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『祭り』の前

 一気に顔が熱くなるのを感じ、反射的に手で覆う。


 やっべえ! 一体どっから見られてた? どの下りから聞かれてた? もう遅いのか? このままだと高校生にもなって中二病全開な、クソイタイ奴になってしまう……! 



「あー……えーっと……」


「……」

  


 ……いや、まだ手遅れじゃない。まだ分からない。とりあえず落ち着け。対応に失敗したら、ただでさえ消えかけている兄の威厳って奴が跡形もなく掻き消えてしまう。


 ここが正念場だ。どうにか自然に誤魔化さなくては。



「うう”ん! ゴホ……っ! 」


「……? 」



 わざとらしすぎる咳払いした後、相変わらず怪訝そうな顔をする妹に話しかけた。こちらは、まったく気にしてないという体で。



「お、おう、梨沙。母さんに言われたから迎えに来た……ぞ」


「なんでバットなんて持ってんの? 」



 ぐっ……。さっそく痛いところを……!



「いや、最近物騒だからさ……護身用? 」



 実際モンスターには出くわしたから嘘じゃない。でもとっさに出した言い訳としては最底辺だった。


 現に梨沙はまるで不審者でも見るような形相でこちらを一瞥すると、俺の説明に納得しているのかしていないのかすらもハッキリさせないまま、視線をスッとそらしてしまう。



「あっそ……」


「うん。まあ無事会えてよかった。帰ろう……」



 そっけない態度をとられるのはいつも通り。普段ならここで多少は傷つくところだけど、今回は逆にそんな部分に救われた。これ以上の追及はないことにホッと胸をなでおろすと、俺たちは無言で深夜の大和町の道を並んで歩き出していた。



「……」


「……」



 そういえば妹とこうして並んで家に帰ることなんていつぶりだろうか。記憶が正しければ俺がまだ野球をやっていた頃にまでさかのぼるかもしれない。


 そうだ。思い出した。その日は珍しくまだ小学生だった妹が試合を見に来てくれたんだった。近所の学校との練習試合で結構打ち込まれたけど何とか勝てた試合。鮮明に思い出せるのに随分昔の記憶の様にも感じる。そういえばその辺りの時期だったかもしれない。妹が吹奏楽部に入りたいとか言い出し始めたのは。


 二人きりの時に無言になると基本的には気まずくなるもんだが、妹相手にはそんなことはない。それこそ嫌われ出す前からそんなに多く話す方じゃなかったしな。お互いに習い事ややりたいことが別々で忙しかったのもあるし──。



「──ねえ」


「ん? なんだ? 」



 俺が過去に意識を飛ばしていると、珍しく(りさ)の方から話しかけられた。反射的に返答し妹の様子を伺うが、うつむいているためか表情はわからない。



「もしかして……また始めるつもりなの? 野球」



 驚いた。あの妹の口からそんな質問が飛び出してくるなんて。ほんの僅かであっても俺への興味を示すなんて。


 しばらくなんて答えるか迷った後、俺は今の正直な気持ちを伝える。



「自分でも、わからない。でも……今すぐ始めることはないかな……? 」


「そうなんだ」



 もしかしたら勘違いかもしれない。俺の返答を聞いた梨沙はなぜか一瞬だけ嬉しそうな表情をしたように見えた。


 これは、どういう反応なんだ? 少し考えてみてみるが答えは出てこない。


 こうしして俺は妹の考えることがますますわからなくなった。






「10月の祭りって実際どうなんだ? ちょっと寒くないか? 」


「いやいや剣太郎。この涼しくなってきた時期だから丁度いいんだって! なあ、行こうぜ! 絶対楽しいって……! 」



 週は変わって月曜日。ロングホームルームが終わって早々、俺は海斗からの誘いを受けていた。


 大和町の隣町にある台倭神社の秋祭り。毎年この10月の第一週の週末という微妙な時期にやってることは知っていたが知識があるだけで行ったことが無いそのイベント。興味が全くなかったわけじゃないけれど、いきなり"今週末暇か?"と聞かれた時はかなり驚いた。


 なんで俺なんかをそんな熱心に誘ってくれるのかは全く理解できない。別に人数が足りないわけじゃなく、俺を含めないでも10人近く集まるらしいし。正直なことを言うと、半分以上は名前すら聞いたことがない買い海斗の知り合いでちょっと億劫だなと思ってしまう。だけどさすがにそこまで言われると断りづらい。



「分かった、分かった。今週金曜日の夜な? 」


「絶対来いよ! 」



 まあ、それだけ頭数が多く来るんだったら別に俺がいてもいなくても変わらない。目立たず後ろのほうで適当にブラついておけば良いか……と思いなおすと、俺は祭りに誘われたことをすっかり頭の片隅においやったまま1週間を過ごした。


 そんなこんなでレベル90~80代の上級ダンジョンを3つほど攻略し、まじめに高校にかよっている内に、金曜日はあっという間にやってきた。


 いつものように学校に行って、いつものように家に直帰する。


 本当ならそこからダンジョン探索にいくところだけど、まあ今日ぐらいは良いだろう。


 制服を脱いで私服に着替えた後、家を出る直前。足を止めた。


 迷ったんだ。バットケースとバットを持って行くかどうかを。祭りの露店にバッティングセンターなんて置いてあるわけがない。"こんなもの"を持って行くのは明らかに変だ。


 けれど持っていかないって言うのは『最近の情勢』を見てもちょっと怖い。黙考すること3分。結局俺は金属バットを持って行くことにした。玄関のドアを開けると16時なのにもう日が落ち始めている。秋の夜長って奴だろうか。

 

 肌寒くなることを予感して上着の前を閉める。 


 さあ、今日は気楽に楽しんできますか。屋台で使うための多少の小銭も持って来ていることも再確認して俺は駅に向かって足取り軽く歩き出す。まるで、今日は戦うことは無いと最初から決めつけてしまっているかのように。


 当然、俺はまだ知らない。


 その夜が後に【第一次(・・・)迷宮侵攻】と呼ばれるようになることを。


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