出現する条件と法則性をある程度把握している。そこから判断した結果、近い未来にここ台倭区で起こる『迷宮外生物(モンスター)出現数』は過去最悪、最大なモノになると断定した。そして確実に我々の持つ力だけじゃ対処しきれないともね。君の正体を詮索することは無い。部下にもそう徹底させることを約束する。もちろん君に対して出来うる限りの援助をするつもりだ。だから……どうか……手を貸してくれないか? 」



 まさか……まさかこんな事になるなんて……。


 ここに逃げてきて囲まれた時はこんな展開は全く予想できなかった。頭の中はパンクを飛び越えた大爆発を起こしていた。


 この人たちは正義の味方ってやつなのか?


 それでお互い名前も知らないのに信用していいのか?


 そもそもこれは俺が対処できる問題なのか?


 この場合、親に言わなくていいんだろか?


 一体俺はどうすれば……。


 そういえば俺は強くなって何がしたかったんだ……?


 どうして強くなりたくなったんだっけ?


 一瞬流れた無言の時間。その停滞した空気を破ったのは甲高い口笛のような音。


 その高音は夜空に向かって吸い込まれて行き、消失。一瞬の間を置いて炸裂音が弾ける。暗闇に花開く大輪に一拍遅れるように。


 そうか花火……始まっちゃったのか……。


 するとその時、スマホの着信音が鳴った。完全に思考が止まった状態の俺は何人もの人が見ている前で名前も見ずに画面を押した。相手は母親だった。



『あ、繋がった……あんた台倭神社のお祭り行ってるんでしょ? 綺麗ねえ。ちょっと写真でも撮って来てよ』


「……はあ~なんだよ……んなことかよ……」



 こんな状況にも関わらず呑気な親に思わずため息が出る。


 けれど直後、俺は吐いた息を吸えなくなる。打ち上がり続ける花火の中に『何か』が蠢いた。それは一瞬雲にも見えた。けれどすぐにその可能性を否定する。


 違う。アレは群れ(・・)だ。すさまじい数の『何か』の群れ。それがゆっくりと降りてきている。こちらに向かって。



「まさか……! 早すぎる! 想定は3日後だったはず……!」



 冷静さを欠いて叫ぶ男。張り詰めた静寂は一挙に切迫した空気へと変貌する。


 あわただしい声。何十にも重なった足音。周囲を急かせる怒声。全部スマホ越しに耳へと届いた。呼吸は荒れ始めた。心臓は破裂しそうだった。


 今、何かが起きようとしている。何かよくない何かが。



『あーそうそう……』



 そんな空を見上げて硬直する俺に向かって母さんはたった一つの他愛もない言葉を放った。俺の心臓にトドメを指すその一言を。



『そっちに梨沙もいるらしいから、会った時はよろしくね。剣太郎もお兄ちゃんなんだから友達の前でもあんまり恥ずかしがらないのよ? 』 

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