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新技

 竜王の巣から帰還した直後、間を置かずして俺は思い悩んだ。

 

 さて、この降ってわいた10万経験値(ポイント)は何につぎ込むか。


 自室のベットの上で考える。どの選択肢が一番レベル3桁に近いのか。


 身をもって思い知った。2桁と3桁の間にあるとてつもない差を。この違いを埋めるためにありとあらゆることをする必要がある。その点10万ポイントと言う数字は絶妙な量だった。


 基礎身体ステータス6項目の内のどれか一つにつぎ込んでも爆発的な強化は得られない。さらにスキルにつぎ込んでも確実な強化が見込めるかどうかは不明。



「だけど俺はもう行くしかないんだよな……『上級』に」



 そう『竜王の巣』が上級ダンジョンガチャの特大の外れだったとしよう。それでもレベル92にもなった俺はこの『魔王の鍵』で得られる経験が、強者を倒すことで始めてえられるポイントが、絶対に必要だ。チャンスはもう30回を切っている。この限られた回数でどこまで強くなれるのか。



「……あ~あ。小さい頃の俺にこの鍵を渡してくれたどっかの誰かさん(・・・・)が効率的な強く成り方も教えてくれてれば話は速いのに……」



 言ってもしょうがないが思わず愚痴る。依然としてそっちの手がかりは見つからない。


 まあ自分で判断する必要があるのはずっとそうだった。いつも通り経験と勘で判断しよう。


 選択肢は3つ。【疾走】を20にするか。【棍棒術】を20にするか。【火炎魔術】を10にするか。【鑑定】によると、どれを選んでも新しい『技』が手に入る。


 今度の上級ダンジョンがどれほどの強さがあるのかは分からない。ただ俺は知っている。どんな状況であっても一体さえ倒せれば全てが変わることを。



「【棍棒術】に10万……いくぞ……」



 新しい『技』を使う機会は想像の何倍も速くやってきた。意外な形で。




「剣太郎? ちょっといい? 」



 ポイントの振り分けを終えてすぐ。部屋の扉がノックされる。この声は母さんだ。こんな夜遅くに珍しい。



「母さん? なに? 夕飯のこと? それならさっき昨日の残りモノ勝手に食べちゃったよ」


「ううん。それはいいんだけど…、いやね、剣太郎にちょっと頼みがあるのよ。梨沙、今日は友達と遊びに行ったみたいなんだけど……帰りの電車が結構遅延して駅についたのもさっきらしいの。もう夜も遅いでしょ? 駅まで迎えに行ってくれないお兄ちゃんが? 」


「……え~? でも俺が行ったら嫌がるよ? 絶対」


「大丈夫、大丈夫。梨沙も多分、恥ずかしがってるだけだから……ね? お願い? 」



 もう慣れっこだった。今までもこうやって兄の立場を引き合いに出されて色々と頼まれてきたんだ。乗り気はしないけど、まあ父さんも帰ってないようだし……俺が……やるしかないか。




 深夜の大和町は恐ろしく静かだ。まあ町の殆どが住宅街とマンションなのでそれも当たり前。新大和駅までの薄暗い道を寄り道せずに突き進んでいく。


 駅に行く道すがら、いくつかのトンネルがある。迷宮探索を始めてから意識が向くようになったけど町中のトンネルの数は意外と多い。それを全て『迷彩服』達は毎日周回しているようだから、向こうの努力には頭を下げざるを得ない。


 そんなことを呑気に考え事をしながら歩いていると。ヒタヒタと後ろから迫る足音が一つ。明らかに靴が地面を叩く音じゃない。



「まさか……こんな夜遅くに出くわすとはね」



 振り返ると居た。『Lv.52 リザード・エリート』。両手に剣を持ったトカゲと人の中間体。リザード・ウォーリア―よりもより人間に近いフォルムは2mを超す長身。その筋骨隆々の身体はスピードとパワーが同居している。



「一応持ってきて良かったな……」



 背中に背負っているのはバットケース。手慣れた手つきで一気に引き抜く。


 そして俺は思い出す。新しい『技』の存在を。願っても無い状況だ。こいつで試してやる。



「『闘気解放』! 」



 その言葉を発すると、身体が熱を持った。血流が上がった。それにつられるようになんかテンションも上がってきた。なんでもいいから速くバット叩きつけたい。もう我慢できない。



「オラぁ!」



 何のひねりもなく正面から。考えるのは面倒だ。これが一番いい。


 でもトカゲ野郎は冷静に2本の剣で防御してきやがった。あ、やっべぇ。バットに強化剤塗ってないじゃん。バット折れないようにずっとモンスターの硬い部分には当てないようにしてたのに……!


 ぶつかるバットと二本の剣。直後、嫌な音を立てるバット。


 やらかした!


 ……まあ、いい! 


 武器なんかなくたって……俺には【魔法】がある! 



「グギャァァ!! 」



 だけど新技の威力は"やばかった"。何もしてないはずの金属バットは硬そうな二本の剣もトカゲの筋肉で包まれた身体も、フルスイングを使用してない普通の一振りで粉砕した。



「……えぇ? 」



 困惑の声を上げながらリザード・エリートが煙へと変わるのを見届ける。激しく上下する肋骨が、荒ぶる呼吸が収まっていく。その瞬間、俺は正気を取り戻した(・・・・・・・・)


 あれ? 


 おれ、今……ずっと何考えてた? 


 ……ダメだ。自分のことなのに全然思い出せない。 



「マジかよ……」



 なるほど。"新技"が引き起こす『状態異常:興奮』ってかなり頭にクル(・・・・)んだな。



『闘気解放:【棍棒術】がレベル20になると使用可能。使用者を興奮状態にする代わりに装備した棍棒の硬さ、攻撃力、軽さを使用者のステータスに基づいて強化する。最大継続時間は10秒。』


 これでよく解った。『闘気解放』を使うとまともに思考はできなくなるって。


 でもその一方でとんでもない威力は出た。これに『フルスイング』や『乱打』を掛け合わせたら……絶対すごいことになるな。あれ? もしかして思ったよりも当たりっぽい?



「コイツはもっと試さないとだな。手始めに普通のダンジョンで──」



 新しい力の威力に、疑問を抱きつつも興奮しきっていた俺。すっかり眼の前の事物に夢中になっているからか、悟れなかった。後ろから冷ややかに向けられている視線を。



「──何してんの? こんなとこで」



 聞き覚えのある冷めた声。それをかけられているのが自分であると認識しギクリとした。


 ぎこちなく振り返るとやっぱりいた。腕を組んで怪訝そうな顔でこちらを見つめる俺の妹。


 城本梨沙が。


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