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絶望と一つの思い付き

 俺に足りなかったモノは何だったか? 危機感? 経験? 装備? 謙虚さ? 


 今ならこう答えるだろう。


『全部』だ。



「……ッ! くそっ」



 俺は初めて経験した命のやり取りを─


 バケモノとの戦いを──


 ダンジョンをという場所を──舐めていた。



「ぐはぁ……! 」



 五色の迷宮—四階層の赤黒い壁に叩きつけられた瞬間。肺の中の空気が全て叩き出されて思考が一瞬止まる。


 やべえ……。


 はええ。目で追いきれねえ。


 かてぇ。こっちの攻撃が通じてねえ。


 ……勝てねえ。



「……グルルルル」


「ははは……犬もどき(オマエ)、本当はそんなに強かったのかよ」



 とても信じられなかった。目の前で見下ろしてくるコイツが三階層で散々狩りまくったブラッド・ハウンドと同じ生き物だとは。


 俺は四階層でまざまざと知ることになったんだ。ヤツの4っつに割けた頭の本当(・・)の使い方を。


 犬もどきはその真っ赤な体から伸びた4本(・・)の触手をゆらゆらと揺らしてこっちの様子を静観している。まるで『お前如きならいつでも殺せるんだぞ』と意思表示しているようだ。


 そう、これがブラッド・ハウンド本来の戦い方。身体は動かさず頭部から生える4本のムチで安全な距離から獲物を一方的にいたぶる。


 最初に見た時に思った。不意を突かれた後から悪態を付いた。


『その犬の身体は飾りだったのかよ』『急に触手で攻撃してくるなんて卑怯だろ』と。


 けれどモンスターにとってはこっちの事情何てお構いなしだ。正々堂々の精神なんて、こっちの事情に拝領してくれることなんて、もちろんあるはずもない。どちらかが生きるか、死ぬか。それだけがこのダンジョンを支配するただ一つの法則だったんだ。



「……ここまでか」



 壁に体重をかけてうなだれる。


 もう無理だ。


 限界だ。


 諦めかけたその時、聞きなれた叫び声が耳に届く。



「キシャァアアアアアァアアアアアアアァ!! 」



 パンチングリザードの特徴的な金切り声。三階層ではその前足の攻撃は俺にかすりもしなかった。だけど今は違う。ブラッド・ハウンドの触手を避けまくり、時には撃ち落とし突き進む姿はまさにプロボクサーのようだ。


 乱入してくるモンスターはそれだけじゃない。


 ロック・ラットの集団は三層の時の鈍い動きからはかけ離れた素早い突撃を連発する。標的はこの場にいる全て。


 バニー・ファングは死体に群がるハイエナの様に弱ったモンスターを集団で囲んでは端から噛み砕く。三層の時の臆病で後ろからしか襲い掛かってこないアレとはまさに別物。


 地獄だった。四層はありとあらゆるモンスターが凶悪化し、見るモノ全て所かまわず襲いかかる。そんな戦場の中で俺は離れた岩陰に隠れてガタガタ震えていた。


 体中はブラッド・ハウンドのムチで叩きのめされてアザだらけ。背中と腹のうっ血はロック・ラットの突撃をまともに食らったその末路。両足からの出血はバニー・ファングに噛みつかれた時から全く止まる様子が無い。


 満身創痍だった。


 どうやって呼吸しているのかわからなかった。なんで生きてるのか不思議だった。


 全身が痛い。気を失わないのがやっとで、戦う気力なんて全くない。


 それでも一縷の望みにかけて朦朧とする意識の中で必死に探した。何か。何でもいい。助けになるものは……──。



「……! 」



 そして、見つけた。俺のいる岩からさらに向こう、地面から生えたしょう乳洞の影に鎧に包まれた()が目に入る。


 人だ! 喜びの声が出そうになる。


 気付いた時には走り出していた。彼か彼女かのもとに。


 こんな状況でも二人なら打開できるかもしれない。


『耐久』にポイントを割り振ってよかった。向上させた頑丈さが無ければ到底この時まで耐えることは出来なかった。


 あの人もトンネルからここに来たんだろうか?


 このダンジョンについても何か知っているんだろうか? 


 色々な考えが浮かんでは消えていった。そう、そんなことは顔を見合わせてから直接聞けばいい。たったの30メートルほどの距離だが、俺にとっては長すぎる道のりを走り抜け、息を切らしながら話しかける。



「あの!……俺、今迷ってて! 出口を探して……必死に戦ったんですけど、とうとう行き詰まっちゃって……良かったら、いっしょ……に、……」



 話しかけた声が徐々にしぼんでいったのが自分でも分かった。鎧の肩に置いたはずなのに手ごたえが異常に軽い。ゆすってもピクリとも動かない。



「? ……!? 」



『何故? 』と思った瞬間には疑問の答えは自ずと現れていた。


 この人は彼なのか彼女なのか俺にはわからない。


 判断できない。


 鎧の兜からこちらを覗く"骸骨の虚ろな眼"からは。



「~~ッッッッッ!! 」



 叫び声を必死で抑えた。今、悲鳴を上げたら聞きつけたバケモノたちに囲まれてしまう。漏れ出そうになる絶叫を、両手で口を窒息する勢いで塞いでどうにか押し殺す。だけどそんなことをしても、もう無意味だ。とうとう最後の希望も消えた。俺に残されたのは嘆きと自分自身を責める声しかない。


 なんで俺がこんな目に。


 なんで俺はこんな場所に。


 そもそも、幽霊トンネルにふざけて入った俺が悪いのか。


 どうしてあんなバカなことを……!


 誰かに頼るべきだった。


 戦えるなんて勘違いしなきゃ良かった。


 調子に乗り過ぎたんだ……。


 自分で何でも解決できると勘違いしたから……。


 それでも、だからって、こんな仕打ちって無いだろ……!?


 これから一体どうすれば……。


 降りてきた階段の方を一瞥する。モンスターで一杯だ。戻るのは到底不可能だ。


 ならどうする? 決まっている。戦うしかないんだ。あの狂暴な怪物たちと。


 一瞬見えた希望も絶たれて、たくさん弱音を吐いて、体中ボロボロだったが頭の中はなぜかとてもすっきりしていた。


 あの時を思い出す。医者から二度とまともに投げれないと言われた後に自分でもびっくりするぐらいあっさり野球を辞めた時のことを。なってしまったものはしょうがない。問題はこれからどうするかだ。


 状況を再度確認する。全身ボロボロ。体力のすっからかんどころか底は抜けた。スマホの充電は切れて使えない。


 この手にあるのはバットだけ。俺の(・・)手札はこれだけだ。だけど使える手はこれで全部って訳じゃない。


 まずは非業の死を遂げた眼前の白骨死体に手を合わせた。これからちょっと(・・・・)失礼します、と断りを入れから、鎧の内側をまさぐる。


 良いモノを見つけた。さび付き始めたナイフが5本。刃渡りは10センチほどでシンプルなデザインだ。


 さあ考えろ。正真正銘これで終わりだ。


 これから"どれ"を上げる?


 手首の文字に触れた俺の視界に映しだされるのはステータス。そしてもしものために残しておいた30の保有経験値(ポイント)


 『力』『敏捷』『器用』『持久力』『耐久』そして『魔力』。どこに振り分ける? 何を強化する? どうすればヤツ等に勝てる? どんな手ならこの状況を打破できる? 


 自問の声に従って俺は未だ争っているモンスターの様子を見た。



「これなら……やれる……のか? 」



 その結果生まれた、一つの馬鹿げた思い付き。


 だけどこれには可能性がある。いや……これしかない。


 決意を固めた俺はポイントを割り振った。


器用(・・)』に残り全てのポイントを。


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